Drug


「最低」
 サファイアの瞳を怒りに染め、少女は目の前の青年を睨みつける。
「否定はしないよ」
 シアンブルーの瞳にうっすらと笑みを浮かべ、青年は平然と少女の非難を受け止めた。



 最初から、変だとは思っていたのだ。だが、どこがどう、変だと言いきることは出来ず、内心首を傾げながらも青年の言葉に頷き・・・彼が張った罠に落ちた。



「今日の予定はもう、ないのかい?」
 学習の終了を告げられ、少女は使った教材類を鞄に仕舞いながら青年の質問に頷く。
「はい。セイラン様の学習で終わりですけど、それが何か?」
 疑問の色を浮かべたサファイアの瞳が真っ直ぐに青年を見る。
「うん、いいワインが手に入ってね。一人で飲むのももったいないから、一緒にどうかと思って」
「・・・セイラン様、私、未成年なんですけど」
 眉間に皺を寄せた少女の返答に、青年は悪戯っぽい笑みをシアンブルーの瞳に浮かべた。
「でも、飲めないわけじゃないんだろう?レイチェルから聞いたけど、二人で時々こっそり、飲んでいるそうじゃないか?」
「・・・レイチェル、バラしたんですか?」
 問いかけながらも、そうじゃないだろうと見当をつける。おそらく、この青年の誘導尋問か、鎌掛けに引っ掛かったのに違いない。
「さぁ?どうだろうね?そんなことより、付き合ってくれないのかい?少しだけでいいんだよ」
「じゃあ・・・ちょっとだけ」
 もともと、そのワインに興味のあった少女は少し考えた後、その言葉に頷いた。『好きなものは美味しいもの』と言い切る青年のことだ、そのワインもかなりいけるに違いない。
 そう考えた少女の返答に、青年の瞳が煌く。それは、獲物を追い詰める狩人の瞳の光にも似ていた。それに少女が気づくことはなかったが。
「じゃあ、そこに座って待ってて。持って来るから」
 そう言って隣の部屋に消えた青年はすぐに、二つのグラスと一本のワインを持って現れた。
 手際良くコルク栓を抜き、二つのグラスにピンクの液体が注がれる。
「ロゼ・ワインなんですか。綺麗なピンク色」
 軽くグラスを掲げてしげしげとワインの色を眺めた少女はそっと口をつけて一口、飲んでみる。
「・・・美味しい」
 くせがあまりなく、まろやかで口当たりのいいワインに少女の瞳が輝き、こくこくとグラスの半分程を飲み干した。
 じっと見つめる青年の瞳に気づき、少女は不思議そうに見つめ返す。
「セイラン様?私の顔に何かついていますか?」
「・・・いや。そろそろかな、と思って」
「は?・・・あ・・・」
 青年の言葉に首を傾げた少女はふいに体を強張らせ、目を見開く。
「や・・・な、何、これ・・・」
 強ばり、震える手からグラスが落ち、テーブルの上にワインが広がった。
「アンジェリーク」
 青年の手が少女の頬に触れると、びくんっと小さな体が震え、いやいやするように首が横に振られる。
「い・・・や、セイラン、様、触らないで・・・」
 自分の体を抱き締めるように少女は両手を回し、椅子に座ったまま前屈みになった。
 体が熱い。
 息が荒くなる。
 肌が敏感になっていることが分かる。
「アンジェリーク」
 耳元で青年の声が響き、それだけでどうにかなりそうな感覚に少女は必死に首を振った。
「も・・・セイラン様、やめ・・・んんっ」
 強引に顎を取られ、驚く間もなく唇を奪われる。口の粘膜を愛撫されるかのようなゆっくりとした舌の動きに、少女は目眩を起こしそうになる。
「う・・・あ、あんっ」
 すうっと首筋を撫でられた瞬間、背筋に電流が走った。思わず背を仰け反らせ、甘い声を漏らす。
「ふぅん。話には聞いていたけど、すごい効き目だ」
「な、にを・・・した、ん、ですか・・・」
「ちょっとね、薬を使ってみたんだ」
「く・・・すり・・・?」
 青年のシアンブルーの瞳を見上げた少女の脳裏に今までの会話が蘇る。
 ワイン、薬、そして今の自分の体の変調。
 何が原因なのか、たやすく察することが出来た。
「ワインに・・・一体、何を・・・いれ、た・・・やぁっ!」
 いきなり青年に担ぎ上げられた少女は悲鳴と、触れられる刺激による吐息を漏らす。ただ、体に触れられるだけで、少女の体はそれを刺激として受け止めてしまう。
「即効性の媚薬。ちょっとした偶然で手に入ったんだ」
「だ、だからって、ど・・・し、てわた、しに・・・あ、あぁ・・・」
 何時の間にかベッドの上に横たえられ、襟元を緩められた少女は首筋に暖かい息を感じて甘く喘いだ。
 青年の髪が肌に散るだけで、いや、衣服を脱がされるその刺激だけで、全身に淡い快感が走る。
「本当に、すごいな・・・」
 凛として立つ少女の乱れように青年も昂ぶりを押さえるのに苦労する。もっと、もっと、乱れさせたいと、それを楽しみたいと、青年の指が少女の上を楽器を奏でるように滑っていく。
「も、や・・・あん、あっ・・・」
 意外と量感のある胸に指を滑らせ、先端を摘まむ。摘まんでは掌で転がすように撫でると、激しく首が横に振られた。
 耳に舌を這わせ、軽く食む。途端に背筋が仰け反った。
「はぁん・・・あぁんっ!」
 するりと下肢に滑らせた指はあっけなく内に入り込む。
「あぁ、もうこんなにしているよ。そんなに感じた?」
 軽く動かされるだけで部屋に水の音が響く。水音と同じような音なのに、何故かその音は卑猥に聞こえ、意識が朦朧としていながらも少女は羞恥に身を捩った。
「駄目だよ、まだこれからなんだから」
「も、やだ・・・」
 どうしようもない体の熱さと、青年に嬲られる羞恥に少女の瞳から涙が零れ出す。しかし、青年にその涙は通じない。
「いくらでも泣けばいい。でも、僕はどんな手を使ってでも君を手に入れると決めた。決めたからには、拒否などさせない」
 どこかうっとりとしているような表情で青年は囁き、少女の唇を奪うと少女自身を求めた。
 衝撃に一瞬、少女の眉が寄せられるが、薬の為か辛そうな表情は浮かばない。
 律動する青年によって高みに押し上げられ、少女は初めての快楽を青年によって教えられた。





「最低」
 サファイアの瞳を怒りに染め、少女は目の前の青年を睨みつける。
「否定はしないよ」
 シアンブルーの瞳にうっすらと笑みを浮かべ、青年は平然と少女の非難を受け止めた。
 その悪びれていない態度に、ますます少女の瞳が吊り上る。
「どんなに言われようとも、僕は君を手に入れる。君が否定しようと、僕を拒絶しようと、関係ないね」
「だからって、薬を使う理由になりません!」
 使われた薬の効力が切れるまで、少女は青年に翻弄され続けたのだ。その証拠に、白い肌にはびっしりと紅の華が咲き誇っている。どれだけ長時間、青年が抱き続けたのか分かろうというもの。
 だが、少女がどんなに睨もうと青年は一向に構わない様子でベッドから立ち上がる。
「言ったはずだよ。君を手に入れる為なら、どんな手でも使うと」
 瞳に浮かぶ笑みは優しいとさえ思えるものなのに、どこか凄みがある。その笑みを浮かべたまま、青年は少女の唇を軽く掠め、隣室へと向かった。
「何か飲み物でも持ってくるよ」
 そう言った青年が暖かいココアを持って寝室に帰った時、部屋は見事にもぬけの殻だった。
「・・・」
 ぐるりと部屋中を見回し、一つの窓に目を留める。
「・・・お見事」
 何の感情も含んでいない声が青年の唇から零れる。
 寝室として使っているこの部屋から外へ出るには扉は一つしかなく、当然それを使わなければ外へは出れない。しかし、その先には青年がおり、彼に気づかれずに出て行くことは不可能だ。しかし。
「まさか、窓から逃げるとはね。ここは二階なんだけどな」
 窓の外には木登りにちょうどいい木が伸びており、少女はこの木を使って外へ出たらしい。開け放たれ、風に揺れている窓と、遠くに駆け去って行く栗色の輝きがそれを裏付けている。
「逃げたければ逃げればいい。そうすれば、僕は追い詰めるだけだ」
 狩人の光をシアンブルーの瞳に宿し、青年は凄みのある笑みを浮かべた。
「追い詰めて、追い詰めて・・・そうして、捕まえたら・・・」
 パタン、と窓を閉めた青年は床に落ちていた黄色のリボンに目を留め、それを拾い上げる。
「どうしようか・・・?」
 くすくすと笑いながらリボンに口付ける。
「先の事は分からない。だけど、それが面白いんだ。アンジェリーク、君はどうやって僕の手の中に落ちるんだろうね?」
 楽しそうに笑う、青年の脳裏に浮かぶのは鮮やかなサアァイアの瞳の少女。
 青年が狙った獲物。
 その獲物を手に入れる為、青年は罠を仕掛け始める。
 ただ、少女を手に入れる為だけに・・・





END