It will be fine tomorrow!

その日はついてない日だった。

朝早くから隣のティムカの部屋でお子様軍団が騒ぐわ、

呼びもしないのに押しかけてきたガサツな守護聖師弟はよってたかって邪魔を

──弟子はせっかくのインスピレーションを台無しに、師匠は描きかけのキャンバスを蹴倒しておシャカに──

してくれるわ、‥‥それ以上数え上げる気にもならないくらいにはついてない日だったのだ。

だから、彼は非常に不機嫌だった。

せめて気分を変えようと庭園に来てみたものの、空はあいにくの曇り空。

人影もまばらで、いつもの明るい雰囲気はない。

…あったらあったでうっとうしいと思っていただろうが。

だからと言って部屋に帰る気にもなれず、すっかり嫌気がさした彼はぼんやりと噴水のへりに腰掛けていた。

「セ〜イラ〜ンさま〜!!」

突然、曇天を切り裂いて響いた声。

そして横手からの衝撃に、彼は危うくバランスを崩しかけた。

かろうじて踏みとどまったものの…声を聞いて反射的に身構えていなければ、噴水の中に倒れているところだ。

いつものこととはいえ、溜りに溜った鬱憤が吹き出すには十分なきっかけである。

彼は、左腕にぐわし、としがみついているものを見ようともせずに言った。

「‥‥アンジェリーク。どうやら君には、磨いた感性を活用しようって気はないみたいだね。…僕はいつも、

いい加減それはやめろって言ってると思ったんだけど。」

「え〜、だって〜、この服肌触りが良くって気持ちいいんですもん〜♪

セイラン様ってば、今日も毒舌が冴えてますねー。」

毒舌なんてものともしないくせに。

だが、今日はそれを口に出すことすら面倒くさい。

「聞く耳は持たない、か‥‥重いんだよ。」

腕を振ると、襲撃者はあっさりと振り落とされてしまった。

「軽いです!!!

それに、少しぐらいいーじゃないですかー。私がへばりついただけで倒れるってほどか弱いわけでもないんだし。」

べちゃっと座り込んだまま、ぎゃーぎゃーとわめく無礼者。

うるさい。

癇に触る。

「君は何か勘違いしてないかい?僕は気安く他人に抱きつかれたくないだけだよ。」

冷たく言ってやると、ぶーぶーと垂れ続けていた文句が止まった。

呆気に取られてこちらを注視しているのが気配でわかる。

それでも放っておいてやると、ささっと立ち上がったようだった。

ぱしぱしと服についた草を払う音。

「申し訳ありませんでした、セイラン様。」

そして、そっぽを向いたままのセイランの正面に回ってくる。

「これからは時と場合と人を選んでやります。本当にごめんなさい。」

結局止める気はないのか!毒舌家の習い性、内心では思わずそうつっこむ。

しかし。

目の前の邪魔者は、細かな気遣いとは無縁そうな顔をして人の心を見抜く目だけは超一流。

謝罪の言葉には、さっきまでぶーっと膨れ倒していた人間が言ったとは信じられないような真情が籠っている。

文句など不満げなようすなど、微塵も有りはしない。

そして何より、無理矢理に合わされた、複雑な光彩を宿す深く真摯な瞳───

「じゃあ、これで…。」

なんとなく左腕が軽いような気がした、というのもあるけれど…

あっさりした引き際、過ちを認めることをためらわない潔さ、彼の目でも見逃しかねないほど静かなひとへの思いやり‥‥。

それらが、天邪鬼な彼をして、踵を返そうとするのを呼び止めるよう声をかけさせる。

───空までも憂鬱な一日なら、いっそ深淵に身を浸してみるのも悪くはない。

「…で、何の用?」

彼の言葉を聞いて、突然の乱入者は破顔一笑した。

改めて袖にしがみついてくる。ただし、今度はゆっくりと。

切り替えは早い方だから、もういつもの顔だ。さっきの真剣さはどこにも見当たらない。

どうせ“今日はツイてないなあ、低気圧だよセイラン様”とか考えているのだろう。

実際、面と向かってそれに類するセリフを言われたこともあるし。

そのくせ…日頃はどうしようもなくボケボケなくせに、

ここ一番で、一番ヒトのことがわかる、思いやる、そういう行動を取る。

…やっぱり憎たらしい。

嬉しそうにすりすりと頬擦りする姿にばさばさと忙しく動く尻尾の幻が見えるような気がして、

余計に腹の立ってきた彼である。

腹いせにつやつやの栗毛を引っ張ってやろうか、頬をぐにっと伸ばしてやろうかと考え出したとき。

ひとしきりしがみついた厄介な強者が顔を上げた。

「いえ、用はないんです。じゃこれで失礼しますね、さようならセイラン様。

今日は日が悪いみたいだからまた明日出直して来ます!」

言葉をはさむ隙などない。

あっという間に身を離し、立ち上がったかと思うとまわれ右。

どうやら育成しに行くところだったらしい。

走り去る後ろ姿に、取り残された彼は苦笑するしかなかった。

やれやれ。

わざわざ寄り道するだけの価値を認められているのは喜ぶべきなんだろうけど、ね…。

複雑な心境‥‥だが、人間台風来襲前の不愉快な気分とは少し違う。

「…もう少ししたら、部屋に帰ろうかな。」

彼は空を仰いでぼんやりと呟いた。

雲が厚くなってきた。

きっともうすぐ雨が降り始めるだろう。

 

 

 

 

 

 


*あとがき*

大変お待たせしました、セイラン様×勝気ちゃん。

そのくせヘボヘボ&短い‥‥もっと功夫を積まなければ。

こんな話であれだけの祝い…etc.(笑)を兼ねるのは無理がありますが、

喜んでいただければ幸いです。

これからもがんばってくださいませ、イリス様。応援してますわ♪


伝言板で「いりますかー?」と口を滑らせたナイトブルーさんに付け込むようにして頂いた創作です。
うふふふふ、本当に有り難うございますー♪