SNOW ANGEL


 雪が降る
 聖なる大地に雪が降る
 世界を白に純白に
 静かに雪が染めていく

 白  純白

 それは少女の色
 天使の名を持つ少女の色
 何かに染まりそうで染まらない
 無垢で、しかし強い心の色
 何よりも少女に似合う天使の色

「わぁっ」
 目の前に広がった景色に、栗色の髪とサファイアの瞳の少女は素直に感嘆の声を上げた。
 一面の雪、純白、白に染まった世界。
 太陽の光を浴びて、それは宝石のように光り輝く。
 我慢できずに駆け出した少女の背に、滑らかなテノールの声が掛けられた。
「気を付けるんだよ、アンジェリーク。滑って転ばないように」
 振り返った少女は注意を促した蒼い髪とシアンブルーの瞳の青年にはしゃいだ声を上げ、両手に雪を掬ってみせる。
「大丈夫ですってば。それよりも、ホラ、見て下さいよ、セイラン様。この雪も、雪景色もすっごく綺麗!」
 明るい笑い声を上げながら、少女は子供のように掬った雪を空へと放り投げた。キラキラと輝く雪に、また少女は笑う。
「本当に君って子は・・・何時まで子供のふりをしているのかな?」
 平日であるにもかかわらず、少女を連れ出した感性の教官は無邪気に遊ぶ姿に苦笑しつつ、彼女に近づいた。
 近づいてきた青年に気づき、雪を放り投げるのをやめた少女は首を傾げ、満面の笑みを見せる。
 楽しくて、嬉しくて、試験で溜まっていたストレスがいっぺんに吹き飛んだ気分。自然と顔が綻んでいく。
「あぁあ、こんなに雪まみれになって。こんなところは本当に子供だね」
 自分で放り投げた雪によって、真っ白になっている少女の髪や肩から雪をはたいて落としてやる。子供扱いされても少女は怒ることなく、明るく笑った。
「だって、こんな景色を見たら、思いっきり遊びたくなっちゃいますもん。子供に帰ったって、いいと思いません?」
 栗色の髪についた雪を払いながら、青年は再び苦笑する。自分が何故、この日に連れ出したのか、まるで気づいていない少女に。
「君のそういう部分は、けっこう僕も気に入っているけどね、今日だけは少し引っ込めてくれないかな」
「セイラン様?」
「こんなに雪にまみれて。確かにアンジェリークは雪の白がよく似合うけど、すっかり体が冷え切ってしまっているじゃないか」
 青年の胸の奥深くに抱き込まれ、少女はキョトンと青年の顔を見上げた。
「今日は何の日だか、当然君は知っているだろう?」
 抱き込まれたまま、少女は青年の確認に素直に頷く。女王候補として選ばれるまでは普通に過ごしていた少女だ、知っていて当然である。
「よろしい。じゃ、これをあげるよ」
 シュルリ、といつも少女の髪を飾っていた黄色のリボンが解かれ、代わりに銀細工の髪飾りが栗色の髪に飾られた。涼しい銀色は栗色の髪によく映え、少女に大人っぽさを与えている。
「うん、よく似合う」
 自分の審美眼の確かさに青年は御満悦である。頭に手をやり、髪飾りを確かめた少女は戸惑い気味に青年を見つめ、疑問を口にした。
「あのう、これって、ひょっとして、セイラン様が?」
「そうだよ、僕のオリジナル。アンジェリークには銀が似合うと前から思っていたんだ」
「で、その・・・クリスマスプレゼント・・・ですか?」
「もちろん」
 即答する青年に、少女は更に困惑する。青年がこういったイベントを毛嫌いしているのを知っているから、尚更である。
「・・・セイラン様って、こういうの、お嫌いじゃありませんでした?」
 実際、出会った直後に何かの話で『くだらないね』などと青年が呟いたのを聞いた記憶があるのだ、少女には。だからこそ、今日も普通に過ごそうと思っていたのに、とんでもないフェイントだ。
「ま、確かに嫌いではあるけどね。どうしても、今日、君にあげたかったんだ」
「えっとぉ・・・その、有り難うございます。でも、私、こんなにステキなプレゼントを貰ったのに、何も用意していないんです」
「別にいいよ。ちゃんと別の形でもらうつもりだから」
「はい?」
 朗らかに言ってのけられ、少女は目をぱちくりさせる。一体、何を貰うというのだろうか?
「よく、聞くんだよ、アンジェリーク」
 青年は少女の両肩に手を置き、少女の瞳を覗き込んだ。躊躇いなく視線を合わせる少女に、自然と笑みが浮かぶ。
「僕が欲しいのはね、アンジェリーク、君自身だよ」
「私?」
「そう、君が。試験なんて、女王候補なんて辞めて、僕の側にいて欲しいんだよ」
 少女の両肩に置いた手を引き、青年は再び細い体を腕の中に閉じ込めた。
「僕は、アンジェリークが欲しい」
「セイラン様」
「答えて、くれる?」
 コツン、と額を合わせて聞いてくる青年に、少女は満面の笑みを見せ、青年に抱き着く。
「はい、セイラン様の側にいます!」
 幸せそうな少女の笑顔を見た青年も幸せな笑顔を浮かべ、抱き締める腕の力を強める。
「嬉しい、クリスマスプレゼントだね」
 自然に二人の顔が近づき、唇が触れた。
 これからのことを予感させる、優しくて幸せなキスだった。

 雪が降る
 クリスマスの日に雪が降る
 雪か似合う天使は
 最愛の人を見つけ
 純白の羽根を脱ぎ捨てた
 聖なる日に天使であることをやめた少女
 けれども、いつまでも幸せだった

END