My sister〜お誕生日〜


「どうしよう・・・」
 強い意志が輝くサファイアの瞳が印象的な、栗色の髪の少女は心底困ったようにため息をついた。
「気持ちは分かるけど・・・でも」
 また、ため息。
「いくら、兄さんに直接渡せないからって、私に持ってこないでよぉ」
 少女の目の前には色とりどりにラッピングされた、様々な形の箱が山のように積まれている。
 その山を見て、また少女はふっかぁーいため息をついたのだった。

「・・・何だい、コレ?」
「兄さんへのプレゼント」
「・・・」
「睨まないでよ。しょうがないでしょ、先輩達に頭を下げられて、それで断ったりしたら私、明日っから学校へ行けなくなっちゃう」
「・・・アンジェリークは?」
「は?」
 山と積まれたプレゼントを睨み、それを持って帰った少女を睨んだ兄は妹の反論に、もう一つの自分の不機嫌の理由を言った。
「僕は、アンジェリークから何もお祝いを貰っていないんだよ」
「兄さん、そういうの嫌いじゃなかったっけ?」
 プレゼントの山と兄の鋭い視線を前に、平然と自分好みのハーブティーを飲んでいた少女はまじまじと目の前の冷たい美貌を見上げる。
 昔っからこの手のプレゼント攻撃にうんざりしていた反動か、物事を皮肉に見る性格故か、とにかくいつも冷めた反応しか見た事のない妹としては、青年のお祝いの要求を不思議に思うのも当たり前であろう。
「確かにこういう馬鹿騒ぎは嫌いだけど、何も全部が全部ってわけじゃない。アンジェリークからなら、何だって僕は喜んで貰うさ」
 ついっと指を伸ばし、少女の顎を搦め取ると上を向かせ。
「んっ」
 近づいてきた唇を少女は目を閉じて素直に受け止める。深く交わる事なく離れた唇が言葉を紡ぐ。
「で、本当にないわけ?」
 再度の確認に少女は呆れたようなため息をつき、飲み終えたカップを手に立ち上がった。
「今日の夕食をお祝いにしてちょうだい」
 台所に消える少女の背を見つめる青年の瞳には、どこか不穏な光が宿り、
「ふーん。もし、その夕食で満足できなかったら、他の形で貰うからね」
 呟いた言葉も、不穏なものだった。

 兄の好みは実に難しい。
 好きなものは?と聞けば、美味しいもの、と答え、嫌いなものは?と聞けば、不味いもの、と答える。
 好き嫌いがないといえば聞こえはいいが、ただ単に舌が肥えているだけなのだ。これは非常にやっかいである。たとえ簡単な料理でも上出来に作る事ができれば、兄は素直に褒めてくれるのだが、逆に失敗していれば箸もつけてくれない。
 幼い頃からそういう態度を兄にとられ続け、少女の料理の腕前は玄人はだしまでに磨かれている。その少女が腕を振るった夕食は十分青年を満足させたらしく、めずらしく熱心に箸を動かしていた。
「美味しかったよ、有り難う。それにしても、アンジェリークの料理の腕は随分上がったものだね」
 食べ終えた料理の食器類を洗いながら、少女は肩をすくめてみせる。
「そりゃあ、舌の肥えた兄さんに容赦なくしごかれたからね」
 妹の言葉にお茶を飲みながら、青年は首を傾げた。
「そうだっけ?」
「そうよ。ちょっと失敗したかなぁって思った料理は絶対、口にしなかったしそれどころかポロポロに言われたわよ。ま、おかげでこんなに料理上手になったから、今では感謝しているけどね」
「言ってくれる」
 苦笑しながら青年は飲み終えた湯飲みを少女に手渡し、少女がそれを片付けたのを見て取るとその体を引き寄せた。
「兄さん?」
 おとなしく引き寄せられるままではあったが、少女はその瞳に疑問を浮かべて兄であり恋人である青年を見上げる。普通、この状態になれば大体の事は察するであろうに、いまだ恋人としての自覚に乏しい妹は、ただただ不思議そうな顔をするだけである。
 だが、そのことに頓着するでもなく−その事にかかずらっていては、ちっとも先に進めない事を熟知していたこともある−青年は自分の思う通りに事を進めた。
 つまりは、少女の唇を求めるという行為を実行したわけである。
「ふ・・・う、んんっ」
 触れるだけでない、少女自身を求めるような深い口付けに青年の胸に当てられた手が震える。
「あ、はぁ・・・んっ」
 少し離れてはまた深く求められ、少女の膝が震えだす。
 膝が・・・腰の力が抜けてしまいそうな激しさに思考能力も奪われ、ただ青年の胸にしがみつく。
 そうして、やっと正気に戻った時・・・何時の間にか自分が兄の部屋に、しかもベッドに横たえられている事に気がついたのだった。
「に、兄さん!?ちょっと、何を・・・って、きゃんっ」
 驚いて飛び起きれば軽く額を押され、また倒れてしまう。更には兄に伸し掛かられてようやく少女は自分の状況の認識を確認した。
「うん、僕としてはやっぱりもう一つ、プレゼントが欲しいからね」
「だからって、今、するつもり?」
「別に構わないだろう?家事は全部済ませてしまったし、戸締まりもしてしまった。明日は土曜日だから、学校はない」
 次々と逃げる理由を封じられ、最後の青年の言葉に少女は完全に諦めた。
「それに、僕自身がアンジェリークを欲しいんだよ」
 と、言う言葉に。

 カーテンの隙間から入り込む光に、少女は暖かな腕の中でゆっくりと目覚めた。光の刺激に一瞬、瞼を閉じるがすぐに目を開く。
 額に感じる寝息に視線を向ければ端麗な美貌がドアップで目に飛び込み、ドキッとする。
 いい加減、この美貌に見慣れてはいるもののやはり、この超至近距離は心臓に悪い。特に今の体勢であれば尚更だ。
 時計に視線をずらし、そろそろ起きた方がいいことを確認した少女はベッドから出たのだが。
 ペタンッ。
 床に足をつけた途端、座り込んでしまった。
「・・・え?」
 しばらく何が起こったのか分からず、呆然としている少女に呆れたような声がかけられた。
「一体、何やってんのさ?」
「・・・兄さん」
 困り果てたように呼びかける妹に、兄は首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「・・・立てないの・・・」
 瞳を瞬かせた青年は次の瞬間、相好を崩し、床に座り込んでいる少女の体を軽々と持ち上げ、ベッドの上の自分の膝の上に抱き寄せた。
「や・・・ちょっと、兄さん、やだってば!」
 ベッドの上で、しかも兄の膝の上という恥ずかし過ぎる状況に少女はジタバタと暴れるが、そんなことで青年の腕の戒めが外れるはずもない。あまつさえ、胸の間に咲かせた紅の華に唇を寄せ、ペロリと舐めさえする。
「朝っぱらから、やだ!!」
 本気の怒りを伝える声に、青年はしぶしぶ行為を中断した。しかし、少女の体は抱き締めたまま、離す気はないとばかりにサラサラとした栗色の髪に顔を埋める。
「別にいいだろう?今日は休みなんだから」
 思いっきり不満そうな声に間髪入れず、妹は反論する。
「それで、一日中動けなくなるなんて、絶対、嫌よ」
 十分ある可能性なので不承不承、妹の要求を呑む兄だが、しっかりと唇を重ねる事は忘れなかった。
「いいプレゼントをありがとう」
 こっそり耳元で囁かれた言葉に、一気に首まで真っ赤になった少女は枕を青年の顔に叩き付けたのだった。

 そして、一抹の不安。

「まさか、今日のバレンタインもする気じゃないでしょうね?」
 妹の疑問に兄は甚だ不穏な笑みで答えた。
「さぁ、どうだろうね?」

 次の日もやはり、少女がベッドから出れなかったのは何故なのか、お分かりいただけるだろう・・・

END