激しい雷雨が窓の外で鳴り響いていた。 部屋は薄暗かったが、相対した年若い女性の顔色が見る間に色をなくしていくのがはっきりと分かる。 「そ・・・ん、な・・・」 震える唇から小さな呟きが零れるのも無理はなかった。 両親と双子の弟が亡くなったと告げられたのだ。 泣き叫ぶ事なく、呆然としている様子が余計に痛々しさを醸し出す。 「姫、お気をしっかりお持ち下さい。姫にはやって頂きたいことがあるのです」 「私、に・・・?」 「はい」 肉親を亡くしたばかりの姫に酷な要求をしていると思う。 だが、今から伝える計画はこの国の為であり、今は亡き国王の願いでもあるのだ。 王宮医師を務める青年は決意を込めた視線を、目の前に立つ姫の黄金の瞳に向ける。 「姫、こちらへ」 青年の促しに素直に従い、姫は足を進めた。 そして。 「カイン!?」 確かに今、亡くなったと告げられた双子の弟が自分と同じ黄金の瞳を閉じ、静かに横になっていた。 「ジーク、これは一体・・・?」 黄金の視線を受けた青年はゆっくりとある計画を話し出した。 亡き国王が弟と甥の政治の方向性を些か危険視していた事、姫が女性である為に王位継承権がなく、直系の王位継承者が双子の弟しかいない事。 そして、万が一の事態を考え、もう一人の彼を作った事を。 その万が一の事態が起こった今、目の前の彼を国王にするのだと青年は話した。 「しかし、姫。今の彼には魂しかありません。記憶も経験もなく、赤子と同じ状態なのです」 あまりにも大胆な計画に絶句する姫を見つめながら、青年は話を続ける。 「カイン様は一命を取り留めたものの、記憶は一切なくしてしまったと周囲には知らせます。ある程度の知識を持てるようになったら王宮に帰ってくるように手配しますので、その後の事は姫にお願いしたいのです」 「私に?」 「カイン様に国王としての教育を施すのに姫、貴女にお願いしたいのです」 「え?」 「もちろん、教育係は他の者にお願いします。姫はカイン様の肉親として側にいて支え、励まし、方向を指し示して頂きたいのです。ただ一人の肉親として、愛情を注いで欲しいのです」 青年の言葉に姫は双子の弟と同じ顔で、けれども違う存在を見つめた。 「カイン・・・」 弟の名を呟き、黄金の瞳を閉じた姫がその瞳を開いた時。黄金の瞳には強い決意が宿っていた。 「分かったわ、ジーク。カインとして支え、励まし、愛情を注いで、彼を立派な国王へと導くように私も協力します」 強い決意に満ちた、煌めく黄金の瞳を見つめた青年は柔らかく微笑んだ。 「よく決心されました、姫。私も協力を惜しみませんので、何でもご相談なさってください」 「ええ、頼りにしているわ、ジーク」 「それから姫。この計画に一人、協力者がいます。その人を紹介したいのですが」 「協力者?」 「はい」 姫の疑問に青年は頷き、視線を部屋の片隅へ流した。 青年の視線を追って姫も視線を流す。 「あ・・・」 そこには一人の女性が立っていた。 黒のズボンに蒼い上着、腰に見慣れぬ剣をはいた男装姿。 気づかなければ気配も感じ取れないのに、一度意識すると自然に惹きつけられる存在感がある。 「随分、大胆な計画に巻き込んでくれましたね、ジーク」 瑞々しい唇から零れる声は若かったが、不思議な落ち着きがあった。 「それでも、貴女は巻き込まれてくれるでしょう?」 青年の切り返しに女性は溜め息をつき、その動きで腰まである長い髪がサラリと揺れた。 蝋燭の光を受けた髪は黒真珠のような色と光沢を放ち、髪と同じ黒真珠の瞳が姫の黄金の瞳を見つめ、柔らかい笑みを浮かべる。 「ジーク、この方は・・・?」 戸惑う姫の姿に青年はクスリと笑みを零した。 「姫も聞いた事がある筈です。この人は『太古の森の賢者』ですよ」 青年が告げた異名に姫の黄金の瞳が見開かれた。 王国の辺境に『太古の森』と呼ばれる一帯がある。 いつからか、この森に一人の人物が住み着くようになった。 存在が取り沙汰されるようになったのはもう随分と昔の事で、その人物が持つ知識・見識は非常に奥深く、特に薬草の知識が膨大で近辺の国々からも注目されていた。 彼の人の豊富な知識故に『太古の森の賢者』と呼ばれだしたのは遥かな昔であった筈だ。 だが、目の前に立つ『賢者』はあまりにも若い。 どう考えても話に登りだした時と彼女の年齢が合わないのだ。 「私の年齢が若すぎるとお思いなのでしょう?」 「え、ええ」 「難しい事ではないのです。私は三代目の『賢者』というだけ」 「『賢者』様は代替わりをされるのですか!?」 初めて聞く話に姫が目を丸くすると青年がクスリと笑みを零した。 「この事を知っている者はほんの数名です。姫が知らないのも無理はありません」 「そういえば、ジークはどうして『賢者』様をお呼び出来たの?」 「ふふっ、ちょっとしたツテがあったのですよ」 「何をもったいぶっているのですか。ただ単に昔からの知り合いというだけでしょう」 あっさりとネタをばらした彼女を青年は拗ねた目で睨んだ。 青年の視線に女性は肩を竦めてみせる。 「ジークと昔から・・・?」 「ええ。昔、ジークが薬草の知識を教えて欲しいと乗り込んできてからの知り合いです」 その『昔』を思い出したのか、女性の黒真珠の瞳が笑みを浮かべる。 「私も驚きましたよ。『太古の森の賢者』を訪ねた筈なのに、出てきたのが貴女でしたから」 「あの時の私はまだ弟子だったのですが」 女性の呟きに姫はコクリと首を傾げた。 「でも、私は『賢者』様は何となくお年を召された方だと…お一人でお住まいだと思い込んでいましたからジークもそれで驚いたのでは?」 あどけなさを感じる姫の仕草に女性の笑みが深くなった。 「姫は本当に可愛らしい、素直で純粋で、人の気持ちを思いやれる優しい方ですね」 「え?あの・・・」 女性の腕が伸び、細い指が姫の柔らかな髪に差し込まれ、そっと梳く。 差し込まれた指から仄かに薬草の香りが届いた。 「姫を気に入って頂けたようですね」 青年が微笑むと女性は苦笑し、黒真珠の視線を流した。 「こんなにいい瞳をしているのに、気に入らないはずがないでしょう。流石、ジークが教育しただけはありますね」 「では」 「ええ。存分に利用するといいでしょう、『賢者』の名を。ただ、私の外見は若い女ですから、どれだけ効果があるか分かりませんが」 「謙遜することはありません。『太古の森の賢者』の影響力は非常に大きい。だからこそ、私は貴女を頼ったのです」 「ジーク?どういうこと?利用って、一体・・・」 『利用』という、些か不穏な単語に敏感に反応した姫は黄金の瞳と声に険を滲ませ、青年を見つめる。 「姫、怒らなくてもいいのです」 「でも!」 「姫」 あくまでも穏やかに呼び掛けられ、思わず口を閉じた姫は目の前に立つ女性の黒真珠の瞳を見つめた。 「姫、これから私達が実行しようとしている計画は様々な難関が待ち構えています。カイン様は一命を取り留められた、けれども記憶は失い一から教育しなければならないという状況では第二王位継承者である従兄殿を即位させようという声が必ず上がるでしょう」 十分ある可能性の指摘にはっとして、姫は息を呑んだ。 「こんな私ですが、ジークの言葉を借りるならば『太古の森の賢者』の影響力は無視出来ないもの。『賢者』がカイン様と姫のために森から出てきて、協力するとなれば口さがない者達も少しは静観する姿勢を取らざるを得ない筈です」 その為の利用なのだと女性は穏やかに微笑みながら、姫に告げた。 「有難う、ございます」 青年が頼ったからこその協力だろうが、それでも差し出される無条件の助けの手に姫は深く頭を下げる。 聡明な姫の姿に女性の微笑みが深くなった。 「私はいつでも姫の味方です」 決意を胸に秘め、まっすぐな瞳で部屋を出て行く姫を見送った青年は窓の外を眺める女性を振り返った。 「感謝します。貴女がこの計画に協力してくれる事に」 『主様は先程の方を気に入っただけの事ですわ』 玲瓏たる美声が部屋に響き、純銀の髪の絶世の美女が部屋に現れた。 突然姿を現した絶世の美女に青年は驚くことなく微笑みを浮かべる。 「お久しぶりです、迦陵頻伽」 『ええ、ジーク様。本当に何年・・・いいえ、十何年ぶりですわね、ジーク様が最後にお顔をお見せになってから』 「もう、それほどの時が経ちましたか」 感慨深く呟く青年に美女も頷いて返した。 「それにしても、代替わりを姫が信じてくれて助かりました」 『ジーク様が補足して下さったからですわ、主様』 「そうですね。まあ、何十年も姿が変わらないとは普通、思いませんし」 「・・・貴女との付き合いも長くなりましたね」 「ええ。そういえば、ジーク。フランと会っていますか?」 「フラン、ですか?いいえ、この十数年というもの、会っていません」 「そう、ですか」 「フランがどうかしましたか?」 「・・・いえ。その内わかるでしょう。それよりもジーク、私を巻き込んだのはカイン様の教育だけが目的ではないのでしょう?」 伏せていた黒真珠の瞳を上げ、女性は青年の湖水色の瞳をまっすぐに見つめた。 その視線を受けた青年はそっと息をついて頷く。 「カイン様と姫。この二人に守護を。・・・ですね?」 「やはり、貴女にはお見通しですか」 「予想はつきますから。私の影響で口をつぐむ者はいるでしょう。けれども、陰に籠もり謀略を巡らせる者も必ず出ます。そして、その者達が出す結論はほとんど同じ」 『つまり、暗殺ですわね』 美女の断言に青年も同意の頷きを返した。 「はい、間違いなくカイン様と姫は狙われます。けれども、この城で信用出来る者は正直、誰もいません。私は貴女しか信頼出来ないのです」 「これはまた、凄い信頼のされ方ですね」 自分一人に自分の命ではなく、大切な二人の命を預けるのだ。 相手も生半可な覚悟ではないと自ずと理解してしまう。 だが。 「引き受けます」 「いいのですか?」 「言ったでしょう、姫を気に入ったと」 微笑みながら頷いた女性は再び窓の外へ視線を流した。 「これはまだ序章の出来事です。カイン様と姫が狙われるのは確実でしょう。けれども、私が護ります。何があっても」 「貴女がそう言ってくれるのなら、私は安心していられます」 お互いの視線を合わせ、二人は共通の秘密を持つ者同士の微笑みを浮かべた。 こうして、王宮を舞台に物語の幕が上がったのだった。 「試し書き・王宮夜想曲夢」 ※知る人は知っている乙女18禁ゲームの世界だったり(笑) |