HAPPY DAY
公園の片隅から複数の華やかな笑い声が響く。 「あら」 声が聞こえた方になんとなく視線を向けた金の髪と若草色の瞳の少女は苦笑した。 華やかな笑い声同様、華やかな女性達が一人の青年を取り囲み、笑いさざめいている。 華麗、清楚、艶麗、可憐、妖艶、様々なタイプの美女達に囲まれているのは炎の守護聖。さすがは、守護聖一を誇るプレイボーイである。 「こんにちは、オスカー様」 「・・・お嬢ちゃん!?確か、ジュリアス様と遠乗りに出たんじゃなかったのか!?」 何故か慌てまくる青年の姿に首を傾げ、少女は答える。 「はい、確かにその予定だったのですけど、ジュリアス様の愛馬の調子が悪いそうなんです。ですから、お茶だけ頂いて帰ってきたのですけれど」 青年の不可思議な態度の理由が思い浮かばず、少女は更に首を傾げる。一方、青年の方はと言えば、ダラダラと汗を流している始末だ。 (ま、まずい、非常にまずいぞ、これは。ジュリアス様と約束をしているって言うから俺は誘うのを断念したし、彼女達にも声をかけたのだが、まさかその場面をお嬢ちゃんに見られるとは・・・) これから本気で口説こうとしていた矢先に、なんともまずい場面を見られたと内心、頭を抱える青年である。・・・だったら、やらなきゃいいだろうに。 しかし、青年の内心にはまったく気がつかない少女は呑気に、周囲の美女達と笑顔で挨拶を交わしている。 「こんにちは、お姉さん達。今日はオスカー様と一緒で良かったですね」 「そうなの、この頃お付き合いが悪くなっていたのよ」 「ね、ね、アンジェリーク、ちょっとこっちにいらっしゃい」 「ほーんと、相変わらず綺麗な髪ねぇ」 ・・・実は、少女と美女達の仲はすこぶる良好だったりする。 にこにこと、誰にでも変わらぬ笑顔で挨拶する少女の態度はオスカーの周囲にいる美女達にも好感を与え、その可愛らしい素直さ故に、美女達はけっこう少女を可愛がっているのだ。 キャッ、キャッ、と笑いながら何故かオスカーを放り出し、少女に構い出す美女達である。 そのうちの一人、艶麗タイプの美女がちらり、と炎の守護聖の様子を伺い、くすくす笑う。 「ほら、見てご覧なさい、あの方の顔」 「ほんと、複雑なお顔をなさっていること」 清楚タイプの美女も可笑しそうに口元を覆い、上品に笑った。 ・・・実は、炎の守護聖の気持ちなど、この美女達にはとうにバレきっているのである。しかし、一時期のみとはいえ、それ相応のお付き合いをした女性達の反応としては、妙に少女に親切というか、妙にズレているというか・・・ 「あの?」 美女達に髪をいじられている少女は彼女達の会話の意味が分からず、首を傾げる。 「ふふっ。あの方ね、アンジェリークに浮気現場を見られたような気分に陥っているのよ、今」 妖艶タイプの美女がやはり、妖艶な笑みを浮かべて少女を抱き締め、こっそりと耳元で囁き、その言葉を受けて華麗タイプの美女がつん、と少女の頬をつついて言った。 「それにね、私達が構っていて自分がちっともあなたに近づけないものだから、それにもイライラしているの」 「よかったわね、アンジェリーク。あの方に焼き餅を焼いてもらえて」 可憐タイプの美女の締めの言葉である。 ・・・焼き餅とはちょっと、違う気がするのだが・・・ 「頑張りなさい。私達は皆、あなたの味方だから」 美女達の器用な指で綺麗に編み込みをしてもらった少女は、誰もが見惚れるような輝く笑顔で元気に頷いた。 ・・・実は、少女が炎の守護聖を慕っていることを、美女達は知っていたりする。そのことを知った時、彼女達は妙にあっさりとその事実を受け入れたのである。 優しくて、可愛くて、心も真っ白な、名前が示すように天使に見える少女は、知れば知るほど好きにならずにはいられない少女なのだ。 この子ならと思い、改めて炎の守護聖を見た時・・・彼女達は別の楽しみを見つけてしまった。 いつもは気障な台詞がポンポンと飛び出す青年が、少女の行動、反応一つで面白いほど過剰な反応を示すのだ。試しに、ちょっとつついてみると、こちらが予想もしなかった行動を取ったりして、マジに面白い。 「こんな面白いこと、めったにないわよ」 異口同音に言う彼女達こそ、最強かもしれない。 もうすぐクリスマスであるため、少女は街へと買い物に出ていた。 ある店先のウィンドウを覗いていた時、ポンッと肩を叩かれ振り返った少女の瞳に映ったのは、華麗な美女であった。炎の守護聖の元彼女の一人である。 「あ、こんにちは、お姉さん」 大好きな人に思いがけず会った少女は嬉しそうに笑い、ペコンっと頭を下げる。 「こんにちは。随分と熱心に見ていたようだけど、オスカー様の誕生日のプレゼントでも探していたの?」 華やかな笑顔を浮かべながらの美女の質問に、少女はきょとん、とした。 「え?オスカー様の誕生日?」 「そう。あら?知らなかったの?」 「ええ、知りませんでした。今日は私、皆様方のクリスマスのプレゼントを買うつもりだったんです」 「そうなの」 こういう処が、少女の可愛い処だ。決して、周囲の人間を疎かにしない、その優しい心が。 「じゃあね、誕生日を教えてあげる。あとはアンジェリーク次第ね」 片目を瞑ってみせる美女に、少女も笑顔で頷く。 美女達のこういう処が、少女は大好きだった。ちょっとした情報を教えてはくれるが、決して必要以上のことはしない。自分で努力して恋を捕まえなければならないことを知っているから、そして、少女がそうしたいと思っていることを知っているから、彼女達は決して余計なことはしない。 「12月21日よ」 誕生日を教えてもらった少女は少し、難しい顔をして考え込んだ。 「どうしたの?」 「・・・なんていうか、中途半端だなって・・・」 「中途半端?」 少女の言う意味が分からず、美女は首を傾げる。 「クリスマスに遠いわけでもないけれど、近いわけでもないじゃないですか。だからといって、クリスマス抜きにするわけにも・・・ああ、そうか」 いきなり何かを納得したように少女は頷き、傍らに立つ美女に向かってにっこり笑った。 「あのですね、ちょっと思い付いたのですけど・・・」 少女の話を聞いた美女は同じようににっこり笑い、優しく少女の頭を撫でたのだった。 コン、コンコン。 「こんにちは、オスカー様」 「よぉ、お嬢ちゃん。日の曜日だっていうのに俺の所に来てくれるとはな。嬉しいぜ」 朝一番に訪れた炎の守護聖の執務室で、少女は笑顔と共に手にしていた箱を青年に差し出した。 「お誕生日、おめでとうございます」 「驚いたな、俺の誕生日をどうやって知ったんだ?お嬢ちゃんに祝ってもらえるとは、光栄だな」 「えっと、お姉さんにオスカー様のお誕生日を教えてもらったんです」 少女の言葉を聞いた途端、青年の顔が引きつった。いい加減、あの美女達にからかわれていることに気づいていたのだ。 「・・・彼女達から?」 「はい、今日がオスカー様のお誕生日だって。・・・どうか、しました?」 「い、いや・・・。このプレゼント、有り難く貰おう」 不思議そうに首を傾げる少女に向かい、ぎこちない笑顔を浮かべた青年は受け取った箱の包装を剥がしにかかる。細長く、両手の上に納まるような大きさの割に少し重たい。 「ほお・・・これは・・・」 出てきた品物に、青年の目が見開かれる。 美しい短剣だった。金の柄にはルビーが一つだけ象眼されている。真っ直ぐな両刃の刀身は淡く輝く月の銀のようで、冴えた美しさだ。シンプルなだけに、冷たい美しさが際立つ。 「気に入っていただけました?」 「ああ、いいプレゼントだ」 即座に答える青年に、少女は嬉しそうに笑った。 「良かった」 「こんなにいいものを貰っちゃぁ、お礼にもならないが今日一日、お嬢ちゃんに付き合おう。どこか行きたいところはあるか?」 「あの、それじゃ、森の湖へ。・・・いいですか?」 何故かためらうような顔で、上目遣いに伺う少女に、青年は粋にウィンクをしてみせた。 「ああ、喜んでエスコートをさせてもらおう」 日の曜日だというのに、湖には誰もいなかった。 「運がいいな。今日は貸し切りだ」 嬉しそうに湖の水を撥ねさせたり、その岸辺に咲いている花を触っている少女を見つめる青年の瞳の色は柔らかい。 「ん?」 ふと、少女がこちらを振り向き、どこか緊張した面持ちで自分の方に歩いてくるのを青年は不思議そうな顔で見つめた。 「あの・・・オスカー様」 目の前に立った少女はしっかりと青年の視線に合わせ、必死の面持ちである。 「あの、あの、私」 「どうしたんだ、お嬢ちゃん?」 頬に手を当て、更に瞳を覗き込むようにすると、少女は一度竦んだように肩を揺らせた。そして。 「私、オスカー様が好きです」 一気に一番大事な言葉を言った後、少女はほっと息をつき、柔らかに微笑んだ。 「良かった。やっと、言えた」 一方、青年の方は驚きに目を見開いている。その青年の態度に気づいているのかいないのか、少女は構わずに話し続ける。 「本当は、クリスマスに打ち明けるつもりでした。でも、今日が誕生日だって聞いて。だったら、今日告白して失敗しても、クリスマスで悲しいのを紛らわせるかなって思ったんです。もし、受け入れて下さったら・・・一緒にクリスマスを過ごせるかも、とも思って。あの、オスカー様、一緒にクリスマスを過ごしてくれませんか・・・?」 再びの少女の告白の言葉に、ようやく青年の思考が動き始め、次いで、目の前の少女の体を攫うようにして抱き締めた。 「オ、オスカー様」 「ずるいな、お嬢ちゃんは。俺が言おうとしていた言葉を先に言っちまうなんて。こういうのは、男が先に言わなきゃ、カッコがつかないじゃないか」 金色の柔らかな髪に顔を埋め、青年は囁く。 「一緒にクリスマスを過ごそう。クリスマスだけじゃない、これからの時、色々な場所、ずっと、ずっと、俺と一緒にいてくれ」 青年の言葉を聞いた少女の顔が明るく輝き、嬉しそうに笑う。 「はい、オスカー様。ずっと、一緒にいさせて下さい」 「はぁい、アンジェリーク」 「あ、こんにちは、お姉さん達」 夕方になり、寮に帰る少女と、少女を送る青年に声が掛けられた。視線を向ければ、炎の守護聖の元彼女達がそこにいる。 「オスカー様と一緒だったのね」 「はい!」 にこにこと笑顔で話す少女と美女達とは反対に、青年の顔は引きつっている。 それぞれ、個性的な美女揃いである。引く手あまたな彼女達がまだ夕方であるこの早い時間に勢揃いするなど、普通は考えるまい。 「・・・なんだって、彼女達と会うんだ?」 事は簡単。少女が今日、告白することを知った美女達が待ち受けていただけの話である。情報源は、買い物中の少女と出会った華麗な美女。 「で、どうだった?OKしてもらえた?」 「はい、お姉さん達のおかげです」 「そう、よかったわね」 CHU☆ 「ふにゃ?」 「!?」 頬に口づけを贈られた少女は目をぱちくりさせ、その後ろで青年ははっきりと顔色を青く変えた。 「お祝いよ。うまくいって良かったわ、ホント」 「あ、じゃあ、私も」 「私もね」 わらわらと少女の頬に額に、キスが次々と浴びせられる。 ・・・何か、違うぞ、この状況。 怒るに怒れず、ますます顔を引きつらせる青年に気づいている美女達は内心、お腹を抱えて笑っていた。 「ホント、面白いわぁ」 少女をダシにして、青年をからかって遊ぶ美女達はやっぱり、最強でしかなかった。 そして、炎の守護聖の内心の呟き。 「静かに、二人っきりでクリスマスを過ごすぞ、絶対」 END |