GOLDEN〜Green〜
貴方に会う為に私はここへ来たのでしょう ・・・・・貴方を守りたい・・・・・ 華やかな少女達の笑い声が響く。 一人は《女王候補生アンジェリーク》という金色の髪と翠の瞳の『可愛らしい』 との形容詞が似合う正真正銘本物の少女だが、もう一人は豊かさ司りし《緑の守護聖マルセル》という金糸の髪とラヴェンダーの瞳の『可憐』という形容詞が似合う 、実は幼さの残る男の子である。 子供っぽい笑顔は二人共通のモノで、マルセルが後ろから抱き着いているその姿 は恋人同士のと言うよりは、犬がじゃれて遊んでいるように見えた。 「でね!」 きゃいきゃいとしたマルセルのその雰囲気は、まるで宇宙を支える女王陛下を守 る剣であり楯である人知を越えた力を持つ守護聖の一人とはとても思えない。 「あ!ジュリアス様!」 多分王立研究所からの帰りなのだろう《光の守護聖ジュリアス》が二人の方へと向かって歩いて来るのを、二人は内心狼狽しながらも逃げることが出来ずに立って いた。 実はこの二人、揃ってジュリアスが苦手なのだ。いわゆる、『蛇に睨まれた蛙さん』、といった状態であろう。 ジュリアスが歩みを止めると、二人はそれぞれ流れるように礼をする。 「何時も言っていることだが、マルセル」 『あぁ、やっぱりぃ 』と内心思いながらも、マルセルは身を堅くして神妙にお説教を聞く。 「守護聖となって日が浅いとはいえ、お前も守護聖としての品位と落ち着きを持 たねばならん」 犬なら耳伏せシッポ垂れ状態のマルセルと冷厳な顔で『守護聖たる者の態度』を延々と説教するジュリアスの二人を見比べていた少女は、小さく吐息をつくとこの状況を打破する為に有効なあらゆる手段を脳裏に描くと、その中の一つを選び取り 、パンッと手を合わせて注意を引き付けた。 そして、不自然でない程度の明るい声で、 「マルセル様、今日は公園の花壇の手入れの日ではありませんか?」 「いっけない!そうだった!」 演技でも何でもなく、マルセルはそう言って口元に手を持っていく。マルセルの方は完全に失念していたらしい。もっとも、実はアンジェリークの方もほんのついさっきまで忘れていたのだが。 「早く参りましょう、私手伝いますから」 「本当?」 「えぇ、勿論です。ですのでジュリアス様、私達はこれにて失礼させていただきます」 優雅に一礼、サッとマルセルの肩に手を置いて押すと、手入れの為の道具の置かれている執務室の方へとアンジェリークは促す。 「花壇の花を愛でて心和む者も多かろう。早く行くがよい」 「では、失礼します」 足早に去る二人に、上手く逃げられたと分かっているジュリアスは、小さな小さな吐息をついた。 花壇の手入れをしながら、マルセルはアンジェリークにそっと言った。 「ありがと、助けてくれて。ジュリアス様のお説教って長いから」 「確かに、あれは長いですよねぇ」 心底からの長嘆息を少女は漏らす。飛空都市に来たばかりの頃、まだどうしたら よいのか分からなかった頃に、彼女もよく聞かされている。 それはもう、延々と・・・・・ 「でも、僕っていっつもアンジェリークに助けられてばかりだね。本当は僕がアンジェリークを守らなきゃいけないのに」 少女めいた美貌に暗い影を落としてマルセルもまた吐息を漏らす。自覚している分、少女に助けられている自分を情けなく感じているのだ。 アンジェリークのことが大好きなのに、守られてばっかりの自分が不甲斐ない。 「でも、いざとなったらマルセル様が、私のことを助けて下さるのでしょう?」 「勿論だよ!僕、アンジェリークが好きだもん!」 子供の素直さだ。だが、それは心からの言葉でもある。本当に本当に、マルセルはアンジェリークが大好きなのだ。 「絶対絶対、僕が守るからね!」 何処までも高く澄んだ空のように、その声は涼やかにアンジェリークの心に心地良く響いたのである。 何時ものように朗らかに、マルセルは女王候補生の住まう特別寮の一室の扉のチ ャイムを鳴らす。 「はぁい!」 「アンジェリーク、僕だよ。遊びに行こう」 すでに『勝手知ったる特別寮』である。 「お誘い有り難うございます。ちょうどクッキーが焼けたところです。おやつに持って森の湖に行きましょう」 少女の作るお菓子を好物とする少年は瞳を輝かせて少女の提案を受けた。 「早く行こうよ!」 一旦焼けたばかりのクッキーを取りに、少女がキッチンの方に戻るのを『わくわく』との擬音を背負って少年は待ち、少女が出て来るや否や少年はその空いた方の手を取ると駆け出す。 それはそれは嬉しそうに、朗らかに笑いながら。 「コケちゃいますよぉ」 「大丈夫、僕が支えてあげるから 」 「もぉ」 可愛らしくちょっと怒ったかのような声をあげる少女に、少年は晴れ渡った空に浮かぶ太陽のような笑顔を浮かべた。 緑色を好むマルセルは、同じように緑に囲まれた森の湖を好んでいる。その上、 今日はアンジェリークと出来立てのお菓子付きである。 「しゃぁわせぇ 」 「嬉しいです 」 二人は顔を見合わせて微笑み合う。 ・・・・・端から見ると、仲のよい女の子の友達が笑い合っているように見えるのは、何故なんだろう? 「あぁ、ほら、頬っぺたについちゃってますよ」 「ん」 ・・・・・保母さんと、手のかかる幼稚園児にも見える・・・・・ そんな和やかな雰囲気は、唐突に途切れた。 「人がせっかく美味しいお菓子食べていい気分になってたのにぃ!」 アナクロな黒装束に身を包んだ刺客に、マルセルの目が険悪な角度に吊り上がる 。 「全く、僕がいる時にアンジェリークを狙うだなんて、イイ度胸してるよね」 常に狙われる女王を守る楯であり剣である守護聖としての自覚はジュリアスが思っている程に薄いわけでは決してなく、マルセルとてちゃんと持っている。今は勿論女王のみならず、次期女王候補である少女達も絶対に守るべき対象だ。少年がた とえどれだけあどけなく可愛らしい顔立ちをしていようと、その心は楯にして剣たる者の強さをしっかりと確立している。 「ここは、森の湖。そして僕は緑の守護聖。ここで僕か、リュミエール様を相手 にしようなんて考えるのは馬鹿だよ」 『にっこり』 「アンジェリークに手だしなんて絶対にさせない。僕が絶対に守るんだ!」 この時、マルセルはアンジェリークが守るべき少年ではなくなっていた・・・・・ 絶叫に飛空都市の治安を守る守備兵を率いて主将《炎の守護聖オスカー》及びジュリアスがやって来た時には、決着はついていた。 言葉通りアンジェリークに指一本触れさせることなく守り切ったマルセルは、しかし流石に疲れた息を漏らす。 「怪我はありませんか?マルセル様?」 ずっと見ている守られている間中心配で心配で、少女は泣き出しそうな表情でマルセルに飛びつくように駆け寄る。 「うん、大丈夫」 「偉いぞ、マルセル」 「えへへ」 オスカーに褒められて嬉しそうにマルセルは笑うが、不意にその笑顔が凍りつく 。 「化け物!」 緑の守護聖であるマルセルのサクリアに従い、木の葉は鋭い刃、蔦は断ち切ることの出来ない縄となると、刺客達を殺さず捕らえるという離れ業をやってのけたのである。それを刺客は指して言ったのだ。 「・・・・・」 きゅっと唇を引き締めると、マルセルは後ろを振り向きもせずに走り去った。 「マルセル様!」 少女は追おうとして、その前に暴言を吐いた刺客の頬を白い手で思いっきり引っ ぱたいた。呆気にとられる人々の視線など意に介さず、翠の瞳が炎のように燃えている。 「マルセル様が『化け物』ですって!?人の生命をいとも容易くためらいなく殺そうとする貴方達にそれを言う資格なんてないわ!」 燃える瞳は、少女の心に宿る怒りの炎 「だから言ってあげる!化け物!」 揺るぎなく見据えて言い捨てると少女は少年を追って走り去った。 少女が少年を見つけた時には、嗚咽を噛み殺し、必死に涙を流すまいとまぶたを堅く閉じていた。それが、尚更に哀れを誘う。 「マルセル様」 「来ないで! ・・・・・そうだよね、普通の人達はあんなこと出来ない・・・・・」 肩を震わせて背を向ける。 「でも、その力でマルセル様は私を助けて下さいました」 少女はそう言って少年の前に回り込むと、抱き寄せた。背丈はそれ程二人には差がなく抱き寄せられた少年の顔が、少女の暖かな胸に埋められる。 「ふぇ・・・・・」 人肌の暖かさに少年は泣き出した。小さな泣き声が、段々と大きくなる。 「ごめんなさい。私のせいですね」 胸を締めつけられる泣き声にアンジェリークは呟く。 「違う!絶対違う!」 少女の胸の中で少年は幾度も叫ぶ。『アンジェリークのせいじゃない』と。 少女の赤いベストの背中を掴んでいる指に力が込められ、その為に出来た皺が深 くなっていく。 「マルセル様」 少女もまた少年の頭を抱く腕に力を込める。 この時、マルセルはアンジェリークが守るべき少年になっていた・・・・・ 「何をしている」 ひどく冷たい声が響いた。ジュリアスだ。 「女王候補を守り抜いたことは称賛されることだが、たかだか暴言ごときでなんという姿だ」 「ジュリアス様!」 非難の声をあげるアンジェリークの胸から顔を上げて、マルセルは叱責を受けた 。彼はジュリアスの言うことは正しいのだと思っている。 「如何なることがあろうと平常心を持たなくてどうする」 スッとアンジェリークが動いた。マルセルを庇う形で間に、鮮やかな翠の瞳を向けて毅然と立つ。 「そこを退け、アンジェリーク」 「いいえ!退きません!」 揺るぎない緑柱石ごとき瞳 凛々と響く金色の鈴のごとき声 他者を魅せる強い意志 「アンジェリーク」 サファイアブルーの瞳に力を込めてジュリアスはエメラルドの瞳のアンジェリークを睨むが、アンジェリークも全く引かない。 「心に傷を負ってそれを癒すことが何故許されないのです?」 きっぱりとした声で少女は言う。それは少女が常々思っていたことでもあった。 「誇りから生じる厳しさも確かに必要でしょうが、泣くことが不名誉なのだとは思えません。どんな小さな傷も癒さなければ、何時かそれが原因でもっと強い痛みをもたらすことでしょう・・・・・」 そっと一瞬足元へと伏せた翠の眼差しを、また恐れ気もなくアンジェリークはジュリアスに合わせた。 「他者に対する労りも持たずにただ相手に厳しさだけを求めるのはあんまりです !」 鮮やかに、少女の言葉が木々の間を駆け抜ける。 「マルセル様は豊かさを司る方、宇宙で最も豊かな心を持つ方でしょうが、マルセル様はまだ真実の意味で豊かさを持っているとは言えません。真実豊かな心とは 傷つくことでその痛みを知り、それを癒し、そのうえで他者に対する労りの心を知 り、傷ついた者を労ることを実際に実行することの出来る広い心を持った方・・・・・ マルセル様は故郷では愛され過ぎる程愛されて育ったと聞きました。ですから、まだその心は無垢で、痛みを実際には知ってはいらっしゃらない。だから、痛みを知った今から、その心は豊かになっていくのです・・・・・ そして痛みを乗り越えて初めてマルセル様は真実の《緑の守護聖》となられる筈です」 燃える瞳は心の強さを透かしている。 「行きましょう、マルセル様。失礼致します、ジュリアス様」 優しさのなかの強さを見せたアンジェリークに、ジュリアスもマルセルも、目が覚めるような思いであった。 「アンジェリーク、僕、きっと強くなるよ」 ぽつりと少年は言う。 「マルセル様?」 「本当の意味で、僕は《緑の守護聖》となって、今よりも強くなるよ」 二人歩きながら、少年は誓いの形に言葉を作り、少女は微笑して応えた。 「はい・・・・・ マルセル様・・・・・」 「どうなさったんですか?ジュリアス様?」 「オスカーか・・・・・ 心ある者を導くのは、同じ心ある者だけなのだな。そんなことを、私は今まで知らなかった。女王陛下があの娘を候補とした理由が、今 やっと分かった気がするぞ。・・・・・だが、私はあの娘を・・・・・・」 「は?何ですか?」 やっと追いかけて来たオスカーに、最後の呟きは届かなかったようだ。 「いや、行くぞ。曲者達の背後関係を調べなければ、またこのようなことが起こ る」 「は!」 アストレという薔薇がある。 ピンクの可愛らしいその薔薇だけは、マルセルにとって何故か特別らしくそれだけは何があろうと一本として譲ることを彼はしないのだが、その日マルセルは特に色艶形が良いものを選んで採ると丁寧にトゲを全て取り去り、リースを編んでいた 。 「マルセル」 「ジュリアス様!」 あんまりにも熱心に編んでいたので、すぐ側に来ているというのに全く気がついていなかったマルセルは、声をかけられると通常以上に驚いた声を上げた。 その時ラヴェンダーという花の色に似た瞳に後ろめた気な色が浮かんだことに、 ジュリアスは気がついただろうか? 「その薔薇は特別ではなかったのか?」 「えぇ、ちょっと・・・・・」 頬を染めて視線を逸らす。 「この赤いのを一本貰うぞ」 「あ、はい! ・・・・・って、そのまま採らないで下さい。トゲが刺さります よ」 「かまわん」 慌てて止めるマルセルにそう応えて無造作に一本採る。その際に細い血が指から 一筋流れる。深紅の花弁に負けない鮮やかなその色・・・・・ 「これくらい放っておいても治る」 さらりとそう言うと、ジュリアスは背を向ける。 何処か憂鬱気な雰囲気をまとっているように思えるのだが、それは何故なのだろうか? 「マルセル、あの娘を幸せにしてやれ・・・・・」 「え!?」 呟かれた言葉に、マルセルは目を見開いてジュリアスを見る。 「今日だけ、見ないふりをしてやる・・・・・」 その裏にある想いは・・・・・ 「早く行け。アンジェリークが部屋を出てしまうぞ?」 「はい!」 出来上がったリースを持って立ち上がると、白と金の背中に一礼して駆け去る。 憂いの表情で、ジュリアスは深紅の薔薇に吐息を零した・・・・・ 『アンジェリーク・・・・・』 「はぁい?何方?」 チャイムの音に反応して、パタパタと軽い足音と柔らかな声が廊下に届いた。 『カチャッ』 「今日和、マルセル様」 「今日和、アンジェリーク」 腕にピンクの薔薇のリースを抱いて、マルセルが硬い表情で返事を返す。 「大切な話しがあって、来たんだ」 「あの?」 何時もと違う雰囲気に、少女の態度も自然と変わった。 「・・・・・僕、アンジェリークが大好きだよ。アンジェリークを守りたいって 、そう思ってる。僕はまだ強くないけど、これから強くなるよ。だからお願い!僕と一緒にいて、皆のアンジェリークではなく、僕だけのアンジェリークになって! 」 必死な瞳で見るマルセルに、アンジェリークは極上の笑みを浮かべながら、翠の瞳から涙を零した。嬉しさのあまりに流れるその涙は美しい。 「嬉しいです、マルセル様」 「これね、父様が母様にプロポーズした時に渡したアストレって言うの。受け取ってくれる?」 少女は頷いてリースを受け取る。 「きっと強くなるよ、大好きなアンジェリークを守れるように」 「なら、私がそれまでマルセル様を守ります」 二人抱き締め合いながら誓い合う。 「大好き」 END |