ミステイク!
気づいた時はすでに、遅かった。 「ア、アンジェリーク!」 慌てて声を上げるが、コップの中身は少女の喉を通り過ぎた後。 「ティムカ様?」 キョトン、と自分を見る少女の姿に、少年は頭を抱えてしまったのだった。 2〜3日前から品位の教官である少年は風邪を引き込み、大事を取って休んでいた。本人は授業をするつもりでいたのだが、周囲の半ば強引な勧めで休養を取っていたのだ。 やはり、故郷との気候の違いが体調を崩したのだろうか、おとなしく休むと回復力のある若い体はすぐに快方へと向かい、今では起き上がれるまでになっている。 コン、コンコン。 「ティムカ様?」 軽いノックの後、ピョコン、と栗色の髪を揺らした少女が部屋の中を覗き込む。品位の教官との仲が良い少女は、何かと品物を持っては彼のお見舞いに訪れていた。 「ああ、アンジェリーク。今日も来てくれたんですか」 嬉しそうに笑う少年の姿に、少女は心配そうに眉を寄せる。 「起きていて、大丈夫なんですか?」 少年はいつものエキゾチックな服装に身を包み、休養を取っていた為に溜まってしまっていた書類を片づけているところだったのだ。昨日までベッドに寝ていただけに、少女の心配も当然であろう。 「ええ、もうすっかりいいんです」 にこにこといつもの笑顔で答えられても少女の心配顔は晴れない。 「せっかく休暇を頂いたのに、無理をしてまた寝込んだら、元も子もありませんよ?」 心から心配している事が分かる口調に、少年は穏やかに微笑んだ。 「心配をしてくれて、有り難うございます。でも、本当にもう、いいんですよ。故郷の薬を飲んだらすぐに治りましたから」 「故郷の、薬?」 「ええ」 少年は笑顔で少女の問いかけに頷く。 「母様が荷物に入れてくれていたみたいで、風邪薬を探したらあったんです」 「そうですか。じゃ、本当に、大丈夫なんですね?」 念を押す少女に笑顔で頷き、少年は部屋にある椅子を勧める。 「せっかくいらっしゃったんですから、飲み物でもお出ししますよ。あ、そこにあるジュースもよかったら飲んでみて下さい。マルセル様から頂いたんですけど、とても美味しかったんですよ」 「あ、でも、ティムカ様、お仕事をされていたんでしょう?」 邪魔をしてはいけないと思い、断ろうとしていた少女の心が分かったのか、少年はもう一度椅子と飲み物を勧めた。 「少し、休憩をしようと思っていたところなんです。一人でお茶を飲むのもつまらないですから、付き合っていただけませんか?」 こう言われれば、元気さの中にも優しさを持っている少女は断る事が出来ない。ためらいつつも、教官が勧めた椅子に座り、彼が隣の部屋に消えるのを見送った。 カチャカチャとカップを用意しているのだろう、そんな音が隣の部屋から漏れ聞こえてくる。視線を転じ、テーブルの上を見れば綺麗なクリスタル・カットの瓶と優美な曲線を持った瓶が並んで置いてあった。 「・・・これが、ティムカ様が言っていた、マルセル様から頂いたジュース?」 優美な曲線の瓶は透き通ったエメラルド・グリーンの液体で満たされ、クリスタル・カットの瓶は可愛いピンクの液体で満たされている。同じようにテーブルに置かれているグラスを見て、少女はどちらを飲もうかと考え込んだ。 「うーん・・・ピンクにしようかな?」 甘そうな感じのするピンクの飲み物が入ったクリスタル・カットの瓶を取り上げ、同じようにテーブルの上にあったグラスにトポトポと注ぐ。ピンクの液体で満たされたグラスをかかげ、少女はにっこりと笑った。 「うふふ、本当に綺麗なピンク色」 光に透かして色を楽しんだ後、少女はグラスに口をつけて一口、飲んでみた。 「・・・甘い。美味しーい」 嬉しそうに呟いた後、続けてコップの中身を飲み干す。と、その時だった。 「ア、アンジェリーク!」 と叫ぶ、品位の教官の珍しくも慌てまくった姿が隣の部屋から飛び出してきたのは。 グラスの中身を飲み干した少女はキョトン、と首を傾げ、その珍しい教官の姿を不思議そうに見上げたのだった。 「ティムカ様?」 と、実に呑気、かつ、無邪気に呼びかけて。 その無邪気さに少年は頭を抱えながら、今し方自分が目にした事を一応、確認する。 「アンジェリーク・・・今、こっちの瓶の中身を飲みましたか?」 クリスタル・カットの瓶を指し示す品位の教官に少女は頷いて肯定し、はた、と少年が慌てている理由を思いついた。 「あの・・・もしかして、これって、飲んではいけないものだったんですか?」 「ええ・・・いえ、その・・・」 なんともはっきりしない答えである上に、少年の顔は何故か赤くなっている。 「・・・毒だってことは、ないのですよね?」 更に訊ねる少女に少年はポツリと呟いた。 「いっそ、毒だった方が良かったかもしれません・・・」 「はぁ?」 とんでもない言葉に少女は素っ頓狂な声を上げ、そして少年は何かを決心したように少女の肩に手を置き、その瞳を覗き込んだ。 「アンジェリーク、いいですか。落ち着いて聞いて下さい」 「は、はい」 真剣な少年の瞳と態度に少女も素直にコクリと頷く。 「貴女が今、飲んだモノですが・・・性欲を刺激する・・・いわゆる、催淫剤なんです」 「・・・」 少年の言葉が少女の脳に達し、理解するまでにたっぷり十数秒。そして。 「えええぇぇぇぇぇっっっ!!!???」 少女の大絶叫が部屋中に響き渡った・・・。 「ど、どうして、そんなモノがテーブルの上に置いてあるんですかぁ!?」 少女の当然である疑問に、少年は実に済まなさそうに答える。 「その、風邪薬でもあるんですよ。飲み物の中に10mlほど入れて飲むのが普通なんですけど、それを原液のまま、大量に飲むと催淫剤として働いてしまうんです。この瓶は僕の国では薬の瓶であるけど、他所ではそうは見ないということをすっかり失念してしまっていました」 「じ、じゃあ、私、本当にさ、さ、さい・・・」 そこまで言って顔を真っ赤にして絶句した少女に少年も困ったように更にとんでもないことを告げる。 「毒でしたら、解毒剤があるんですけど、ソレにはないんです」 「ないって、解毒剤が!?」 『うっそでしょおっ!?』と叫ぶ少女はパニック寸前である。・・・いや、すでにパニックしているか。 「ど、ど、ど、どおしましょお〜〜」 両手を頬に当て、『ムンクの叫び』状態と化している少女に、少年はおもむろに一つの提案を出した。 「その、アンジェリーク。僕では、嫌ですか?」 「・・・はい?」 「この薬、あと10分もしない内に効いてきます。貴女はそれを一人で耐えるのですか?」 品位の教官が言っている意味に気づいた少女は瞬く間に真っ赤になり、視線をあらぬ方向へとさ迷わせる。 「あ・・・そ、その、でも・・・」 少年が言うことも分かる。まだ、経験もない自分が催淫剤のもたらす快感に耐えられるのか・・・正直言って、自信はない。けれども、それを少年に見せるのも躊躇いがある。年下だからとか、教官だからとかではなく、少女が少年に想いを寄せていたが故に。 「・・・すみません、アンジェリーク。正直に言うべきですよね」 少女の戸惑いを見抜いたのか、それとも別の理由だったのか定かではないが、少年は軽く首を振って謝った。少女の細い手を取り、桜色をした爪に小さく口付けをする。 「ティ、ティムカ様!?」 驚いて手を引こうとする少女の行動より先に、少年は自分の腕の中にその華奢な体を抱き締めていた。 再び、先程とは違うパニックに襲われる少女の耳元で密やかな囁きが紡がれる。 「アンジェリーク。・・・好きです」 「・・・ティムカ様?」 瞳を瞬かせ、少女は少年の顔を見上げた。青灰色の瞳が真っ直ぐに少女を見つめている。 「貴女が好きです。好きで、どうしようもなく・・・貴女を側に感じたくて。薬が切れるのを一人で耐えられるよりも、僕が貴女を抱き締めて治したいのです」 真っ赤になって俯いてしまった少女の頬に手を当て、さらりと栗色の髪を梳きながら少年はもう一度問うた。自分が相手では嫌だろうか、と。 「・・・嫌じゃ、ありません」 真っ赤な顔のまま、少女は小さな、消え入りそうな声で、しかし、はっきりと少年に告げる。 「ティムカ様なら、嫌じゃありません。・・・私も、好きですから」 寝室に連れてこられ、そこにあるベッドに座らされた少女はやはり、不安なのか縋るような瞳で少年を見上げた。その瞳は本人の自覚はなかったが、無性に保護欲を刺激されるものであり、また、どうしようもなく独占欲を抱かせるものであった。この瞳を、自分だけに見せて欲しいと思ってしまう、そんな独占欲を。 「アンジェリーク」 柔らかく微笑んだ少年は安心させるように髪を梳き、軽く顎を捕らえて上に上げさせると少女の紅色の唇に口付けた。二度、三度、触れるだけの口付けを続け、少女の緊張が解けた頃を見計らって口付けを深いものに変える。びくっと強ばった身体を宥めるように抱き締めながら、少年の手は栗色の髪へと伸び、その髪を一房結わえていた黄色のリボンを解いてしまった。 「・・・んっ、あ・・・・ふぅ・・・」 唇が離れた途端、少女の唇から艶めいた、甘い吐息が零れた。潤んだ瞳もどこか、扇情的で色めいている。 「・・・綺麗、ですね・・・」 その瞳に見惚れながらキスを続け、そのキスに少女が気を取られている間に透明感のある瑞々しい素肌を少年は露にしていった。 唇が首筋へと移動すると、チリッとした刺激の後に紅い華が鮮やかに咲く。その刺激にピクッ、と少女の身体が震えた。 「ティムカ様・・・」 白いシーツの上に横になった少女の手が、服の裾を掴んでくる。縋るようなその動きに、少年は安心させるように笑いかけた。 「大丈夫、ですから」 服の裾を掴んできた手を取り、もう一度桜色をした爪に口付ける。更に掌に口付け、二の腕、肩、鎖骨へと口付けが上へと上って行く。 「・・・ふ・・・」 ざわざわとした波が背筋を這い登ってくる。快感には程遠い、しかし、確かな感覚に少女の身体がしなった。 口付けながら栗色の髪を梳いていた手が、胸の果実へと伸びて柔らかく包む。そっと、優しく表面を撫でると僅かに力を込めてみた。 「柔らかい・・・」 少しの力で形を変える甘い果実。魅せられたように唇が近づき、軽く噛んでみた。 「んっ」 顎を逸らせた少女の手が目の前の首に回され、しがみつく。安心させるような声音で少年は囁き続ける。 「アンジェリーク・・・好きです。貴女が、好きです。貴女が貴女であるからこそ、僕は貴女を好きになったんです」 「ティ・・・ム、カ様・・・」 潤んだ瞳が少年を見つめる。そこにある光は不安ではなく、少年と同じ想いを持つ、心から相手を想う愛しさという光。 しがみついていた腕に力を込め、少女は少年を引き寄せると囁いた。 「私を・・・抱き締めて下さい。ずっと、ずっと、抱き締めていて・・・」 「望みのままに・・・アンジェリーク。それこそ、僕が望んでいることです」 唇に口付けを落とすと、どちらからともなく、お互いを求め合うキスへと移行する。夢中になってお互いを抱き締めあい、体温をその身に感じて。 欲望だけではない、神聖な願いを込めたキスを。 名残惜しげに離れた唇が胸へ、そして更にその下へと移動すると共に、そっと少女の足が開かれる。 「あっ・・・や、やだ・・・」 慌てて閉じようとする少女の抵抗を、少年は先程知った、少女の敏感な場所を撫で上げるだけで封じてしまった。 「や・・・ぁんっ・・・」 身体の力が抜けてしまった少女の耳に、水音が響いた。・・・自身から漏れる、欲望の音が。 「や・・・あ、あ・・・んんっ」 身体の奥から溢れる快楽に少女は背を逸らせて喘いだ。・・・そろそろ、薬の効き目が出てきたようで、どこを触れられようと少女の触覚はそれを快楽として捉えるようになっていた。 「アンジェリーク」 少年もそれに気づいたらしく、確かめるようになんでもない場所をペロリと嘗めてみた。途端に上がる、甘い悲鳴。 「やっ・・・あぁっ・・・」 ぞくり、とするほどその悲鳴は甘く、尚も聞きたくなるような魔力を含んでいる。それをもっと聞きたくて、少女の中心に咲く、甘い華へと少年は口付けた。 「だ、だめ・・・あ、ふぁ・・・」 背筋を駆け上った快感に、少女の拒否の声は尻つぼみになり、後はピチャピチャという水音が響くだけ。その音と絡まるように少女の喘ぎも高く低く、奏でられる。 「や・・・あ、あぁんっ、はぁ・・・んっ」 シーツを握り締め、頭を左右に打ち振り、体の中を駆け巡る快楽になす術もなく少女は翻弄される。 薬の効果もあるのだろうが、元々、少女の身体は敏感にできているらしい。少年の一つ一つの仕草に、どうしようもなく身悶え、喘ぐ声を上げている。 「アンジェリーク・・・貴女が、こんなに淫らになるなんて、知りませんでした・・・」 うっとりと少年は囁き、あまりの恥ずかしさに少女は少年の視線から顔を逸らせた。 「そんな・・・こと・・・」 そこまで言って、また、身体に走った快感の刺激に少女は息をつめる。 「我慢しないで・・・声を聞かせて下さい。僕を感じている、貴女の声を・・・」 「あ、あんっ、やぁ・・・うぅんっ」 「そう・・・そうやって、聞かせて下さい・・・そうして、貴女の全てを教えて下さい・・・」 トプリ、と蜜を溢れさせる場所に、熱い塊が触れるのを感じ、少女の身体は知らず知らずにおののいた。 「大丈夫、ですから・・・アンジェリーク。力を、抜いて下さい・・・」 ゆっくりと入ってくる異物に顔を顰めながらも、少女は言われるままに身体の力を抜き、少年を迎え入れる。 「ふ・・・」 初めて受け入れるだけに、そこは狭く、少年を圧迫する。それでも、力任せに押し切ることなく、少年は少女を気遣いながらゆっくりと動き出した。 「あ・・・あぁ・・・」 ゆるやかに高まる快楽の波に、少女の顎が持ち上がり、背筋が反り返る。そんな少女を抱き締めながら、少年は更に高みへと目指した。 やがて、二人が辿り着く、高みへと−−− 「やぁ・・・っ、あぁっ、ティムカ、様、ティムカ様っ!」 「ここに・・・います、アンジェリーク」 高みへ、更に高みへ・・・そうして、二人は辿り着いた・・・。 暖かな何かに包まれ、少女の意識はゆっくりと覚醒していった。ぼんやりと瞳を開くが、意識はまだ夢の中だ。 「アンジェリーク?目が覚めたのてすか?」 優しい囁きに、少女は目を上げ、自分が少年に抱き締められていることを知った。暖かな何かは、少年の腕だったのだ。 「ティムカ様・・・」 起きると目の前に愛しい人の顔がある幸せを、少女は初めて知った。改めて、自分がどれほどこの少年に惹かれているのかを知らされる。 「素敵ですね・・・目が覚めると目の前に貴女がいるなんて」 たった今、少女が考えたことと同じ事を少年は呟いた。うっとりするような、幸せそうな笑顔を少女に向け、少年は腕に力を込める。 「こうして・・・貴女を抱き締めて・・・一緒に朝を迎えたかったんです」 「これからも・・・でしょう?」 にっこりと笑う少女に、少年も頷いて笑った。 「ええ・・・これからも、ずっと」 額をくっつけ、くすくすと密やかに笑いあう二人の姿はシーツにくるまったまま、しかし、光の中で幸せに輝く。 確かな幸せを手にした恋人達の、幸せに満ちた笑い声は何時までも部屋の中に響いていた。 END |