IF STORY・3〜天使と芸術家バージョン〜

IF STORY〜天使と芸術家バージョン〜


 天使  ANGEL
 僕の描くそれは何時だって

栗色の髪とブルーグリーンの瞳の勝ち気な天使

 あの日からずっと君を描き続けている
 もう会えないと分かっていても
 永遠に潰えぬだろう恋故に

 風の強い日だった。
「嫌な雲だね」
 地上以上に強い風によって運ばれるくすんだ雲に目をやり、彼は優美な線を描く眉をしかめて立ち上がった。
「雨が降る前に帰るか」
 誰かに聞いてもらう為の言葉ではない。彼《セイラン》は一人を好む性格から他者を近寄らせない。それは彼のその見目の麗しさから近寄って来る女性達が、あまりにもけんもほろろな対応に涙を流して一人減り、二人減りし、今ではほとんど現れない程の冷たい態度なのだ。

「何だ?」
 ふと自分にかかる淡い影に気がついた彼は曇り出した空を見上げる。
「近づいて」
 『くる』と続けられる筈だった言葉は、ギョッとして身構えることで途切れた。

 『どざっ』

 何とか受け止めたものの、その勢いに負けてその場に倒れた青年が痛そうに目元に涙をためてうめく。
「何で女の子が空から降って」
 『くるんだ』と続けられる筈だった言葉は、今度はあり得ない物を見つけて途切れた。

「羽根?翼?どうして!?」

 自分の上で気を失っている少女の背中から優雅に広がる翼を見た彼が叫んだ言葉に、少女が微かに身じろぎする。
「ぁ」

 大きなブルーグリーンの瞳が彼を映す

「君は誰?」

 吸い込まれそうに大きな済んだその瞳が

 ぐったりと力と意識の抜けた身体を青年は抱き直すと、熟れた桃のような唇を白い指がたどり、再び自分の唇で塞ぐ。
「・・・・・」
 伏せていた群青の瞳が、唇の暖かさが離れるのと同じ早さで開けられた。
「・・・・・翼が・・・・・」
 深紅の薔薇のような唇から唖然とした声が紡がれる。

 彼の目の前で、腕のなかの少女の背中の羽根が散り

 かくて、ただ唖然とした青年と、その腕のなかに不思議な白い服を着た少女が残され、二人はしばらくの間強い風に吹かれていたのである。

 暖かな何かに包まれていながら、冷たい香りにも包まれている?
 ふわふわとした意識のまま、彼女は視線をさ迷わせた。

「貴方、誰?」

 起きた途端なのでどうやら自分の置かれている状況が分かっていないらしい少女に、セイランは答えてやる。
「僕はセイラン、職業芸術家」
 白い面にかかる栗色の髪を形のいい手が払ってやる。
「貴方が助けてくれたの?有り難う」
「別に」
 フイッと視線を逸らせる仕草が何処か子供のようで、彼女はクスクスと小さく笑、えなかった。
 顔を強ばらせ、彼女は恐る恐る青年を見上げる。

「あの、私に何したの?」

「どういうわけか君は全身ぐっしょり濡れていたうえ、身体の芯まで冷えているような状態だったんでね。暖めてあげたんだよ」
 ギュッと小さな白い身体を抱き締めると軽く栗色の頭にキスを落とす。
「・・・・・」
 真っ赤になって呆然としている少女のあごに指を絡めると、彼は口づけられる程の位置まで少女に顔を近づける。
「今度は君の番だ。君の名前は?」
「・・・・・ないわ」
「?」
「ないの」
 出来る限り青年から離れようとしてのけ反るような体勢で少女は困ったように答える。
「質問を変えよう」
 逃げようとする栗色の髪を掴むように指を差し込むと、彼は嘘を見抜く群青の瞳で緑青の瞳を見つめる。

「君は人間かい?」

 目を伏せて、彼女は首を横に振る。
「空から降ってきた時の君の背中には翼があった。君は天使と呼ばれる存在だね?」
 大人しく少女は今度は縦に振る。
「人はそう呼ぶわ。でも、人の言う『名前』はないわ」
「ふぅん。・・・・・じゃあ、僕が勝手につけてもいいかい?名前ってものはないと呼びにく」
                                                   「本当?つけてくれるの?どんな?」
 ついさっきまで逃げようとして少女は、今度は自分から青年に詰め寄る。
 その迫力に多少驚いた様子で目を見開いた青年は、彼女の顔をつくづくと眺めた。
「・・・・・そうだね。天使なんだから、《アンジェリーク》というのはどうだい?」
「アンジェリーク?・・・・・アンジェリーク。・・・・・綺麗な名前ね」
 何度も何度も嬉しそうに少女はつけられたばかりの名前を唇の内側で転がす。心底嬉しいらしいが、名前をつけた本人には面はゆい程の喜びようだ。

 『さわっ』

「何すんのっ!?」
 一瞬固まった少女が食ってかかる。
「確かめただけだよ」
「何を!?」
「羽根」
 細い指が再び背中を撫でる。
「いやん」
「・・・・・」
「きゃあん」
「・・・・・」
「やぁあん」
「・・・・・面白い」
「私で遊ばないでよっ!」
 キィッとばかりに怒り出す天使である。当然だ。
「天使というのはどんなことをしたって許してくれるかと思った」
 クスクスと楽しそうに笑って、青年は怒りに燃える天使様の唇を塞ぐ。
「んん!」
 嫌がって自分を押しのけようとする行動をこそ楽しみとし、彼は押さえつけた天使の折れそうに細い身体を撫でる。

「・・・・・で、君どうして落ちてきたわけ?」
 抵抗しまくってなんとか青年からある程度離れた場所に移動して、シーツを幾つもの華を咲かせた肩まで隠すようにした少女のきつい睨みにも動じず、彼はベッドから降りるとシャツを羽織りながら問いかける。
「・・・・・雨雲を避けきれなかったの」
 プイッと子供っぽくそっぽを向いた少女の反応に微笑しながら彼は白い長衣を重ね、意地の悪い口調でツッコミを入れた。
「で、羽が濡れて飛べなくなったんだ」
「・・・・・」
「服乾いてるから着たら?」
 自分は着替え終わり、彼はクスクスと笑って服というか、玄人目にも素人目にも不思議な光沢を持った白い布としか思えないそれを差し出す。
「・・・・・」
 ジロリと睨んでそれを引ったくるように掴み、だが、それをまとう素振りも見せない。
「どうしたのさ?」
 訝しく思って問うと更にきつく睨まれた。
「・・・・・あぁ、そうか・・・・・」
 きつい視線の意味に気がつき、彼はドアに手をかける。
「隣にいるから、せめて空に帰る前に一声かけてよ。折角だから天使が飛んでいる空っていうのを見たいからね」

「あ、本当に来た」
「・・・・・どういう意味よ」
「怒ってたから、そのまま帰られても仕方ないと思っていたんでね」
 『天使でも飲めるのかな?』などと言いながら彼は−滅多に使わない−来客用のカップに紅茶を容れる。
「僕はあまりカフェインが好きじゃないから薄いかもしれないけど」
 差し出されたお茶を首を傾げて見ている立ったままの少女に、彼を知る者なら目を疑うような優しい笑みを浮かべて椅子を勧める。
「美味しい」
 恐る恐る紅茶に口をつけた天使は鮮やかに笑い、それはあの空から落ちてきたばかりの姿を見ていなければまるで普通の少女としか思えない笑顔だ。
「もしかして、今まで霞でも食べて生きてたわけ?」
 自分は食べやしないのだが描いた絵を借り受け等に来る取引相手が持って来るお菓子類を出してやると、最初こそおっかなびっくりといった風情だった少女は一口食べた後は青年の存在も忘れたように笑顔で食べ始め、それを見てのセイランの問いに、アンジェリークは口の中のクッキーを飲み込むと、きょとんとした顔で答えた。
「どうして知ってるの?」
「・・・・・」

「帰らないの?」
「帰れないの」
「はぁ?」
「羽根、全部抜けちゃったから、しばらく生えないの」
 丘の上でぼうっとしていた天使は拗ねたように唇を尖らせる。
「どれくらいかかるんだい?」
 空を見上げている少女を描きながら問うと、『分からない』と答えられた。
「何時も一定というわけじゃなかったから」
『これだと何度も同じめにあってるな』
「何よ、その目は?」
 どうやら可成勝ち気らしい天使は声をあげずに笑っている青年を睨む。
「いいや。それで、空に帰るまで君はどうするんだい?」
「何?」
 勝ち気であると同時に素直でもあるらしい少女は首を傾げる。
「よかったら帰る日まで、僕の家にいない?」
「・・・・・」
「嫌そうな顔だね」
「あんなことされれば誰でもそうなると思うけど?」
「もうやらないよ。面白かったけど」
「・・・・・あぁのぉねぇ・・・・・」
「僕は雨露しのぐ場所を君に提供する。代わりに君はモデルをやってくれない?それで僕には十分だよ」
 しばらく腕を組んで考え込む天使をスケッチする青年
 そのスケッチが二桁に入って−これは彼女が熟考したのもあるが青年の筆が早いせいもある−、彼女は顔を青年に向ける。
「本当に何もしないのね?」
「誓って」
 悪戯っぽく笑って彼は片手を上げる。まるで神父さんのように。
 その動作が何を意味するのかは知らないが、何となくその仕草がおかしくて、彼女はクスクス笑い出した。

「って誓ったくせにぃ」
 青年の腕のなかで少女が盛大に怒り、
「ベッドが一つしかないんだから仕方ないだろう?」
 ケロリとした顔で彼はそう答える。
「私ここじゃなくていい」
「僕が嫌だ」
 ・・・・・追い出されるのも勿論嫌だろうが、追い出すのも嫌らしい。
「別にこれ以上のことしやしないよ。さっさと寝たら?」
「・・・・・」
 プゥッと頬を膨らませてふて腐れている姿に笑い出したいのを無理やりにねじ伏せ、彼はとっとと目を伏せた。

 そして、そんなことが三日も続いた頃には、順応性の高かった天使様は芸術家の腕のなかですっかり寝入るようになったのである。

 朝から何処かに出掛けていた青年は大量に購入した布の数々を、空に恋して見上げている少女に後ろから気配を殺して被せた。
「にゃっ」
「まだ帰っていなかったね」
「?」
 空を行く翼の代わりに不可視の猫の耳やシッポをつけているような天使は首を傾げた。青年の口調に『よかった』だとか、安堵するような気配を感じたからだ。
「そればかり着ているわけにはいかないだろう?それと違わない大きさの布を買って来たから今度から使うといい」
「有り難う」
「どういたしまして」
 少女の笑顔に対してひどく芝居がかった華麗な動作で彼は頭を下げて見せ、彼女からの楽しそうな拍手を受ける。

 ずっと昔からそうだったように、お互いの存在がまるで邪魔にならないような、そんな日々が二人の間を流れていた。

 何時か訪れる終焉を、
 知らないフリをしていたのは、
 いったいどちらだったろう?

 すやすやとすっかり健やかな寝息をたてる天使を腕に、見つめる人が切なくため息を零す。決して本人の意識したものでなく、あくまで本人でも分からない無意識の領域故に、本人すらも知らずに。
「君は何時までここにいるんだろうね?」
 ここでこの夜五度目の吐息が零れ、彼はやっと自分がため息をついていることに気がついた。
「何時までここにいてくれるんだろうね?」
 微妙に変えられた言葉は、その意味を大きく変える。
「・・・・・永遠なんて、何処にもないのに」

 彼女の知らない口づけ
 彼しか知らないキス

「それでも『ずっと』を願ってしまう」

 知らないフリを続けていたのは、彼だった。

 空を愛する翼を失った天使を探し、彼は通い慣れた道を進む。
 初めて彼女と出会った場所は小高い丘で、その頂上で何時も彼女は空を見上げて呟く。『帰りたい』と。
 その言葉を聞くことが嫌で、だけどそのまま消えてしまうことを恐れて、彼は天使の姿を求めて樹木の間を通り抜ける。
「天気が悪いのに」
 と呟いた時軽やかな足音が鋭敏な耳に届き、彼は表情を緩める。
「アンジェリーク」
  「見て見て!翼が元に戻ったの!!」
 名前を呼ぶ声に重なって幾つもの鈴を転がしたようなはしゃいだ声が響き、いきなり飛びついた天使様は優美な大きな翼を彼の前で広げて見せびらかす。
「・・・・・帰ろう、アンジェリーク」
 彼が与えた薄いブルーの布をふわふわと巻きつけ、優雅に広がる不思議なドレスにして身につけている少女は不思議そうに強く自分を抱き締める人を見つめる。
「どうしたの?何が悲しいの?」
 悲しみを癒す白い御手が、尚のこと彼の悲しみを煽る。
「雨が振り出す前に、帰ろう」
「そうね。また抜けちゃうと困るもんね」
「・・・・・帰ろう」
 心から願う言葉を言うには、あまりにも彼のプライドが高すぎた。言うべき言葉を言えない青年には、そう呟くのが精一杯だったのだ。

 ぼんやりと闇をしりぞけるランプの光を見つめ、アトリエの長椅子に怠そうに身体を横たえていた青年が呟く。
「入っていいよ」
 躊躇うようにゆっくりと開けられたドアの向こうの廊下で、白い翼の天使が所在がなさそうに整った横顔を見つめる。
「・・・・・寝ないの?」
「ここで寝る」
 答えに瞳を瞬かせた彼女はおっかなびっくり、様々な芸術活動の為の道具の氾濫したアトリエを彼の元へと横切る。
「翼が邪魔で、二人じゃ寝れないだろう?」
 『どうして?』と問う瞳に耐え切れないように、顔を背けて答える青年のすぐ側、少女はポツリと呟いた。

「明日の朝晴れたら帰る。今まで有り難う」

「っ」
 痛みに顔を歪めた青年は、痛む心臓のある辺りのシャツを握り締める。
「どうしたの?大丈夫?」
 うめく声に気がついて、彼女は慌てて向けられていた背中を撫でる。少しでも彼を癒したかった。・・・・・泣いているのなら、慰めたかった。
「・・・・・ければいいんだ」
「え?何?」
「君は僕を忘れるのに、僕は君を、アンジェリークを忘れたり出来ない」
「どうしたの?いったい?」

「翼なんかなければいいんだ」

 人恋しかったわけではない。

「何を言ってるの?」

 一人でいることに一抹の空虚さはあったけれど、それ以上に煩わしいことに巻き込まれない状況の方が好きだった。

「翼がなければ、君はここから出て行けない」

 なのに、突然空から降って来たドジな天使は、自分の心にまで住み着いて、『寂しい』だなんて感情を自分に抱かせた。

「ちょっと、離してよ」

 あの時 降って来た少女を受け止めた刹那の一目惚れ

「全部アンジェリークのせいだ」

 あの時から、見込みのない恋だと分かっていても、それでも最後に笑って別れられる筈だったのに・・・・

 繊維が無理に引き裂かれる甲高い音が響く。
「んっ」
 冷たい床に、重なった影が幾重にも揺らめく炎に映し出される。
「イタッ」
 舌打ちが一つ、床で砕ける。彼女が自分とは違うものであることを知らしめる翼は、どうやったって奪えそうにない。

 彼は苛立たしい眼差しで辺りを見回し、手近い場所に目当ての者を見つけて手にした。

 揺れる炎を反射し妖しく光る銀のナイフ  それを手に、彼は組み敷いている天使の翼を無理に引く。
「こんなものなければいいんだ」
 狂気と呼ばれる感情が宿る声、群青の瞳

真実白い翼が
深紅に染められる


「馬鹿っ」
 起き上がりざまに盛大に叫んだ天使は、怒りに染まった瞳を向ける。
「何てことしたのっ」
 血に染まった赤い手を、天使の白い指が震えながら包む。
「貴方、この手で綺麗な物を作ってたじゃない」
 潤んだ瞳が血に染まった青年を映す。
「なのにどうして?」

「どうして自分の手でそのまま刃を握ったりするのよっ!?」

 『馬鹿馬鹿っ!!』と何度も赤く染まった指で自分を抱く人の背中を叩き続ける。
「もう、何も描けない。君以外描けやしない。もう何も、創り出せない」
 血の流れる手が、泣きそうな少女の白い頬を包む。
「君は僕から全てを奪っていく。僕には、何一つ置いていってくれないのにね」
「・・・・・」
 ぽろりとブルーグリーンの瞳から涙が零れる。
「何で君が泣くの?」
「・・・・・」
「ねぇ、どうして?」
 問う青年の指を外し、彼女は答えの代わりにその手の傷に唇を当てる。
「同情?」
 冷たく問う声が彼女の耳朶を打ち、彼女はゆるりと首を横に振った。
「貴方が何かを作る姿が好きだわ」

「私は貴方に、何かを残してあげられる?」

 床に白い翼と栗色の髪が散る。
「綺麗な髪だよね。甘い香りもするし」
「ぅん、っ」
 床に熱を帯びた吐息が流れる。
「あん・・・・・はぁ、や、あ」
「『女性は楽器』だと聞いたことがあったけど・・・・・本当にそうだ」
 床に幾つもの滴が落ちる。
「泣いてばかりだね、アンジェリークは」
「あ、貴方が、そうさ、させて、るんじゃ、な、い」

 幾つもの吐息が  幾粒もの滴が交わる
 一夜だけの恋人達の間で・・・・・

 眠る人に寝室から持って来たシーツを被せると、彼女はとっておきとして今まで使わなかった桜色の衣装を翻す。
「さようなら」

 ため息をついて彼は雲の多い空を見上げる。場所は、あの丘ではない。
「気が散るね」
 天使の帰った日のうちに、彼は家を引き払った。元々彼女が降ってきた丘からの眺めを気に入ってしばらくの間、そこに飽きるまでの間の為に借りた家だったのだ。
 勝ち気な天使の思い出を色濃く残す場所にいたくなくて、彼はそこを後にした。

 そして、

「それでも描く絵も、作る詩も、奏でる曲も、全てが君だなんて、矛盾だ」

 天上の花園のような場所で微睡む栗色の髪の少女を描いた描きかけの絵に、彼は苦笑しながらそう囁く。
「もう会えないのに、先のない絶望的な恋なのに、それでも僕は君が好きだよ」
 切ないため息も、切ない眼差しも、全ては絵を通して今は何処にいるのか分からない一夜だけの恋人へ。

「愛してるよ、アンジェリーク」

 吹きすぎるだけの風に、呟きは乗り、千里を駆ける。

 そして、何処かから風に乗って響く羽ばたきの音

「綺麗な絵ね」
 金の鈴の音が鳴る。
「多少本人よりも美人な気がするけど」
 クスクスと笑う声に現在は画家の青年が振り返った。

「・・・・・−ク?」

「私その名前が好きよ、貴方がつけてくれたんだもの」
 桜色のスカートの裾が風に流される。
「・・・・・探したんだから、ずっと」
 拗ねたように頬を膨らませ、彼女は人差し指を青年につきつける。
「別れてからずっとずっと苦しくて、貴方に会いたくて、探したんだから」

 天使の羽根が空を染める

 天使みたいな少女が一人そこにいた

「君、名前は?」
「アンジェリークよ」
「僕はセイラン。職業は、今は絵を描いてるところだから画家かな?」
 悪戯な表情で二人は自分の瞳に相手を映す。吐息がかかる程近い場所で。
「ね、モデルいらない?」
「押しかけかい?条件によるな」
「そうね」
 少し甘い線を描く頬に指を当て、彼女はにこりと笑った。

「ずっと一緒にいるっていうのは?」

再び天使は彼の元へと舞い降りた

「それならいい」

翼を捨てて 同じ大地にある者として

「ただし」
 側にあることを願い続けた小鳥は二度と飛び立つことはないけれど、それでも一応言っておく。自分でも我が侭だとわかっているけれど。
「自分で言った以上は僕専属だからね。僕から離れたりしたら許さない」
 当然なことをわざわざ言うのが気にくわないけれど、それ以上に我が侭の極みの言葉に彼女は吹き出す。
「うん」
「では、取引成立」

 そして二人の唇が重なった。


END