GOLDEN〜Weater〜
貴方に会う為に私はここへ来たのでしょう ・・・・・貴方を包みたい・・・・・ 金糸の髪と緑柱石の瞳の《女王候補生アンジェリーク》 「初めまして、《水の守護聖》様。私はアンジェリークと申します」 可愛らしい純金の鈴を転がしたかのような澄んだ声が耳に心地良かった。 世界が彼女を残して崩れるような錯覚に、目眩がした。 まだ夕焼けならぬ朝焼けの時刻 赤く染まった空を見る瞳は深い湖色の宝石、流れる髪は清流のような不思議な色 、白と青を基調とした優雅な服と白い面を朝焼けが染めている。真紅に・・・・・ 「今日で七日目」 呟きは何の意味もない。思ったことがそのまま唇をついて出ただけのこと。 「訪ねて行っても迷惑にはなりませんよね?」 誰に向けられたものか、呟きは問いの形をしていた。 答える者はいない・・・・・ 優しい風に吹かれて草の葉が樹の枝が色とりどりの花が揺れる。 「おはようございます」 「朝早くからご苦労様です」 感じる空気は涼しいが春のもの。《緑の守護聖マルセル》が手を加えている花壇 に爛漫と咲くのも赤や黄、菫、白、更には絞り等のチューリップだが、少々離れた場所ではガーベラやマリーゴールドがお辞儀している。 「相変わらずお見事ですね」 「有り難うございます」 純粋素直な少年守護聖はそう言って立ち上がる。スッキリとした緑系の服の裾が 動きに合わせて揺れた。 「少し分けていただけませんか?」 「部屋に飾るんですか?」 「いえ、アンジェリークに」 「じゃあ、プレゼントですね? ・・・・・それなら・・・・・ ピンクダイヤモンド(チューリップ)と霞草、それともフリージアかマーガレット、薔薇に百合 、秋桜(コスモス)もいいし、何なら白詰草を編むのもいいな」 腕組み考え込んだマルセルだが、特別寮の花壇にも同じのがほとんどあるのを思 い出して眉をひそめた。『同じのよりは違うのがいいだろうし』と思いながら視線 を巡らせて、幾つかを示した。丹精込めて育てた花だ、出来る限り喜んでもらえる モノがいいに決まっている。 「特別寮には桜の木しかないし、白い雪柳や、紅の梅、赤い椿、紫のライラック 、ピンクなら百日紅、香りなら金木犀や桃、アーモンドも捨て難いですね。一枝だけ贈るのもいいんじゃないでしょうか?」 「そうですね。・・・・・では、あの白い花の枝を一本いただけますか?」 助言に頷き、銀青の髪を優しく揺らせた青年の繊細な指が指し示す。 「ちょうどいいですね。アレの花言葉は」 白く可憐な花が集まってまるで毬のようだから、 「小手毬、花言葉は『努力』だそうです」 「有り難うございます」 それは嬉しそうにさっそく甘いバニラエッセンスの香りをまとった少女は花瓶に 小手毬を生けると、ベッドサイドの小さなテーブルに置いた。 「飛空都市での生活には慣れましたか?」 勧められた椅子に座りながら青年はそう聞いた。続きの簡単なキッチンにティー セットを取りに行った少女は元気に答える。 「皆様方がよくして下さるので」 テキパキとお茶の用意をする少女《女王候補生アンジェリーク》に慈しみの眼差 しを向けていた《水の守護聖リュミエール》は流れて来た紅茶の香りから、 「クィーンマリーですね?」 「はい。ロザリアが分けてくれたんです」 「仲がいいのですね」 「ロザリアから見た私は、とっっっっっても無防備で放っておけないのですって 。だからとっっっっっても、気にかけてくれるんです」 無邪気で無防備で、可愛い可愛い笑顔で少女はそう言った。 揺れる紅茶のヴェールを挟んで、リュミエールは幸せそうに微笑んだ。嬉しくて 仕方なかった。 ・・・・・愛しくて、仕方なかった。 着実に時は流れて様々な変化が知らぬうちに降り積もっていく 永遠に溶けぬ真白の雪の如く とこしえに消えない薄紅の桜の如く 響いてきた声に、リュミエールはバルコニーへと出ると、微笑んだ。 「こんなとこで寝ると風邪をひいてしまいますよぉ 」 木陰で穏やかな寝息をたてて眠りこけている少女に、守護聖一の知識の持ち主《 地の守護聖ルヴァ》が声をかけている。『心配でたまらない』、そんな表情と動作 は、こういっては何だが、けっこう可愛かったりする。 「起きて下さいぃ 」 「寝かせて差し上げましょう、ルヴァ様」 「リュミエール」 ふわりと風に髪を揺らめかせ、リュミエールは薄い肩布を外すとかけてやる。愛 し気な優しい眼差しを向けながら、そぉっと・・・・・ 「頑張り過ぎていて、心配な程のアンジェリークです。今くらいは」 「・・・・・分かっているんですけどねぇ。このままじゃ風邪をひくんじゃない かと心配で心配で」 ハァッと、大きなため息をつくルヴァの様子にリュミエールは引っ掛かりを覚え たが、何に引っ掛かりを覚えたのかよく分からず、首を傾げ、そして、 「ルヴァ様は、アンジェリークのことをよく見ているのですね?」 何の含みもなくリュミエールは問いかけた。 「あ?あ、あぁ、あぁ!その、育成帰りによく見かけるもので」 何処か慌てた風情に訝しみながら、リュミエールは言葉を紡ぐ。 「そうですね。何時も遅くまで部屋の灯が消えていませんものね」 「そうですよねっ!頑張ってますよねぇっ!」 はぐらかすような響きを含んだ声だったけれど、それを問いただす気は起きなか った。 ・・・・・問うことが、怖かったのかもしれない。 そして、初めての女王謁見の儀 守護聖による女王候補の資質に対する意見は、ロザリア二名/アンジェリーク三 名/態度保留四名との結果により、少女は女王より御言葉と力を与えられた。 「頑張ります!」 元気に応える金色の髪の少女の姿を、二人の視線が暖かく包んでいた。 少女は変わっていく。 その素直で無垢なその心のままの美しさを身につける。 人々の愛情を受けて、受け取った以上の愛情を返す少女 その心は風のように軽やかで、大地のようにおおらかにして豊か、炎のように強 く、水のように柔軟、七色に輝く安らぎの光を持った至高の魂 見る毎に愛しくてたまらなくなる、惹かれ続けてしまう不思議な少女 「はぁい、今晩和」 「今晩和、オリヴィエ。いい月夜ですね」 夜の女王然と輝く銀の月に誘われて、庭園でハープを爪弾いていたリュミエール は艶然と微笑む《夢の守護聖オリヴィエ》に声をかけられた。 「アンジェリーク、もう少しで試験が終わっちゃうみたいだね」 「えぇ、そうですね。・・・・・どうかなさったのですか?」 何時も明るいオリヴィエの美貌の、何故か影を持った雰囲気にリュミエールは柳眉をひそめた。 形にならない嫌な予感? 金色の少女に? でも、どうして? 「アンジェリークを女王にしたい?リュミエール?」 「は?」 突然の問いかけに、彼はうろたえる。 確かこの人物は試験当初から少女をまるで妹のように可愛がり、愛していた筈だ が? 「あの子を見てると楽しくなるのよねぇ。妹みたいな?そんな感じで、さ・・・ ・・ だからあの子を女王にしたくないのよ。女王になったら今みたいに気軽に声 もかけらんないでしょ?」 彼はそう言ってそっと、小さなため息を一つ零す。 「アハ、ゴメンね。せっかくのいい月夜だってぇのにさ。・・・・・さぁ、夜更 かしは美容の敵!オヤスミ、リュミエール」 『bye−bye』と手を振って消えたオリヴィエの言葉を、自分の中で何度も 繰り返し、類い希なるハープの名手は苦し気に目を閉じた。 考えもしなかった未来に、失ってしまうかもしれない大切な少女を想って、胸が 痛くて仕方なかった。 己の奏でた音色に引き寄せられて、この会話を聞いていた人物がいることなど露 とも知らずに、彼は丸い月に想い人の姿を描く。 「アンジェリーク」 側にいて下さい、私の側に 咲いて下さい、私の為に 他の誰の為でなく、私の側で 貴女だけを、愛してる パタンと小さな音を立て、彼は膨大な本の量を誇る書庫の如き執務室の扉を閉め る。 今見た、聞いた言葉は、彼に一つの仮定を肯定する材料として説得力があり過ぎ た。 「私は、貴女を失うのですね」 『たとえ、女王になろうとなるまいと』 呟きは、彼の心に乾いた音を立てて落ちた。 この時程に、彼は己の性格を恨めしく思ったことはなかった。 同じ想いを同じ少女に捧げる者の、その想い故の悩みを何故自分が聞かねばなら ないのか・・・・・ 「この想いは、抱くことが、悩むことこそが罪・・・・・ 女王候補にこのよう な想いを抱き、悩むのは手に入れたいと欲するから。・・・・・それでも、たとえ 罪と分かっていても、私は!」 激情に、声が掠れている。 「あぁ・・・・・」 深い絶望の狭間で揺れる心は優しすぎる・・・・・ 容易く壊れてしまいそうな程に、その心は、弱すぎる、脆すぎる・・・・・ 見て、いられない・・・・・ 「・・・・・」 想い描くは金の天使 愛しく想う天使のような少女 向けられる素直な好意・・ ・・・ しかし、それは彼の望む愛情ではない。最も近しいのは子が親に向けるような、 そんな愛情で、彼の心は悲しい色に染まる。 時間をかけて、少しずつ自分を見てくれるように努力するつもりだった。 その決意は、しかし、ともすれば波にさらわれる砂の城のように脆く崩れていっ た。 少女の想いが何処にあるのか知っていたから。 そして同じように、最初から、知っていた。多分自分は知っていた。リュミエー ルの少女に向けるその眼差しの意味を・・・・・ だけれど、自分だって彼女を愛していた。 儚い望みは捨てること叶わず、この身を縛る枷のようだ。苦しくて、苦しくて、 彼は自分こそが救いを求めていることに気がついた。 その救いは、一番確実なその方法は・・・・・? 「想いを断つ術はないのでしょうか?彼女が明日にも試験を終了してしまうかも しれない恐怖に脅え続けて・・・・・ 愛しいと想う心こそが枷となり、その枷の もたらす苦しみすらも甘美とし、そして、狂うように彼女を求めて、何時か愛して いると想うこの心を見失う前に、断つ術はないのでしょうか!?」 『このままでは、彼女か己の死を望んでしまう』と、自身気づかず涙を流し続ける《水の守護聖》に、徳高き《地の守護聖》は哀しい吐息をついた。 メビウスの輪のようなその想い故の絶望を、最も早く癒す為に。 「願うことは、罪ではありませんよ」 自身の叶わぬ恋を、自分自身と目の前の青年の為に、彼は断ち切った。 それが、多分一番早く絶望を癒すことになるのだろうと、分かっていたから。 彼女が誰に向けるのであれ、笑っているれば、彼は自分が救われると、分かって いた。 彼女の視線のいく先も、彼は前から知っていたのだから・・・・・ 幸福な吐息を少女は零す。 柔らかに渡る風 奏でられる自然の調べ 暖かな優しい腕の中で、戸惑い迷う心が封じていた想いが、恋をした愛しい相手 の中へと染み渡っていくのをアンジェリークは感じた。 ずっと、想っていた。優しすぎるこの人を・・・・・・ 「貴女を愛しています」 呟かれ囁かれ続ける言葉に、閉じられたまぶたの端から幸せな涙が零れた。 「泣かないで、泣かせたいわけではないのです」 『どうか笑って下さい。私の為だけに・・・・・』と、抱き締める腕に優しい力 を込めて彼は囁く。 浮かべられたそれは、魅せられ続ける天使の・・・・・ 「私は、貴方を包みたかった。優しすぎて傷つきやすい貴方を、私は守りたかっ た」 潤んだ瞳は翠 浮かぶ心からの愛情、想い 「私も守りましょう、貴女の心を。私の側で、私の為だけに微笑んで、私を包ん でくれますか?」 ただ、もう頷くだけの少女の頬に手を添えて、彼は儀式を催す。 「愛しています。最愛の貴女」 触れ合う互いの唇に誓いを織り込んだ・・・・・ 「アンジェリーク」 END |