白と紅


 好きだから、抱き締めたい。
 好きだから、触れたい。
 好きだから、キスしたい。

 ・・・好きだから、感じたい・・・



 想い故に揺れる心
 揺れる心が感じるままに、願ってしまう想い

 想い 願い

 それ自体は罪ではない。
 ごく、当たり前の、普通のこと。
 その心の動きさえ、普遍のもの。

 だけど。

 自分が教官であり、少女が女王候補という肩書きを持てば、それらは罪となる。



 想ってはいけない人。
 触れてはならない存在。
 純白の翼を求められる少女。

 そう、分かっていても・・・惹かれずにはいられない・・・





「ティムカ様、こんにちは!」
 印象的なサファイアの瞳に好奇心という光を溢れさせている少女が元気よく、品位の教官の執務室にやってくる。
「こんにちは、アンジェリーク」
 十三歳という幼さを感じさせない、落ち着いた態度の教官は笑顔で少女を迎えた。
「ね、ティムカ様、時間があればお散歩しませんか?」
 溢れる感情を素直に表す少女はキラキラとした瞳で少年を誘う。自分より年上とは思えない無邪気さが可愛くて、少年は微笑んで立ち上がった。もとより、この誘いを断る気はない。
「ええ、いいですよ。僕もあなたを誘いに行こうと思っていたところですから」
 とたんに、少女の顔が嬉しそうに満開の笑顔を浮かべる。
 どこまでも素直な少女は自分の心を隠さない。偽る術を知らないのではないかと思う程、感情を顔に出し、言葉にする。
「本当ですか?すっごく、嬉しいです」
 弾ける生命力を表すかのような、輝くサファイアの瞳に見惚れる。初めて出会った時からこの瞳に捕われていたことを、この少女は知らないだろう。
「じゃあ、ティムカ様が行く場所を決めていただけます?どこか、連れていって下さるおつもりだったんでしょう?」
「ええ、実は教えてもらった場所なんですけど、是非、あなたに見せたい場所があるんです」
「じゃあ、そこに行きましょう!」
 明るく笑う少女に、少年も微笑み返し、そっと少女をエスコートするようにその手を取った。





 太陽が空を茜に染める頃、品位の教官の私室では興奮気味の少女と穏やかに笑う少年の姿があった。
「本当に有り難うございます、ティムカ様。あんなに素敵な場所に連れて行っていただけるなんて・・・」
 少年の私室でマロウティーを入れた少女は−最初は少年が入れようとしていたのを、自分がするからと半ば強引に少女が茶器を奪ったのである−その場所を思い出し、うっとりと瞳を細める。
「そんなに喜んでいただけて、僕も嬉しいです」
「だって、本当に綺麗でしたもの。一面、黄色に染まって、絨毯みたいで・・・」
 その中にいた少女こそ、綺麗だったと少年は思う。
 風に揺れる栗色の髪、透き通ったサファイアの瞳、日に焼けることを知らないような、白絹の肌。輝く笑顔、ガラスの鈴のような澄んだ声、不可視の白い翼。

『ティムカ様』

 何度、手を伸ばしたいと思ったか。
 その存在を確かめたいと思ったか。

『ティムカ様』

 成熟した自分の精神がこんなに厭わしく思う日が来るなんて、思ってもみなかった。
 成熟しているが故に、自分のただ想うだけでは済まされない願いに気付き、成熟しているが故に、その想いを押えることが出来る。
 だが、それも限界に近い・・・



「ティムカ様、もう一杯、いかがですか?」
 茶器を掲げて首を傾げてみせる少女に、少年は軽く頷いてカップを差し出た。
 トポトポ・・・と小さな音をたてて、カップに鮮やかな青い色を注いだ少女は自分のカップにも同じようにそれを注ぎ、嬉しそうな表情でレモンの薄切りを一枚、カップに浮かべる。途端に、カップの中で薄紅色が広がった。
 酸の関係で色を変えるこのお茶が、少女のお気に入りである。教えたのは少年だがそれ以来、少女は好んでこのお茶を入れている。
 少年もレモンの薄切りを浮かべ、それを口にしようとして、ふと気がついた。
「アンジェリーク。腕を、どうかしましたか?」
「え?腕?」
「ここのところ。・・・怪我じゃ、ないですか?」
 左手首より上の場所を示され、少女がそこに目をやると確かにうっすらと血が滲んでいる。
「ヤダ、何時の間に・・・。草で切ったのかしら?あ、大丈夫ですよ、ティムカ様。嘗めれば済みますから」
 そう言って少女はペロリとその傷を嘗めた。



 白い肌に滲む血を赤い舌が嘗め取る光景は何故だか、艶めかしく感じられる。
 白と、紅の色が瞳に焼き付いて急速に喉が干上がる感じに少年の喉がゴクリと動いた。



「アンジェリーク」

 名前を呼ばれ、素直に自分の方を見たサファイアの瞳を見た瞬間、押えていたものが外れた。

「ティムカ様?」

 左腕を取られ、引き寄せられることに少女は首を傾げる。なんだか思い詰めたような少年の瞳を前に、逆らおうという気はなくて・・・

 ペロリ

「ティ、ティムカ様!?」
 自分の腕を−正確には怪我を−嘗めた少年に驚き、慌ててその腕を引っ込めようとするが、しっかりと少年に掴まれていて動かせない。更にはそこにキスをされて、ますます少女は混乱する。
「あなたが、好きです」
 抱き締められ、耳元に口付けを受けながら聞いた言葉。カァーッと全身が火照る感覚に襲われる。
「ティムカ様、あの、その・・・」
「すみません、アンジェリーク。僕は『好き』と言って、そのままでいられるほど大人ではないんです。あなたが欲しくて、仕方がなくて・・・」
「っ」
 首筋に感じる暖かさに息を飲み、少女は堅く目を閉じた。それでも、これだけは言わなくてはと必死に震える唇を動かす。
「・・・しも、です・・・」
「アンジェリーク?」
「わ、私も・・・私も、好きです。ティムカ様が好きです」
「じゃあ・・・いいんですね?」
 確認の言葉に真っ赤になりながらも、少女はコクリと頷いた。
 相手を感じたかったのは、少女もなのだから。





 滑らかな肌に手を滑らせるとくすぐったがって身を捩らせる。
 キスをすると、うっとりとした表情で受け止める。
 敏感な場所に触れると甘い吐息を零す。
 一つ一つの仕草が、表情が、全てが新鮮で知らない場所がないようにと執拗に手を、唇を滑らせる。
「あ・・・ティ、ムカ、様・・・」
 甘い、甘い、声。もっと、聞いていたい。
「やんっ」
 柔らかい体、敏感に反応する肢体。もっと、味わいつくしたい。
「あなたに、溺れてしまいそうです・・・」
 白い肌の中で紅の華が咲く。
 鮮やかに、その存在を誇示して。
 それでも足りないような気がして、その数が増えていく。
「は・・・あん、あぁ・・・」
 下肢に手をやれば微かに水音が響く。
 途端に、真っ赤になった少女が逃げようとする。逃げられるはずもないのだが。
「アンジェリーク?どうしたんですか?」
「だ、だって、恥ずかしくて・・・」
 両手で顔を隠す少女が可愛くて、そっとその両手を取って外す。
「可愛いですよ、アンジェリーク」
 そう言って甘いキスをする少年の首に、少女は腕を絡めて縋り付いた。抱き着いていれば、恥ずかしさも少しは軽減するだろうと。
 その想いを汲み取ってか、優しいキスを繰り返しながら、少年は想いを遂げた。





 サラリ・・・サラリ・・・
 心地いい感触に、少女の意識がゆっくりと浮上する。
「アンジェリーク」
 瞼や額に優しい感触。
 ゆっくりと瞳を開けば大好きな人の笑顔が極近くにある。
「ティムカ様、おはようございます」
 にっこり微笑んで挨拶すると、笑顔で挨拶が返って来た。
「おはようございます、アンジェリーク」
 そうして、当然のようにおはようのキス。
「もうしばらくしたら、出掛けましょう」
「あの、どこへ?」
 少年の言葉に、少女はキョトン、と瞳を瞬かせる。心当たりなんて、まったくない。
「女王陛下のところへですよ。僕はあなたを女王にさせることが出来ませんから。だから、報告をしに」
 少女の栗色の髪を梳きながら、少年は微笑んだ。
「僕の我が侭だってことは、よく分かっています。でも、あなたを諦めるなんて、僕には出来ません」
 サラリ・・・サラリ・・・
 目覚める前の心地いい感触が、少年が髪を梳いていてくれていた感触だったと少女は気付く。
「・・・諦めないで下さい」
 少年に抱き着いてその胸に顔を埋める。
「諦めないで下さい。私も、諦めません」
 おそらく、困難だろうこの先のことを思い、それでも一緒にいたい人に想いを告げる。
「一緒に、頑張りましょう」
 お互いに微笑み、想いと、誓いを込めた口付けを交わす。



 白いシーツに包まれた幼い恋人達は誓いを胸に、静かに微睡みに身を任せた。





END