ハンター


 荒々しく塞がれた唇と行動に、思考がスパークした・・・。



「んっ・・・んん、んうぅっ!!」
 息苦しいほどの口付け、今まで少女が知らなかった深い口付け、全てを壊し、奪っていくような口付け。
 正気に返った少女が力の限り抵抗しても体に回されている戒めは外れない。
 それでも、抵抗する。抵抗せずにはいられない。
 この口付けは、恐怖しか、抱かせないが故に・・・



「は、なし・・・」
「断る」
 少女が細い声で紡いだ願いを青年はあっさりと却下し、ふわふわとした金色の後ろ髪を軽く掴んで少女を上向かせる。
「や・・・」
 貪るようなキスであらかたの力を奪い取られ、それでも少女はなんとか逃れようと足掻く。
「オスカー様、も、う、や・・・め・・・」
「だめだ。逃がさない」
 首筋にと移動していた唇がそこに赤い華を残し、そして少女に告げた。
「こうなったのもアンジェリーク、君のせいだ。君自身が、この事態を招いた」
 ・・・音高く、布が裂ける音が響いた・・・





『最近のお嬢ちゃんは綺麗になったな』

 育成を頼んだ後の何気ない会話。そこで言われた言葉に少女は若草色の瞳を瞬かせる。
「お嬢ちゃんは本当に綺麗になった。咲き綻ぶ華のように、どんどんと輝いていくのがわかる。このオスカーも蝶のように、お嬢ちゃんという華に誘われ、惹かれていくぐらいにな」
 相も変わらず、挨拶なんだか口説きなんだか分からない青年の台詞に、少女はコロコロと笑い転げた。
「相変わらずお上手ですね、オスカー様」
 すっかり数々の青年の台詞に慣れてしまった少女は、それらを軽く受け流すことを覚えている。
「おいおい、笑うことはないだろう?俺は真剣に言っているんだぜ?」
 かるーく受け流してしまう少女に、青年は内心苛立ちを覚える。
 少女は知らない。この炎の守護聖がどれだけ金色の天使に捕われているかなんて。
 知らないが故に、残酷な傷をこの無知な天使は無邪気につける。
「女性は恋をすると綺麗になると言うからな。さては、お嬢ちゃんも誰かに恋をしたのか?」
「さぁ、どうでしょう?」
 コクリ、と首を傾げてみせる少女。初めて会った頃、炎の守護聖の台詞に赤くなったりうろたえたりしていた少女と同一人物だとはとても思えない。・・・憎らしい程、落ち着いている。
「俺に恋をしたのじゃないのか?」
 青年の言葉に少女はコロコロと笑い転げる。
「まぁ、しょってらっしゃる。でも、残念ですけど、私はオスカー様に恋をしませんよ?だって、あんなに綺麗な方々と張り合える筈がないじゃありませんか」
 無知故に傷を付ける、残酷なそれでも愛しい天使。だからこそ、その傷は深く、そして想いの枷を壊すには十分。
「そうですね、オスカー様は私にとってはお兄様みたいなものでしょう。とっても頼りになるお兄様」
 ・・・止めの、言葉だった・・・





「いやぁっ!!」
 狂暴な獣と化した男を前に、少女の抵抗はその熱を煽るだけの効果しかない。
 それでも少女は恐怖故に抵抗する。
 いつまでも足掻く少女に軽く舌打ちをした青年は、必死に押しのけようとしている細い両手首を纏めて掴むと少女の制服のリボンで縛り上げた。
「オスカー様!?」
 自由の効かなくなった、己の両手を見た少女の瞳が恐怖に染まる。
 その少女を目にしながらも走り出した感情は止めようがなくて・・・
「きゃっ!」
 いきなり担ぎ上げられた少女は両手の自由が効かない為にバランスを崩しかけ、しかし、青年の力強い腕が少女を手放す筈もなく、気がつけば真っ白なシーツの上・・・つまりは、ベッドの上に押し倒されていた。
「や・・・だ、やめて、いや、やめてっ!!」
 縛られていた両手をベッドの枠に固定され、少女は半狂乱に陥るほどの恐怖に襲われた。
 なんとか戒められた両手を外そうと暴れ、その拍子に引き裂かれたブラウスの下から下着に包まれた肢体が覗く。そのことに気付かずただ、両手のみに意識を集中させている少女は自分のその姿が青年の視線を誘っていることを知らなかった。
「言ったはずだ、アンジェリーク。逃がさない、と」
 背筋がゾクリ、とするほど掠れた声。炎の守護聖の『男』の部分を如実に表すような・・・
「う・・・ん、あ・・・」
 柔らかな双丘に暖かな唇を感じ、少女は必死に声を押える。
 ゆったりと、少女を味わうかのような動きに経験したことのない電流が流れた。
「は・・・あ、あぁ・・・んっ」
 青年の手つきは絶妙だった。
 何も知らない、無垢な肢体を味わいながら、しかし、少女の恐怖を遥かに越えるような快感を与え、思考能力を奪おうとする。声を押えようとする意志さえ、奪おうとする。
 隅々まで華奢で柔らかい肢体に手を滑らせ、感じる場所を捜し出しては声高く少女を鳴かせる。
 ゾクゾク、する。
 今、少女が感じているのはこの自分だけだという事実にたとえようのない快感を感じ、その昂ぶりが青年を更に執拗に少女を鳴かせる行為に走らせる。
 胸の先端に口付け、軽く食むと若鮎のように白い肢体が跳ねた。
 更に反対側を指で摘まむと首が横に振られる。
 切れ切れの哀願は聞こえないふりをして、下肢に手を伸ばすとすでにそこは蜜が溢れていた。
「もう、こんなになっているぜ・・・アンジェリーク」
「あ、あ、あ、やぁ・・・」
 初めて他人に触れられる感覚に、少女の肢体がガクガクと震え、若草色の瞳が大きく見開かれる。
 快感に狂わされかけていたとしても、その経験は刺激的すぎた。
「や・・・だぁっ!!いやあああっ!!」
 改めて迸る拒絶に、再び青年の瞳に暗い炎が宿る。拒絶は、青年を煽るしか効果はない。
 わざと、音を立てて少女を責め立てる。
 くちゅくちゅとした、卑猥な音に少女の瞳から光が消えかけた。
「駄目だ、アンジェリーク。許さない」
「っ!!」
 自分の中に入り込んできた熱と痛みに、少女は唇を噛んで耐えた。
 自由にならない両手が、助けを求めるように動いたが、それきり動くことはなかった。



「アンジェリーク、愛している」
 気を失い、眠りという世界に逃避している少女の金色の髪を撫でながら青年は甘く囁く。
 何度も、何度も、少女に囁き続ける。
 眠りから覚めた少女はどんな反応を示すだろう。
 怒りか。
 脅えか。
 侮蔑か。
 けれども、どんな反応を示されようと・・・
「もう、逃がさないぜ、アンジェリーク。金色と若草色の、俺の天使」
 どんなに逃げようとも、追い詰めて、追い詰めて。
 そうして、必ずこの腕の中に。



 少女は逃げる獲物。
 青年は追うハンター。
 獲物を狩る危険なゲームは始まったばかり・・・





END