alcoho


「ふぅ・・・」
 入浴から上がった少女はため息をつきながら、濡れた艶やかな栗色の髪を丁寧に拭く。
 お気に入りの入浴剤を入れてゆっくりと浸かった入浴だったが、今日は憂鬱な気分が治らない。どんなに落ち込んでもこのお風呂タイムでそれなりに浮上していたのだが、どうも上手くいかないようだ。
 原因は分かっている。分かってはいるが・・・
「はあぁ」
 どうしてもため息が漏れてしまうのを、少女は止めることができなかった。
 コン、コンコン。
 突然、扉をノックされ、少女は思わず飛び上がる。時間は夜の九時。特別遅いわけではないが、人が訪ねてくるには遅い時刻。それでも、金髪の親友かと思い少女は特に疑うでもなく扉を開けた。
「・・・セイラン様!?」
「やぁ」
 壁に気だるげに身をもたれさせ、蒼の髪を掻き上げてみせるのは感性の教官。絶句した少女に視線を向け、青年は少し皮肉げに笑ってみせた。
「入らせてはもらえないのかな?」
「あ、はい、どうぞ」
 思わず条件反射的に青年を部屋に入れてしまったが、はた、と気づく。普通、こんな遅い時間に訪ねて来る者もいなければ、部屋に入れる者もいないのだ、ということに。
「セイラン様、悪いのですけれど・・・」
 やっぱり、部屋を出てもらおうと振り返った少女は青年の酒臭い息に気がついた。
「セイラン様、お酒臭いですよ。まさか、酔ってらっしゃるんですか?」
 よくよく見るといつもは冴えた、冷たい輝きに支配されているシアンブルーの瞳もどこか潤んで、そこはかとなく色っぽいような気がする。
「そうだね、少し飲んだから」
 そういう状態でここに来るんですか?と突っ込みたいのを押さえ、少女は青年を椅子に座らせた。
「とにかく、そこに座って下さい。今、お水を持ってきますから」
 そう言ってキッチンに向かおうとした少女の細い手首を、青年の繊細な手が捕らえる。
「・・・?セイラン様?」
 不思議そうに少女が振り返ったのと青年が掴んだ手を引いたのとが同時だった。
 濡れていた栗色の髪から滴が散る。
 バランスを崩した体は青年の腕の中に飛び込み、それを待っていたかのように青年の腕が少女の細い腰を抱き寄せ、小さな唇を塞ぐ。少女の口の中にアルコールの苦い味が広がった。
「!?」
 大きなサファイアの瞳が更に大きく見開かれ、一瞬硬直状態に陥る。だが、その状態が過ぎ去ると今度は青年の腕の戒めから抜け出そうと暴れだしたが、どうあってもその戒めは外れそうになかった。
「・・・ゃ、嫌、セイラン様、離してっ!」
 唇が離れた途端、少女の叫びが飛び出る。
「嫌だね」
 短い返答に、少女の目尻が吊り上った。自分というものを無視する行為は、少女にとって許せるものではない。故にその視線の鋭さは物質的な威力があれば、確実に人を傷つける・・・いや、ひょっとしたら射殺せるのではないかという程のものだった。
 その、強気な少女らしい視線にうっすらと青年は笑みを浮かべる。理不尽なことには決して屈しない、自由でしなやかで、気高ささえ感じられる魂の輝き。その輝きに魅せられたのはいつのことか。
 だが、自分が魅せられたように、他人も魅せられているのだということに、あの出来事を偶然目撃するまで気がついていなかった。
 今日の、あの出来事、見たくなかった場面・・・
「今日、外れの花畑にいたね」
 はっきりと少女が息を呑む音が聞こえた。
「・・・見たのですか・・・?」
「うん、見たよ」
 見たくはなかった、けれど見てしまったあのシーン。



 少女は花畑で満面の笑みを浮かべていた。少女らしく、こういった花畑はとても好きで、連れ出してくれた者にもその笑顔で礼を言う。
 花畑の中を走りまわる少女の姿は普段の勝ち気な姿とは違い、無邪気な子供のようで微笑ましい。
 その少女の体が何かに滑ったのだろうか、バランスを崩して倒れそうになり、慌てて抱き止めた者諸共地面に倒れ込んだ。
 感性の教官が目撃したのはちょうどこの場面だったのだ。
 一方、少女の方はといえば感性の教官には気づかず少々慌てていた。偶然とはいえ、二人折り重なるように倒れ込んだのだ、冷静になれという方が無理である。
 謝罪を口にして少女は起き・・・上がれなかった。
 両の肩を押さえ付けられ、間近で見つめられ・・・そして、少女は鮮やかで印象的なサファイアの瞳を更に見開くこととなった。告白された為に。
 そして・・・



 ガタ、ガターン!!
 椅子が倒れ、テーブルが揺れる。
 あっと思う間もなく、少女の体は床に押さえ付けられていた。したたかに酔っているわけではないが、だが酔っているが為に青年の行動は強引だ。
「あそこで・・・こうされて、いたよね・・・」
「どこまで見ていたんですか?」
 青年の思いがけない力とどこか思い詰めたような瞳に怯むことなく、少女は冷静に問いかける。
 その冷静さが尚更、青年の心に火をつけるとも知らずに。
「ここ・・・」
 すっと、少女の細い首筋に青年の繊細な白い指が触れ、撫で上げる。
「跡がついているよ」
 両手を一まとめにされ、頭の上で押さえ付けられた少女の首筋。白い肌に一際映える、紅。
「キスをしていたところまでは見たけど・・・ね。まさかこんな跡をつけるまでとは思わなかったな」
 そう呟いた青年の唇が紅の華に触れ、きつく吸い上げた。
「っ」
 息を呑み、体を震わせながらもサファイアの瞳の強さは変わらないまま、更に問いかける少女。
「・・・じゃあ、その後のことはごらんになっていない、ということですね?」
 輝き、冴え渡るサファイア。力強く羽ばたく翼を持つ心。
 少女を側に引き止めるにはどうすればいい?
 どうすれば、この自由な魂を自分のものにできる?
 できるならば、その背にある翼をへし折り、もぎ取って飛べないようにしたい・・・
「そのまま見続けるほど野暮じゃないさ」
 続く言葉は胸の内で呟く。だから、アルコールに手を伸ばさずにはいられなかったと。
「続けてごらんになっていればよかったんですよ」
「何?」
 言葉に反応した青年が少女を見つめる。真っ向からサファイアの瞳とシアンブルーの瞳がぶつかり、見えない火花が散った。
 その視線を逸らさず、少女は言葉を続ける。
「明日、あの方の顔をごらんになってみて下さい」
「・・・拒絶した、ということかい?」
 察した青年の問いに少女は無言で頷く。
「確かに告白されついでにキスをされましたけど、お断りしました。けれど、あの方は納得されなかったのか、強引にことを進めようとされたんです。でも」
 一旦言葉を切り、目を伏せ、少女は軽くため息をつくと再び目を開いた。そのサファイアの瞳に輝くのは何者にも屈することのない、強い意志。
「私は私を物のように扱われるのも、私自身の意志を無視して私に勝手をされるのも、大嫌いです。それは、私自身を認めないのと同じ行為。そんな方の思い通りになる義理が、どこにあるんです?」
 憂鬱の原因である今日の出来事に、されたとこに対する怒りに、サファイアの瞳の輝きが強まる。
 誰をも魅了する強く、強い輝き宿るサファイア。
「ですから、蹴り上げて殴り飛ばしました」
 最後の、あっさりと言ってのけた一言に、青年の思考が一瞬止まる。
 少女の言うことはつまり、男にとっての急所を攻撃し、平手ではなく拳で殴ったということだ。
「・・・随分、過激だね」
「お望みならば、セイラン様にもして差し上げますよ」
 暗に、この状況からの解放を要求する言葉に青年はうっすらと笑みを浮かべた。
 今更・・・もう、遅い。自分はもう、この少女を手に入れることしか考えられなくなっている。
 だから。
「それは遠慮したいけど、でも、それができるのかな、この状態で」
 相変わらず両の手首は頭上で押さえ付けられたまま、青年の腰は軽く少女の大腿部の上に乗っている。確かに身動きなどできない体勢だ。
「方法はいくらでもあります」
「ふぅん?」
 唇の端を持ち上げるような笑みをみせ、青年はいきなりスカートの中に手を入れた。
「っ!?」
 驚きに目を見張る少女の顔を見つめ、笑みを浮かべたまま青年は手を引き抜く。
「やっぱり、いきなりは無理だね」
「や・・・あっ!」
 魔法のように、部屋着を兼ねているジャンバースカートタイプのパジャマの前ボタンが外れる。その魔法を行った繊細な手は優しく膨らんだ胸の上に置かれた。
「く・・・ん、あんっ」
 触れられる刺激に胸の先端が尖り、青年の手が触れているのとは反対側の先端に生暖かい湿ったものが触れる。それを感じた少女の口から声が上がった。
「どう?これでもできる?」
「でき・・・ます!」
 荒くなる息のまま少女は叫び、渾身の力を込めて戒められた両手を自由にし、その勢いのまま青年の頬に平手を打つ。
 鋭い音が部屋に響いた瞬間、危険な、鋭い光が青年の瞳に浮かび、白い手がまだ少女の体にまとわりついていた布を一気に引き裂いた。
「君は・・・自分を知らなさすぎる。君のその瞳と行動が、どれだけ僕を狂わすのか・・・」
 低く掠れた声が少女の耳朶を打つ。
「今、教えてあげるよ・・・」
 カリッと先端をかじられ、背筋に電流が走った。
 唇を噛み締め、しかし思わず仰け反る背中に白い指が当てられ、撫で下ろされる。
「すべすべしていて、触り心地のいい肌だね・・・それに、真っ白に透き通っていて・・・」
 うっとりと囁きながら、白い肌に唇を落とす。
「全部、僕の色に染めてあげる」
「あ・・・」
「この髪も、瞳も、唇も、肌も、声も、全て・・・」
「や・・・あ、は・・・んう・・・」
「全部・・・全部、僕から離れられないようにしてあげる。僕の存在を忘れられないようにしてあげる」
「あんっ」
 切なそうな、甘い声が小さな唇から零れる。震える唇から零れるその甘い音楽をもっと聞きたくて、青年は下肢に手を伸ばした。
「や・・・あっ!」
 ぴちゃ・・・
 少女の背がしなり、魚のように白い肢体が跳ねる。
 先程触れた時は堅く拒んでいた中心が、熱い滴で潤っていた。
「や・・・だ、やぁん」
「ここは嫌がっていないよ?」
 青年の指が踊るようにうごめき、静かな部屋に水の音が響く。素直に快感に反応する体と、この状況を認めようとしない心の相反さが尚更、体を敏感にさせる。
「そろそろ、その強情さを止めた方がいいと思うんだけど?」
 青年の声に反応した少女はサファイアの瞳を快感で潤ませながらも、まだかろうじて残っている理性と意志でシアンブルーの瞳を睨みつけた。
「・・・本当に強情だ」
 言葉と同時に少女の内にあった繊細な指が中を掻き回す。
「あああっ!」
 痛みと快感とが一緒に襲ってくる感覚に少女の背が仰け反った。
「僕に逆らった罰だよ」
 少女を見続ける瞳が笑い、滴でたっぷり濡れた指が引き抜かれる。
「僕を忘れられないように、今・・・」
 青年の体が少女の上に覆い被さる。
「してあげよう」
「!!」
 かつて経験したことのない衝撃。少女は悲鳴さえ上げられず、つかんだ青年の腕に爪をたてた。

「・・・愛しているよ、アンジェリーク」

 青年の言葉は、少女の内に溶け消えた・・・





 少女が目覚めた時、窓の外はまだ暗く、夜の気配を色濃く残していた。
 ずきずきと痛む体を無理に起こし、周囲を見回す。
 あの後、更に数回求められ、とうとう失神した少女だったが、あの時の怒りはもう収まっていた。
 言ったのだ、青年は。
 『愛している』と。
 それですべてをチャラにするわけではないが、今回の行動の大元の原因が分かった今、怒り続けることができなくなったのも確かである。
 ふわり、と暖かな肌が少女を包む。
「まだ夜だよ。眠っていたら?」
 少女と同じように生まれたままの姿の青年が少女の細い身体を抱き締め、こめかみにキスを落とした。
 激しい程求めた青年がこれほど穏やかなのは、少女が女王候補を降りることを了承したから。
 その背の翼を自ら捨て、青年の側に在ることに同意したから。
 ずっと、青年だけの天使でいることを少女も望んだから。
 想いが通じ合った満足感と幸福感に、青年の表情は満ち足りたものであった。
 ふと、窓の外を見つめた青年は、悪戯に微笑む。
「まだ、朝は遠い・・・」
 抱き締めたまま、驚く少女諸共ベッドに倒れ込んだ青年の蒼の髪が、紅い華の咲き誇る白い肌に散った。新しい紅の華が咲く。
 ようやく手に入れた焦がれた天使を再び、青年は確かめだした。



END