月の吐息


 吐息が、零れた



 艶めいたそれが零れた唇に細い指が触れ、続けて暖かな唇が触れる。
 柔らかく、しっとりと。
 触れては離れ、離れては触れ。
 優しく続けられる口付けの雨に意識がぼんやりと霞み、少女はうっとりとそれを受け止める。
「ふ・・・あ、はぁ・・・」
 口付けられながらそれに夢中になっているうちに、何時の間にか深いものに変わっていた。
 それでもやめられない。やめてほしくない。
 恋うように、求めるように、細い腕が青年の首に縋り付く。
「怖い・・・ですか?」
 静かな湖面を思わせるような声が、耳朶を打つ。
「いいえ・・・リュミエール様ですもの」
 だから、怖くないと少女は微笑み、自分から口付ける。
「愛しています、アンジェリーク」
 金色の髪を愛し気に梳き、青年も少女へと口付けを返す。



「リュミエール様」
 触れられる刺激に、切ない声が青年の名前を呼び、艶めいた吐息が零れる。
「リュ、ミ、エール、さ、ま・・・」
 紅に染まった唇が愛しい人の名前を紡ぐ。
 優しく、強い、恋人の名を紡ぐ。



「アンジェリーク」
 愛しくて、愛おしくて、失えば狂ってしまうだろう少女の名前を紡ぐ。
 天使のような存在、青年の天使であることを誓った少女の名前を紡ぐ。
「愛しています・・・」



 何度言っても言い足りない。
 想いを言葉にするには愛しすぎる。
 それでも、言わずにはいられない。



「ずっと、お側に・・・」



 誓っても、誓っても、それでもこの想いは溢れ続ける。
 唇を重ね、身を重ね、一つになっても想いは尽きることなく、それ以上に。



 この想いを表す術はすでに尽きたというのに、それでも足りない。
 表しきれていない。



 でも。
 だからこそ。
 ありったけの想いを込めた言葉は、行動は、心の奥底まで届く。



「あ、あぁ・・・」

 漆黒の夜空には銀の月
 恋人達のひとときを静かに見守る

「アンジェリーク」
「リュミエール様」

 吐息が、零れる

 月のように密やかに
 月のように清らかな
 艶めき、色づき、それでもその想い故に、清純な

 それは、月の吐息



END