Good Moon Night


 月明かり  星明かり
 薄闇染まる  空のもと
 無垢なる天使  微睡んで
 目覚める夜明け  まだ遠い

 月明かり  星明かり
 微睡む天使  真白き天使
 浮かぶ微笑み  誰のもの?
 いつか開く  その瞳
 映る姿は・・・誰?

「う・・・わぁ、綺麗なお月様」
 そろそろ寝ようと就寝準備をしていた少女は窓から入る明るい光に気づき、窓の外を覗いた。
 綺麗な、どこも欠けることのない円形を保った月が中天に浮かび、辺りを煌煌と照らし出している。
 銀色に染まった空間は幻想的な雰囲気を放ち、別世界へと誘っているようだ。
「・・・明日は、日の曜日だもんね。ちょっとぐらい、寝坊しちゃっても・・・」
 この光の中を歩いてみたいという誘惑に抗えず、少女は唇に指を当て、考えを巡らす。わくわくとした気分はさっきから心の隅で自己主張をしている。
「・・・行っちゃえ」
 悪戯っ子の表情で笑うと、少女はこっそり寮から出ていった。

 くす、くすくす。
 高揚した気分から、自然に笑いが込み上げる。上機嫌に、てくてく歩きながら空を見上げる。
「本当に、綺麗だなぁ」
 まんまるな月は銀盤を連想させ、両手を月に向けるとその縁が銀色を放つよう。
 ちょっとした冒険をしているようで、わくわく気分はずっと続いている。
「やっぱり、ここも綺麗だ」
 来てみて正解、と満足気に笑う少女がやって来たのはちょっとした草原。
 月の銀に染まった草が風に揺れ、サワサワとなびく様はまるで夜の海。
 綺麗で、とても綺麗で、涙が出そうになる。
 潤んできた瞳を空に向け、月を眺めて立ち尽くす。
「・・・アンジェリーク?」
 呼ばれるはずもない、自分の名前を呼ばれ、飛び上がるほど驚いた少女は慌てて振り返る。あまりにも驚いて、涙もどこかへいってしまった。
「こんな夜中に外出する物好きは、僕だけかと思っていたけれどそうじゃなかったようだね」
 くすり、と笑う青年は感性の教官。ゆっくりと歩いてきた青年は、少女の横に立ち並ぶと先程の少女のように月を見上げる。
「セイラン様も、お散歩ですか?」
「この月を見たら、無性に外へ出たくなってね。君も、その口かな?」
 青年の問いに頷き、少女も再び月を見上げる。
「こんなに綺麗なものに気づかなかったなんて、私、本当に余裕がなかったんですね」
 ため息をつきながらしみじみと呟く少女の横顔へ、青年は訝し気な視線を向けた。
「アンジェリーク?」
「毎日毎日、どうやって育成しようか、どんな方法がいいんだろうか、ずっとその事ばかりが頭を占めていて。ほんのちょっと、視線を向ければこんなに綺麗な世界が広がっている事に気づかなかった」
 月を見上げる少女の静かな表情に、青年は目を奪われた。
 一つ、何かを吹っ切ったような、それ故に強さを秘めた横顔に。
 月の銀に縁取られ、少女自身が輝くようなその光景は青年の心の琴線に、確かに触れたのだった。

 日が巡る  月が巡る
 再び  満月の夜が訪れる

「やぁ、アンジェリーク」
 草原に足を踏み入れた途端、かけられた声に少女のサファイアの瞳が見開かれる。
「セイラン様もいらっしゃったのですか?」
「まぁね。たぶん、君も来るだろうと思っていたし」
 たった一ヶ月しかたっていないというのに、すっかり少女の性格を把握してしまった教官は「当たったね」と笑う。
「うーん・・・。なんだか、セイラン様にはすっかり私の行動がバレていますね・・・」
 少し不本意、というように唸る少女の手を引き、青年は大木の根元に腰を下ろす。
「唸ってばかりいないで、月をごらん。今日の満月もとてもいいものだよ」
 促され、空を見上げれば銀の月。思わずため息が漏れる。
「本当に、綺麗」
 称賛の言葉は無数にあるのだろうけど、心から言えるのは唯一言。
「綺麗だなぁ」
 その少女の横顔を満足そうに見詰める青年の瞳に、少女は気がつかなかった。

 月が欠け  月が満ち
 満月毎の逢瀬が続く

 最初に触れたのは手首。
 次第に腕になり、肩を抱かれ、今は背中から抱き締められている。
 満月毎の逢瀬を続ける度に心の距離が縮まり、見交わす瞳も変わった。
 背中に青年の体温を感じながら、今日も少女は月を見上げる。
「アンジェリーク」
 ふいに。抱き締めていた青年の腕の力が強まった。
「満月毎に僕らはこうして会っていた。約束をするわけでもなかったけれど、それでも必ず会っていた。約束するよりも、確かに。これからも、そうして続くと思っていたけど・・・」
 青年の顔が、栗色の髪に埋められる。
「研究院へ行ってみたんだ。もうすぐ、宇宙が星で一杯になるね?」
 栗色の髪に顔を埋めている為に、体中に響くようなくぐもった声で確認する青年に少女は頷く。
「現在、君の星の方が数が多い。このままなら、確実に君が女王だろう。けれど」
 ふっとため息をついた青年は少女の体を反転させ、サファイアの瞳を覗き込んだ。
「僕は、嫌だ。君が手の届かない存在になるのは、絶対に。こうして、触れて、抱き締めて、そして・・・キスをして・・・」
 重なる唇。冷たい唇なのに、熱いキス。しっかりと想いの伝わる口付け。
「それが出来なくなるなんて、僕には耐えられない。アンジェリーク、君の答えは?」
 口付けられて、閉じられていたサファイアの瞳が開かれる。薄闇の中でも鮮やかに輝く、二つの宝玉。そして、その類い稀なる宝玉の瞳に映るのは、目の前の青年。
「私も、です」
 しっかりと青年の瞳を見詰め、少女は微笑む。嬉しそうに、幸せそうに。
「私も、セイラン様とずっと、こうしていたいです」
 青年の首に白い腕を絡ませ、背伸びをして青年の唇に自分の唇を重ねる。
 ちょん、と触れただけの、可愛いキス。
「私、セイラン様が好き。ずっと、ずっと好き。」
 少女の告白に、青年は満足気に笑う。
「選んでくれるね?女王よりも僕を」
 青年の確認に少女は笑って答える。
「はい。女王よりも、セイラン様を選びます」

 月の銀に縁取られた恋人達
 誓う言葉は幸福に彩られ
 眺める満月は祝福の銀の光を投げかける

「ずっと、一緒に月を眺めよう」

 誓いの言葉は  永遠

END