メイドさんとお誕生日


「・・・誕生日、ですか?」
「そや。なんや、知らんかったんかいな」
 お馴染みである萌葱色の青年の言葉に、栗色の髪とサファイアの瞳の少女は小さく頷く。
 場所は街中、少女が買い物に出ていたところを顔見知りである青年が見つけ、声をかけたのである。
「はぁ。でも、セイラン様、そういうことはお嫌いだと思うんですけど」
 可愛らしく首を傾げる少女の格好は紺色のワンピースに白いエプロンをつけた、正真正銘のメイド服。・・・異常に、目立っている。
 何も、似合わないわけではない。その逆で似合い過ぎるのだ。目の保養になること、請け合いである。だからこそ、目立ってもいるのだが。
「まぁ、確かにあのお人はそういったもんは嫌いやさかいなぁ。でも、ちょっとした事をあんさんがしたら喜ぶんやないか?」
「・・・そう言って、チャーリーさんのお店で何か買わそうって魂胆でしょ」
「あ、バレた?」
「もうっ、まったく、根っからの商人なんですから」
 青年の提案に少女はちらっと睨む。少女が睨んで言った言葉は図星だったらしく、青年はカラカラと笑って認めた。
「っと、もうこんな時間。早く帰ってご飯作らなきゃ」
「また、何か買うつもりやったら何時でも来てや。安うしたるわ」
 青年の言葉に軽く笑い、少女は古い洋館で待つ主人の元へと帰っていった。その後ろ姿を見ながら、青年はボソッと呟く。
「せやけどなぁ、やっぱり何かしたら喜ぶで、あのお人は。マジにアンジェリークがお気に入りやさかいなぁ」
 しみじみと言うその言葉は心からのものであった。

「ただ今帰りました、セイラン様」
「ああ、お帰り。少し遅かったね」
 居間で寛いでいる主人の言葉に、少女は時計を見て時間を確認する。
「そうですね、すみません。街でチャーリーさんと会って少し話していたものですから。・・・何か、飲まれますか?」
 萌葱色の青年の名が出た途端、眉を顰めた青年は続けられた質問に軽く首を振りながら答えた。
「いや、いいよ。それより、あいつと会ったんだって?」
「ええ、買い物しないかって。相変わらずですね」
 くすくすと笑いながら台所に消える少女の姿を青年は複雑な顔で見つめる。
「アンジェリーク・・・君、自分がモテている事実を知っているのかい?」
 モテる原因の一端を自分が担っていることは棚にあげて−メイド服のことだ−ため息をつく青年の言葉はおそらく、少女の自覚にはない。
 もともと家事が好きでこの仕事を選んだらしいので、仕事のしがいのあるこの家では実に楽しそうに動き回っている。仕事の事で頭が一杯の少女は他の事に気を回す気はないし、する必要もないという事で自分に向けられる感情の類いの一切を潔いまでにバッサリと切り捨てていたが、何事にも例外はあるもので、その例外は自分の主人である。
「ま、いいか」
 その事実に思い至った青年はとりあえず、その事に満足して再び手にした本を読み出した。

 二月十三日。この館の主人の誕生日である。
 何時ものように街へ買い物に出た少女はすでに馴染みになっている店で買い物をする。
 メイド服が似合いまくっている可愛い少女が来た頃はさすがに硬直していた店の者達も、今ではすっかり『お得意さん』になった少女に愛想よく声を掛けていた。
 そして最後に少女が訪れたのは。
「こんにちは、チャーリーさん」
「あっれー、どないしたんや、俺んとこ来るなんて」
「ええ、ちょっと。あれを見せて下さいます?」
 少女の示す品物を見て、青年はピンときたらしい。いそいそとその品物を少女の目の前に持ってくる。
「どや、あのお人にはええプレゼントやと俺は思うけどな」
「ええ。じゃ、これを貰います」
「まいど、おーきに。ラッピングもまかせときや」
「あ、それはやめて下さい」
「は?」
 はりきってその品物を包もうとしていた青年は拍子抜けたようにその手を止め、少女を見た。その青年の手にあるラッピング用の紙を見て、少女は「やっぱり」という言葉と共に苦笑する。
「チャーリーさん、一体どういうラッピングをするつもりだったんです?」
 彼の手にあるのはド派手な赤とピンクの縞模様の紙。そして金色のリボン。・・・クリスマスじゃないんだから・・・
「せやから、これ、誕生日のプレゼントなんやろ。だったら思いっきり飾ってやったらええやんか」
「それを、あの人が喜ぶと思います?」
「うっ」
 皮肉屋の芸術家の性格を指摘され、青年は言葉につまる。言われてみれば、そうだった。
「ですから、ホラ、この紙。これで普通に包むだけにして下さい」
 少女が示したのは深い蒼一色の紙。潔いまでの蒼さは芸術家を連想させ、また、この少女も連想させる。
 そんなすったもんだの末、少女の手にはごくごくシンプルな包装を施された箱が乗っていたのだった。

「セイラン様、夕食が出来ました」
「あ・・・そう?じゃ、行くから」
 画布の前に立ち、難しい顔をしている青年に声をかけると画布を睨んでいた青年はため息をつき、少女を振り返った。
「うまく、いっていないんですか?」
「うーん。この筆がちょっと使いにくいんだ。昨夜あれを折ってしまったのは不味かったな、やっぱり」
 画布の前から離れた青年は実にさりげなく少女の肩に手を回し、共に食堂へと移動する。
「・・・?この箱は?」
「ええ、買い物の途中で見つけたんです」
 テーブルの隅に遠慮がちに乗っている蒼い箱に目を留めた青年の質問に、少女はスープの鍋に向かいながら答えた。
「僕に?開けてもいいかな」
「はい」
 少女が頷くと青年の手が慎重に箱を開け、その中身を取り出す。
「これは・・・」
 たった今、愚痴を零していた筆である。思わず少女を見ると、素知らぬ顔で料理をテーブルに並べていた。
「どうしてこれを・・・」
 そう言いかけた青年の目がふと、日付に止まる。
「・・・ひょっとして、今日、僕の誕生日だから?」
「何がですか?今日、たまたま見つけただけですよ。セイラン様、描きにくいっておっしゃったじゃないですか」
 分かっているくせにしらばっくれる少女の態度に青年は複雑な顔をする。お互いに好意を持っている事は知っているし、少女も青年を慕っている事はよく分かっている。
だが、少女はメイドとプライベートのけじめをきっぱりとつけており、青年に甘える事はない。もちろん、そうしなければ仕事が出来ないという事はよく分かっているのだが、妙にさびしく感じるのもまた、事実だった。
「セイラン様?あの、気にさわりました?勝手に買ってきちゃって・・・」
 心配そうに顔を覗き込んでくる少女に、青年は自分が思考に耽ってしまった事に気づいて慌ててその心配を否定した。
「いや、そんな事はないよ。むしろ、嬉しいさ。僕の事をよく見ていてくれている証拠だからね。ただ・・・」
「ただ?」
「うん、もう少し僕に甘えてくれてもいいんじゃないかな。それが少し寂しいよ」
 思いがけない青年の言葉に少女は目を見開いた後、思わず青年の額に手を当て、熱を測ってしまう。
「熱は、ありませんね」
「・・・随分、失礼な事を言うね」
「だって、セイラン様がそんな事を言うなんて、変です」
 握り拳を作って少女は力説する。・・・そこまで言うか、普通。確かに青年には似合わないとはいえ。
「ふぅん。じゃ、僕らしくさせてもらおう」
 この瞬間、少女は自分が墓穴を掘った事を理解した。
「セ・・・」
 抗議の声もなんのその、しっかりと少女を羽交い締めにして青年は唇を奪う。
 息苦しくなるほど長い時間、青年に抱き締められ、唇を奪われていた少女はようやく解放されると大きくため息をついた。抵抗する力なんてすっかり失われてしまっている。
「・・・セイラン様、お食事が冷めてしまいます」
 再び近づく唇を掌で押さえ、少女が言うと青年はあっさりと反論した。
「また暖め直せばいい」
「でも・・・」
「だめだ。僕は今、こっちを食べたいんだから」
 耳元に軽くキスをされ、途端に少女の膝から力が抜けた。
「セイラン様」
「今日は、僕の誕生日だろう?」
 悪戯に輝く瞳を見て、少女はどう足掻いても逃げられないと悟るしかなかった。

 翌日、フラフラしながらも仕事をこなす少女は立派にプロ根性が入っていたと言えるだろう。


END