逢いたくて


初めて会った時は、ウワサ通り『変な奴』だと思った。
綺麗な顔をしているのに、鋭いトゲを隠しもせずに持っている。
まるで、薔薇のような存在。
どうしてそんな奴と、未だに友達をやっていられるか不思議だ。
時々首をかしげることがある。
希代の芸術家と呼ばれる奴の名前はセイラン。
出会ってから、5年になる。

「セイラン・・・・・・おい、セイラン?いないのか?」
ドンドンとドアを叩きながら青年が呼びかける。
「おい、寝てるのか?」
時間は先ほど2時を過ぎたばかり。
普通の人ならば起きている時間帯だが、何せ相手は芸術家だ。
また朝まで絵を描いていたのかもしれない。
青年は、あっさりとドアを叩くのを止める。
寝ていたのならば、絶対に起きる相手ではない。
それとも、本当に留守なのだろうか?
セイランと呼ばれる芸術家は、すぐに家を留守にする。
さすがに長期だったら一言あるが、一週間くらいだったらすぐにいなくなる。
こちらとしては、ドアに不在を告げるメモくらいは残しておいてもらいたい。
青年は、ため息をひとつついてドアの前から離れる。
そのまま帰るのかと思ったら、もと来た道ではなく、小屋の後ろにと続く道を歩き出した。
小屋から少し歩くと崖になっていて、そこからの景色は絶景である。
と、いうわけでセイランはその場にいることが多い。
せっかくここまで来たのだから、いるかいないかくらいは確かめて帰ってもバチはあたらないはずだというところだろうか。
山道をえっちらおっちら登ると、やがてその場所だけ、木々がとぎれた場所があらわになっていく。
少しづつ、そこからの景色が見えてくる。
崖下に広がる、広大な森。
でも、霧が広がる時間はこの場所はとても危険だ。
それでもセイランと同様、青年もこの場所が一番好きだった。
「セイラン?いないのか?おい、セイラン!?」
ここにもいないのだろうか・・・・・・?
「セイラン!?」
「・・・・・・そんなに大声を出さなくても聞こえてるよ」
どこから不機嫌そうな声が聞こえてきた。
なんだ、やっぱりいるんじゃないか、と青年はつぶやく。
「だったら、1回で返事をしたらいいだろう?それに、でかけるんだったら張り紙くらいしておけと言ってるだろうが」
ガサガサと草をかきわけて、脇にスケッチブックを抱えたままセイランがどこからともなく出てきた。
「それを言うなら、来るなら来ると手紙くらい書けばいいだろう?」
うるさげに髪をかき上げながらセイランが不機嫌そうに言う。
無茶を言うな、と青年は声を荒げた。
「手紙って、お前あてのは俺がいつも持ってくるんだろうが!!・・・・・・ったく、お前いつもむちゃくちゃ言うなぁ」
青年・・・・・・フォルカが、疲れたようにため息をもらす。
「で?何の用だい?これでくだらないことだったら、君との付き合いは考えた方がいいな」
「それは、こっちのセリフだ・・・・・・。ったく、お前、もう少し言い方を考えろよな。俺、この前も女の子に泣き付かれたぞ」
「どうして?」
どうしてときたか、とフォルカは盛大なため息をついた。
「あのなぁ、お前に好意を持ってくれてるんだぞ?少しくらい優しくしたってバチはあたらないと思わないか?」
フォルカがそう言うと、セイランは心底おかしそうに笑い出した。
「好意?そんなの、嘘だね。ただ僕が顔がいいから近づいてくるんだろう?それと、『希代の芸術家』なんて呼ばれているのも少し作用している。誰も、中身なんか見ていないんだ。器だけしか、見ていないんだよ」
それを聞いたフォルカは、しばらくの間何も言えなかった。
・・・・・・自分で顔がいいとか言うか、普通?
「顔がいいとかいうのは置いといて、だな。お前、一生このまま独身のつもりか?結婚すれば、少しは周りもうるさくなくなると思うけどな。お前もいい年なんだしさ、結婚相手を探してもいいんじゃないか?嫁さんはいいぞ」
結局は、のろけに走るフォルカ22歳である。
彼は先月結婚したばかりで、セイランも結婚式に呼ばれた。
フォルカの結婚相手はでも器量良しの幼なじみで、彼は初恋を貫いたのだ。
「恋人は、いるよ」
セイランは、フォルカが驚くようなことをぽつりと言った。
「はぁ!?お前、いつのまに?だ、誰だ?村の誰かか?えーと・・・・・・」
フォルカは目を丸くした後、まくしたてるようにセイランに質問をする。
「村の人じゃないよ。君と会う前からいたんだ。もう、ここ6年ほど会ってはいないけどね」
「6年?どうしてまた。・・・・・・あ、もしかしてふられたのか?」
「僕がふられるわけないだろ。会いたくても、会えないんだよ」
尊大な言葉に、フォルカは言葉もない。
「ずっと、もう2度と会えないんだ。でも、それでも僕にとっては、一生の恋人だよ。君のいう結婚相手と言ってもいいくらいだ」
「・・・・・・お前、やっぱりロマンチストなんだな」
フォルカの言葉に、セイランは目を丸くして、笑い出した。
「あのね、僕の仕事をなんだと思ってるんだい?」
「芸術家・・・ああ、そうか。そうだな」
フォルカもクスリと笑い、そしてしばらくしてから真剣な顔でセイランにたずねた。
「会えなくて、いいのか?俺だったら、耐えられない」
「・・・・・・会えるはずがないよ。彼女は・・・・・・」
別の宇宙の女王なんだから、というつぶやきは、フォルカには聞き取れなかった。
ふたりの間を、風が吹き抜けていく。
フォルカはその沈黙に耐えられなくて、つらそうに顔を歪めた。
会いたいのに、会えない。
それでも、相手を愛している。
それで、セイランは満足しているのだろうか・・・・・・?
相手がいつまでも自分を想っていてくれると思っているのだろうか?
自分の想いを、信じられるのだろうか?
お互い、気持ちが変わるかもしれないのに。
それでも、セイランは信じているのだ。
お互いの気持ちはいつまでも変わらない、と。
「ああ、そうだ。君の用件は何だったんだい?まさか、本当にくだらない話をしに来たんじゃないだろうね?仕事はいいのかい?」
「ああ、忘れてた。それと、仕事は大丈夫だ。一段落ついたからな」
フォルカはそう言って、自分の上着から一通の手紙を取り出した。
「お前に、だ。これを届けに来たんだよ」
「いつも悪いね。・・・・・・誰からだろう?仕事かな?」
手紙の差出人は、ただ『A』と書かれているだけ。
「A?そんな仕事相手いたかな?」
「んじゃ、確かに届けたからな。お前は、まだここにいるのか?」
「ああ、そうだね。もう少し、描きたいからね」
セイランは手紙から視線を外し、崖からの景色を眺める。
ざーっと風が吹いて、セイランとフォルカの髪や衣服をなびかせていく。
「・・・・・・なあ、もう人物画は描かないのか・・・・・・?」
セイランが、ずっと人物画を描いていないというのは有名な話だ。
そう、ちょうど6年前を境に、人物画には手を出していないとのこと。
顧客側が何度言っても描く気は起きていないらしい。
6年、と改めて思い出して、フォルカはハッとした。
恋人と会っていないのも、6年。
もしかして、セイランは恋人と約束したのだろうか?
それに、気づいてしまったフォルカは、言った言葉を後悔した。
しかし、セイランは気にした様子もなく、ただ何も言わなかった。
フォルカは、そのまま何も言わず、セイランの側を離れ、山道を降りていった。
フォルカの背中を見ながら、セイランは先ほど言われた言葉を何度も反芻していた。
『人物画は、描かないのか?』
描くはずがない、とセイランは自嘲気味に笑った。
もう2度と人物を描くことはない。
最後の人物画は、自分の心の中だけに存在している。
6年という月日が過ぎたはずなのに、『彼女』の姿は色褪せることはない。
映画のワンシーンのように、彼女の姿は何度も何度も鮮やかに浮かび上がる。
いつもは気丈なくせに、実はとっても涙脆いこと。
強気な眼差しがふいにゆるみ、優しく微笑む姿が何にもまして綺麗なこと。
そして何より。
自分はその存在に、魅せられているということ。
自分が、筆を持って彼女を描くよりも、きっと何倍も彼女の方が綺麗なのだ。
もう、二度と描かない。
描くことが出来ない。
それは彼女に、誓った言葉。

「しくじったなぁ・・・・・・」
山道を降りながら、フォルカは何度もその言葉をつぶやいて後悔していた。
余計なことを言ってしまった、と彼は罪悪感で心を占められていた。
「俺って、いっつもそうなんだよなぁ・・・・・・。余計な一言が多くて、フィアナにもよく叱られて・・・・・・」
セイランが、人物画を描かなくなったのは、確かに6年前。
何がきっかけだったのだろうか?
確か、一時期聖地に住まい、宇宙を統べる女王陛下の絵画を描いたことがあると聞いたことがある。
希代の芸術家と呼べるセイランに、女王が自分の姿絵を所望した、とのことだった。
あのセイランがよくその仕事を承ったと、聞いたときは驚いた。
その絵は、今は一般人には簡単に見られることがなく、聖地に飾られているという。
そして、その絵はセイランのファンにとっては『見たい!!』と刺激されるものらしく、聖地に忍び込もうとして捕まったとか捕まらないとか、ウワサをきいたことがある。
・・・・・・そんなに、見たいものなのだろうか?
謎だ。
確かに、フォルカも見たいことは見たいが、聖地に忍び込む、というのは捕まえてくれと言ってるようなものだと思う。
そして、聖地から帰ってきてセイランはやっぱり1枚だけ人物画を描いていたということだ。
その絵は、誰も見たことがないらしい。
フォルカも、例外にもれなかった。
「それが、その恋人の絵なのか・・・・・・?」
ポツリとつぶやいたところで、フォルカはセイランの小屋まで来た。
そこで、困ったようにドアを叩く、ひとりの少女を見つけた。
「すみません、どなたもいらっしゃらないんですか?セイラン様?」
寝てるんじゃないでしょうね、と少女はフォルカが思わず笑いそうになってしまうほど腹立たしげにそう言った。
この少女はセイランを理解しているのだと、そう思った。
「セイランは、そこにはいないよ」
「きゃあっ!!」
フォルカが、笑いながらそう言うと、少女は思った以上にびっくりしてフォルカを振り向いた。
「やだ・・・・・・脅かさないでください。びっくりしちゃいました」
心臓のあたりを右手で押さえながら、少女は顔を赤くする。
「セイランを探してるのか?セイランならこの上にいる。崖っぷちに立って、風景を描いてるのさ」
「あなたは・・・・・・セイラン様の、お友達ですか?」
「あ、ああ・・・まぁ、なぁ?どうなんだろうな」
思わず、首を捻ってしまう。
「そんな、聞かれたって困ります。あの・・・セイラン様、いるんですよね?」
「ああ、いるよ。連れてってやろうか?それにしても、よくここまで登ってきたね」
村の人は、フォルカ以外はこの場所にめったに近づかない。
この山は、けっこう登るのがきついのだ。
セイランの仕事も、フォルカを通して行われる。
ここ数年、フォルカはセイランと客を繋ぐ仕事までしているのだ。
まあ、本業の方が比較的楽だから、ということもある。
「あの、セイラン様って、変わりないですか?」
黙々と歩いてると、しばらくして少女が困ったようにたずねた。
「何だ、会ってないのか?」
「ええ・・・・・・ほんの数ヶ月くらい」
クスッと少女はおかしそうに笑った。
「数ヶ月であのセイランが変わると思うか?」
最初、フォルカはこの少女がセイランの恋人なのかと疑っていたが、少女はセイランに会うのは数ヶ月ぶりだという。
と、いうことは6年会っていないというセイランの言葉を信じるならば、この少女は恋人ではない、と言うことになる。
しかし、とフォルカはうなった。
こんな美少女と知り合いなんて、聞いたことがない。
まさか、恋人はこの少女以上に、美少女だなんて言うんじゃないだろうな!?
「あの・・・・・・セイラン様は、ずっとその、ひとりでここに?」
「ああ、まあね。俺も知り合ったのはここ数年だけどな。ったく、俺はセイランのマネージャーみたいなことまでしてるんだよ。あいつ、ひとりでいると食事も取らないしな。一時期はすっごく荒れてたみたいだし・・・・・・」
「荒れてた?」
「ああ・・・・・・」
そう言えば、そんなことがあった。
あれは、いつのことだったろうか?
絵も、描いては破り捨て、誰も側に近寄らせず、食事もとらず、あまり眠らず・・・・・・。
そんな酷い時期があった。
あれは、絵が描けないから悩んでいたというだけじゃないと、今では思う。
もしかしたら、恋人に会えなくて荒れていたのか?
それを、乗り越えたから、今は落ち着いているのだろうか?
でもまた、そんな荒れる時期が来るのかもしれない。
「あの・・・・・・?」
「あ、ああ。まあ、ね。いろいろあるんだよな、セイランも」
「そう、ですよね。あ、あの、手紙届きましたか?2週間ほど前に出したんですけど・・・・・・」
「手紙?って、あの、『A』って差出人の?ああ、さっき、ね。俺がいっつも届けるからさ」
「さっき?ええっ!?もしかして、あの手紙まだ読んでないんですか?2週間も前に出したのに、なんで届いてないんですか?ああ、どうしよう・・・・・・」
少女は、そのまま回れ右をして帰りそうになる。
それを、慌てて止めた。
「ちょ、ちょっとどうしたんだ?手紙が遅れるのは、田舎だからしょうがないんだよ」
「だって、2週間もあるから、大丈夫だと思ったのに・・・・・・」
「って、言われても・・・・・・。ああ、セイラン!!お前に、可愛いお客さんだぞ!!」
フォルカは、セイランを見つけ、嬉しそうに呼びかけた。
「・・・・・・ええっ!?セイラン様!?」
少女は、慌ててセイランの方へと向き直った。
逃げ腰になっているところを見ると、本気で逃げようと思っていたらしい。
「・・・・・・・・・・・・僕は、ついにおかしくなったのかな?」
セイランは、ボーッと夢みるような目つきで、そうつぶやいた。
「おいおい?大丈夫かセイラン?この子が、さっきの手紙の差出人らしい。読んでないのか?今日来るっていう手紙だったらしいんだけど・・・・・・」
「あの、あのセイラン様?私、あの・・・・・・」
少女は、慌ててセイランに駆け寄った。
「本当に、君なのか?どうして、ここに?」
「・・・・・・セイラン様ぁ・・・・・・」
少女は、セイランに抱きつく。
それを見て、フォルカは慌てた。
「ちょっと?おい?」
「どうして?君は、女王になったはずだ。あの戦いの後も、君の宇宙に戻っていった。2度と、会えないと思っていたのに・・・・・・」
「女王?戦い?宇宙?何の話だ?」
フォルカがたずねるが、ふたりはまったく聞いていない。
「セイラン様、セイラン様ぁ・・・・・・」
「君は、まったく変わらないね。僕にとっては6年という時間が流れたのに。君は、あの別れたときのままだ」
「会いたくて・・・・・・会いたくて・・・・・・だから、私・・・・・・」
「僕も、君に会いたかった」
「ちょっと、もしもし?」
「私、女王を辞めてきたんです。最初は、大丈夫だと思ってました。セイラン様がいなくても、お互い想っているのだから、って。女王陛下にも、ふたりがお互い想いあってるから大丈夫なのね、って言われましたけど・・・・・・。私も最初はそう思ったんです。でも、駄目でした・・・・・・」
「僕も、君は僕の中で生きてるから大丈夫だと思った。でも、やっぱりこうして、君がそばにいて笑ってくれる方が何倍もいい・・・・・・」
「セイラン様、私も・・・・・・」
ふたりはゆっくりと唇を重ねる。
それを見たフォルカは、ゆっくりとため息をつき、もと来た道を帰り出す。
たずねたいことはたくさんあるのに、それに今答えが返ってくるかどうかはかなり怪しい。
それどころか、質問さえ聞いてくれないのではないだろうか?
また明日来よう、とフォルカが思ったのは言うまでもない。
「フィアナのところに帰るか・・・・・・」
フォルカは妻の待つ家へと帰っていった。
そういえば、少女の名前を聞いていなかったとふと思うのは、夜ベッドに入って寝ようと思ったときであった。

次の日、ふたりが落ち着いただろうと思って訪ねたフォルカが、後悔するのは言うまでもない。
セイランは少女をはなそうとはせず、ところかまわずいちゃつくので、話になるはずもなかったのである。


END