突如、オペラ座の王のバルコニーで起こった王の暗殺未遂事件。 二人の男が構える短銃は違うことなくアテキーヌ王を狙っていた。 この非常事態で誰もが動けない中、王を庇ったのは不仲を公然と囁かれている王妃・ディアナ。 優美に、けれども王妃としての威厳を持ち、臆することなく男達が構える短銃と相対する姿は気高く、美しかった。 その姿に男達が戸惑い、けれども引き金に掛かる指の力を入れようとした瞬間。 今度は白き王妃を庇うかのように、黒い影が頭上から降ってきた。 軽い音と共に着地し、即座に変わった形の剣を掲げる華奢な姿に再度、男達の動きが止まる。 「・・・まったく。あまり、無茶をなさらないでください、ディアーナ様。肝が冷えましたよ」 突如、王妃の目前に現れ、男達から視線を外さず小さく苦情を呟くのは黒真珠のような艶を放つ黒髪を結うこともなく腰まで伸ばし、髪と同じ黒真珠を思わせる瞳をもつ、年若い女性だった。 王妃を背後に庇いつつ、変わった形の剣を手に常識では考えられないシャツとズボンという男装した姿は華奢な外見を大きく裏切り、歴戦の戦士のような隙のなさと迫力を伴っていた。 「あら、ごめんなさいね」 だが、その迫力もロンバルディアからの付き合いのある王妃にとっては如何ほどもないようで、優美に微笑みながら謝罪する声に黒真珠の女性は微かな溜息を吐いた。 「・・・お、お前、一体、どこから・・・っ!?」 二人の男の内、一人は明らかにうろたえ、落ちつかなげに視線はあちこち彷徨っている。 おそらくは、この女性がどこから現れたのか見つけようとしているのだろう。 だが、黒真珠の女性は王妃以外の人間にとっては非常識な事実をあっさりとばらした。 「扉は貴方方が押さえているでしょう。ならば、方法は一つだけ。バルコニーから飛び込ませていただきました」 「なっ!?」 『主様を小娘だと過小評価なさらない方がよろしいですわよ』 「ゆ、幽霊!?」 更に、ふいに現れた純銀の髪と真紅の瞳の絶世の美女の姿に男達は完全に思考を停止する。 相対している黒真珠の女性の手にあった刃がいつの間にか消えている事にも気づいていない。 『わたくしを幽霊呼ばわりなどと・・・屈辱ですわね』 「迦陵頻伽、そこで怒っていないで戻ってらっしゃい。抑えるのならば、今のうちです」 『賜りましたわ、主様』 純銀の美女が消えると同時に黒真珠の女性の手に刃が再び現れ、即座に男達との距離を縮める。 とっさに男が短銃を構えたその時、王のパルコニーの前の扉が大きく音をたてて勢いよく開いた。 同時に空を引き裂くように飛んできた短剣が男の手にある短銃の向きを変え、更には黒真珠の女性の刃が短銃を跳ね飛ばす。 はっと気付いたもう一人の男が最初の目的である王へ−−−その前に依然、立ち位置を変わることなく立っている王妃へ引き金を引こうとするが、扉から燕のように飛び出してきた小柄な影に銃身を跳ね上げられた。 その後の出来事は非常に目まぐるしかったとしか言いようがなかった。 二人の銃士の乱入に加え、枢機卿が私兵を率いてやってきては暴漢達に勝ち目などなく、一人は取り押さえられ、一人は己の命を断ち。 精神的に幼稚で気まぐれな王は自分の命を庇い、救ってくれた王妃と銃士達へ大袈裟なほど感激してそれぞれの行動を讃える。 一歩、その場から身を引いた黒真珠の女性は何かに憂いるような表情を微かに浮かべ、炎のような朱金の髪の小柄な銃士を見つめた。 その視線に気づいたのか小柄な銃士の視線が動き、黒真珠の女性の姿を捉えた途端、満面の笑顔を浮かべた。 「よかった、無事だったんだ!」 「貴方達が来てくれたお陰です。ありがとう、ジュリアン」 「貴女が時間を稼いでくれたお陰だよ。衛兵達に梃子摺らなかったらもう少し、余裕を持って手助けできたんだろうけど・・・」 「ジュリアンが気に病むことはありませんよ。・・・でも、そうですね。どうしても気にしてしまうというのならば、今度、デートをしてくれませんか?」 「え?私と?」 「はい」 きょとん、としていた朱金の銃士だったが、優しい微笑みを浮かべている黒真珠の瞳を見つめ、そして晴れやかな笑顔を浮かべる。 「・・・うんっ」 朱金の銃士の魅力の一つに数えられるだろう、天真爛漫な笑顔を優しい微笑みで見つめながら、黒真珠の女性はこの先起こるだろう数々の事件にそっと胸を痛めた。 男の一人が零したある女性の名前。 そして、意味ありげな枢機卿の視線。 それらはすべて、目の前で眩しい笑顔を浮かべている朱金の銃士へ向けられている。 また、何かが起こるのだろうが、今はまだ、素直で真っ直ぐな朱金の銃士と笑顔を交わしていたいと願う。 そんな願いを抱え、黒真珠の女性は笑顔を浮かべていたのだった。 「試し書き・マスケティア・ルージュ夢」 ※急遽、書いた試作品故にあちこち矛盾だらけ・・・(汗) |