偏執狂の夜


 懇願するような、縋るような色を浮かべたサファイアの瞳が目の前の青年に向けられる。それに気付いていながら、それでも青年は楽しそうに少女の困り果てた顔を眺めていた。
「さぁ、アンジェリーク」
 促す声に、泣き出す一歩手前の表情で少女は弱々しくかぶりを振った。
「・・・駄目、です、セイラン様。出来、ません・・・」
 涙目で青年を見つめる少女だが、青年にとっては逆効果。ますます苛めて、泣かせたくなる。
「ふうん?じゃあ、さっきの言葉は嘘だったのかい?出来る事なら、何でもするって言ったよね?」
「言いましたけど・・・でも」
 透き通った、サファイアの瞳が水晶の滴を溜めて青年を見つめる。それは、少女の自覚のない、嗜虐を誘う姿。
 ・・・ゾクゾク、する。
「アンジェリーク。さあ」
 有無を言わせない態度で青年が呼ぶと、一瞬、瞳を揺らし、逆らえないことを悟るとおずおずと青年に近づいた。
「まずは、キスを」
 青年の命令に、少女は身を屈めてベッドヘッドにもたれている青年の唇に自分のそれを重ねた。





 この二人の間で、何が起こったのか。それは、午前中まで時間を戻さなくてはならない。
 朝一番に青年が少女をデートに誘い、森の湖まで足を伸ばしたのだが、その岸で遊んでいた少女が足を滑らせて湖に落ちかけたのだ。とっさに青年が少女を助けたのだが、代わりに青年が湖に落ち、責任を感じた少女が言ったのである。
 『自分に出来ることがあれば、何でもする』、と。
 この言葉が青年の悪戯心を刺激するなど、少女に予想がつくはずがなかった。
 ・・・すでに、想いを確かめ合った相手である。少女自身が内気で、青年の愛情をいつも恥ずかしそうに受け止めていた為、別の姿を見てみたいと思った事は否めない。
 そうして、青年は新しい楽しみを見つけることとなった。





 軽く触れ、そして離れようとする少女を青年は許さず、自分の腕の中に閉じ込める。
「駄目だよ。ちゃんと、するんだ」
 自分からキスをするのも恥ずかしがる少女に、更なる要求をする。
「セイラン様」
「さぁ、もう一度」
 決して許してはくれない青年に瞳を潤ませ、少女はそっとその瞳を閉じると青年の肩に手を置き、もう一度唇を重ねた。
 今度はそっと唇を開き、自分の舌で青年の唇を嘗める。青年の唇が誘うように薄く開かれ、少女の舌を内に招いた。
 おずおずといった様子で招かれるまま、深いキスへと進める少女の舌を青年はねっとりと絡め取る。
 少女の細い腰を更に引き寄せ、キスを深める。
「・・・んんっ、あ、はぁ・・・」
 息苦しさに呻き、息を吐き出すが零れたものは甘い吐息だった。青年から流れ込んでくる唾液を受け止め切れず、それは唇の端から流れて首筋まで伝っていく。
 ピチャッという音と共に離れたお互いの唇から、銀色の糸が作られ、そして切れた。それを見た少女の頬がかぁーっと赤く染まる。
 クスリ、と笑った青年の指が少女の首筋に伝った唾液を掬い取り、少女の目の前で嘗めてみせる。
「・・・あ・・・」
 息を飲む少女に、青年は次なる要求を突き付けた。
「脱いで」
 端的な命令に少女の瞳が見開かれる。反射的に、首が横に振られた。
「まさか、これでお終いだなんて思っていないだろう?」
 逆撫でるように首筋に触れられ、少女は身を震わせる。青年に逆らえないと分かっていても、躊躇ってしまう。
「・・・ダメ、です。セイラン様、許して・・・」
 懇願しても許してはくれないだろう、青年の視線を感じながらそれでも少女はふるふるとかぶりを振り続ける。
「仕方がない。じゃあ、僕の服を脱がせるんだね」
 意外にあっさりとその命令を引っ込めた青年の新たなる指示に、少女の頬が更に赤く染まった。
「まさか、これも出来ないなんて言わないだろうね」
「言い、ません。・・・し、ます・・・」
 消え入りそうに細い声で答えた少女の手が、青年の服に伸びる。緊張して上手く動かせない手を何とか動かし、止めているホックを外す。
「・・・あの、セイラン様。手を・・・外してくれませんか?」
 いまだに、自分を抱き込んでいる為に服を脱がせることが出来ず、少女は細い声で青年に頼む。
 少女の要求通り、手を外した青年は満足そうな笑みを浮かべて一つ一つ、服を脱がせていく少女の様子を見ていた。
 頬を染め、恥じらってはいても意外と体格のいい青年の肢体に目を奪われているのが手に取るように分かる。
 青年の手がそっとスカートの中に忍び込み、太腿を撫で上げた途端、少女の身体の力が失われた。
「あ・・・や、やだ・・・」
 くてん、と青年の上に覆い被さってしまったのに気付き、慌てて身体を移動させようとしたが、次々と与えられる刺激にそれも適わない。そうして気が付けば、何時の間にか自分も服を脱がされ、青年の上にまたがっている格好をとらされていた。
「い、いやっ、セイラン様、こんな・・・」
 腰をしっかり掴まれていては動くにも動けず、少女は青年に懇願する。だが、青年はその様子さえ楽しみとして少女に次なる命令を出した。
「僕を触ってごらん」
「・・・え・・・」
 絶句した次の瞬間、少女は勢いよく横にかぶりを振る。だが、青年のシアンブルーの瞳はじっと少女を見つめたままだ。
「セイラン様ぁ・・・」
 とうとう、ポロポロと泣き出した少女に青年は苦笑し、その細い肩を自分の方に引き寄せた。
「仕方ないね。手伝ってあげよう」
「セイラン様!?」
 右手を取られ、導かれる先に何があるのか分かった少女はとっさに青年の手を振りほどこうとするが敵わず、青年の熱い昂ぶりに触れさせられる。
「アンジェリーク」
 耳元で囁かれる掠れた声に、少女はぴくり、と身体を震わせ、至近距離にある青年のシアンブルーの瞳を見つめた。
 青年の手にリードされ、動かされる自分の手が自分の物ではないような気がする。けれど、感じる、青年の熱さ。
 初めての経験に少女の意識がぼんやりとしていく。
 体温が上がっていくような感覚。
 透き通ったサファイアの瞳が熱で潤む。
 熱い吐息を吐いた少女は頬を青年の胸に埋めた。それでも、その右手は促されるままにたどたどしくも青年に触れている。
「キスを、アンジェリーク」
 再び唇を重ね、舌を絡ませ合う。唇を離した少女を導き、胸の先端を嘗めさせる。
 正常な思考を失っている少女は導かれるまま、口にした突起を教えられるままに嘗めて吸った。
「・・・ん・・・」
 青年の唇からも熱い吐息が零れた。
 少女の頭を掴んで胸に押しつける。
「あんっ」
 突然、少女が身を反らせて喘いだ。青年の手が秘部を撫で上げたのだ。
「や、あぅ・・・」
 身を反らせた時に露になった胸にも青年の手が触れる。意外とふくよかな胸を掴み、揉みあげる。堅くなった先端にも触れ、カリカリと引っ掻いてみた。
「あ、あ、あ、やぁん」
「アンジェリーク、手が動いていないよ」
 与えられる感覚でどうにかなりそうなのに、青年はまだ手の奉仕を続けるよう指示する。
「もう、出来ない・・・」
 呟いた少女は力が抜けたように青年の胸に倒れ込み、潤んだ瞳を閉じると吐息を吐いた。
「まぁ、初めてだし・・・今日はいいか」
 いかにも仕方がない、というようなため息をついた青年はしかし、これで許した訳ではなかった。秘部に触れていた指を更に動かしていく。溢れる蜜が青年の指を濡らし、音を立てる。

 ・・・ピチャ、クチュッ・・・

「今日は随分と濡れているね・・・興奮したのかな?」
「あ・・・やだ、言わないで下さい・・・」
 いつもより鋭く感じる快感を言い当てられ、恥ずかしさに少女の頬が染まっていく。澄み切ったサファイアの瞳は与えられる快感に、熱っぽく潤む。
「は・・・あ、あぁ・・・う、んっ、・・・セ、セイラン、様・・・」
「何?」
 懇願する響きの呼びかけに、青年はうっすらと笑みを浮かべる。少女が何を求めているのか、知った上で少女に続きを言うように促す。
「あ、お、お願い・・・セイラン様」
「だから、何が?」
 羽根のように軽い愛撫を施しながら、青年はとぼけた。少女の快楽に染まった顔を楽しみながら。
「言わないと分からないけど?」
「んっ・・・あ・・・セイラン様ぁ・・・」
「アンジェリーク。言ってごらん」
「そんなぁ・・・お願いです、もう許して下さい」
 ポロポロと泣きながら懇願しても青年は決して許さない。それどころか、その表情の変化さえも楽しみの一つとしてしまっている。
「言うんだ」
 三度目の催促。命令。
 決して逃げられないと、許してはもらえないと知った少女は泣きながら青年に抱き着き、その耳元で言った。
「・・・セイラン様が、欲しいです・・・」
「いい子だね」
 消え入りそうな声で告げた少女に、満足げに笑った青年はご褒美とでも言うように深いキスを与えた。
 そのキスに少女が気をとられた瞬間、待ち望んでいた自分自身を少女の内に埋める。
「あ、あぁーーーっ!!」
 大きく身を反らせた少女をしかし、青年は更に引き寄せる。
「まだまだ、これからだよ、アンジェリーク。夜は長いんだ」
 その後、少女が青年から解放されたのは白々と夜が明けた頃であった。





 ぐったりと疲れきった身体をベッドに沈ませ、ようやく安らかな眠りを享受している少女の栗色の髪を梳いてやりながら、青年は何かを企むような笑みを浮かべていた。
 初めて知った、いつもと違う少女の姿。



 泣きながらも快楽に染まった顔。
 強要され、恐る恐る奉仕する姿。

 もっと、もっと、自分だけに染めたくなる。
 他の表情を見てみたくなる。



「色々と・・・楽しめそうだね」
 一つ一つ、教え込んで。自分だけにしか感じないように仕込んで。
「ふふっ、楽しみだよ。君がどんな風に変わるのか・・・どんな顔を見せてくれるのか・・・そうだね、まずは」



 まずは。
 少女を起こし、朝の光の中で乱れさせるのもいいかもしれない。
 全身を羞恥に染め、そして上げる声はどんなものだろう。

 そんなことを思いながら、青年は少女を起こしにかかった。
 青年がその後、どんな行動を起こすのか・・・目覚めた少女の反応次第であるとだけ、記しておこう。





END