Hello!Girl’s


「聖お兄ちゃーん」
 都立上南高校バスケ部の面々が練習をしている体育館に可愛らしい声が響く。声自体はそれほど大きくはないが、よく通る声でバスケ部メンバー全員の耳に入った。
『聖お兄ちゃん?』
 女っ気の少ない(ないとは言わないが、いるのは『上南の魔女』と言われる希理子である)場所で聞くからか、妙に違和感を抱かせるほど可愛い声である。
『・・・誰のことだ?』
 その場にいた全員が耳慣れない呼び名に首を傾げた。
「雫?どうしたんだ、こんなところに来て」
 穏やかな声でその可愛らしい声に答えた人物がいた。
「うん、ちょっと見学に来たの。ダメ?」
「・・・うーん・・・オレの一存ではねぇ・・・。少し、待ってて」
 可愛らしい声のお願いに首を捻っているのは上南高校バスケ部・男子マネージャーの<今川 聖>。ここで、ようやく一同は『聖お兄ちゃん』=『今川』の図式を成り立たせる事が出来た。
「今川?知り合いなのか?」
「うん、実はオレの従妹でね、<天野 雫>と言うんだけど」
 いつも穏やかな笑みを浮かべているマネージャーは主将である<馬呉 宏明>へと顔を向け、苦笑を浮かべる。
「見学を希望しているのですが、かまいませんか?」
「まぁ、隅にいて邪魔にならないようにしていればかまわんぞ」
 特に拒否する理由もないのでバスケ部主将はあっさりと許可を出した。
「雫、許可が出たから、こっちにおいで」
「はぁい」
 どこか、子供っぽい口調で返事をする少女が体育館へと足を踏み入れる。穏やかな男子マネージャーの従妹を見ようと、興味津々だったバスケ部メンバーは完全にその姿を視界に納めた瞬間・・・絶句した。
『か、可愛い』
 はっきり、きっぱり、少女は可愛かった。受ける印象も無邪気で無垢で、どこか小動物を連想させる。
「ほらほら、皆もおいでよ」
『・・・皆?』
 いきなり自分の後ろに声をかけた雫の行動と言葉にその場にいた者達の目が点になった。そんなことには気づかない雫は扉の外の人物と会話を繰り広げている。
「でも・・・やっぱり、大勢すぎない?」
「大丈夫だって。それに皆、マネージャー志望なんでしょ?」
「そうだけど」
「だったら尚更、見学した方がいいと思うけどな」
「どうして?」
「チームの雰囲気とか、マネージャーの仕事とか理解しやすいじゃない」
「・・・一理あるわね」
「でしょ?だったら、入って」
「あ、きゃ・・・し、雫ってば、引っ張らないで」
 雫に引っ張られ、ぞろぞろと入ってきた彼女達を見た彼らは更に目が点になった。
「あの・・・すみません、大勢で押しかけちゃって」
 ペコン、と頭を下げるのは大人びた雰囲気の少女。
「いいですよ。では、ここに椅子を置きますからどうぞ」
「あ、有り難うございます」
 にっこりと笑顔でお礼を言うのは穏やかな雰囲気の少女である。
「私、椅子を出すのを手伝います」
 そう言って椅子のある場所へと駆け出したのは元気が溢れているような少女。
「あ、ちょっと待って。私も行くわ」
 その後を追いかけるのはふんわりとした印象を与える少女だ。
 それぞれ趣きは違うものの、全員が確実に人の視線を集める秀麗な容貌である。・・・いきなり、その場は花が咲いたような華やかな雰囲気に包まれた。
「私、<月下 蒼乃>と申します。マネージャー志望なので、見学をさせてもらえると嬉しいのですが」
「私は<月下 星乃>。同じく、マネージャー志望です」
「私は<月下 華乃>。やっぱり、同じくマネージャー志望」
「私は<凪白 有羽>。皆と同じ、マネージャー志望です」
 新しく現れた少女達の自己紹介を聞き、今川は何時の間にか自分の腕に懐いている雫を見下ろすと分かりきっている事実を確認する。
「そして、お前もマネージャー志望なんだな?」
「うん♪」
 晴れやかに、にこやかに大きく頷く雫。その姿を見た今川の脳裏に一抹の不安がよぎった。
『絶対、何か騒動が起きる』
 元プレイヤーとしてのカンなのか、従妹の性格故なのか。確信してしまう自分が何やら物悲しい男子マネージャーであった。

 小休憩時。
 当然だが、見学に来ていた少女達の周りにバスケ部メンバーが集まっていた。
「じゃあ、月下さん達は三つ子なんだな」
 <斉藤 伸之>の言葉に月下三姉妹は笑って頷く。
「皆にはかなり珍しがられているんですよ」
「三つ子というだけでも珍しいのに・・・」
「これだけ仲が良くて、いつもくっついていますからね」
 代わる代わる話す息もぴったりで確かに仲がいいこともよく分かった。
「で、凪白さんはこの三人の・・・」
「幼馴染みです」
 <桜井 修司>から振られた質問に有羽がふんわりと微笑んで答える。
「で、有羽ちゃんと私が従姉妹同士♪」
 相変わらず今川の腕に懐いている雫がお互いの関係を説明した。
「ってぇことは、今川とも?」
「いえ違います」
 <ガン>こと<高倉 巌>の疑問には今川が否定をし、更に有羽が補足する。
「私と雫は雫の母方の従姉妹なんですけど、今川先輩と雫は雫の父方の従兄妹になるんですよ」
「雫からはいつも今川先輩の話を聞いていたけど、会うのは初めてですものね」
「ホーント、二言目には『聖お兄ちゃん』だもん」
 微かに微笑みを浮かべ、可愛い妹を見るように雫を見る蒼乃にキャラキャラと笑い飛ばす星乃。
「それだけ、懐いているってことよ」
「・・・確かに、懐かれているな」
 苦笑を浮かべ、フォローを入れた華乃の言葉に同意したのは<小林 純直>。
「だって、私、聖お兄ちゃんのお嫁さんになるんだもん」

 ずべしゃっ

 明るく言い放った言葉に、その場にいた全員がコケた。いや、正確にはマネージャーとマネージャー志望の少女達以外である。
「お前・・・驚かないのか?」
 平然としている今川にバスケ部主将の疑問がかけられる。
「10年間も言われ続ければ慣れますよ」
「私達も耳にタコが出来るほど聞かされていますし」
「・・・羨ましいのか哀れなのか判断できないあたり、複雑だな・・・」
 言葉通り、複雑な表情を浮かべる桜井の意見に、バスケ部全員は一斉に頷き、同意した。

 そして、数日後。
 バスケ部新部員と新マネージャーが入部。夏のインターハイに向かって本格的に始動する。
「はじめまして!私達、マネージャー一同、精一杯頑張ります!!」
 明るい笑顔と元気な挨拶が体育館に響いた。
 バスケ部の夢と希望と騒動の幕開けであった。


END