CHACE!


 まだまだ続く、ハート・チェイス
 ゲーム終了はいつになる?

 背後から腕が回され、引き寄せられる。
 外見に反して力強い抱擁に抵抗し、少女はもがく。
「離して下さい」
「嫌だね。こんなチャンスを僕が逃すとでも、思っていたのかい?」
 少女の抵抗ぶりを楽しみながら、青年は栗色の髪に唇を埋めた。

 ずん、ずん、ずん、ずん、ずん。
 サファイアの瞳の少女が栗色の髪を揺らし、肩を怒らせて歩いていた。
 いつもは強い意志で輝いているサファイアの瞳も何故か、怒りに染まっている。
(わかっているわよ、セイラン様の方はちっとも気にしていなかったって事は。でも、あんなところを見たら・・・)
「ああ、もうっ、私だってむかつくわよ!」
 湖へと向かう森の中、少女は雲一つない蒼天に向かって叫んだ。

 事の発端はある場面から。
 育成も学習も済ませた少女が散歩ついでに庭園へと足を向けた事が始まりだった。
「あれ?セイラン様?」
 木陰に座り、なにやらスケッチをしているらしい感性の教官の姿を見つけた少女の眉間に不機嫌そうな皺が生まれる。
 側に一人の女性が立ち、何かと青年に話しかけているのだ。服装からして宮殿の侍女らしいと想像がつくが、青年の方は視線をスケッチから動かす事はないものの、煩がる様子はない。
 くるり、とその場面に背を向けた少女の胸の中では、締め付けられるような感覚とむかむかする感覚が同時に湧き起こっていた。そのせいだろうか、少女の表情は拗ねているとも怒っているとも見える。
「なによ、セイラン様のバカァ」
 ・・・要するに、焼き餅、であった。

 翌朝。育成や学習状況をチェックしたノートを見て、少女は顔を顰めた。どう考えても今日、感性の学習が必要である。だが、昨日の今日なのだ、できれば感性の教官の顔は見たくない。
「どうしよう・・・」
 どうしようも、こうしようも、今日は学習をしなければ崩壊する星が出てくる可能性が強いのだ。昨日は精神と品性を学習したので、バランスを考えればやはり、感性を学習した方がいい。
 散々悩んだ末、自分の自制心に期待をする事にして、感性の学習を選んだ。

 コン、コンコン。
「どうぞ」
「こんにちは。学習をお願いします」
 執務室にやって来た少女を見て、青年は首を傾げた。いつもと同じ、さっぱりした少女らしい、はきはき、きっぱりとした物言いだが今日は一段とそれに磨きがかかっているようだ。聞きようによっては喧嘩腰に聞こえなくも、ない。
「セイラン様?」
「ん、ああ、悪いね、ぼーっとしちゃって。さて、学習だったね。こちらへおいで」
 いつもの指定席へと招き学習を始めたがやはり、少女の態度がどこか、かたくなさを感じさせ、青年は苛立たしげにシアンブルーの瞳を細めた。
「セイラン様、ここは・・・?」
「ん?ああ、そこは・・・」
 ひょいっと少女の肩を抱いて教材を覗き込むが、少女は冷淡に自分の肩に置かれた手を見るだけで何の反応も起こさない。
 この時点でようやく、青年は少女の機嫌が悪い事に気が付いた。
 少女の冷静さ故か、強情さ故かは判断しかねるが学習に支障はないようなので、とりあえず放っておく。すべては、学習の後に回す事にして。
 ・・・この日の学習が普段より成果を上げたのは、皮肉といえば皮肉であった。

「アンジェリーク、君、どうしたのさ。今日は随分とご機嫌ななめじゃないか」
 このままとっとと帰ってしまいそうな勢いで、学習に使った教材や筆記用具等を片づけていた少女は少し、その手を休めるとちらり、と横に立つ青年を見上げる。
「・・・別に。セイラン様には、関係ありませんよ」
 つんけんしていた自覚のある少女は青年と目が合うとぷいっと視線を外し、片づけた教材類を両手に抱えた。
「ふうん、関係ない、ね」
 青年の唇から零れた低い呟きに気づかず、少女は一礼して執務室を出ようとした、その時。
「!?」
 後ろから手が伸び、少女の体を絡め取る。驚いた少女の手から音を立て、教材類が床に落ちた。
 その音で我に返った少女は青年の抱擁から逃れようとしたが、見掛けに反して力強い腕は少女の小さな体を離す事はなかった。
「離して下さい」
「嫌だね。僕がこんなチャンスを逃すとでも?」
 更にきつく抱き締め、唇を栗色の髪に埋める。
「関係ないなんて、言わせないよ」
 諦め悪く、じたばたともがいている少女の体は青年の腕の中にすっぽりと収まるほどに小さく、華奢だ。どこもかしこも細くて柔らかくて、腕の中に閉じ込めてしまえば離したくなくなり、いつまでも抱き締めていたい気にさせる。
 ふいに、少女の胸元に繊細な指が伸びたかと思うと赤いリボンを解き、更にボタンも二つまで外してしまった。
「セイラン様!?」
 驚き、暴れる少女の体をなんなく押え込み、青年はその白い肩に噛み付いた。
「痛っ」
 眉を顰める少女の細い肩にはくっきりと歯形が残り、その後を青年はペロリと嘗めた。
「言ったよね、次はもう少し先に進めるよって」
 一気に血の気が引き、石の様に硬直してしまった少女の様子にくすくす笑いながら、青年は滑らかな頬に軽く口付ける。
「でも、機嫌の悪い理由を教えてくれれば、やめるけど?」
 こう言われれば、少女のとる選択は一つしかない。しぶしぶ、昨日の目撃した事を嫌そうに、白状する。
「・・・ふうん。それってさ」
 楽しそうな笑顔を浮かべながら、青年は少女の耳元で囁いた。
「焼き餅を焼いたって事?」
「知りません。好きにとって下さい」
 つんっと顔を背ける少女だがその顔は真っ赤で、図星である事を青年に教える。
(・・・いつになったら、この人を捕まえられるんだろう?)
 いまだ、青年に抱き締められている少女はその腕の中でひそかにため息をつき、青年は栗色の髪に唇を埋めて楽しそうにくすくす笑う。
(やれやれ。あの侍女は僕が描いていたこの子の絵を褒めていただけなんだけどな。この子を捕まえる事が出来るのは、いつだろうね?)

 チェイスする者 される者
 どっちがどっちの役なのか分からない
 それでも続く チェイス・ゲーム


END