AFTER AFTER

AFTER AFTER


 だから、物語りは続くんだってば!

「もう、皆さんがいるのに何するんですか!」
 観客がいようがいるまいが、ひたすらベタベタと甘い恋人に少女が声を荒げる。彼女は《元女王候補アンジェリーク》と言う。
「気にしなければいい」
 さらり、ジタバタと逃げようとする往生際の悪い恋人を抱き締めている青年が言い放った。彼は《元感性の教官セイラン》 彼との恋愛の為にアンジェリークは女王候補を降りたのである。
「気にします!」
 叫ぶ少女の声をBGMに、壮年の男とまだ幼さの残る少年がのほほんとお茶を飲む。それぞれ、壮年の男の方が《元精神の教官ヴィクトール》、少年の方が《元品位の教官ティムカ》と言う。少女にとって女王候補であった時の教師であり、青年にとっては女王試験中の同僚である。
「ふぅ」
 どちらか、もしくは両者がため息をついた。・・・・・何となく、いい加減あの二人のノロケなんぞに動じなくなっている自分が空しかった。
「あぁあ、まぁたやってる」
 豊かな金髪をヘアバンドでまとめた菫の瞳の少女がやって来るなりそう言った。
「レイチェル」
「今日和、レイチェル」
 女王試験が無事終了し、この度正式に別宇宙の女王となった《女王レイチェル》であるが、今現在王立研究院を中心とした移民の選別中ということで、相変わらず生まれ育った宇宙の女王のお膝元である聖地に滞在している。因みに正式に女王即位したとはいえ、教師として相手をしていた教官達に今更敬語抜きの言葉を使うのも何だか違和感がある為、彼女自身の願いで教官達も今まで通り接して
いる。
「・・・・・そろそろ、かな」
「は?」
「お邪魔が入るんだよ」
あの二人の間にですか?」
「そう、
あの二人の間に」
 一部に異常に力を込めるが、それはまぁ、最初の辺りをもう一度読んでもらえば理由は分かってもらえるだろう。
「お、来たな」
「え?」
 何かが枝をくぐり抜けているような音がしているようだけど・・・・・

「きゃうん」

「あ、なるほど」
 ポンッと手を打つレイチェルである。

 突然草をかき分け現れたのはピンクの縫いぐるみ、ではなくて・・・・・
「アルフォンシア。あぁもう、何処に行ってたの?こんなに汚しちゃって」
 セイランの腕から逃れて、少女はかつて共に宇宙を育てていた別宇宙の意志の具現の片割れである《聖獣アルフォンシア》を腕に抱く。

 別宇宙に宿った意志の具現であるアルフォンシアは、少女が女王候補を降りた為成長しきれず、幼獣の姿のままであったのだが、どういう具合にか、精神生命体であった筈が現実世界に現れたのである。因みに現在はアンジェリークに飼われて、ペット以外の何物でもない。

「もぉ、お愛想して許してもらおうだなんて、甘いわよ」
 白い指が、ピンッと額の赤いまぁるい角のような宝石を弾くと、器用に前足で額を押さえるアルフォンシアである。
「きゅうん」
 気落ちした声に苦笑して、少女は学芸館のなかへと向かう。
「あれぇ、何処行くのぉ?」
 親友の呼びかけに、くるりと振り向き、赤いスカートが花のように広がる。
「アルフォンシアを洗うの。こんなに汚しちゃってるのよ」
 前足の下に手をやって、今はただのペットとかわりないとはいえ、ブランブンとばかりに左右に揺らせる辺り、何だかなぁ・・・・・
「いってらっしゃい」
 愛想よく手を振るレイチェル
「いってきまぁす」
 思わず同じように愛想のいい返事を返すアンジェリークである。
 そして、
「・・・・・」
「・・・・・で、もしかしてこの頃ずっとあれですか?」
 少女が学芸館に消えてから、ブスッとした表情で乱暴に引いた椅子に少々行儀悪く座る大人気ない青年に、人の悪い笑みを浮かべた少女が問いかける。
「毎日毎日毎日毎日まいにちっ!」
 突然の叫びに、思わず後ろに引きかけて背もたれに当たってしまうレイチェル
「何処まで邪魔すりゃ気がすむんだ!」
「アルフォンシアにその気はあるまいて」
 ぼそりとヴィクトールが青年の態度に唖然としている少女のかわりにそう言った。
「どうだか?」
「・・・・・大人気ないですよ、セイランさん」
「ほっといてくれないかい?」
 若干十三才ながら女王の資質である品位を磨く教官に選ばれたティムカの台詞に、セイランは思いっきり大人気なく横を向く。
「愛想尽かされますよ」
 誰にとはあえて言わなかったが、青年には通じたようだ。・・・・・と言うより、誰であるかなど、間違えたくても間違えられないぐらいに知っているだけだ。そこにいる全員が。
「どうして僕が愛想を尽かされなくちゃいけないのさ」
 本人本気である辺り、始末に終えない。
「あんまり大人気ないと、嫌われますよ」
 ため息をつきながら誰かが言ったのだが、ここでセイランはたいへんに呆れた顔で言い放った。
「この僕がそんな間抜けな真似をするわけがないじゃないか」
「「「・・・・・」」」

 元気な鳴き声が響く。
「きゅぴ!」
「おかえり、アルフォンシア」
「きゃぴゅん」
 クッキーを見せるレイチェルにピンクの羽をばたつかせて、ピンクの聖なる獣は宙を駆けて、
「きゅん!」
 落ちた・・・・・
「随分と丸っこくなってないですか?」
「うーん、寮の人達もけっこうお菓子あげてるみたいだしなぁ」
「食い過ぎか?」
「そのうち飛べなくなるね」
「きゅぅん」
 きっつい一言に傷ついたように、アルフォンシアが瑠璃の青年を恨みがましい目で見上げる。
「フンッ」
 ツンッとあごをそびやかし、青年は立ち上がる。
「アルフォンシアをよぉく監視しておいて下さいね。アンジェリークを呼んできます」
 『どうせついでにベタベタしてくるんだろう』と、誰もが思ったのだが、誰も口にはしなかった。賢明である・・・・・

 ほっそりとした華奢な身体をバスタオル一枚でくるんで、少女は曇り硝子の嵌められたドアを開ける。
「・・・・・何だ、君も入ってたのか」
「え!?」
 濡れないようにと髪を束ねていたリボンを解いた瞬間の声に、恐る恐る少女はそちらを見た。
「セ、セイ、ランさ、ま」
「アルフォンシアだけしか帰って来ないからどうしたのかと思ったよ」
 廊下へと続くドアに背を預けていた優美でしなやかな柳を思わせる青年が、スイッと少女に近づく。
「あ、アルフォンシアって、その、お湯が嫌いらしくて、何時も逃げようとして、こっちも濡れるので、分かってるから、えっと」
 思わずジリジリと後ろに下がる少女
「服が濡れないように脱いだついでに、入ったわけ?」
「は、はい」
 コクコクと頷く姿に、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて青年が言う。その歩調は変わらない。
「どうして、逃げるの?」
「え、あの、その」
 艶めいた群青の瞳に、少女は追い詰められるように後ろに下がりながら理由を言おうとするが、理由が思い浮かばない程のパニックに陥っていた。
「っ」
 背中に当たった壁にとうとう部屋の隅まで追い詰められたことに気がついて、少女の顔色が一気に青ざめる。
「セ、セイラン様」
「何?」
「腕を、腕を退けて下さい」
 退路を断つように置かれた両の腕を退けるように、日頃の勝ち気さは何処へやら状態の少女が懇願する。
「嫌だよ」
「セイラ」
 口づけによって断ち切られる青年の名
「!!」
 突然の口づけを、それでもそのうち目を伏せて受けていた少女は、ぎょっとなって目を見開く。
 それなりに豊かな少女の身体を覆うバスタオルに手が添えられている。勿論、青年の手である。
「んーっ!!」
 抗議の声も黙殺する青年
 震えていた指が握り締められ、流石の少女も鉄拳制裁をしようとしたが、
「んっ」
 繊細な形のいい手が容易くそれを受け止めると、少しひねるように背の後ろに持っていく。
 微かな痛みと羞恥とで涙ぐみ出した少女の唇から青年の唇が離れた。
「ん」
 目尻の涙を唇で拭う青年を、彼女は気丈に睨みつける。
「セイラン様の、意地わ、ヤ」
「何?」
 クスクス、涼しい声が意地悪に問いかける。
「こんなところで、何をする気です!?」
 自由な方の片手で何とか阻止しようとするが、青年の腕は強く、少女の方が押され気味である。
「知りたい?」
「意地悪!!」
 真っ赤になって叫ぶ唇に、青年の人差し指が触れる。
「外に漏れるよ」
「・・・・・」
 無言でバスタオルを握り締めるアンジェリーク
「フフッ」
 ひじょうに楽しそうに笑いながら少女の首筋に唇を当てるセイラン
「ぁん」
 熟知していると言っても過言ではない少女の、敏感な場所に唇を当て、じゃれるように嘗めると、少女の唇を割って艶めいた声が漏れる。
「んん」
 必死に声を堪えようとする唇を塞いで、貪るようなキス
「あ」
 ぺたりと床に座り込む少女を追うように、彼も膝をつく。
「セイラン様、場所と時間を考えて下さい」
 あごを掠める瑠璃色の髪
「どうして?」
「どうしてって、そんなの!?」
 場所も忘れて大声をあげかけるアンジェリークである。
「あぁ、本当に煩い口だね。塞いでしまおう」
 呆れたようななかにも楽しそうなセイランの麗美な美貌が近づく。
あん」

 『ドンドンッ』
「アンジェリークゥ、いるぅ!?」

 思わず凍りつく二人である(笑)。

「いるのぉ!?」
「い」
 そして思わず答えてしまう少女
「いるよぉ!」
「あ、ねぇ、セイラン様、まさかそこにはいないよね?あんたを呼びに行ってから帰って来ないんだけど?」
「知らなぁい。もしかして私がセイラン様の私室の方を使ってるのかと思って行ったのかも」
「そっか、そうかもね。それで、あんた何してんの?」
「ついでにお風呂入ってたの」
「アハハ、アルフォンシアが逃げようとして濡らされないようにしたついでに?」
「うん」
「そっか、分かった。早く帰って来ないとアルフォンシアにクッキー全部食べられちゃうからね」
「分かった」
「んじゃ、早くね」
 ・・・・・
「行った、かな」
「意外と演技が上手いね」
「誰のせいです」
 ジト目で睨む少女の頬にキスをして、青年は立ち上がる。
「はいはい、僕のせいですよ。・・・・・部屋に女王試験が終了した時に渡そうと思っていたペンダントがあるんだ。それをついでに探していたということにしよう」
「はぁい」
「じゃあね」
 可成危ない格好で自分を睨む少女に口づけを一つ落として、青年はそこを出た。

「きゃう」
「あぁ!こら、お菓子を零しちゃ駄目でしょう!?」
「きゅぴゅうん」
 リスとウサギを混ぜたような、ひたすら愛らしい生き物はその長い耳を伏せる。
「ほぉら、逃げないの」
 お菓子の粉でいっぱいの口元を拭こうとすると、嫌がって首を振るアルフォンシアである。膝の上にだっこしている飼い主の苦労は絶えない。
「そろそろ帰らないと」
 夕暮れ時特有の茜色を湛え出した空を見上げて菫の少女が言う。
「そうね」
 女王試験が終わった後も相変わらず女王候補生寮に住んでいる緑青の少女も頷く。膝の上で今度は寝息を立て始めたピンクの毛並みを撫でながら。
「・・・・・アンジェリーク」
 ツンツンと、ちょうどセイランと挟んで隣に座っていたティムカが小声で注意を引く。
「はい?」
「すみませんけど、今日はセイランさんのところに行ってあげてくれませんか?」
「え?」
「この頃すっごく機嫌が悪くて」
 ボカされた言葉は声の調子と表情で察するにあまりある。曰く、『八つ当たりがくるんですよぉ』である。
 そこで困った顔で少女が首を傾げたのは、彼女だって人身御供はごめんだからである。しかし、大きな墨を溶かしたような瞳いっぱいに『お願いします』との一念を込める元共感の必死の表情に哀れを誘われるのも確かだ。
「アンジェリーク」
 先に椅子から腰を浮かした菫の瞳の友人に、無言でブルーグリーンの瞳の少女はよく出来た縫いぐるみのようなぷわぷわまんまるとしたピンクの聖なる獣を渡す。
「ゴメン」
 ちょっと舌を出すコケティシュな仕草に、呆れたようなため息をつく褐色の肌の女王陛下である。
「分かったよ。また明日ね」
「うん、また明日」
 『Bye−bye』と手を振って見送る少女の栗色の髪が撫でられる。
 ふと気がつけば、とっとと瑠璃の青年以外は学芸館内部に移動したらしい。・・・・・好き好んで、だぁれが当てられたいものか・・・・・
「・・・・・」
 自分を抱き締める腕の中で、少女は少し目を伏せて、幸せな笑みを浮かべる。
 その胸元で、親友とお揃いのペンダントが輝いた。

 熱心にノートを見ていた少女は、ドアの開く音に視線を上げる。ガシガシとまだ濡れた髪を拭きながら、青年がシャワールームから入って来る姿をニコニコ笑って見ていると、
「何をそんなに見ているのさ」
「なぁいしょですっ」
 クスクス笑って、少女は人差し指を唇にあてがう。髪を拭く時に覗く青年の顔は、実際年齢よりももう少し年下の少年のようで、その顔を見るのが好きだなんて、絶対に言えないことだ。言ってしまったら、この青年は絶対見せてくれなくなる。自分のことを子供扱いしてからかうくせに、自分は子供扱いされるのが大嫌いなのだから。
「いいけどね」
 不審そうに眉をしかめながら、少女の側に座る。ここは青年のアトリエであり、少女が見ていたのも青年のスケッチブックである。
 無造作に引かれた毛の短い絨毯の上にそのまま座った少女は、ずっと青年の習作の納められたそのノートを見ていた。
「これ、森の湖ですよね」
「そうだよ。まだ君とちゃんと会う前、女王試験も第一段階の頃に描いたんだそうだ」
 黒い鉛筆だけの絵なのに、それはもうすっかり人に緑の木々の調べすら教えそうな程。『希代の芸術家』と呼ばれるのは伊達ではない。
「これは風景しか描いていないよ。何せ、ここに来た当初で、君に会っていなかったからね」
「え?」
 きょとんとして顔を向ける少女の唇を軽く塞いでから、続ける。
「言っただろう?君に会い、君に惹かれ始めてからというもの、僕の描く物、書く物全ては君ばかり。絵や詩だけじゃない。その時作っていた曲も何もかも、君をイメージしたものばかりだ」

 無限に出ずる創造の泉  その源で笑っている少女

 今は側にいる愛しい彼女の肩を抱き、頬を寄せられる程に近くにあるのは、いったいどうした奇跡であることか。
「ずっと君に焦がれ続けていた。君だけを求めていた。でもあの頃僕は教官で、君は女王候補。募るばかりの想いを抱いて、筆を持ち、そして紙の上に君を生み出してた」

 気丈に首を上げて一人歩くその姿に迷いはなくて
 置いて行かれるような  そんな気がしていた

「今、君は僕の側にいるね」
 甘い囁きに勝ち気な目元がほころぶ。
「えぇ」
 簡潔な答えが彼女らしい。

 唇を寄せても、彼女は拒まなかった

 長いキスに染まった頬を見られないようにさりげなく視線を手元に向ける少女、その態度に気がつきながら、青年は言う。
「君が僕の側にいるようになってから、何だか僕の世界は広がったような気がする」
 差し込んだ指に髪を絡ませ、すぐ近くに引き寄せた少女の目元に口づける。
「見えていた筈なのに、見えていなかった世界を、君が教えてくれた」
「私が?」
「そう、君が」
 勝ち気な筈の少女が、時々とても不安そうに自分を見上げる。いったい何に脅えているのか、それを察するにはあまりあった。人の心に鈍感な少女は、同時に自分の心にも鈍感で、この自分との恋が初めてで、だからこそ上手くいっていることを確かめたがっているのだ。恋に傷ついたことはないけれど、比べるもののない絶対のこの恋を、失うことに脅えている。
「君は自分を知らなさ過ぎるね」
 どれ程この自分が想っていることか、不安がるということは、知らないということ。こんなに愛しいのに、その輝きに魅せられたのは自分なのに、それを知らずに脅えているアンジェリーク・・・・・
「まぁね、教えるのは楽しいけど」
 勝ち気な瞳に宿る、光  時に気丈に前を見据え、時に聖母の如く包み込み、時に風に揺れる花のように、誰の目にも愛すべき者として映る、彼女の魂を最も他者に知らしめる、青翠の瞳が、笑う。

「だけど」
 突然青年の口調が変わった。
「この頃また、想い描くのは君ばかりなんだ」
「・・・・・怒ってるんですか?」
 冷たい声に、少女は眉をしかめて問いかける。『自分は何もしていない』と。
「当たり前だろう。ここ一週間というもの、君はずっと僕を放っておいたんだよ」
 『分かってるのかい?』  睨む群青、氷の煌き
「・・・・・大人気ない」
 少女は言う、心底呆れて。
「幾らなんでも、アルフォンシア相手に」
「あのねぇ、言わせてもらうけど、ほんっとうに、君、ここ一週間というもの、全然ここに泊まってないんだよ」
「・・・・・」
 独占欲全開バリバリである。・・・・・一週間、この青年の八つ当たりの対象になっていただろう二人の心労がうかがえる。
「私、セイラン様とをアルフォンシアを並べて考えたことなんてないですよ」
 ブルーグリーンの瞳が睨む。強気で勝ち気な少女は、同時にとても無邪気で純粋で、一途に彼だけを想っている。なのに、何だか青年の台詞を聞いていると、そんな心を疑われているようで、どうしても声が怒ってしまう。
「分かってるさ」
 少女を抱き寄せて、柔らかな髪を撫でながら、彼は切ない吐息をつく。

「だけどね、僕は君が離れていると駄目なんだ」

 抱き締めてくる腕のその優しい力に、泣きたくなる程、彼女は彼に愛されていることを知る。知っていたことを再認識して、切なく目を閉じる。

「愛してる。僕には君だけがいればいい」

 想いを口にして、だけどその全てを理解してもらっているとは思えない。

「はい」

 応えて、だけどそれ以上に想う心を分かってもらえてはいないだろう。

 自分が自分でしかない以上、どうしたって言葉と心のギャップは埋まらない。
 分かっていて、二人共それが切なかった。

 だけど、だから
 知らない筈なのに、知らないように
 近づく唇に、鼓動が高鳴った・・・・・

 眠る少女のあどけない顔に、神聖なモノを見るような、近づき難い何かを覚える。
 もう何度、共に夜を過ごしたことか。
 なのに決して慣れることのない、不安と幸せ

 今にも消えてしまいそうな不安
 共に在る幸せ

 愛しくて、愛おしくて、自分を押し付けて、負担になるような愛し方をしたくはないのに、してしまいそうになる。
「ん」
 微かな息と、揺れる髪  鮮やかな跡の残る細い肩
 横顔にかかる髪をそっと流す。
 露になった顔は安心しきっていて、自分がそれを引き出せていることが、この上もない幸せなのだと、噛み締める。

自覚もないままさ迷っていた孤独の荒野
さ迷い疲れた自分に差し伸べられた腕
迷いなく気位高く見つめる瞳

きっと  ずっと  この少女を  探していた・・・・・

 滑り込むように少女の吐息を確かめられる程の側に寄ると、甘い線を描く頬に口づけを一つ当てて、彼もまた眠りについた。

 日は昇り、昨日に似た今日が始まる。
「ぷはっ」
 顔を洗っていた少女が子供みたいに一息つく。
「?」
 手を伸ばして探していた先にタオルがなく、少女が不審そうにそちらに視線を向けようとした途端である。
「きゃっ」
 視界が白く染められる。
「セイラン様、自分で顔ぐらい拭けますよぉ」
 子供扱いにご機嫌斜めな少女の髪にキスしながら、彼は笑う。
「はいはい」
 ぷっくり膨れた表情は、勝ち気なきつめの顔立ちとのアンバランスさが愛らしい。
「もぉ!」
「怒らない。ごはんが冷めちゃうよ」
「はぁい」
 『好きな物は美味しい物』と言い切る青年だ、せっかく美味しい朝食を損なう気はまるでない。そしてそれには、少女も同感だった。

「で、どうしようか?」
 二人で階段を降りながら、もはやレイチェルが女王即位した為に大量にある時間をどう使うべきか考える。
「そうですねぇ」
 聖地は広い。そのわりに施設は大きいが少なく、その上密集している為に手づかずの自然がそこらへんにあるのだが、渡る風のような少女も風を愛した青年も、そういった物を愛でる性格だ。そうなると、行きたい場所の方が多くて困ってしまう。
「きゅぴゆ!」
「え?」
「アルフォンシア!?」
「セイラン様、ゴメンなさぁい、アルフォンシア逃がしちゃって」
 金色の髪が溶けそうな褐色の肌の少女はお祈りポーズで懺悔する。
 ピンクのふわふわしたモノは、ぴょんと身軽く、眉をしかめている青年の隣の驚いている少女に飛びついた。
「きゅ?」
 クンクンと少女の顔を嗅いでいたアルフォンシアが、首を傾げる。
「きゅきゅん?」
「あ、あはははは」
 短い言葉に込められた意味を正確に聞き届けた少女がごまかし笑いをする。
「何て言ったの?」
 純粋に好奇心から青年が問うが、少女は真っ赤に染まった困り顔である。
「・・・・・状況から察するに」
「ま、香りが移ってるのくらい当然ですけどね」
 そういう方面を知らない方がおかしい三十一才と、本人の自覚のないノロケに付き合わされること数える気も起きない十六才である。
「どうしたんですか?」
 まだそういったことに興味がいく前の十三才だけが察しかねている。
「あぁ、そう言えば、考えてくれました?」
 話題を変えようと金髪の女王様が言う。
「例の別宇宙に行くって話?」
「うん」
 レイチェルの話というのは、アンジェリークは女王補佐官、セイランも同等の役割をやってくれないかというものである。彼女の下す特別の任命により、彼女と同じだけの時を生きる者として。
「行ってもいいけど、忙しそうだな」
「大丈夫ですよ。そりゃ、最初は忙しいでしょうけどね。最初だけですもん。忙しいのは一時期だけ、それ以外は暇なくらいだと思いますよ」
 『当然』と、悪戯っぽい笑顔で、レイチェルは言う。
「暇な時間はどれだけアンジェリークとベタベタしてたってかまいませんから」
「乗った」
「セイラン様・・・・・」
 即答する青年に、少女が脱力して腕の中のアルフォンシアを落としかけた。
「君と一緒にいられる時間が増えるのはいいことだからね」
 人目もはばからず軽く少女の頬にキスをして、彼は陽気に言い放ち、一転して、
「アルフォンシア
、僕が嫌いなわけかな」
 不機嫌な声である。
「きゃあ!アルフォンシア、何してるの!?」
 続く悲鳴は少女のもの。

 アンジェリークの腕のなかから、アルフォンシアがセイランの手に噛み付いている。

「アルフォンシア、離しなさい!」
 響き渡る声に、渋々ピンクの聖獣はくわえていた青年の手を離して腕から飛び出る。
「大丈夫ですか?」
「一応ね」
 牙は立っていなかったらしいが、それでも血のにじむ手を取って、少女の桃色の唇が傷に振れる。

「・・・・・こういう時思うんですけどね。時々セイラン様よりアンジェリークの方が妙に周囲を当ててくれますよね」
「まったくだ」
「本人自覚ゼロですから、こちらからは何も言えませんしね」
 ボソボソと肩を寄せ合い、ベタベタな恋人達から視線を外すその他である。
「アルフォンシア、おいで、アンジェリークはあんたの相手を出来そうにないからね」
 慣れないこっちに来てからというもの、最初は脅えてアンジェリークの影に隠れていた自分の聖獣とは色違いであるアルフォンシアを可愛がり、それなりの信頼を得たレイチェルが言う。
「きゅうん」
 アンジェリークを恋しがって鳴くアルフォンシアを問答無用で抱き上げると、
「止めとけ」
「一緒に遊んで上げますから」
 心からそう言うヴィクトールとティムカである。

 そんな周囲を知らず、甘い恋人達はベタベタと吹き抜けの階段の踊り場でイチャついている。
「いいってば」
「いけません。ちゃんと消毒しないと」
「さっきので十分だよ」
「あん」
 感謝のキスを頬に受け、突然のことに目をぱちくりさせる。
「もぉ!」
「まだ感謝が足りない?」
「そんなこと言ってるんじゃ、んん!」

聖なる大地で、もしくは別なる宇宙で
恋人達の物語りはまだまだ続くんだってば


END