My sister〜七五三の思い出〜
雅やかな音楽に気をとられ、道を歩いていた少女の足が止まる。 視線を巡らせ、音源を見つけた少女の顔に笑みが広がった。 「わ・・・ぁ、可愛い」 そうして、しばらく見つめていた少女の顔に、ふと、思案の表情が浮かぶ。 「確か・・・」 「・・・何をやっているんだい?」 「あ、お帰りなさい、兄さん」 居間に入ってきた兄に、少女は熱心に眺めていた手元から顔を上げ、にっこりと笑った。その妹に近づき、手元を覗き込んだ青年は首を傾げる。 「・・・アルバム?」 色の褪せ方から察するに、随分昔のもののようだ。 「今日、七五三でしょう?帰り道で見かけたんだけど、確か、私の七歳の時のお祝いに、兄さんも一緒だったと思って」 懐かしそうに眺めている写真の中で、ピンクのよそ行きのドレスを着た少女と、大人びた雰囲気の少年が並んで立っている。 「ああ、そういえばそうだっけ。母さんは着物よりドレスの方が好きだったから、これになったんだったな」 「うん。こんな、ヒラヒラした服が好きだったみたい。懐かしいな・・・」 熱心にアルバムを見つめる少女の脳裏に、あの頃の出来事が蘇ってきた。 「お兄ちゃん、セイランお兄ちゃん、待ってよぉ」 聞き慣れた、可愛い声に驚き、少年は立ち止まって振り返る。 ピンクのヒラヒラしたドレスの裾を翻しながら、栗色の髪の少女が一生懸命走ってきていた。 「アンジェリーク?父さんと母さんは?」 車をとってくるという両親に、少年は入り口で待っている事を伝え、歩いていたところだったのだ。妹の方は、両親にくっついて行くものと思って。 「私もお兄ちゃんと行く。お父さんと、お母さんにも、そう言ってきたもん」 ニコニコと満面の笑みで話す妹に、苦笑が浮かぶ。初めて出会った頃から、この血の繋がらない妹は無邪気に自分に懐いていた。 「こっちはちょっと、疲れるのに」 「いいの。お兄ちゃんと一緒にいたいの」 ぷうっと膨れる妹に再び苦笑し、少年は手を差し出す。 「分かったよ。一緒に行こう」 「うん!」 たちまち機嫌を直した少女は差し出された兄の手を取って、隣に並んだ。人出はかなり多く、九歳と七歳の小さな兄妹は手を繋いでいなければ、たちまちはぐれてしまうだろう。その事を考えると、よく、少女は自分の兄を見つける事が出来たものである。 数多い人々の中でもみくちゃにされながら、小さな兄妹はようやく入り口に辿り着いたのだが。 「・・・まだ、お父さんもお母さんも来ていないね」 やはり、七歳の少女にとって、人込みの中で歩く事はかなりのエネルギーを消耗したらしく、両親が来ていないと分かった途端、がっかりした顔をしている。 「やっぱり、疲れたんだろ?あそこでちょっと座って待っていようか」 少年が示す場所は石垣のような所。だが、少女はためらう表情をする。 「どうしたんだい?疲れてないの?」 「・・・だって、服・・・」 これだけで、少年は妹の言いたい事を理解した。どんなに小さくてもやっぱり女の子、直に座ってよそ行きの服が汚れる事を気にしているのだ。 ベンチの方を見てみるが、そこは人でいっぱいで座れる余裕はない。奥へ行けばあるかもしれないが、両親が兄妹を見つける事が出来ない。 少し考えた少年は妹の手を引き、先程自分が示した石垣へと向かった。 「お兄ちゃん?」 不思議そうに見上げる妹に笑いかけ、少年は自分がその場所に座ると妹へと手を差し出した。 「?」 「僕の上に座って。そうすれば、服は汚れないよ」 「でも、お兄ちゃんが疲れちゃう・・・」 「大丈夫だから」 兄の再度の促しに、少女はためらいがちに兄の膝の上に座る。 少年の手が落ちないように、妹の腰に回された。 そうして座ると、二人はまるでお人形さんのようで、そんな可愛い兄妹の姿とやり取りを周囲の大人達は微笑ましそうに見つめていたのだった。 「・・・あの後、父さんと母さんも笑っていたっけ」 くすくすと、少女は思い出し笑いをしている。 「疲れなかった?いくら、あの頃の二歳の差は大きいといっても、重かったと思うんだけど」 「アンジェリークは小さかったからね。・・・今でも、出来るけど?」 「え?・・・きゃあっ!」 キョトン、とした顔の妹の腰に青年は手を伸ばすと、軽々と抱き上げ、ソファに座っている自分の膝の上に乗せたのである。 一瞬、目を回し、堅く目を閉じた少女が気づいた時、目の前数センチの場所に兄の端麗な顔があった。 「ちょ・・・兄さん!?何なのよ、これぇ」 真っ赤になって抗議する妹は可愛くて、青年はくすくす笑いながら更にその細い体を抱き締める。 「あの頃も、こうして膝の上に乗っていただろ?」 「年を考えてよぉ。もう、恥ずかしいから、下ろしてってば」 「どうして?二人しかいないんだから、いいじゃないか。キスもしやすいし」 そう言った青年は一度、軽く少女の唇に触れ、そして深く求めた。 軽く髪を掴み、身動きできないようにしながら、深く、深く求める。 「・・・んんっ、・・・あ、はぁ・・・」 深く求められ、酸欠直前にまでなっていた少女は、解放された途端、大きく息をつき、酸素を補給する。 そんな様子にくすり、と笑みを漏らした青年は少女の体をソファに押し倒そうとしたのだが。 「あ!いっけなぁい、お鍋を火にかけたまんま!」 キスの余韻もなんのその、作りかけの夕食を思い出した少女は慌てて兄の腕の中から飛び出す。 「今日はね、昨日から仕込んでいたビーフシチューだから、楽しみにしていてね。・・・どうしたの?」 がっくりとソファに伏せっている兄の姿に、少女は不思議そうに訊ねる。 「・・・いや、なんでもないよ」 「そう?」 にっこり、と笑う妹に、兄は再び脱力する。同じ屋根の下、いくらでもチャンスはありそうなのだが、あまり妹に『恋人』としての意識がないため、どこかずれるのだ。甘い雰囲気になっても、あの妹は見事にそれをぶち壊す。 はてさて、この妹にしっかり『恋人』としての自覚は出来るのであろうか? ・・・それは、兄の頑張りしだいであろう。 END |