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 第一印象は……最・悪。


 6月に入ったある日、一人の男子生徒が入部した。<澤村 正博>と名乗った彼はどうやら三年の<桜井 修司>や新メンバーの<成瀬 徹>の知り合いらしい。言葉の端々からその事が窺える。
 だが、最初は友好的だった<ガン>こと<高倉 巌>の言葉に澤村は皮肉を浴びせ、更には女子マネージャーとしてその場にいた<天野 雫>にも毒舌を吐いたのだ。
「だいたいなんだよ、そこでへらへらとしている女は」
「・・・それって、私のこと?」
 きょとん、と首を傾げる雫の無邪気な質問に澤村は片頬を歪めて皮肉気な笑みを浮かべた。見ようによっては嘲りにも見える。更に何かを言おうとした澤村の頭に。

 ドカッ!

 ・・・バスケットボールが激突した。突然のことで澤村も避ける事が出来なかったらしく、頭を抱えて唸っている。口を押さえているところを見ると、舌も噛んだようだ。
「ってー・・・何なんだ、一体」
 もちろん、ボールが自分で澤村の頭へと飛んだ訳ではない。澤村へボールを投げた誰かがいるわけで、その人物を確かめようとする前に再び、ボールが飛んできた。

 ドカドカドカッ!!

「うーん、ナイスコントロール」
「全て命中しているわね」
 ボールが澤村の頭に命中している様子を見て呑気に、かつ、のほほんと感心しているのは同じ女子マネージャーの<月下 華乃>と<凪白 有羽>。
「どうどう。落ちつきなさいな」
 苦笑を浮かべ、宥めているのは<月下 蒼乃>。
「止めないでよ、まだ投げ足りないんだからっ!」
 キリキリと目を吊り上げ、両手にボールを持ち、バリバリに怒っているのは<月下 星乃>。
 そう、澤村にボールを投げた張本人は星乃である。
「てめえか、投げやがったのはっ」
「そうよっ。さっきの暴言、取り消して雫に謝れっ!」
 澤村にギロリ、と睨まれても怯むことなく逆に睨み返す星乃は相手の迫力に負けていない。
 秀麗な容貌が集まっている女子マネージャー陣だが、可愛い系の雫に可憐系の有羽とは趣きが違い、星乃は美人系である。月下三姉妹の中では一番気性の激しい星乃が眦を吊り上げ、睨む姿ははっきり言って、凄まじい迫力だった。
 美人は怒ると怖い。
 そんな言葉がバスケ部メンバーの脳裏を横切った。
 だが、そんな迫力も澤村にとっては何でもないことのようで、ふふん、と鼻で笑い、火に油を注ぐ発言をする。
「俺は思ったことしか言わねーからな。謝るつもりもなければ、取り消すつもりもないね」
「・・・コロス」
 ボソリ、と呟いた言葉と同時に。

 バキィィィィッ!!!

 恐ろしい音が体育館に響き、澤村の体が吹っ飛んだ。
「ほ、星乃、殺しちゃ、ダメよ?」
「うちの数少ない戦力を減らさないように、星乃」
 おろおろと宥める有羽と冷静に指摘する蒼乃。
「久々に見たねぇ、星乃ちゃんの回し蹴り」
「そうねぇ。でも、手加減はしているみたいよ?」
 星乃の技を見て単純に喜ぶ雫にその技を分析する華乃。

 ・・・どうでもいいが、誰か澤村を助けようとか思わないのか・・・?

「・・・っ〜〜〜、てめぇ、何しやがるっ!!」
「やかましいっ!!!」
 掴みかからんばかりの澤村を凌駕するほどの大音声で星乃は怒鳴る。
「雫のことを知りもしないであんな事を言う権利、あんたにはないわよっ!」
「星乃ちゃん、私の事でそんなに怒らなくてもいいよ?」
「雫は良くても、私が許せないの」
 宥めてくる雫には優しく頭を撫でるが、澤村に顔を向けた時、星乃の顔は一転して厳しくなっていた。
「雫と有羽はねぇ、どんなにバスケをしたくてももう、出来ない体なのよ。私達はまだ、いい。選手ではなくても、プレイしようと思えば出来るもの。でも、雫と有羽はそれさえも出来ない。大好きな・・・とても大好きなモノを諦めなきゃならない気持ち、あんたに分かるって言うの!?」
「星乃。もう、そこまでにしたら?」
「だって、華乃!」
「星乃の気持ちはよく分かるし、同意見だけど。だからと言って、澤村君をよく知りもしないで、一方的に責める権利はないわよ。さっきの貴女の意見、自分にも置き換えてよく考えなさい」
「蒼乃・・・」
 三つ子の二人に代わる代わる宥められ、ようやく星乃は怒気を収める。
「星乃、ちょっとこっちにいらっしゃい」
 有羽に優しく肩を抱かれ、裏手にある洗濯場へと消える星乃を見送ったバスケ部メンバーは意図せず、安堵の吐息をついた。星乃の迫力に呑まれてしまっていたのだ。

 ・・・少し、情けないぞ、上南男子バスケ部員・・・

「あいつ・・・何なんだよ、一体」
 ボソッと呟いた澤村の言葉を聞きつけた蒼乃がにっこりと笑う。
「そうねぇ・・・星乃は自分の事で怒ることはまず、ないわ。大抵、自分の大切にしている人の事で怒るの」
「面倒な奴だな」
「そうかしら?心に大切な宝物がある人間はとても強くなるものよ」
 そう言った蒼乃はじっと澤村の瞳を見詰めた。星乃と同じ顔でありながら、纏う雰囲気がまったく違う蒼乃の視線は何もかもを見通すような、そんな透明な眼差しで。
「今の澤村君には宝物はないようね。だったら、星乃の気持ちはどうしたって分からないか」
「・・・」
 納得したように呟く蒼乃が気に入らない澤村はジロリと睨む。しかし、それをまったく動じず、受け流す蒼乃の度胸は大物で、性格は違えど星乃と三つ子なのだと妙に納得するものがあった。
「とりあえず、澤村の実力を見るのもいいだろう」
 その場を治めるような桜井の言葉で、ようやく体育館には通常の活動が行われ始めた。

「あいつ・・・星乃とか言ったっけ」
 怒りで燃えるような、苛烈な瞳が脳裏から離れない。大切な者を見詰めた微笑みが綺麗だと思った。
「・・・悪かったかな・・・」
 呟いた言葉は誰も聞いていない。


 最悪の第一印象。
 けれども、確かに何かが埋め込まれた出会い。
 それが吉と出るか凶と出るか・・・判断するのはまだ、時間が必要だった。


END