嘘のような本気


 剣を扱う、しっかりした手が金色のふわふわとした髪に触れる。
「・・・触らないで下さい」
 ピクリ、と体を震わせ、身を堅くして、少女の若草色の瞳が青年の青紫の瞳を見上げる。
 ふっ、と相手の口元が甘く緩んだ。
「嫌だったら、逃げればいい」

 青年は何もしていない。
 見つめているだけ。
 髪に触れているだけ。
 なのに。この絶対の自信は何なのだろう。
 少女が逃げない、逃げるわけがないという、確信に満ちた、この言葉は。
「どうした?俺はお嬢ちゃんに何もしていないぜ」

 相変わらず青年の手はふわふわの髪を梳いている。
 少女は触れるその手と、見つめる青紫の視線に縛られて動けない。
「・・・ずるい」

 見つめられるその視線に負け、少女は目を逸らして呟いた。
 知っているのだ、目の前の深紅の髪の青年は。
 逃げられない少女に気づいて、知って、そうして『逃げてみろ』と囁く。
「ずるい・・・オスカー様」

「いくらでもずるくなるさ」
 小さな非難に、青年の笑みが深くなる。
 捕われたのは青年も同じこと。
 くるくる変わる表情に、素直な心に、輝く魂に惹かれ、深く捕われてしまっている。



 恋愛ゲームなんて、出来ない。
 そんなものをする余裕なんて、あるはずがない。
 そんなことをしているうちに、この少女が誰かに攫われてしまったら?
 ・・・そんなこと、冗談ではない。
 だから。
「好きだから、いくらでもずるくなる・・・お嬢ちゃんを手に入れる為なら、な」



「嘘」<
 間髪入れない反応に、青年は苦笑する。
 非難に満ちた若草色の眼差し。
 自分が青年に惹かれていることを心の隅で認めてはいても、彼の言葉をまったく信用していない少女。
「毛色の変わった相手だからって、私が子供だからって、からかうのはやめて下さい」
 怒り故に色の濃くなる若草色。それすらも、青年を惹きつけて止まないことを、少女は知らない。

「まいったな・・・俺はそんなに信用がないのか?」
 髪に触れていた手が、頬に移る。
 動かない・・・動けない少女の顔を覗き込み、更に捕らえようと甘く囁く。
「俺にはお嬢ちゃんだけなんだぜ?」



「嘘」
 先程と同じ、間髪入れず、けれども先程よりも弱い勢いで少女は言葉を紡ぐ。
 青年の情熱のような深紅の髪、甘い光を宿す青紫の瞳、力強い存在。
 惹かれている。どうしようもなく、目の前の青年に捕われてしまって、身動きが出来ない。
 でも、この青年は自分だけの為に存在してくれない。
 そう、思って拒否する。
 どんなことを言われても、信じられない。本気に聞こえない。
 だから、拒否をする。言葉だけでも、拒否をする。

「疑り深いお嬢ちゃんだな」
 ここまでくると、いっそ立派だ。
 笑いを禁じ得ず、だけど、逃がす気もなく頬から腰へと腕が移動する。
 小さな、華奢な、力一杯抱き締めると折れてしまいそうな体を引き寄せる。

「信じられないのなら、信じさせてやる」

 甘い光が真剣な光に、絡んでいた腕が強い抱擁に、守護聖の顔から一人の男の顔に。
 劇的なまでの変化に驚き、脅え・・・なのに、それでも逃げられない。



 この存在から逃げられる筈が、なかった・・・



 熱く被さる唇に、少女は悟る。

 嘘のようだけど。
 本気には出来ないけど。
 それでも、青年は本気で真剣なのだと。

 このキスで、悟るしかなかった・・・



 嘘のような本気。
 でも、この本気はいつまでも続く、ただ一つの真実。



「俺はいつでも、本気だぜ?」
「嘘ばっかり」



 嘘のような本気。
 本当に好きなのなら、ずっと信じさせて。

 ずっと、ずっと、信じさせて。





END