カウントされない夢の夜
「ただいま」
「おかえりなさい、兄さん」
キッチンで忙しく働いていた少女が振り返る。真っ直ぐな栗色の髪と勝ち気そうな緑青の瞳のなかなかに可愛い女の子である。
「何?この料理の量は?」
呆れたように帰って来たばかりの青年は少女の髪を引っ張る。長めの瑠璃色の髪と冷たい群青の瞳が美しい秀麗な青年である。
「レイチェル達も来るの」
「成程」
ため息をつく兄に、妹は気遣わしい目を向ける。この妹は青金石のような兄が大好きなのだ。
「ここしばらく、よく来る」
端的に妹の視線に答える兄の眉は、しっかりしかめられている。兄一人妹一人で育ってきた青年は、それはもう妹のことを溺愛しているので、たとえ知り合いでも男を近づける気が、全く、全然、かけら一粒もないのだ。
「仕方ないよ。おじさんもおばさんも仕事が忙しくって帰って来られないんだもん。それに、一人のご飯て、すっっっごく、美味しくないよ?」
「だからって」
ブツブツとぼやく兄に、今度は呆れたような視線を妹は向ける。
「兄さん」
「はいはい。分かりました」
仕方なさそうにため息をつくことで青年は諦めたらしい。妹に向き直るとまるで当たり前のことのように自然に、軽く栗色の髪に唇を寄せる。
「ただいま」
「お帰りなさい」
にっこり笑って少女は兄の頬に唇を寄せる。
・・・・・知らない人が見たならば、『熱烈恋愛の果てに結婚した新婚さんの挨拶だ』と、断言するような光景である。
「今晩和」
「いらっしゃい」
「邪魔するぞ」
「はい、どうぞ」
「買って来たよん」
「有り難う」
「・・・・・何、それ?」
呼吸の合った挨拶に、一人取り残された形であった青年がやっと言葉をかける。
「お酒」
「何故?」
「飲む為に買って来てもらったの」
「未成年なのに?」
「兄さんは今日から飲んでもいいじゃない」
「はぁ!?」
惚けた答えに、一同笑い出す。
「ヤダもぉ。兄さんたら、今日誕生日でしょ?」
目の端に涙すらにじませながら妹が言い、やっとそのことを思い出した兄である。どうりで何時もより料理の種類が多い筈だ。
「セイランさんて、絶対アンジェリークの誕生日は忘れないくせに自分のは忘れちゃうんだもんなぁ」
青年《セイラン》からは三つ年下、少女《アンジェリーク》からは一つ年下の金髪の幼馴染み《レイチェル》はそう言って笑い飛ばす。
「悪かったね」
横を向く青年に、レイチェルと一緒にやって来た墨色の髪の少年《ティムカ》と赤みがかった黒髪の男《ヴィクトール》が笑いを噛み殺している。これ以上本気で笑うと、どんな報復が来るか、無意識に判断を下したのだろう。
「ねぇねぇ、兄さん。私ケーキも焼いたんだよ」
ピョコンと兄のご機嫌の悪さを察して妹が腕に抱き着く。そうして上目遣いに見上げると、たいがいこの兄は機嫌を直すのだ。
「・・・・・」
今も『仕方ないな』という風情ではあったがクシャクシャと妹の髪を撫でることで機嫌の直ったことを示す『妹溺愛』の兄に、『お兄ちゃん大好き』な妹は大輪の笑顔を見せたのだった。
『ヤバイ』
クラクラと目眩のする額を押さえて彼は内心呟く。
『自制心が持ちそうにない』
部屋の壁に背を預けて、彼は自分の限界と勝負をしていた。
シャワーを浴びて妹に早く入るようにと言った瞬間に、自覚した。自分が酔っ払っていることに。
『はぁい』
幼馴染みと知り合いとが騒ぐだけ騒いで帰って行った後片付けをしていた妹が、拭いていたダイニングのテーブルから顔を上げて返事を返す時に、栗色の髪が襟元からさらりと胸元へ流れるのを見た。
そうして、自分の心を染め上げたのはたった一色だけで。
『まだ妹なんだぞ』
と、
『約束の日までもう少しだろうが』
と、彼は自分を叱り付ける。
もう後一ヶ月もしないうちに、妹である少女は高校を卒業する。それは同時に約束の日まであと一ヶ月もないということで、今まで頑張って来た自分の理性に拍手してやりたい気分でもある。
『さっさと寝よう』
と、
『押さえられるうちに寝てしまおう』
と、彼は自分に言い聞かせる。
兄弟姉妹には血の繋がりがある。近しい、もしかすると自分という存在を生み出した両親よりも近い血を持つのが普通である。
だが、自分達にはそれがない。
今でも両親と慕う人達の血の繋がった子供は妹であるアンジェリークだけ。それを寂しく思うことはない。それでも、血が繋がらなくても親子だと、あの人達は言ってくれていたのだから。顔も知らない母親の前の夫、つまりは自分の本当の父親と、その人の前の奥さんであり自分の実母よりも、自分にとっての両親はあの二人だと、確信して言える。
ただ問題は、自分がその血の繋がらない妹を愛していることだ。否、正確にはそれ故にアンジェリークと交わした約束の方だが。
『高校を卒業するまでは兄でいる』
アンジェリークもまた自分を、兄ではなく、セイランと言う一人の男として、見て、そして愛してくれた後の約束だ。
確かに、あの時のアンジェリークにはまだまだ『兄』という保護者が必要な部分が多々あり−否、それは今もなのだが−、自分としてはこの約一年の間歯止めをかけることが出来るのは自分だけなので−両親共に逝去しているのだ−可成神経を擦り減らしつつも、一人でどんな手出しも出来ないという地獄を何とか乗り切って来た。『もう駄目だ』と思ったことがないとは言わないが、それでも約束を破ることで、あの大きな緑青の瞳に宿る純粋な好意を失う気にはそれ以上になれなかったから、自分の心は押し隠し、かけらだって零さなかった。
だが、確かに本格的に飲むのは−今まで全然飲んだことがないだなんてカマトトは言うつもりはない−初めてだが、口当たりがいいのに騙された。
さっきまではそれでも、『少し熱いな』や『頭がぼやけるな』程度だったのに、最愛の少女の−本人の自覚はないだろう−危ない姿に自制心と理性の合同全力の歯止めがなければ、どうなっていたことか・・・・・
絶対に、自分は酔っている。そんな酔った勢いで妹からの信頼を粉微塵にする気には、今のところ何とか働いている理性が許さない。
「寝よ」
ポツリと呟いて、彼は早々に部屋の明かりを落とした。
クリスマスにプレゼントだと言われて兄から贈られたお気に入りのショールを細い肩に羽織って、彼女は廊下を歩いていた。行き先は自分の部屋である。
暗い自分の部屋の明かりを点け、彼女は大切そうに机の上に置かれた箱を手にする。
その笑顔に、一点の曇りもなかった。
彼は煮詰まっていた。
理性は『とっとと寝ろ』と言っているのだが、感情がそれに対して猛然と『否』と応えるのだ。
思い描くのは大切な妹の笑顔
想い描くのは愛しい少女の微笑み
「寝れない」
枕に顔を埋めて彼は呟く。
そんな『いっそ泣きたい気分だ』とか考える彼の耳に、一つの音が届く。
『トトンッ』
「兄さん、いい?」
甘い響きのその声に条件反射で答えてから、彼は頭を抱えた。
・・・・・自分で自分の墓の穴を掘っているようなものである。
「ヤダ、ごめんなさい。寝てたの?」
「まだ寝てはいなかったから・・・・・」
暗い部屋に驚いた声に言葉を濁しながら答えると、テケテケとパイプベッドに半身を起こしている兄の元に近づく妹の背で、廊下の光が徐々に細くなり、消える。
「ちょっと待って」
そう言って彼は白い指でベッドサイドのライトを点けた。
ぼんやりとした光が部屋を照らし、少女の姿を幽玄に彩る。
・・・・・絶対に自分で自分を追い詰めている・・・・・
「はい、兄さん、プレゼント」
兄が妹の誕生日を忘れないように、妹も兄の誕生日を忘れたことがない。きちんと、兄には分からないようにプレゼントを購入しておいたのだ。
「有り難う」
片手で持てる程度の大きさのそれを受け取り、兄はとっととラッピングを外す。
「アンジェリーク」
長いリボンと紙の、極普通のラッピングの下から出て来た物に、思わず彼は妹の名を呼んでしまう。
「なぁに?」
無邪気に首を傾げると栗色の髪がショールの上で舞い、更にはそのショールが僅かに肩から滑ろうとするのを見て、彼は目眩がするのを意志の力で押し止める。
「僕は女の子じゃないんだ。これをもらっても、少し困るんだけど」
「だって、マグカップとかだと使わないじゃない。全部揃ってるから」
「確かにそうだけどね」
複雑な顔で彼はそれをベッドサイドのテーブルに置く。
ライトに近い場所で輝くのは、
「幾らなんでも、硝子のオルゴールだなんて」
「ぷうっ」
膨れっ面で床に座り込むと睨む妹に、彼は苦笑する。
「ごめんよ、有り難う」
そっと妹の頬にキスを贈ってご機嫌を直してもらおうとする。・・・・・だから、墓穴を掘ってるって・・・・・
「あのね、じゃあ、何が欲しい?」
入浴したばかりであった為に甘いフローラルのボディソープとグリーンハーブのシャンプーとが微妙に混ざった香りを唇越しに知覚してしまった青年が、それでも最後の理性に取り縋って離れると、そんなことは露とも知らない妹はベッドに手をついて兄の顔を見上げる。
「何でもいいよ。私のお小遣いと折り合いがつく範囲なら」
クスクス笑って至近距離で、無邪気な絶対信頼の笑顔が鮮やかに開く。
唐突に黒く染められる部屋
「アレ?電球切れちゃったの?」
ライトのあるだろう辺りに手を伸ばす少女には、どうやらライトを消した音が届いていなかったらしい。
「兄さん?」
闇に慣れ始めた瞳が兄を映す。立ち上がりかけた自分の手を掴んでいる兄を。
「欲しいモノなんて、一つしかない」
「何?何が欲しいの?」
ちょこんと兄の近くに座り直して彼女は問いかける。あまり物に執着しない兄の欲しいという物に興味が湧いていた。
「知りたい?」
「うん」
「じゃ、もっとこっち寄って」
掴んだ腕を引き寄せて、彼は再び二つの香りが醸し出す少女の香りに目を細める。
「何?」
目を細めた兄に再び彼女は問いかけ、
口づけという返答を返された
「兄さん?」
「欲しいモノは何と言うから、答えたんだよ」
触れられた唇に自由な指を当てて彼女は問いかけ、彼は答える。
「好きだよ、アンジェリーク」
「それは、その、知ってるけど・・・・・」
兄一人妹一人で育ったにしては、セイランが過保護な育て方をしたせいか、温室育ちのようなところがあるアンジェリークは、この時点でもよく分からずに首を傾げる。
白い指がショールを落とす。
「イタッ」
掴まれたままの腕にかかる尋常でない力に、彼女の眉が寄る。
「痛いったら、兄さ」
口づけが言葉を奪う。
「これは夢だよ」
囁く声は掠れている。
「兄さん、約束を」
「だから夢なんだよ」
「そんな」
少女は絶句する。
「欲しいモノなんて、アンジェリーク以外ない」
掠れた声で囁きながら、彼はそっと恋人の額に口づける。
「わ、私?」
目を白黒させて組み敷かれた形の少女は問う。
「我慢出来ない」
ボソリと、低い声が這う。
「あ、ヤ、いや」
脅えた瞳がその心を煽ることを知らない少女は、嫌がって首を横に振る。両手がしっかりと自らの両脇に兄の手で押さえ付けられていることが更に彼女を追い詰め、泣き出す一瞬前の瞳で請う。
「止めて、兄さん」
『お願い』と呟くように言いながら脅えてまぶたを伏せると、その縁から涙の滴が落ちていく。
「それこそごめんだ」
涙を唇で拭った兄はそう言って、彼女の着ている寝間着を剥ぎ取る。
「兄さん!」
許しを請う意味の宿った声
「セイランだよ。言ってごらん」
場違いな程に甘い声
キリッと音を立てて何かが彼女の腕の自由を奪う。
「嫌!」
自分の意志に反して動かない右手に、彼女の恐怖は募るばかり。
「兄さん、お願い、止めてよぉ」
泣き出した妹に、兄は憂いの眼差しを向ける。
「お願い」
泣いている顔を見られたくなくて、彼女は自由な左腕を目の前にかざす。
「泣かないで。大丈夫だから」
『止めて』と願う声に重なる言葉
「すぐに忘れさせてあげる」
白い肌に薔薇色の口づけが降り、その後に薔薇色の刻印を残す。
「ぁ」
微かに甘い声が唇を割る。
「僕だけのアンジェリーク」
いっそ優しい瑠璃の声が耳朶を打つ。
如何に背けようと、決して逃れられない口づけの洗礼
「愛してる」
残酷な人の声が遠くから響く。
「愛してる」
囁きは、遠い。
幻だから 夢だから
言える言葉だってある
叫ぶことの叶う名がある
『セイラン』
それは今は現実から一番遠い場所にいる恋人の名前
「愛してる」
近い未来には一番近くにいてくれる恋人
「セイラン・・・・・愛してる」
遮る物の少ない部屋に、甘い声が満ちて弾けた。
軽やかな朝の音と弾けるような笑い声に導かれるように、彼は身支度をきちんと整えてその場に現れた。
「連日で来るのなら、食費を払ってもらうよ」
「兄さん」
朝の挨拶もなしにそんなことを言う青年を少女がたしなめる。
「おはようございます、セイランさん」
「お邪魔してます」
「よおっ」
すでに慣れきった様子でダイニングの椅子に腰掛けているのは昨夜のメンバーで、どうやら朝ご飯のご相伴に来たらしい。これがたまにならばともかく、けっこうよく来るのだからセイランが呆れたように『食費を払え』と言うのも、あながち悪いわけではないだろう。
「あれぇ?どうしたんですか?」
「何?」
「赤くなってますよ?」
自分の首筋に指を当てて示すティムカに、少女の顔から感情が抜け落ちる。
「虫にでも刺されたのかな?消毒しておくかい?」
食器棚の上に置いてある救急箱を取ろうとしながらの言葉に、彼女は幾分こわばった声で答える。
「大丈夫よ」
「一応しといたら?」
ちょっと首を傾げてアンジェリークの手から皿をとったレイチェルがそう言い、代わりに食器棚から取った他の食器だとかも机の上を整えていく。ここにご飯を食べに来る回数が多いので、すっかり何処に何を置いているのか覚えてしまっているのだ。
「しとくにこしたことはないだろう」
ヴィクトールにまでそう言われた少女は気の進まない様子で兄の側に寄る。
「やってあげるから、ほら、顔上げて」
「いいわよ。自分でするから」
「鏡があれば代わるけど、ないんだから大人しく言うことを聞くんだよ」
口喧嘩めいたやりとりだが、別に仲が悪いわけではなくただのコミュニケーションだと知っている三人は無視している。
「お大事に」
「・・・・・えぇ」
クスッと笑って薬を仕舞う兄を一瞬凄い目で睨んでから、妹は渋々と言った風に言葉を返すのだった。
布団を干し終わった少女はベランダから部屋の中に戻った途端に、腕を掴まれ引き寄せられる。無論、こんなことをするのは一人だけだ。
「兄さんっ」
片手で妹を抱き締めて、片手でカーテンを引いて誰からも見られない小さな世界を作った兄は艶然と微笑む。
「どうして先に一人で起きたりしたんだい?」
「何のことかしら?」
ツーンッと顔を背ける少女に、青年は顔を近づける。
「あんなに、てたのにねぇ?」
羞恥心を十分に刺激するように考えてだろう、一部をわざと言わない耳元をくすぐる台詞に、狙い違わず顔を赤く染めた少女は、しかし意志の力で拳を握るだけに止める。
「夢でも見たの、兄さん?」
「ふうん・・・・・じゃあ、この跡は?」
細い右腕を掴んで引き上げると、袖口から華奢な手首が現れ、そこにある赤い細い跡を彼女に見せつける。彼がつけた、リボンの痕だ。
「別に。何かにかぶれたのかもね」
冷静に彼女は続ける。
「あのねぇ、兄さん。どうして何も頼まれてない私が、先に起きたりしたのかなんて言われなくちゃいけないわけ?」
・・・・・つまりは、そういうことにしておこうと、言っているわけである。約束は今も継続中なのだ、と。
「・・・・・そうだね。部屋が別だし、僕はアンジェリークに起こしてくれるように頼んでなんていないものね」
「そうよ」
挑戦的に輝く瞳に少し笑って、彼は妹の唇を塞ぐ。
「何するの!」
「ただの親愛のキスさ」
怒り出す少女にそう言ってかわす兄である。
キリキリと眉を吊り上げて兄を睨んだ妹は、邪険に自分の身体を縛る腕を振り解く。
「アンジェリーク」
腕を振り払われた兄の声に振り返り、ビシッとばかりに人差し指をその人の胸に突きつけて彼女は言った。
「さぁ、先週からの約束通り、今日は買い物に付き合ってもらうからね」
「はいはい」
『昨夜の話はここまで』と言い渡されたようなもので、彼は苦笑して頬にかかる瑠璃色の髪をかき上げる。・・・・・どうやらもう少し手出し厳禁の地獄は続くらしい。
「着替えて来るから待っててね」
パタパタと自室に向かおうとする妹を、兄は呼び止める。
「別にそのままでもいいと思うけど」
今は亡き両親の残してくれた遺産はこの兄妹に少しぐらいの贅沢を許してくれる程度にはあるので、そこは女の子であるアンジェリークは服には気を使って、すぐに外に出てもいい格好である。
「兄さん」
だが、彼女は眉をしかめてもう一度人差し指を兄に向ける。
「ちょっとは乙女心を理解してよね」
「・・・・・成程」
「分かったなら大人しく待っててね」
スカートを翻して少女は自分の部屋へと向かって消える。
「そう言えば、何時も着替えていたっけ?」
自分に問いかけると、記憶が『応』と答える。一年程前から自分と出掛ける時には、アンジェリークはアンジェリークなりに着飾っていた、と。
「何だ。僕だけが意識していたわけじゃないんだ」
ほんのちょっとしたところで、あの妹でもある恋人も意識していてくれたわけだ、この自分を。
何だかそれが嬉しくて、彼の口元に笑みが刻まれる。
「兄さん、行こう」
初めて見る動きやすそうなその服に、彼は笑みが深くなるのを自覚しながら歩き出す。
「いっぱい行きたいところがあるの」
先に靴を履き終わった少女は、置かれた鏡で髪をまとめるリボンを直しながら言う。
「僕は荷物持ちか」
わざと大袈裟にため息を零してみせると、妹はクスクス笑う。
「約束、でしょ?」
小さな頃から、『夢』と断じた昨夜のことを除けば一度だって妹との約束を破ったことのなかった兄は、悪戯に高揚する気持ちを抱える。・・・・・誘うような桜の花びら
「はいはい」
同じように笑って言いながら、彼は恋人の腕を引き寄せると軽く唇を重ねる。
「兄さんっ!!」
「挨拶だよ」
怒る妹にケロリと答える兄
・・・・・どうやら、この兄妹で恋人同士の二人には、人目がない時用の挨拶が、もう一つ出来たようである。
END
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