花盗人

花盗人


 それは華だった
 どんな華よりも美しい  艶やかに咲き誇る華だった

 金色のふわふわ髪が朝日に赤く染まって朱金  翠の瞳が朱色に染まった全身の中で唯一その鮮やかな色を保っている。
「おや?」
「あ、おはようございます」
「はい、おはよう」
 無邪気な笑顔につられて、思わず『にっこり』と極上の笑顔を返してしまった青年は一瞬の空白の後に問いかける。
「随分早いですが、どうかしましたか?」
「え?えぇとぉ・・・・・」
 『えへっ』とごまかし笑いを浮かべる少女に、青年はごまかされそうになる。ついつい思わず『あぁ、やっぱり可愛い』なんぞと思ってしまうのだ。
 深呼吸一つ、気合をいれないと何も言えずにただ見つめているだけになってしまう。
「・・・・・ふぅ。で、どうして?」
「あぅぅぅ」
 少女《 アンジェリーク》 は相変わらず子供っぽい。空に浮かびし飛空都市にて宇宙全てを支える偉大なる女王の後継者としての試験を受ける《 女王候補》 の片割れであり、いまやその無垢さ無邪気さで愛されている少女らしいといえばらしすぎるが。
「どうしました?」
「その、湖に流れ込む滝にお祈りしようと思いまして。でも、昼間は誰かがいるから、この時間じゃないと」
「この時間に、誰か来ると思いますか?」
 呆れて言うと、少女は『にぃっこり』と笑った。
「リュミエール様は?」
「・・・・・」
 確かに、その通りだ。青年《 リュミエール》 は沈黙する。彼は女王候補に力を貸す為共に飛空都市に住まう九人の守護聖の一人《 水の守護聖》 である。守護聖一の優美な姿は女性と見間違う程だが、光彩の加減で時折緑に見える湖水色の瞳に確固と存在する強い光に彼の芯の強さが現れているよう。
「今日はもとより日の曜日、随分早いですが、一緒に過ごしましょうか?」
「はい」
 無邪気に少女は頷いた。

 何時の頃より惹かれていたのか定かではないが、金色の天使のような少女をリュミエールは特別な存在としていた。たとえ恋したとて常人との時の流れの差は如何ともし難く、恋することを意識的に避けていた彼の心を見事なまでに掴んで離さないかの少女は、想いが叶えば同じ時の流れを歩くことが出来る希有なる存在。言い出す勇気を持たぬが故に、それ以上の罪の意識故に、彼はそれを露程も出さずに少女の側にただいることを優先させているのだが、彼の想いを知らない天使は困った行動を多々起こす。
 たとえば・・・・・
「リュミエール様っ」
 『っ!』
 声にならない声が漏れかけ、不思議そうに自分を見上げてくる翠の瞳に多少引きつった顔が映っていることに気がつく。
「今日和、アンジェリーク」
 瞬間的に早くなった息と鼓動を整え、何時もの自分を取り戻すと彼はえも言われぬ程の薫り立つような優雅さで小さく首を傾げながら少女に挨拶を述べる。
「今日和!」
 少女は朗らかに笑って応えた。彼の男性としては細身の腕に飛びついたままの格好で。
「ルヴァ様がお茶をいただくので、リュミエール様も如何ですかって」
 形良く膨らんだ柔らかな胸の谷間辺りに彼の腕がしっかと当てられて、心臓にとっても良くない。その上こう近づかれては、少女の髪から薫る甘い香りが余さず感じ取れて、思わず抱き寄せて頬を寄せたく、口づけたくなってしまう・・・・・
「ね、リュミエール様、行きませんか?」
 煌く鮮やかな翡翠色の瞳が真っ直ぐに彼を見つめる。『早く行きましょう』と誘う瞳の光が、一瞬毎に強くなっていくところが尚更可愛らしい。
「えぇ、参りましょうか」
 愛おしすぎる少女から腕を外すと、『ふんわり』と彼は微笑んでその華奢な肩に腕を回す。本当はもっと抱き寄せたいけれど、あんまり近づき過ぎては少女に不審がられるだろうし、自身の理性の楔も限りなく無に近くなる程低くなってしまうだろう。
「アハッ」
 無邪気に少女は彼を見上げて笑った。信頼しきった笑顔で。

 一人部屋にいる時に、どうしてもこの頃思ってしまう。
『何時まで理性がもつだろう?』
 真剣にそう思う程に彼の神経は摩滅しまくっている。
 子供っぽい愛情表現でしなやかな身体を押し付けられ、その人懐っこさから他の守護聖達にも懐きまくっている姿に嫉妬して、少女を好きになったこと、かけら一粒とて後悔していないのだが、神経の休まる時がないことだけが、苦痛である。だがしかし、その苦痛すらも、時に甘美と思う程に、彼は少女を愛してもいる。
『いっそ決着つけようか?』
 とも思うのだが、想い届かなかった時が怖くて・・・・・
「あぁ・・・・・」
 そして今夜も眠れない・・・・・

「リュミエール様」
 小高い丘で、可憐に揺れる花を丁寧に一つ一つ編んでいた少女が嬉しそうに微笑んだ。
「ごきげんよう」
 隣に座ると春の微笑み浮かべ、少女は編み終わったばかりの冠を見せた。
「えへへ、上手く出来たんです」
「えぇ、とても上手ですね」
 風に揺れる髪から咲き誇る花とは違う甘い香りが届く。心の奥が疼くような、甘い香りの源は、少女しかいなくて。
「ね、リュミエール様に差し上げます。受け取っていただけますか?」
 翠の瞳に好意の煌き
「有り難う」
 風に囁き乗せて受け取れば、白い指先に己のそれが触れる。
 跳ね上がる心臓の鼓動
「知っていますか?人は誰でも、知らぬうちに『盗っ人』になるのだそうですよ」
「ほぇん?」
 無邪気に首を傾げる姿は文句なしに愛らしく、抱き締めたいと想う心を押さえ付けるのに苦労してしまう。
「心の奥に咲かせた華を、盗むのですよ」
「・・・・・では、リュミエール様も誰かの花盗っ人ですわね?」
「そうかもしれません」
 二人優しい笑い声を上げ、
「でもね、アンジェリーク、私は自分の意志で、欲しい華があるんです。私の華を盗んだ人のを、ね、欲しいのです」
 『きょとん』とした少女の表情に、彼は薄く笑って言った。
「世にも稀なる朱金の華を盗みたいのです」
 声に、眼差しに、魔法をかける。その心を搦め捕らえて、虜にしようと。
「野に咲く名もなき花のように健気で、山の頂きに凛と咲く白百合の様に清らかな、世にも稀なる大輪の華。この世でたった一輪のその華を、誰かが手折る前に私が、欲しいのです」
 手を差し伸べる。他の誰でもなく、彼女へ。
「暁を弾いて、朱と金の光を放つその華を」
 心からの想いを込めて。
「私にいただけませんか?手に入れば、この生命有る限り、慈しみ愛します」

 沈黙は罪
 それこそが罪

「・・・・・フラれて、しまいましたね」
 ほろ苦い想いが、砕けた恋が、痛い。引き寄せた指を胸元で握り締め、自嘲の笑みを浮かべる。愚かな望みに身を任せ、どうして彼女の向けてくれる純粋な笑顔に、無垢な好意に満足しなかったのかと、自分のことながら呆れるばかり。
「そんなことないです!」
 慌てて真っ赤に頬を染めた少女が思いっきり首を振る。見れば、頬どころか首筋まで赤くなっているようだ。
「私はリュミエール様が好・・・・・」
 勢いそのまま言葉に。最後の最後で恥ずかしさに沈黙した。
 どうしていいのか、こんなこしは初めてで、分からず二人は居心地の悪い沈黙に身をよじる。
「あっと、その」
「えっと、その」
 二人揃って顔が林檎かトマトである。そして、これまた二人揃って落ち着こうと深呼吸している姿は、微笑ましい。
「アンジェリーク?」
「は、はいっ!」
 正座して背筋を伸ばす少女の姿の愛らしさに、彼は華奢な手でそのふっくらとした頬を包み込む。
 顔を近づけて、
「愛していますよ」
 瞬間 『ポッ』と顔を赤く染めるのが、尚更愛らしい。

 その心のままに、初めての口づけを送る。
 決して罪を問われぬ可愛い泥棒に

「私の『花盗っ人』さん」

END