Like or Dislike


「僕を好き?」
歌うように、ささやかれた。
耳元で、吐息が風を生む。
そのくすぐったさに、少し肩をすくめてしまった。
そして、理解した。
彼がたずねたことの意味を。
ゆっくりと顔を彼のほうへ向けると、驚くほどに彼の顔が近くにあった。
おあつらえむきに、背後の夜空には月まで浮かんでいる。
トクン、と何故か胸が高鳴った。
「好き?」
たずねられたということは、十分わかっていたはずなのに、彼が自分に向かって『好き』だと言ったのだと、愚かにも錯覚を起こしそうになる。
それほどに、魅惑にあふれた声だった。
思わず、うなずきそうになってしまうほどに。
近づく指先に気付き、思わず後ずさると、彼は一瞬驚いたような表情をし、次いでクスッと小さく笑った。
「何もしないよ」
そう言いつつも、右手は私の髪にふれている。
サラサラと髪が頬に降りかかった。
これで何もしていないのかと、睨みつけてやると、彼はまた小さく笑った。
その笑いに、カッと頬が熱くなる。
ドキンドキンとうるさいくらいに心臓の音がしはじめた。
「君は、僕を好き?」
誘うように、ささやかれる。
3度目の、問いかけ。
彼はどんな反応を望んでいるんだろう?
好き?
それとも、嫌い?
嫌いだと言ったら、どう反応するだろう?
好きだと言えたら、どんなに楽になるだろう?
その言葉が、喉元まで出掛かった。
「好き?」
その言葉でハッと気付くと、いつのまにか抱き寄せられていた。
離れようにも、しっかりと腰を押さえられていて逃げることが出来ない。
不覚、だった。
ゆっくりと指先が、唇にふれる。
ここで、はいと言ったらどうなるだろう?
いいえと言ったら、どうなるだろう?
ぐるぐるとその考えだけが、頭の中を駆け巡る。
「好きだといえば、納得するんですか?」
好きだとうなずく前に、それだけを言った。
怖くて、それだけしか言えなかった。
怖かった。
ちょっとしたことでふくらむ、この想いが怖くて仕方なかった。
大事なことが別にあるのに、日に日にこの気持ちは強くなっていく。
今、この時でさえも。
「さぁ?」
クスッと笑う、その声にさえ、ドキリと心臓が跳ね上がる。
カーッと頬が熱くなるのが自分でもわかった。
これ以上、そばにいるのは危険だと何故か思った。
捕らわれてしまうと思った。
この想いに捕らわれて、きっともう逃げられなくなる。
だから離れようと試みた時、そっと顔を持ち上げられた。
お互いの瞳が、お互いを捕らえる。
視線が絡まり合って、外すことができずにいた。
「どうやら僕の姫君は、ずいぶんとわがままらしいね」
「どなたかは、すごくひねくれてますね」
お互い、目をそらせずにいた。
そして、どれくらい経ったのだろう?
彼が、ゆっくりともう一度たずねた。
「君は、僕を好き?アンジェリーク」
決して、自分からは好きとは言わない。
好かれているのだと自信に満ちたその態度。
だから少し、腹が立ってきた。
私のうろたえにさえ、彼は楽しんでいるようだった。
少しづつ、頭がはっきりしてきた。
絶対に、好きなんて言ってやるものかと、思いさえした。
先ほどのうろたえぶりが、自分でも信じられなかった。
だから怒りを込めて、見返してやった。
「アンジェリーク?」
けれど彼はそれを気にせず、何かを促すように私の名前を呼ぶ。
答えるべきことを、私は知っていた。
でも、ここで言うのは悔しかった。
だから、反対にたずねてあげた。
「・・・・・・セイラン様は?」
私を、好きですか?
彼は、その問いかけに答えなかった。
彼はただ小さく笑っただけだった。
失敗した、と思った。
こんな至近距離で、彼の笑顔を見るんじゃなかったと後悔した。
先ほどに続いての不覚、だった。
彼の笑顔に見とれて、気付いた時には唇をふさがれていた。
唇がゆっくり離れた時に、捕らわれていた体にも自由が戻った。
瞳がゆっくりと合わさる。
ぎくしゃくとしか動けない片手を持ち上げ、ふれられた場所にあてる。
そこだけが熱く、そこに熱が取られたように体は冷えていた。
何も言うべきことが見つからなかった。
捕らわれたと、思った。
だからそれを振り切るために、私はそこを逃げ出した。
もう二度と、捕らえられないように。

お互いの問いかけに、それぞれ答えていないことにアンジェリークは気付かなかった。
そして、あのくちづけが返事だったのだと言うことも。
それぞれの問いかけの返事を知っているのは、お互いの唇だけだった。

END