「起きて!君の世界『テレジア』は大変な事になっているんだ!」

 耳元で聞こえてくる必死な声に意識を浮上させた少女が瞳を開いた。
 体を起こした少女に目の前にいた白い生き物がほっとしたように言葉を続ける。
「良かった、目が覚めたんだね。君の名前は?」
「私・・・私は・・・」
 一瞬、何かを探すように瞳を揺らした少女はゆっくりと自分の名前を口にした。
「・・・シルヴィアナ」
 名前を告げると同時に少女の背中に流れる純銀の髪がサラリと揺れる。
 それを目にした白い生き物も納得したように頷いた。
「シルヴィアナ?うん、いい名前だね。オイラはモルモ。相棒としてこれからよろしく、シルヴィアナ!」
 にこにこと笑顔を浮かべる小さな生き物につられるように、目を覚ました少女もほっとしたように笑みを浮かべる。
「あの、ここは・・・どこ?」
 周囲に漂う不可思議な雰囲気に少女は辺りを見回しながらポツリと呟くと、それを受けた白い生き物は真剣な表情になった。
「ここは世界樹の麓。君は世界樹に産み出された『ディセンダー』なんだ」
「『ディセンダー』・・・?」
「この世界『テレジア』は今、危機に瀕している。世界を何かが蝕んでいるんだ。その危機に対抗するために君が生まれた」
 白い生き物に言われて初めて、少女は目覚める前の自分の記憶が全くないことに気付いた。
「世界樹から・・・」
「オイラもディセンダーなんだ。テレジアとはまた別の『ヤウン』という世界のね」
「『ヤウン』という別の世界?じゃあ、モルモはどうしてテレジアに来たの?」
「オイラの世界も蝕まれてしまったんだ。残っている場所はもう僅か。だから、テレジアに来たんだ。ここで『アレ』を倒せば・・・オイラの世界、ヤウンにも可能性がある」
 目の前にふわりと浮かんでいる小さな生き物の、アクアマリンのように綺麗に透き通った青い瞳に、苦しさと切なさと悔しさが混然として浮かんでいる。
「モルモ・・・」
 何かを言いかけた少女は口を閉じ、次いで瞳も閉じた。
 生まれたばかりの自分が言える言葉は何も持っていないと。
「ねぇ、モルモ。そもそもディセンダーって何なの?」
 一息置き、青翠の瞳を開いた少女の問いに、ふわりと浮かんだ小さな生き物はコクリと頷いた。
「そうだね、まずはそれを話さないと。ディセンダーというのは・・・」
『きゃあああっ!』
 突然響いた、静かな空間を引き裂くような悲鳴に少女と白い生き物ははっとしてお互いの瞳を見合わせた。
「悲鳴!?シルヴィアナ、話は後だ。行こう!!」
 悲鳴が聞こえた方向へ飛んでいく白い生き物の後を追い、少女も側にあった斧を掴んで走る。
 たどり着いた先には兵士に剣を突き付けられている少女の姿があった。
「女の子だ!助けよう、シルヴィアナ!」
 白い生き物の言葉に頷き、少女は兵士の前に走り込んだ。
「何だ、お前は?お前もスパイか!?」
「スパイ?そんなもの知らないけれど、大の男がか弱い女の子に剣を向けているのを見過ごす事は出来ないわ」
「邪魔だてするならば、お前も容赦せん!」
 聞く耳持たず、切りかかって来た兵士を軽い身のこなしでかわした少女は手にした斧を軽々と振り回す。
 2、3回、兵士の剣と打ち合った後、少女の斧が剣を真っ二つに叩き折った。
 金属音を響かせながら転がっていく折れた剣を唖然と見ていた兵士ははっと意識を取り戻し、ありきたりな
捨て台詞と共に逃走した。
「やったね、シルヴィアナ!君、凄いや!」
 満面の笑顔で飛んでくる相棒に少女は笑みを向ける。
 その背中に小さな声が掛けられた。
 振り返ると桃色の髪と緑の瞳の小柄な少女が感謝の色を瞳に浮かべ、ぺこりと頭を下げた。
「あの、助けてくれて有難う」
「怪我はない?オイラはモルモ。こっちはシルヴィアナ」
「うん、大丈夫。えっと、あたしはカノンノ」
「うん、よろしく、カノンノ」
 にこにこと笑顔を交わす桃色の少女と相棒の姿に純銀の髪の少女もほっと頬を緩めたその時。
「カノンノ!無事か、カノンノ!」
 一人の青年が桃色の少女の側に走り寄った。
「大丈夫。この人達が助けてくれたから」
「そうか。俺はチェスター。カノンノを助けてくれてありがとう」
「大したことじゃないよ。あ、オイラはモルモ。こっちはシルヴィアナ」
「モルモにシルヴィアナか。もしかして難民なのか?」
「スパイの次は難民?何なんだよ、一体」
 呆れたような疲れたような相棒のぼやきに純銀の少女も同意の溜め息を零した。難しい事態になっているような予感さえ覚える。
「ははっ、悪い。だが、ここに入ってくるのはかなり難しいんだ。難民じゃないなら、二人はどこから来たんだ?」
「えっと・・・」
 眉を寄せ、困った表情で純銀の少女は相棒を見やった。
 世界樹から生まれたばかりであることを話してもいいものか。
 純銀の少女の困惑を桃色の少女は別の意味に捉えたようだった。
「もしかして、あなたもないの?ここに来るまでの記憶が」
「え?あ、その・・・」
「事情はよく分からないが・・・行くところがないのなら、クラトスという男を訪ねるといい」
「うん、分かったよ。有難う、チェスター!」
「ああ、じゃあな」
 青年と桃色の少女の姿を見送り、白い生き物と純銀の少女は顔を見合わせた。
「とりあえずオイラ達も外へ出よう、シルヴィアナ」
「ええ、そうね」
 相棒の促しに頷き、純銀の少女も外へと足を運んだ。

「うわあ、気持ち良いなぁ。この世界のマナはすごく豊富なんだね」
 気持ち良さそうにアクアマリンの瞳を細める相棒の隣で純銀の少女が軽く瞳を見開いて目の前の風景を見ていた。
「なんて・・・広い・・・」
 青く彼方まで広がる空に遠くで幾つも連なる稜線を描く山々。
 爽やかな風が少女の純銀の髪を揺らすが、初めて感じる世界の広さに急激に心細さに襲われる。
「シルヴィアナ」
 ふるり、と肩を震わせた少女の名前が呼ばれ、青翠の瞳とアクアマリンの瞳が合わさった。
 綺麗に澄んだ瞳が少女を真っ直ぐに見つめている。
「オイラも一緒だから」
「・・・うん」
 ただ一言だけであったが、少女はすーっと心を覆っていた不安が無くなるのを感じた。
 世界の広さに無意識に怯えていたことに素早く気付き、ただ一言だけでそれを取り除いてしまった相棒。
 自分はきっと、目の前にいる小さな生き物にかなわないのだろうと思いながら、小さく頷く。
「ねぇ、モルモ。ディセンダーって何?」
「うん、後でその話をするって言ったし、説明しないとね」
 純銀の少女と並んで外を見渡しながら、相棒はゆっくりと話す。
「ディセンダーとは世界が危機に瀕した時、世界樹が産み出す者。危機に対抗するために、対抗出来る力を世界樹に与えられ、世界に生まれてきた者」
 いったん言葉を切った相棒はアクアマリンの瞳に影を落とした。
「・・・オイラは上手く力を発揮出来ずに、みすみすヤウンを蝕まれてしまったけど」
「でも、まだ完全に蝕まれてしまったわけじゃないのでしょう?」
「うん。助ける可能性があったから、ここ、テレジアに来たんだ」
「・・・あの。あまり聞きたくはないけれど。もし、ヤウンが完全に蝕まれてしまったらどうなるの?」
「オイラも消えてしまうんだ。それはシルヴィアナ、君にも言えることだよ」
 存在が『消える』と聞かされ、純銀の少女の瞳が見開かれる。
 青翠の瞳に浮かぶのは微かな恐怖。
 それは自分が消えるという恐怖ではなく、側にいる相棒がいなくなるという恐怖故で。
「そうならないために、頑張るのでしょう?」
 自身に浮かんだ恐怖を振り払うように、純銀の少女が相棒の瞳を覗き込むとアクアマリンの瞳を笑みで細め、相棒は頷いた。
「うん、もちろんだよ。シルヴィアナ、一緒に頑張ろう!」
「ええ。・・・あのね、モルモ。お願いがあるんだけど」
「オイラに?何?」
「モルモを抱き締めさせて?」
 きょとんとアクアマリンの瞳が純銀の少女を見つめるが、すぐに笑顔で頷いた。
「もちろん、オイラでいいなら」
「私はモルモがいいの。・・・ただ一人の、私の・・・相棒」
 微かな切なさを青翠の瞳に滲ませ、純銀の少女はそっと手を伸ばした。
 小さくとも確かな存在感と命の通った暖かさを感じ、ホッと溜め息をつく。
「もう一つ、お願いがあるの」
「うん、何?」
「私のこと、シルヴィアナじゃなくてヴィーナって呼んでほしいの」
「ヴィーナ?それって、愛称で呼んでほしいってこと?」
「うん。・・・その、モルモは私の相棒でしょう?他の人達よりもずっと身近な存在で、だから愛称で呼んでほしいと思うの」
「そうかぁ。うん、ヴィーナ、だね?」
 笑顔で了承した相棒に純銀の少女の表情も柔らかくほどけた。
 無意識に緊張していたのが解けたことに気付いた相棒はもう一度、笑顔を浮かべる。
「じゃあ、シルヴィアナ・・・ヴィーナ。行こう、世界へ」
「ええ、行きましょう、世界へ」
 純銀の少女は相棒の言葉に頷き、視線を上げると足を踏み出した。世界を護る闘いが始まった。



「TOWより・モルモと女主シルヴィアナ」