Thunder Night


それはいつものデートと同じ庭園からの帰り道。
女王陛下の意志で気候管理されている聖地にも嵐はあるらしい。
激しい雨と風がのんびり歩いていた二人を襲う。
「やだ、セイラン様早く帰らないと…」
「もう遅いと思うんだけど…?」
どしゃ降りの雨の中女王候補寮に戻っていてはそれこそびしょぬれになってしまう。
セイランはアンジェリークを雨から庇いながら学芸館に駆け込んだ。
「結局雨はマシになるどころか、一層ひどくなったみたいだね。」
「っくしゅん!」
とりあえず乾いたタオルで拭いてはみたが雨を吸って重くなった服は確実に体温を奪った。
「仕方ないな…おいでアンジェリーク。何か着替えられそうな物を探してくるからシャワー浴びといで。ほら!」
セイランはガタガタ震えるアンジェリークの手をひくと私室に備え付けられたシャワー室へ向かった。
「とりあえず、体を暖めるんだね。」
「はい…」
タオルとバスローブを渡してドアを閉めるとセイランは再び私室で着替えを探し始めた。
窓の外では雨と風に加えてどうやら雷も鳴り出したらしい。空の唸る無気味な音が聞こえてくる。外は薄墨を溶かしたような空が広がり、時折稲妻が走る激しい音が嵐のひどさを物語っていた。
「……!」
バリバリという一際激しい音の後でバチンと何かが弾ける音がした。
その瞬間部屋中の照明が一斉に消えて辺りは薄闇に包まれる。
「停電か…。厄介だな。」
どうやら学芸館だけの停電ではなく聖地中の電気系統が一時的にマヒしているようで一向に回復する気配が感じられない。それにシャワー室にいるアンジェリークの反応が無いのでセイランは薄闇の中をシャワー室へ向かった。
「アンジェリーク?」
ドア越しに呼びかけても返事が無い。もう一度呼びかけて微かに声が聞こえたのでセイランはそのまま脱衣所に入った。
「なにやってるのさ、そんな所で…」
セイランの視線の先にはバスローブのまま床にへたり込んでいるアンジェリークがいる。
「セイラン様ぁ…今のなんだったんですか?突然電気が消えちゃって…びっくりして…」
「それで腰が抜けてしまったって訳?」
「だって、私暗いの苦手なんです〜!ほんっとにびっくりしたんだから。」
「子供みたいな子だなあ…それでも女王候補かい?」
アンジェリークの半泣きになりながら訴える様子があまりにも可愛らしくて、セイランはついつい意地悪な反応になってしまう。
へたり込んでいるアンジェリークを横抱きにするとセイランはさっさと私室を通り過ぎてそのまま寝室へ入った。
「セイラン、さま?」
「電気系統は多分今日中には復旧しないだろうけど、それでも寮に帰る?君が一人で寮の部屋で平気だって言うのならこれから送っていくけど。」
「う…セイラン様の意地悪!怖いって言ってるのに…」
うるうると潤んでいるアンジェリークの目尻にそっと口付けてセイランは心の中で呟いた。
−だって、このまま帰すなんて勿体無いじゃないか…−

「セイラン様、ロウソクとか懐中電灯とか無いんですか?」
「さあ…執務室の方へならあるかもしれないけど、一人で待ってるかい?」
シーツに包ってカタカタと震えるアンジェリークの髪を梳きながらセイランはうっすらと微笑んだ。
「いいえ、結構ですッ。」
口ではキツいことを言っていてもやっぱり怖いものは怖い。
最初は距離を取っていたのにいつのまにかアンジェリークはセイランにひっつく形になっていた。
いつもの勝気な瞳は何処へやら、不安げに潤んでいるアンジェリークの瞳はなんとも言えない不思議な魅力でセイランを引き付ける。意地悪な気持ちもあるにはあるのだが、愛しいという想いのほうが強くなっている自分に気づいてセイランは思わず苦笑してしまう。
空いたほうの手でそっと震える体を抱き寄せると耳元でそっと囁いてみる。
「一緒にいて欲しいって言ってごらん…」
「やだもん…」
ぷいっと横を向いて膨れるアンジェリークの頬をつついて額にかかる前髪をそっと払う。
額に口づけるとうっすらと頬が赤くなる。
「じゃあ帰る?」
ちょっと意地悪く囁いてみると、とたんに潤む青緑の瞳。
「…やだ…」
意地っ張りなアンジェリークは本当に可愛らしい。
ふうっと耳元に息を吹き込むとくすぐったくて身をよじるのがいじらしくて、そのまま耳朶を柔らかく噛むとアンジェリークの身体の震えがシーツ越しに伝わってくる。
「や…ぁ…っ」
唇から洩れる吐息を自分の唇で奪い取って、そっとシーツを取って震える少女をベッドに横たえた。
薄闇の中白い素肌が艶めかしい。
「んんっ…」
唇を割って侵入するとおずおずと応えてくれるアンジェリークがたまらなく愛しい。
はだけたバスローブの中に指先を這わせて、小さな蕾を弾くとそれだけで震える敏感な身体。
上気していく肌は滑らかで、上質の絹を思わせた。
「まだ、言えない?」
薔薇色の跡を付けながらもう一度尋ねると、アンジェリークの震える手がセイランの背中に回される。
「一緒にいて……」
吐息と共に漏れた言葉は掠れるような艶っぽい声。
「帰すつもりはさらさらないんだけどね。」
そう言ってセイランはもう一度深く口付けると愛しい少女をそっと抱きしめた。
「夜はまだ始まったばかりなんだから……」

嵐も雷も遠い世界の出来事のようで、二人の夜だけが静かに過ぎていく…


END