もう、これで何度目の異界渡りだろうか。 そんな取り留めのないことを思いながら少女は異世界への扉をくぐった。 カツン、と足元から硬い音が響く。 「これは、また・・・」 絢爛豪華なシャンデリアを頭上に見上げ、少女は微かな溜め息をついた。 「今度は一体、何の物語なのでしょうね」 素早く視線を巡らせ、目立たぬ場所へ移動する。 そして『聖歌』を歌った。 『聖歌』の力が周囲を巡り、少女の脳裏に情報を流し込む。 ひと通りの情報を受け取った少女の瞳がゆっくりと開かれた。 「平和といえば平和なのでしょうけれど・・・」 『どうされました、主様?』 誰もいなかったはずの場所に玲瓏たる美声が響く。 視線を上げれば美声に相応しい絶世の美貌がそこにあった。 「迦陵頻伽、今回は武器は必要なさそうですよ」 『そうなのですか?』 「ええ。ここはフランスのパリに存在する建物。『オペラ座』ですから」 煌めくシャンデリアを見上げ、少女は呟く。 「『オペラ座の怪人』・・・今回の物語はあまりにも有名な悲劇の物語」 その悲劇の舞台となる劇場を見渡しながら、少女は静かに思考に沈んだ。 「悲劇は嫌いなのですが、そうも言っていられないでしょうね・・・」 『主様?』 「迦陵頻伽、私は物語を壊さない程度に物語を壊すことにします」 『主、様・・・』 あまり、主要的な事には積極的に関わろうとしない(とはいえ、何故だかやたらと巻き込まれていたが)己の主の台詞に美声と絶世の美貌の持ち主の声には戸惑いが滲んでいた。 「今まで様々な世界に降り立ちましたが、さすがに今回は表面だけの手助けはしたくありません。・・・全ては私の我が儘ですが」 微かな憂い顔を見せる主に斬魄刀の化身は絶世の美貌に柔らかな笑みを浮かべる。 『わたくしは主様が主様の思うようになさればよいと思いますわ』 「有り難う、迦陵頻伽」 最初の世界で出会ってから片時も離れることなく、ずっと支えてくれている自分の半身とも言うべき存在に少女は微笑みを向けた。 「さて、それでは私達のこれからの身の振り方ですけど」 『どうされますか?』 「・・・どうしましょうね。何故か男装していますし」 『そうなのですか?』 白いドレスシャツに黒いズボン。今まで渡り歩いた世界では女性が身に付けていても特に奇異に見られなかったが、この時代のフランスは女性はスカートを穿くべきだという意識が徹底している。男装など舞台女優ぐらいなものだ。いや、舞台でも女性が男装する物語があるかどうか。なのに世界を渡ってみれば男装である。 いくら男装しようとも、少女が持つ柔らかな体の曲線ははっきりしていて少女の性別を白日の元に晒しているのだ。 これはどういった意味なのか。 世界は何の意図を持って男装をさせたのか。 「本気で訳が分からないのですが」 少女が首を傾げたその時。カツン、と足音が劇場内に響いた。 「・・・そこにいるのは誰だ」 決して大きな声ではなく、けれども豊かに響くテノールの声に少女は僅かにしまったといった表情を浮かべた。 考え事に没頭していたとはいえ、人の気配を察することが出来なかったことに内心で舌打ちをする。 「劇場が閉まってからかなりの時間が経っている。どうやって入り込んだ?」 豊かな声が伝える不審な感情。 それも無理はないと少女は小さくため息をつき、覚悟を決めた。 ゆるりと振り返り、背後から響いた声の主と対峙する。 「君は・・・誰だ?」 黒真珠の瞳と顔に装着した仮面の奥から覗く硝子のように色の薄い瞳の視線が絡み合った。 この世界で少女が物語に出会った瞬間だった。 「試し書き・オペラ座の怪人夢」 ※映画でもなく小説でもなく宝塚歌劇団の舞台を見たが故の衝動(笑) |