春雨雨花

春雨雨花


 花びらに雨が落ちる 
 落ちた滴が弾ける  

 囁きは夜の狭間に 
 春に降る雨に溶ける  

 栗色の髪 青翠の瞳 
 揺れて誘う栗色 輝き誘う青翠  

 それに至った理由は、いらない 
 それに至った道も、もはや過去であって意味はない 
 あるのは、あればいいのは、この心だけ  

『君が欲しい』  

 雨音に気がついて目を覚ます。 
 惹かれ誘われ窓辺に寄れば、細の雨が降りしきる。  

『ねぇ、君も聴いている?この雨を見ている?』  

 声に出さない言葉は、出せない言葉は、極上の媚薬にもなる。 
 分かっていても、それを彼女には与えない。与えられない。  

 欲しいのは彼女の心 
 歪められた彼女はいらない 
 欲しいのはそのままの彼女自身  

 怒ればいい 
 感情の昂りがどれ程自らを輝かせるのか知らない天使 
 泣けばいい 
 打ちのめされても立ち上がるその姿勢がどれだけ聖なるか知らぬ聖女  

 己が心のままに僕を選ぶがいい 
 誰よりも高くはばたく翼を捨てて  

 雨に誘われ歩み出す。 
 気の向くままに雨に打たれて歩むそこは、まるで神話の舞台 
 たとえば木陰から小さなニンフが現われても、巨大な獣が現われても驚くに値しない。 

 ふと見上げた空はくすんだグレイ 
 降りしきる細の雨はシルバー  

 鮮やかな真紅の唇に銀の滴が一粒堕ちる  

 弾けて消えるさだめのそれを飲み込み 
 群青の眼差しが天から地上へと堕ちる  

「セイラン様?」  

 驚きに見開かれた青翠の瞳 端に滴の飾りをつけた栗色の髪  

「雨に誘われたんだよ」  

 近づいてくる少女 
 誰の手にも慣れない気丈で気高い獲物  

「私もです」  

 笑う唇が笑みを刻み、柔らかな仕草に銀球が広がる。  

 知らない。 
 何も知らない。 
 この自分の心も、自分自身の心さえも。  

 無知故に無垢で、だから虐を誘う少女 
 愛しい愛しい自分に狩られるさだめの獲物  

『おいで』  

 誘う。  

『キスを』  

 誘う。  

『してあげる』  

 気がつかないなら、つかせてあげる。  

『君は僕の物』  

 重なる唇 冷たいのに熱い  

「んん」 
「何?」 
「あ」  

 ドラッグに侵されるように 
 自分が広がり 消えていく  

「ここで?」 
「嫌?」 
「イジワル」  

 重なる胸 熱いのに冷たい  

「スキ」 
「知ってるよ」 
「アイシ」 
「言葉より、感じて」  

 春雨に紛れて重なりあった影は 
 雨に打たれながら確かめ合う  

 雨花 花が散った                              


END