Opera


瑠璃の髪と群青の瞳
女神のように妖艶な青年芸術家は微笑んだ。

青年の倍はあろうかという巨躯の男
彼と彼女の間に倒れた男は、胴と首を分断され鮮やかな赤い泉を床に溜めて絶息していた。
青年の手に在る鋼線を編んだマルスリボン

リボンについた赤い滴を払って振り返る。
カタカタと部屋の隅で震える愛らしい迦陵瀕伽。

「恐かった?アンジェリーク」

何事もなかったように側に寄る。
栗色の髪を指先で払うと覗く青白い顔。
青年の甘い罠にかかり、永遠にこの館から出る事を許されなくなった内気な性格の迦陵瀕伽。

「恐かった?」

意地悪く、繰り返す。
美しく独占欲の強い支配者を静かに見上げ少女は彼の首に細い両腕を絡める。
柔らかな感触、恐怖に震える鼓動。

「セイラン様・・・セイラン様・・・・・・」

誰にも渡せない愛しい少女。
白い頬に赤黒い痣を刻まれた想い人。

「もう大丈夫、安心しなよ」

震えが止まらない。
青年は軽すぎる華奢な身体を抱き上げる。
先程殺したばかりのその男は何十人もの綺麗な男性を快楽の為だけに殺してきた殺人鬼。
同性愛の趣向があったらしい。
世界各国の美姫を遥かに凌ぐこの青年を抱こうとするが、先に邪魔な存在を殺そうとした。
彼の愛しい存在を・・・・。

「あなたが傷つくのは・・・耐えられない」

殺戮に罪悪感のない青年に対して辛そうに呟く。
彼の見えない部分で流される血に激しい苦痛を感じながら・・・。

「お願いです・・・もう、人を殺さないで・・・・・」

「嫌だね。僕から君を奪おうとする邪魔者は排除しないと落着かないから」

「そんな・・・・・・」

「君を失うなら、いくらでも殺すよ。それとも君は、死に逃げて犯される様を見たかったの?」

乱暴に組み敷かれ
快楽を目的とした一方的な性交渉
絶命した少女を傍らに彼が纏うのは激しい鬼気
男は発狂して喜ぶだろう
その美しい姿が自分の下に在ることに・・・・

想像するだけでゾッとする狂気の一時

少女は激しく首を横に振った。
涙で濡れた部分に栗色の髪が張り付く。
否定する。見たくも無い異様な想像を

「違います!そんなんじゃありません!」

「ならいいじゃないか、終わったことだから」

許せなかった。少女の白い頬を殴ったその男が
殺意は簡単に芽生えた。引き金は少女の涙
護身用に常に有してたリボンを躍らせ首を絞めた

見た目を裏切る筋力が首をギリギリと絞める
情も容赦もない凄まじさは想像を絶した
絶叫はなかった。皮膚を切り裂く音もなかった。
当然だ。
それは効果音のない本物の死闘だから。

狂気の微笑みを彼女は見た。
自分を狂ったように愛し抱く手が血塗られる瞬間を
そして至る。残酷な終幕へ

殺らねば殺られる
厳しい生存競争をかけたそれが自然の摂理

わかっている。
しかしそれでも少女には耐えられない。

耳元で青年は囁いた。
理性を狂わせる魔を秘めた優しい声で

「大丈夫だよ・・・・僕は死んでも君から離れない。ずっとずっと君を護り続けてあげるから・・・・・・」

くすくす・・・・・・・くすくすくす・・・・・・・・・・

彼は少女を椅子に座らせ、床に転がる死体を一瞥し天井まであろう窓をゆっくりと開けた。

茂みの奥から餓えた山犬がこちらを見てる。

正確には二人に襲い掛かった不埒な侵入者だが。
凶暴な肉食獣は人にとって恐れの対象でも、彼の眼から見れば同じ森の住民でしかない。

「あれでよければ骨までどうぞ・・・・」

艶然と微笑して少女が座る椅子に近寄ると膝の上に自分を見上げるように彼女を座らせる。
青年や少女に対して仲間意識を抱く何頭もの山犬。
死神のような青年が椅子に座るのを確認して、彼らは飢えを満たす為に躍り掛かる。

邪魔な衣類を裂き、肉を食らい、血で渇きを潤す。
彼はそちらの方を見ようとしないで赤黒く腫れた痣が浮かぶ頬にそっと触れる。
渾身の力を受けたその個所。
触れた部分だけが灼熱を帯びていた。

ギリッ・・・口内に血の味が広がる。

青年はそこに白皙の美貌を寄せた。
真紅の唇から覗く鮮やかな桜色の舌を動かして腫れた個所を何度も何度も舐めた。

鼓動と同じリズムで響く鈍い痛み。

「セイラン様、痛い」

「大人しくしておいで・・・・・」

身体が熱くなる。歪んだ嗜虐性を秘めた彼の眼差し。
彼は求めた。少女の唇を。
指先がふくよかな胸と下肢に蠢き、小さな泉を刺激する。

「やっ・・・いや・・・セイラン様・・・・・」

喘ぐ声に薄く笑い、頬に唇を離さぬまま温かな聖域に沈んだ指先を動かして淫らにさせる。
何度も何度も責め立てて、ゆっくりと己を沈めた。

「ねえ・・・・って・・・・・・・」

求められる。

『僕ヲ癒シテ・・・・歌ッテオクレヨ』

胸に触れ、撫でる。
どこが苦痛を伴う快楽の場所か、指先は知っていた。

「さあ・・・歌ってよ・・・・・君の鎮魂歌を聞きたい・・・・」

脈打つ快楽に流され、迦陵瀕伽は歌う。

いつか聞いたOperaの歌手のように
顔半分を酸で焼かれた孤独な怪人に愛され、
          彼が死しても歌い続けた歌姫のように


終わらない。
終わることはない。

     彼に抱かれる前の頃とは違う自分が許さない

   望まれる限り歌い続ける。

天上の鳥、迦陵瀕伽に与えられた枷が外れぬ限り


〜 F I N 〜