After Story


 地平線から金色の太陽が顔をだす。
 一斉に大地が、空気が目を覚まし、命の輝きを歌い出す。
 足元にボストンバックを置いた少女はその様子を瞳に焼き付けるかのように、しっかりと見ていた。
『きゅる、きゅるるっ?』
 腕の中のピンク色をした獣が甘えるように、鳴き声を上げる。
「うん、行こうか。アルフォンシア」

 新しい宇宙の女王を決める試験。
 二人の女王候補によって育てられた宇宙は僅かな差で天才の呼び声の高かった少女、レイチェルを女王とした。
 もう一人の女王候補・アンジェリークは負けたとはいえ、その能力を高く買われ、女王補佐官にと請われたのだが、アルフォンシアと名付けた宇宙の意志が残っていることを知ると、その意志と共に帰ることを望んだのだった。

 女王試験の幕が閉じ、三年の月日が流れた。

「ただいま、アルフォンシア!」
 栗色の髪を揺らし、玄関を開けた途端、アンジェリークは部屋の奥に向かって声をかける。この三年間、一度たりとも変わらない習慣。
「シア?シーア?アルフォンシア?」
 声をかければ真っ先に飛びついてくるはずのピンク色の塊が出て来ない。不審そうに首を傾げながらもう一度、声をかける。
「アルフォンシア?」
『きゅるるっ』
 部屋の奥から跳ね飛んで来た不思議な生き物はその勢いのまま、自分の主人の腕の中に飛び込んだ。
「どうしたの、いったい。心配したじゃない」
 そう言いながら奥の部屋に行こうとしていた足が止まった。サファイアの輝きを宿す瞳が、大きく見開かれる。
「・・・『登場人物達の魅力もさることながら、特筆するべきは作品全体に渡り、彼女の持つ瑞々しい感性で生命の賛美を歌っている事だろう。まだ未熟とはいえ、これから先が実に楽しみな新人の登場である』、か。まさか、あの時の学習がこんな形で成果を上げるとはね」
 まるで詩を朗読するように批評を読み上げた青年が手にした本を閉じ、顔を上げた。サラリ、と冷たく整った顔にかかる蒼い髪を鬱陶しげに払い、シアンブルーの瞳が真っ直ぐにサファイアの瞳を射抜く。
 忘れようにも忘れられなかった、かつての教官。感性を受け持っていた教官だった。呆然と立ち尽くしたアンジェリークの唇から、いきなり目の前に現れた青年の名前が零れ落ちる。
「・・・セイラン様・・・」
「おいで」
 手を伸ばし誘う言葉に、催眠術に掛かった人のように近づくと、青年の白い手がアンジェリークの腕の中にいたピンクの獣を足元に置き、目の前の細い体を抱きしめた。
「あれから三年、か。随分と君は変わったね。・・・綺麗になったよ」
 まったく変わっていない青年とは逆に、三年という月日は確実にアンジェリークの上に変化をもたらしていた。
 栗色のサラサラした感触の髪は変わっていない。・・・過ぎ去った年月を示すように、肩の下まで伸びてはいたけれど。
 サファイアの瞳に宿る、強い意志の輝きも変わらない。
 だが、身に纏う雰囲気が変わった。
 弾けるような生命力はそのままだが、しっとりとした落ち着いた雰囲気は試験当時のあの頃にはなかったものだ。少女特有の危うさはなくなったが、女性特有の匂い立つような艶やかさがその身に備わっている。
 鮮やかに、艶やかに、サナギから蝶へと変化するように、少女から女性へとあでやかな成長をアンジェリークは遂げていた。
 痛いほどきつく抱きしめてくる腕に、夢見心地だった意識がようやく現実に返る。
「セイラン様、どうしてここへ?」
「どうして、だって?君を探して来た僕に、その言葉はないだろう」
「探してって・・・」
 とまどう瞳に軽く口付け、青年は更に腕に力を込める。
「まったく。君はいつも考えもしない行動を起こしていたし、僕もそれを楽しんではいたけれど、三年前のあの時だけはやめてほしかったね」
「セ、セイラン様、ちょっと、痛い・・・」
 眉を顰め、訴える声に力を緩めはするが、決してその体を腕の中から逃しはせず、青年は続ける。
「最後まで、君とレイチェルのどちらが女王になるのかわからなかった。君が女王になれば、僕も新宇宙へ行って見守っていくつもりだった。補佐官となったなら、僕の気持ちを打ち明けるつもりだった。家へと帰るつもりだったのなら、僕の側に引き留めるつもりだったのに・・・君は、何時の間にかアルフォンシアと共にいなくなっていた」
「あ・・・でも、見送りなんてされると悲しくなりますから、して欲しくなくて・・・だから、私」
「うん、陛下達にその事は聞いた。実に、君らしいとも思ったよ。だけど、しばらくは落ち込んだね。君にとって僕はなんだったんだろうって。少なくとも、君も僕のことを想っていてくれると自惚れていたから」
 目の前の青年が落ち込むなんて想像がつかなくて、もう少女とは言えなくなったアンジェリークはサファイアの瞳を瞬かせた。そうしてため息を零し、そっと額を青年の肩につける。
「・・・私は、臆病だったんです。セイラン様に嫌われてはいないだろうと、思っていましたけれど・・・私がセイラン様を想うように、セイラン様は私のことを想ってくれてはいないと考えていましたから。だから、補佐官にはならなかったんです。セイラン様に協力していただいた宇宙にいる事が辛かったから。でも、セイラン様を完全に忘れる事なんて出来なくて、セイラン様との思い出を持っているアルフォンシアと一緒にいる事にしたんです」
 うつむく顔に両手を当て、青年はその小さな顔を上げさせた。サファイアの瞳が揺れ、シアンブルーの瞳を見詰めている。
 青年は首を傾け、顔を近づけた・・・の、だが。
「・・・」
『きゅっ、きゅっ、きゅるるっ』
 いきなり目の前にピンクの獣が現れ、青年と獣のにらめっこ状態が展開された。
「ア、アルフォンシア?」
 驚く想い人を他所に、しばらくにらめっこを続けた青年はおもむろに手を伸ばし。

 ぽいっ。

 ピンクの塊を摘まみ、後ろへ放り投げた。・・・いいのか?聖獣だぞ、一応。
 しかし、そんな事には頓着せず、邪魔な存在を取り除いた青年は再び、目の前の複雑な顔をしている想い人に顔を近づける。
「〜〜〜っ」
『きゅるるっ、きゅる、きゅるるん』
 今度は頭の上に乗っかる獣に、青年はがっくりと脱力した。もう一度手を伸ばし、ピンクの塊を摘まむと自分の目の前に持ってきて睨み付ける。・・・・・おいおい、少し大人げないんでないかい?
「なんだってそう、邪魔をするんだ」
『きゅるるんっ』
 ・・・気のせいだろうか、ピンクの獣のつぶらな瞳が吊り上っているように見えるのだが。ひょっとして、自分の主人を取られるとでも思っているのだろうか。
 なんとも子供っぽい青年とピンクの獣の争奪戦に我慢出来なかったアンジェリークはとうとう、お腹を抱えて笑い出した。
「アンジェリーク」
「す、すみません、でも・・・」
 不機嫌に名前を呼ばれるが笑いを止める事が出来ない。
 いつまでも笑っている想い人に軽く舌打ちをして、青年はその唇を塞いだ。・・・ピンク色の邪魔物はしっかりと足で押さえ付けて。
「これからは、ずっと一緒にいよう。君と僕とが刺激しあえばきっと、無限の創造を創り出す事が出来る。君にとっても、僕にとっても、それは素敵な事だと思うけど?」
 青年の言葉にサファイアの瞳は嬉しそうに微笑み、頷く。
「ずっと、一緒に人生を造っていきましょう」
 返された答えに満足そうに頷いた青年は、細い体を抱きしめた。・・・背中に、ピンクの獣をぶら下げて。

 ずっと、ずっと、一緒に造っていこう
 最高の、二人だけの物語を
 ずっと


END


おまけ☆


「そういえば、セイラン様、どうやってこの家に入る事が出来たのですか?」
 投稿した小説が新人賞を取り、一躍有名になったアンジェリークは取材攻勢や押しかけるファンなど様々な煩わしい事から逃れようと、出版社が用意した家に移ったのだがセキュリティの類はしっかりしていたはずなのだ。
「どうしてって、アンジェリーク、君、このセキュリティのパス・ワードを何て設定したんだい?」
「あ!」
 思い当たる事柄に、たちまち真っ赤になった恋人の姿を青年はくすくす笑いながら見詰める。
「マイクに僕の名前を言ったら、ロックが解除されたんだけど?」
 アンジェリークがセキュリティに設定したパス・ワード。それは。

『SEI−LAN』