ときめきより速く
テーブルの乗ったアイスコーヒー二つを挟んで前に座る彼女から小さく息が零された。 頬杖を突きながら、先程本屋で購入した雑誌を読みふけっていた彼女を、やはり本屋で購入したコンピューター系雑誌を読んでいたコウ・カジンスキーはちらり、と彼女を見詰めた。 耳にかかる柔らかい髪を何気な仕種で彼女は掻き揚げた。ちらりと覗き見えた青い石のついたピアスはK2がプレゼントしたものである。 2人が座っているのは、どこにでもあるただの喫茶店。 買い物に出ていた2人は足休めに立ち寄った店で2人とも始めて入店した店である。上品で穏かな音楽が耳障りでない音量で流れている。 彼女が頼んだミルフィーユがのった小さい白皿は、全部手をつけられていない。K2が頼んだのは、アイスコーヒーだけであった。 オーダーに来たウェイトレスは年代の変わらなさそうな肌の黒い女の子だった。 興味があったわけではもちろんないので、もう顔も覚えていない。 K2は彼女が読んでいる雑誌に目をむけた。 彼女が読んでいるのは、K2が一度も読んだ事がなく、これからも読む事はないであろう、女性ファッション誌である。 どこか、なにか彼女が思う記事があったのだろうか。 先ほどから、彼女の小さく愛らしい唇からもれる溜息の回数はK2が聞いているだけでも、5回以上にはある。 「ねぇ?」 K2は読んでいた雑誌を閉じて、脇においてそう尋ねた。 彼女、蒼月風華は彼の声にすぐに反応する。溜息を吐いた表情を一転させて明るく微笑を浮かべて彼女が小首をかしげた。 「なに?」 「どうしたの…?」 「なにが?」 風華はとぼけているわけでもないようだ。 自然な仕種で尋ね返して、食べかけのミルフィーユに手を伸ばす。 小さく切り取った一片をフォークで口に運ぶ。 彼女が大好きな苺のミルフィーユはK2にもおいしそうに見えた。それはあまりにも風華が幸せそうに食べるからである。 「さっきから溜息、ついているよ?」 「え?? 本当???」 「こんなことで嘘いって、どうするのさ」 驚いたように瞳を丸めて口を掌で隠した彼女に肩を竦めてK2は微笑んだ。 「君に嘘を言う気はもともとないけれどね。でも、どうしたの? 何か欲しいものでもあった?」 クスクスと彼女の照れた反応を覗き見ながらK2は言う。 彼にとっては当たり前のことでも、口に出すといつも彼女は白い頬を紅くする。その反応がとても可愛くて、K2は愛しいと思っていた。 「からかわれているみたい……・」 上目遣いに彼女はK2を軽く睨んだ。拗ねた唇でアイスコーヒーを一口飲む。 汗をかいたグラスに注がれた濃茶の液体が彼女の喉元を伝わった。 「からかっていないよ」 「わかっているけれど………・嬉しいんだよ。ちょっと恥ずかしいんだけれどね」 「本当のことだから、ボクは恥ずかしくはないんだけれどね」 「ん〜…欲しい物があるわけじゃないんだ〜」 風華は頬杖を解いて言った。急な話題転換は彼女がよくすることだ。 始めは少しそれに戸惑っていたK2だが、最近ではその流れを彼はすぐに捉える事ができる。 気づいてみればとても簡単だった。 彼女は聞かれた事に、聞かれた順に答えているだけであったのだ。 「じゃあ、なに?」 「……・馬鹿にしない?」 「どうしてボクが君を馬鹿にするのさ」 心外、とでも言いたげにK2は言った。小さく風華は礼を言って微笑んだ。 細い指で雑誌の一ページを開く。 それは雑誌の最後のほうの記事だった。 「……『今月の貴女の運勢』……・?」 指し示された綺麗にレイアウトされた文字を読む。 その文字の下には12個に分分けされた星座が書いてあり、どれも詳細に恋愛運、総合運、ラッキー色、アイテムなどが書かれていた。 「今月、私なんだか運勢悪いみたいなんだぁ……・」 残念そうに彼女が言った。たしか、彼女は4月10日生まれの牡羊座であった。 つられて、その牡羊座の運勢を読む。 「……『今月の貴女は少し運勢が傾いているよう。少し足元を見てみよう。今まで気づかなかった自分が見えてくるかも……………・』…・?」 「そこは別に良いんだけれどね。ここにさ…『信頼している友達とか彼氏と喧嘩の予感』って…」 「別にボク達、喧嘩するような理由ないじゃない」 「そうなんだけれどね……そう書かれると少し心配でしょ? …私が心配しすぎなだけだと思うんだけれど」 「ん〜……・まぁ、占いってけっこういい加減だからね。風華にだけ、風華のために占った結果じゃないから、あんまり信じる事はないと思うよ」 K2はそう言って彼女を励ました。 彼はあまり占いを信じない。血液型とか、星座とか、動物占いとか、そう言ったものを彼は一切気にしないし、信じない。 だから、風華が不安に思う理由も実はよくわからない。 でも彼は自分が信じていないことを他人にも「信じるな」とは言わない。 それが、大切な彼女であったとしても。 自分を押し付けることを、彼はしない。 彼女もそれは望んでいない。 ふと、K2は何かを思い付いたように片眉をあげた。誰にも気づかれない程度に。 「喧嘩しない根拠、あげようか?」 「は?」 K2は小さく笑みを含ませながら悪戯気に言った。 そして身を乗り出して、彼女に顔を近づける。とっさに身を下げた彼女の額に軽く彼は音を立てるように唇で触れた。 唇をガードするために手で口を抑えて、俯いた彼女の隙をついたのだった。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 「こんなに仲が良いのに、ボク達がケンカをするわけないじゃないか」 店内には相変わらず静かなメロディーが流れている。昼下がりの長閑な日差しが大きな硝子ウィンドウから差し込んでいる。 街を行き交う人々の波も途絶えない。 「ね? そうだろう?」 器用に片目を閉じてK2は尋ねた。 紅く頬を染める風華はキスされた額を抑えて、口をぱくぱくしている。 涙で潤んだ瞳は、K2を見詰めていた。 風華はしばらくそうしたまま彼を見ていたが、しばらくすると深呼吸を何度も繰り返して冷えたコーヒーに手を伸ばした。 一息に大量飲み込んで彼女は息をついた。 切れ長の瞳に楽しげな色を浮かべてそんな彼女を眺めていたK2に、彼女は言った。 「不意打ち…………・。あ〜もーっ! いきなりされて悔しいのに、どうしてこんなに嬉しいのかなっ!?」 好きだから、じゃない? と、K2が答えたかどうかは…………2人以外の誰にもわからない。 どこにでもいる幸せそうなカップルの日常。 些細な幸せに包まれている恋人同士は、どんな占いでも見通すことはできないのであった。 後日談。 「なんですかっ!! これはぁぁぁっ!!」 上南高校男子バスケ部部室に蒼月風華の絶叫が響いた。 彼女はふるふると震える指で一枚の写真を手にして食い入るように見詰めている。 意地悪げな微笑を浮かべて、彼女を見ているのは2人の部員。 上南高校男子バスケ部部員、澤村正博と。 同じく男子バスケ部の女子マネージャーの矢部希理子。 「偶然、街を歩いていたら見た事ある奴が通ってな。で、これも偶然なんだけれど、俺様がカメラをもっていてな。で、後で茶化そうと…・じゃなくて、何か撮ってあげようと偶然に気を聞かせて写真を撮ったら………」 「『これまた偶然で、こんな瞬間だった』、とでも言いたいの………?」 「そうそう、よくわかったな〜」 「そんな偶然あるかぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!!」 風華は手近にあった磨いたばかりのバスケットボールを澤村に投げつけた。 ひょい、ひょい、と澤村は憎らしいほどの軽いフットワークでそれを避けていく。ボールはそのまま壁に当たりバウンドして床に転がった。 「……にしても度胸あるね〜…こんな街のど真ん中でねぇ……あっつ〜いキスするなんてさっ」 「変な事言わないで下さい! 希理子さんっ! 誤解を生むじゃないですかっ」 じろり、と風華は希理子を涙目で睨んだ。風華の睨みにひるむような希理子さんではないことに、彼女がその時点では忘れていた。 「気をつけるんだよ、風華」 「……な…何が……です?」 「この部には女に飢えている奴等ばっかりだから。こういう幸せそうなラブラブカップルを見ると、荒れるような心の狭い奴らばっかりだからってことだよ。今日、あんたいびられるね〜きっと」 「たのしそうに言わないでくださいっ! だいたい、この写真をばらまいたのは澤村君なんでしょうっ! 酷いじゃないっ!」 怒りの矛先を澤村に向けて、風華は彼の胸元につかみ掛かった。苦しそうに顔をしかめて、彼は風華を払い除けて彼らしい微笑を浮かべた。 優しくも穏かでもない、不穏な微笑。 「ば〜か、なにいってんだよ。お前。俺はお前に見せるためだけに偶然撮ったんだぜ? この写真を皆に見せたのは………婆だ」 先ほどから彼が口にする"偶然"が疑わしい。そこまで用意周到な偶然があっていいものだろうか。 「何ちくってんだいっ! 澤村っ!!」 「2人とも同じですっ!!! 馬鹿〜〜〜っ!!!」 風華はモップを持ち振り上げた。希理子と澤村が部室から逃げた。 それを追いかけるように体育館に飛び出した風華は、足が速い2人が走りつかれるまでモップを持ち上げて校内外問わず、追いかけ続けた。 彼女が見た写真と同じ物が筑波のK2のところにも送られれていたことを知ったのは、随分後のことである。 <終わり> |
(イリスより) ラブラブだ、ラブラブだ〜(はぁと)←嬉しくて踊っているらしい。 K2が優しくてカッコイイ〜。風華ちゃんも可愛い〜。(そして、澤村と希理子さん・・・(笑))ああ、なんて幸せ・・・。 キリ番惜しいで賞として暁さんより頂きました(^_^) 暁さんの掲示板で悔しがっていたら心優しい暁さんが「書きますよ」とおっしゃってくれまして、 イリスはずうずうしくもお願いしたという(^_^;)しかも、難しいK2創作(刺殺) 「難しい」といわれながらも、こんなに素敵な創作を書いて頂いて・・・もう、暁さんのところへ足を向けて眠れません〜。 本当に、本当に有難うございました〜m(__)m |