GAME
人生ってゲームだよ 「アンジェリーク」 《女王候補アンジェリーク》 彼女は勝ち気な雰囲気が印象的な、サラサラした栗色の髪と緑と青の間の瞳の少女である。大人っぽい顔立ちと気丈な性格のわりに、時々子供のような表情をすることがある。 「え?」 人の行き交う公園で、自分の名前に反応した少女は辺りを見回す。大きな瞳だけでなく身体ごと左右に揺らせる 「今日和、アンジェリーク」 「セイラン様」 《感性の教官セイラン》 彼は冷ややかな雰囲気が周囲から浮き出す瑠璃の髪と群青の瞳の青年である。少々人を小馬鹿にするような口調が気になるが、どうやら生まれつきの性格と、芸術家として大成してしまってからというもの入れ替わり立ち代わり取り巻くうざったい人間関係に倦んでしまったというのが原因らしい。 「今日和」 三人の教官のなかでは一番取っ付きにくそうな青年にどういうわけか一番親しんでる少女はにっこり大輪の笑顔で挨拶する。 「今日は何処に行ってたの?」 「はい、今日は育成に。あ、明日は学芸館の執務室にいらっしゃいますか?今日はもう帰りますけど、明日学習する予定なんです」 「そうだな」 少し考え込む様子が、ひどく似合う。瑠璃色の髪が木漏れ日を浴びて濃淡をつけているのだが、それがまた神秘的な色合いを青年に与えていた。 「二階のアトリエにいるから、学習しに来たのなら呼びに来てくれるかい?」 少女と同様にくせのないストレートの髪が首を傾ける仕草につられて頬にかかる。 「はい」 「じゃ、決まりだね。ついでだ、送ろう」 「でも、学芸館はここからだと」 少女の今住む女王候補生寮は公園を挟んでほぼ反対の位置に学芸館はあるのだ。 「別に気が向いただけなんだから、気にしない」 クシャッと栗色の前髪をかき上げるように手のひらを当てると、軽く額を押す。 「もう!」 子供扱いは少女の嫌いなモノで、ぷっくりと子供のように頬を膨らませて不満を表すのだが、 「行くよ」 「あ、待って下さい」 それでも背を向けられ、肩越しに軽く誘われると、思わずそんなことは一瞬で忘れて追いかけだした。 後ろの追いかけて来る気配に、思わず口元に笑みが浮かぶ。 「セイラン様ったら、コンパスの差を考えて下さいよぉ」 プンプンと怒った声に、笑みを押さえて振り返る。 髪を揺らせ、置いて行かれないようにとパタパタと小走りに走って来る姿が、普段の勝ち気さとは違って可愛らしい。 「はいはい、悪かったね」 滑り出る言葉は変わらず、自分のことながら全然言ってることに真実味がない。 それなのに、どういうわけだか隣に追いついたアンジェリークの顔には笑みがある。 「どうしたの?」 「何がですか?」 「笑ってるけど?」 ちょんとかるぅく鼻先を押すと少女はちょっと蹌踉け、鼻を両手で押さえて唇を尖らせたけれど・・・・・やっぱり笑う。 「だって、セイラン様は口では素っ気ないけど、ちゃぁんと、歩調、合わせて下さってるでしょう?」 クスクス 細い可憐な声音は少女特有のモノ 「そんなことがそんなに嬉しいの?」 「えぇ!」 力強く頷くと、アンジェリークは更に言う。 「セイラン様ってば、嫌いな相手には問答無用で無視じゃないですか」 「そりゃまぁ、君は嫌いじゃないけどね」 「それが、嬉しいんですよ」 にこぉっと、幸せな笑み 完全にオチるしかないような、そんな笑顔だった。 『コンコンッ』 「セイラン様」 「んー」 生返事を返して、一通り画布に目をやってから声の方へと視線を向ける。 「やぁ」 「学習、いいですか?一段落ついたのならお願いしたいんですけど?」 勝ち気で強気で、だけど我が侭ではない少女は相手の意向を問う。 「ん。すぐに降りるから、先に執務室に行ってくれる?」 「はぁい」 澄んだ柔らかな声音が『良い子のお返事』 その声にちょっと笑って青年は手を振る。 「ちゃんと大人しく自習してるんだよ」 「分かってますよぉ」 少女はちょっと怒ったような声で、一部に力を込めた青年の背中に、盛大に『アッカンベ』をした。 猫のようなしなやかな動きで彼は入って来る。彼の鮮烈な青藍の視線の先には無心に本を読んでいる少女がある。どうやら青年が入って来たのに気がつかなかったのか、頬にかかった柔らかな髪を優しくツイと撫でつけ、そのまま本のページを繰る。視線は勿論本へと向けられたままだ。 ふわりと瑠璃の髪と白に濃い群青の縁取りのされた裾が風に膨らむ。 「自習は上手くいっているのかい、アンジェリーク?」 気づかれないように近づいて、腰を曲げて低い位置にある少女の耳元で囁く。 「え?あ、セイラン様」 にこっと向日葵の笑顔が咲く。頬に艶やかな瑠璃色の髪が触れる程に近い位置に冷美な容貌の青年がいるというのに、まるでその表情に戸惑いや狼狽えが見られない。実は青年がこういった行動に出るのは一度や二度ではないので、慣れてしまっているのだ。別にわざとではないのだけれど、どうしても学習中に質問をするとその部分を見ようと可成近い位置に青年が来てしまう。最初こそ思わず緊張してしまって惚けたことをすることのあったぬ少女も、いい加減慣れてしまって動じなくなってきていた。 「ちゃぁんと大人しくやってましたよ、私」 わざとらしく青年と同じように台詞の一部に力を込める少女に、青年は苦笑する。気丈な大人っぽい顔立ちに、子供のような表情が浮かんで、それがまるでアンバランスで、とても可愛い。 「よく出来ました」 悪戯っぽく笑ってそう言い、屈んでいた青年の唇が頬に触れる。 「・・・・・セイラン様・・・・・」 『じろり』 睨む瞳は緑青 キツい眼差しに狼狽のかけらもない。 「つまらないな」 「え?」 ぽつりと呟かれた声に、少女は首を傾げる。先程まで睨んでいた瞳が、今度は素直に問いかける眼差しに変わっている。 「・・・・・ゲームをしよう」 突然青年は言い放つ。 「ゲームをしよう。簡単なゲームだよ」 「いきなり何なんですか?」 「いいから、『うん』と頷くんだよ、アンジェリーク」 強引な言葉にぷっくりと思いっきり膨れる少女の姿に、青年は苦笑する。細い指で少女の膨らんだ頬をつくと、もう一度言う。 「遊ぼう、ゲームをしよう」 笑っている顔に、少女は少し考え込む。 『笑っている時には気をつけよう』 今までに少女が学んだ事柄だ。意地の悪いこの教官は、時々子供みたいに意地悪をするのだ。たいがいこんな風に笑っている時には何かを考えついた時なのだということを少女は分かっている。というよりも、分からざるを得なかったのだ。 「ね?」 念を押す瞳は群青 深い深い海の色 「はい」 少し笑って頷くと、彼の瞳がキラリと光る。 「で、どんな?」 やると決めて、少女の瞳が好奇心旺盛に輝く。 「簡単だよ。これから僕がすることに、君がどれだけ耐えられるか」 「それってある意味難しいですよ」 「ある意味以外は簡単だろう?大丈夫、本当にちょっとしたことだから」 お洒落に指を振る仕草に、はぐらかされた。 「はい」 こくんと頷く姿に、目が細められる。 「ふに?」 白い指に手をとられ、唇が押し当てられるのを見た少女が首を傾げる。 「これっくらいじゃ無理か」 クスッとセイランが笑う。 ふいっと、頬を優しく瑠璃が撫でる。 額に当てられた唇に、少女は目をぱちくりさせる。 「・・・・・頬にキスを受けることに比べたら全然ですよ」 左手の伸ばした人差し指を頬に当て、少女は言ってのける。 「ま、それは予想のうちだよ」 アンジェリークの子供のような仕草に笑いながら応えると、セイランはツイッと人差し指であごを上げさせると・・・・・ KISS 「セイラン様っ!」 「僕の勝ちだね」 「セェイィラァンンさぁまぁ」 ケラケラと笑う感性の教官に拳を握って栗色の女王候補は怒り出す。当然だ。 「何処が『本当にちょっとしたこと』ですか!?」 女の子にとってキス、それもファーストキスときては特別扱いは当然で、少女の怒りは正当だ。ぷんすかとたいへんなご立腹である。 「さて、勝利者の権利で、一つ言うことを聞いてもらうよ」 「そんなっ!?」 「言い訳無用だよ」 澄ました表情で彼は再び人差し指を揺らす。 「ひっどぉい」 とっても不満な顔で言う少女の髪をクシャクシャにして青年は宥める。 「もぉ!・・・・・で、何をするんですか?」 仕方なさそうに唇を尖らせたままツンケンした口調で少女が問う。 「簡単だよ、一言言って」 「僕が好きだって」 「・・・・・」 ぱっくりと口を開けて少女は惚ける。 「はい、言ってごらん」 「ヤ」 真っ赤になって少女は叫ぶ。 「嫌ですよ!そんな恥ずかしいこと!」 「言うんだよ」 ちゃっかり、何時の間にか椅子の背もたれの左右に青年の腕がある。 「な、何で、そんな!」 逃げ出せない状態になっているのに気がついて、少女の顔から血の気が一気に引いていく。それとなく椅子が斜めに引かれて、真っ正面に青年がいるようになっている。 「言うんだよ。でないと」 ニヤリと笑う端正な容貌に、少女が背もたれに身体を押し付ける。後ずさりたいのだけど、背もたれが邪魔で逃げられないのだ。 「アトリエの隣の僕のプライベートルームに泊まっていってもらうよ?」 ・・・・・真っ青どころではない。 「・・・・・です」 「ちゃんと、聞こえるように」 肘を折って身体を近づけられ、少女は普段の勝ち気さかなぐり捨てて背もたれに必死に張り付いている状態だ。 「好きですっ」 「誰が?」 泣きそうな顔で言う少女に間髪入れずに青年が問う。 「その、・・・・・が」 「聞こえないよ」 背もたれに張り付いている少女の耳元で囁く。 背筋がゾクゾクするようなテノールに、少女は完全に泣き顔である。 「セイラン様が好きですっ」 泣き声に近い声が言う。恥ずかしすぎて、早く離れてもらいたくて仕方がなかった。 「僕もだよ」 朗らかな声に驚いて背もたれに抱き着いていた少女が顔を上げた瞬間に口づけが降る。 「セイラン様!?」 「ぅん?」 口づけを降らせながら、セイランは少女に先を促す。 「何?」 「冗談は止めて下さ、って、ぁん!」 くすぐったい唇に思わず声が上がる。 頬に、額に、唇、首筋、ランダムに降ってくる口づけ 「冗談だなんて、失礼なこと言うもんじゃないよ」 「だっだってぇ」 真顔で言われて、逃げ道が塞がれる。 「罰ゲームだったんでしょう?」 「君に言わせたところまではね」 「ところまでって、それじゃ、んん!」 唇で声が封じられる。 思う存分柔らかな唇を堪能すると、粗い息を何度も繰り返す少女の首元に唇を当て、強く吸う。 「僕は本気で好きだよ」 「そ、んな、ャッ」 椅子から引き剥がされて、腕の中へ。顔を赤く染めた少女は生まれつきの気丈さから狼狽えまくる意識を何とか切り替え、青年の腕の中から逃げ出すべく暴れる。 「ヤだ、セイラン様」 それでも、生来の気丈さを上回るものに涙のにじんだ瞳が青年を映す。 「大丈夫だよ」 「何がですか!?」 思わずツッコみを入れる少女が、のけ反る。 「ヤだっ」 赤いスカートから覗く白い足を繊細な指が逆撫でている。 「ツッ」 可成無理な体勢で学習用の大きな机に押し倒される。 「セイラン様ぁ」 「静かにしておいで」 艶めいた声に、もはや声もない少女である。 「ん」 頭の芯からボウッとしてしまいそうなキスに意識が朦朧としながら、くぐもった抗議の声が反射で漏れる。 それなりにふくよかな曲線をしなやかな細い指がたどる。 「ッ」 のけ反る背中、喉 細い喉に影が降り、薔薇の刻印が 「好きだよ、アンジェリーク」 「あ、ん」 潤んだ瞳が閉じられ、まぶたの端に涙の滴が一つ 「ん」 唇で拭い、少女の唇を塞ごうとして・・・・・ 『ココンッ』 「「っ!?」」 「今日和、セイラン様いますかぁ?」 響く声はもう一人の金の髪菫の瞳の《女王候補レイチェル》のもので、思いっきり嫌そうな舌打ちを一つ打つと、如何にも渋々といった風情で青年が少女の上から身を剥がす。苛立たしい様子で靴の踵を音高く響かせ、扉を開く。 「やぁ、レイチェル」 「今日和、学習を頼みたいんですけど」 「悪いけど、後日にしてくれないか?」 素っ気ない口調にレイチェルは首を傾げる。 「はぁ・・・・・あ、そだ、アンジェリーク、知りませんか?」 「悪いね」 『知ってるけど教えられない』との言葉は彼のなかに落ちる。 「そうですかぁ」 青年の言った短い言葉の意味を、青年の思惑通り読み違えた少女は眉をしかめて親友のいそうな場所を脳裏に描く。 「何やってんだ、そんなとこで?」 突然響いた耳に心地良い低い声に視線を向ける。 タンザナイトの瞳と深紅の髪を炎のように揺らせた青年《炎の守護聖オスカー》がそこにいた。 「いえ」 言葉少なに視線を逸らすセイランに、それなりに仲が良好な青年は首を傾げる。何時も以上に人を寄せ付けない様子の幾つか年下の青年の姿を軽く流して見る。 「ふぅん」 人の悪い顔で更に青年はあまり開かれていない扉の透き間から部屋を覗くと−その透き間もセイランが壁になって可成狭いのだが−、レイチェルに言う。 「そうそう、ちょうど王立研究院に寄ったんだが、ルーティスが炎の力を欲しがってるようだぜ」 「そうなんですか?あ、じゃ、セイラン様に学習を断られてしまったので、代わりに育成いいですか?」 パンッと手を打ち合わせて少女が言うと、オスカーは軽く頷く。 「いいぜ。ただし、執務室で改めて頼んでくれよ」 「はい」 小気味良くレイチェルもまた頷き、丁寧にセイランに向かって挨拶する。 「では、また今度来ますので、その時はよろしくお願いします」 「分かったよ」 軽く手を振る青年の立て襟だとかが、乱れて開いている。猫のようにしなやかな身体を覆う服も、何やら皺が多い。 「じゃあな」 「何しに来たんですか?」 レイチェルを追うように帰ろうとする炎の守護聖の背中に、感性の教官の声がぶつけられる。 「特別用はなかったんだが、ちょいと話しでもしようかと。だが、ま、馬に蹴られたくはないんでな」 ニヤニヤと、それは人の悪い笑みを張り付かせている青年の姿に、セイランは無表情に一言だけ言った。 「とっとと帰って下さい」 「そのつもりだって」 ゲラゲラ笑ってオスカーが退場する。 「ったく」 少し長めの髪をかき上げ、ブスッとした表情で扉を閉めると、これまた一言言う。 「何処へ行く気だい?」 「わ、私も帰りますっ」 持って来た教科書等の入った鞄でカバーしながら逃げ出そうとしていた少女が引きつった顔で言う。 「駄目だよ」 冷たく言いきると、壁に手をつき、背もたれを使って閉じ込めた時と同じ要領で閉じ込める。 「でも、わた」 「駄目だって言ってるだろう?」 問答無用のキスが、体力を奪う。 ズルズルと壁に沿って身体が落ちる。 「ん」 「愛してるよ」 「んん」 「アンジェリーク、愛してる」 「止めて、下さい」 力の入らない腕を突っ張り、顔を背ける。 「どうして?僕が嫌い?」 少女に合わせて床に膝をついて、そんな精一杯の抗いをする少女の腕を掴んで外すと、可成大胆な場所にキスをする。 「だって、私は女王候補で」 「そんなもの」 不快気にセイランの顔がしかめられる。 「辞めてしまえばいいじゃないか」 「アルフォンシアが」 言葉を濁すアンジェリークである。彼女は、懐いてくれている《聖獣アルフォンシア》をそれは可愛がっている。 「・・・・・アンジェリークは、僕が好き?」 「はい」 「どういう意味で?」 「・・・・・」 「答えるんだ」 強い口調に、少女のまぶたが切なく揺れる。 「本当は、もう、教官だとは、思って、いません」 「なら、女王候補なんて辞めてしまえばいい」 抱き締めて、腕の中で俯いている少女に言う。 「側にいて」 「セイラン、様」 「僕が君に酷いことをする前に、どうか」 きつく抱き締めれば抱き締める程に、砂のように零れていくような感覚が押し寄せる。 「アンジェリーク」 「イタ、セイラン様、力を緩めて」 「出来ない」 「セイラン様」 青年の胸に強く抱き締められる痛みと、窒息させられそうなその力に、少女は有りったけの力で腕を伸ばす。 「あ」 白い腕が青年を優しく抱き締める。 「ゲームは私の負けですけど、恋愛は私の勝ちですね」 「言ってくれる」 苦笑しながら青年は少女を抱き直す。 「だって、先に本当に言ったのはセイラン様の方でしょう?」 「恋愛は惚れた方の負け。君も僕が好きなんだろう?」 「・・・・・えぇ」 恥ずかしそうに顔を染める少女の頬に口づけて、 「なら、君も僕に負けてるよ」 きょんとした顔で自分を見ている少女の唇を塞ぐ。 「僕達はお互いを好きになった。つまり、惚れたんだから、互いに負けたんだよ」 「・・・・・」 口づけを受けながら、しばらく沈黙していた少女が、ひっそりと笑う。風に揺れる菫の笑顔で、頷く。 「そうですね」 「でもね、最終的なところ幸せならそんなのとても些細なことだよ。どうしてかって?幸福だということは、自分の人生に勝つってことじゃないのかい?」 END |