月光浴
知っているかい、こんな御伽噺を 聖なる地の聖なる森に存在する妖精 満月の夜にのみ現れ、月光浴をしながら笑いさざめく存在 もし、その妖精を見つけたら、動かずに見ていてごらん そのうちの一人が君に気づくだろう その妖精と目が合えば、きっと、君に惹かれるよ ・・・もちろん、君も、ね パキッ、と足元で小枝が折れた。 その音は静まりかえった森の中に、思ったよりも大きく響く。 だが、小枝を踏んだ青年はそんなことには頓着せずに気ままな夜の散歩を楽しんでいた。 「いい月夜だ」 時折、空を見上げては磨き上げた銀盤のような月を楽しみ、その光で銀色に染まった世界を青年は楽しむ。 「・・・ん?」 視線を転じた先に、何か人影を見たような気がした青年は首を傾げた。確か、この先はちょっとした空間があったはずだ。 目の錯覚かどうかを確かめるべく、歩を進めた青年は目に入ってきた風景に息を呑んだ。 銀色の光を全身に浴びた妖精がそこにいた 栗色の髪、白い肌、白いワンピースが銀の光を受け、ほのかに輝いている。 神聖な、純粋な、存在。その名は−−− 「アンジェリーク」 瞳を閉じ、気持ち良さそうに月の光を受けていた妖精−女王候補である少女は自分の名前を呼ばれたことに反応し、首を巡らせた。 「セイラン様?」 視線の先に感性の教官の冷たい美貌を見つけた少女は不思議そうに呟き、次いで、にっこりと微笑んだ。 「こんばんは。いい月夜ですね」 「ああ、そうだね」 少女の言葉に同意して頷きながら、青年は少女の側に歩み寄るとしげしげとその姿を見詰めた。 「こんな時間に、ここで何をしていたんだい?」 「あら、見て分かりませんか?月光浴ですよ」 くすくすと笑いながら少女は両手を広げ、胸一杯に森の空気を吸い込んだ。そのまま天上にある銀盤を見上げ、全身に銀の光を受け止める。 「こんなに気持ちのいい月の光を浴びない手はないでしょう?」 「同感だね」 くすり、と青年も笑みを漏らし、少女と同じように銀色の月を見上げる。 静寂に満ちた森の空気のせいか、神聖さに彩られた夜の空気のせいか、その空間は別世界のように感じられた。 青年の脳裏に一つの御伽噺が浮かぶ。 「そういえば、君は知っているかな」 「何がですか?」 「御伽噺さ」 青年の性格には似合わない単語に少女は首を傾げた。サラサラと、少女の動きにあわせ、肩から栗色の髪が零れる。 「なんだか・・・意外ですね。セイラン様が御伽噺を知っているなんて」 「僕も今まで忘れていたけどね。ただ、ある部分に非常に興味をそそられるんだ」 「へぇ・・・どんなのですか?」 「聖なる地の聖なる森に、満月の夜だけ現れる妖精の話さ」 「聖なる地の聖なる森・・・?」 「重なるだろう、ここに」 青年のほのめかしに少女はこくり、と頷いた。そっと、夜の空気を壊さないように、静かに少女は呟いた。 「昔、聖地にいた方の話なんでしょうか」 「さぁて?それを知る術はないから何であろうと、憶測の域からは出ない。・・・僕が今、それを思い出したのは君を見たからだ」 「私?」 「白い布をまとい、月の銀を浴びて闇に浮かび上がる姿は言葉では言い表せないほど僕を魅了したよ」 どこか、うっとりしたような口調で青年は呟き、少女を見つめる。手を伸ばし、艶やかな栗色の髪を絡め取るとそっと口付けた。 「セイラン様?」 サファイアの瞳に戸惑いを浮かべ、少女は青年を見上げる。シアンブルーの瞳が真っ直ぐに少女を見詰めていた。 冷めた言動を取る青年とは思えない程、熱く、激しく、強い視線が少女に絡みつく。 「セイ、ラン・・・さ、ま・・・」 鼓動が激しくなる。 青年の視線に縛られて、動けなくなる。 思考が、青年のことしか考えられなくなる。 「アンジェリーク」 青年の繊細な指が少女の細い顎に絡み、さらに熱っぽい視線が絡み合う。 掠れた囁きが耳に届いたかと思うと、唇が温かいもので塞がれた。 唇から、想いが流れ込んでくる・・・ 何時の間にか、少女の体は青年のrの中にあった。暖かな腕の中、少女は青年の胸に顔を埋める。 突然に気がついた、青年への想い。 女王となるより、青年の側にいたいという、確かな願い。 「次の満月も一緒に月光浴をしよう」 囁いた青年の言葉に、少女は頷く。 女王試験は次の満月までには終了してしまう。けれども、青年は『次の満月』と言った。その意味を、少女は正しく理解した。 「次だけじゃなくて、ずっと、ですよね?」 顔を上げ、微笑む少女に青年は微笑を返し、口付ける事で答えとした。 ・・・これからの、幸せを感じる、暖かな口付けだった。 満月の夜に現れる妖精に出会ったかい? 君は妖精に惹かれ、妖精は君に惹かれたかい? もしそうなら、決して妖精を手放さないことだ。 満月の妖精は君の宝になるのだから・・・ END |