雪月花〜恋に堕ちた者〜
雪が降る 翠に煌く宝石に影落とすも必然の如く 月が振る 金の輝き返す糸の上に落ちるも当然とばかりに 花が振る 翠の至玉と金の絹に優しく淡く夢の如く幻とばかりに 雪降る野原に舞い降りたる天使 恋した 瞬間 《女王候補アンジェリーク》 輝く金の髪と澄み渡った翠の瞳の愛らしい少女 《彼》が想いを捧げる唯一の存在 歯車は、一体何時から巡り出したのか?恋した瞬間の喜びと絶望の比重は全く寸分狂いもなく同じで、だからこそ、尚更愛おしい・・・・・ 貴女を愛している 光を受けて輝く少女が手を伸ばせば触れられる処に存在する。 自分ではどうしようもなかった、あの方の心を憩わせるたった一人の奇跡の天使 思えば、それが鍵であったのか?誰にも平等に向けられる笑顔でありながら、かの方に向ける笑顔だけが、心に突き刺さった。自問すればする程に苦しい想い、それこそが恋であると認めるのに幾度太陽と月が巡ったことか?その時間が無駄だとは思わないけれど。 「リュミエール様、リュミエール様」 『うっとり』 魅入られていた彼《水の守護聖リュミエール》は、可憐なその声に自分を取り戻すと−微塵もその素振りは見せないが−慌てて首をゆるりと傾げた。 「はい、アンジェリーク?」 「どうかなさいましたか?ぼんやりしておいでで、つまらないですか?」 泣きそうな瞳の少女に、彼は安心させるように微笑んだ。 「まさか、そんなことある筈ないでしょう?」 これ以外の答えの場合、彼女は二度と自分を誘いに来てくれなくなるかもしれない。愛しい相手から避けられて、嬉しい筈もない。共に居たい、側に居たい、ずっと永遠見つめていたい。 『こつん』 額を軽く合わせる。瞳間近に合わせて微笑めば、少女もまた心底微笑む。 『愛しています』 それは言葉ではない言葉 久遠の時の河の水底に沈める言葉 世界に対する罪の言葉 「リュミエール様、私」 紅をさす必要もない可愛いチェリーピンクの唇が震えて一つの言葉を形作ろうとするのを、彼は首を傾げながら見た。 好意のかけら煌く翠の瞳 『とくん』と心臓の鼓動が跳ね上がる。多分それは期待だ、あり得ない。 「私、私!」 「昼間っからラヴシーンかい?」 からかいの言葉に、少女が慌てて離れる。少女に意識を集中していたこともあって全くその気配に気がつかなかった青年は、少女が離れたことに一抹の寂しさと、せっかくの二人っきりを無粋に邪魔した存在故に何処となく不機嫌そうな態度と声で言った。 「何の御用ですか?」 何処となくつんけんした印象の拭えぬ声に《炎の守護聖オスカー》は答える。 「別に、ちょうどいるのが見えたから声をかけただけだ」 瞬間的に『かけるな!』と、叫ぶのを何とか押え込んだ。生来争い事は好まず、どちらかといえば気弱な方だと評されていたが、自身でも驚く程に彼女が係わる事柄であれば決して譲らぬ覚悟の自分を見つけた。 「馬鹿ねぇ。デートしてるのくらい分かったでしょうに、口出してどうすんのよ」 太陽の光に綺羅綺羅しく輝く美貌の男性が呆れ口調で言った。いま一人に比べれば、随分と好感を抱く人である。外見が外見なので一見軽そうだが、真実を誰よりもしっかりと見抜く素晴らしい人だ。 「お前はどうなんだよ?」 「別に口出さずに行こうと思ったわよ。そしたら、あんたが口出したでしょ?だから私も口出したのよ」 軽口を叩き合う間柄であるオスカーに、何時も通りの言葉を投げつけたのは《夢の守護聖オリヴィエ》であった。 「お二人共どうしてここにいらっしゃるんですか?」 不意に投げられた問いに、二人はほぼ同時に答えた。 「研究所帰り」 「美容院帰り」 空にありし飛空都市は中央にある公園に全ての道が集中してはいるが、当然だが細い道が他に存在し、ちょうど二人がそれぞれが使った聖殿に帰る近道から少々開けた野原が見えたらしい。 「そうでしたか」 にこにこと笑って野原に座り込んでいる少女は二人を見上げる。 「そろそろ暗くなっちゃうから、リュミエールに送ってもらうのよ」 少女を妹のように可愛がっているオリヴィエの台詞である。 「勿論です」 当然とばかりにリュミエールは頷く。出来るならば片時とて離したくないのに、少女を一人寂しく帰すなど、冗談ではないというものである。ちゃんと安全に送り届けてそれを確認して、そうしてからでないと、自分は心配のあまり眠りの安らぎを享受出来ない。 ソレ、に誘ったのは絢爛豪華なオリヴィエであった。 「いいワインがあるんだけど?」 あまり酒類には興味はなくせいぜい嗜む程度ではあるが、オリヴィエが好むワイン類はそれ程アルコール度は強くなく、どちらかといえば好みである。それに、昼間少女が言いかけた言葉が気にかかってどうにも眠れない。安眠の友を分けてもらうのも良いだろう。 「よろこんで」 「珍しいですね。貴方が夜更かしだなんて」 軽く笑いを浸して言葉を紡げば、彼もまた同じような笑みを形作る。 「そうそう何度もしてたら身体の為にもよくないけどさ、ごくごくたまぁにしたくなるのよねぇ。カティスが残してってくれた、これを飲んでさ」 「あぁ、やはりそうでしたか。この香りと味は、カティス様の好んでいらっしゃったのと同じだと思ったのですが」 「流石はリュミエール、よく出来ました。カティスがここを出て行く時に、何本か頼んでもらっといたの。私もこのワインは別格的に好きでさ」 明るい口調に変化はないが、何やら深みを持った声に違和感がある。他の誰にも自分を見せることなく生きていこうとしているオリヴィエらしくもなく、心が垣間見えるような言葉。一体どうしたのだろうか? 「どうかなさいましたか?」 「うーん?ちょっちね、噂を聞いて、ね。あんた可成アンジェリークに入れ込んでるしさ、共同戦線引けないかなぁって」 「はぁ?」 『アンジェリーク』との単語に可成心引かれたが、『共同戦線』とはどうしたことなのかと、世界で最も優しき青年は思った。 「あんたねぇ、オスカーの馬鹿がこの頃けっこうマジにアンジェリークにちょっかいかけてんだけど、知らなかった?」 「全く、知りませんでした。本当ですか?」 「うん。アイツの手ぇ出すタイプじゃないからって、安心してたんだけど、難関突破に命賭けてるような男だから」 ため息を零すオリヴィエ。 「アンジェリークみたいな純真無垢な子より婀娜っぽい女が好みのくせして・・・・・いや、だからかな?たまには違うタイプと思ってコナかけてひっかからなかったから、マジになったのかも」 理由なんぞどうでもよかった。 「で、私に何をしろと?」 「あぁ、そうね、ゴメン。アンジェリークのこと、今よりも気をつけてあげてくんないかな?」 「入れ込み具合は同じくらいですね」 言葉の端々からにじみ出る愛情に、彼は何処となく冷めた声で言った。 「当然よ。言ってなかったっけね。私一人っ子だったから、アンジェリークが理想の妹像とぴったり一致しちゃって、可愛くって可愛くって」 確かに、彼がかの少女に向ける笑顔も何もかも、すべては愛しい妹に向ける穏やかな愛情であった。一瞬でも暗い思いに捕らわれた我が身が信じられない。これも、恋故なのだろうか?暗く底のない奈落に落ちるような、この思いも、恋をしたからだろうか? 「分かりました。気をつけましょう」 「ヨロシクネ」 冬だった。雪の降る夜だった。雪は彼が司る水の結晶体であれば、その繊細な美しさが気に入っていた。 その日も特に何をするわけでもなく、気の向くままに歩いて行っただけであった。 そして 雪の妖精を見つけた そして 恋をした 一目惚れだったのだ。いままで過ごすうちに知った無邪気な天使ではなく、汚してはならない永遠の少女のようなその側面を見つけて、そして、恋に堕ちた。 そのことに気がつくまでの葛藤は言い表すことなど出来ない程だった。 だからこその受け入れた瞬間のその解放感 喜び そして絶望 彼女は触れてはならない聖なる後継者なのだから・・・・・ 「何ですって?」 信じたくない言葉 聞きたくない言葉 だのに、聞き返すのは一体何故だろう? 「だぁかぁら、お嬢ちゃんにキスしたら逃げられたんだってば。結構脈があると思ったんだけどなぁ」 『ブチリ』 理性が両断された。 『殺してやる』 殺意が燃え上がる。 無意識に握り締めた拳、明確な殺意に震えているソレ。 「リュミエール」 止めたのは年上のオリヴィエ 何時の間にこれ程側に来ていたのか? 「アンジェリークの処に行って」 押し殺した声に、同じく細い声で答える。 「何故ですか?」 「きっと泣いてるわ、あの子。だから行って。私はコイツに用事があるから」 愛しんでいる妹分に対する仕打ちに、可成キているらしいオリヴィエに睨まれて、オスカーが後ずさる。剣呑なその眼差しはオスカーすらもたじろぐ程であったのだ。 「分かりました」 怒りはたやすくすり替えられ、少女を案じる感情に。優しく繊細な心の主でもあるかの少女は、きっと泣いているだろう。 「頑張っといで」 そう囁かれた気がしたけれど、確かめる暇も惜しんで少女のいるだろう少女の部屋のある特別寮に向かって駆け出した。 来訪を告げるチャイムに少女の応答がない。いることは分かっているのだが、どうしたものかと考えながらノブを回せば、呆気ない程簡単に開いた。 「アンジェリーク、何処ですか」 ためらいながら部屋に入った彼は、辺りを見回す。簡単な造りの部屋は、たやすく少女の居場所を教えてくれた。 水の流れる音 シャワールームだ 流石に入るのは失礼の極みで、青年は立ち尽くす。 と、類い稀な琴の名手は、シャワーの音と泣いている少女の声を聞き分けた。鋭敏な聴覚を持つ彼なればこそ分かるか細い、今にも消えてしまいそうな泣き声に、理性を感情が凌駕した。 「アンジェリーク!」 大きな音を立ててドアを開く。 制服のまま冷たいシャワーの水に打たれている少女が、ゆるりと彼を見つめた。 生気のかけらもない、翠の宝石 衝き動かしたのは恋心 止められなかった理性 支援した感情 腕の中に抱いた少女の身体は氷程に冷たかった。ずっとずっと泣きながら、これ程までに冷たくなるまで、水に打たれていたのか? 頭一つ分は優に高い彼の視界に映った青ざめた唇に目が止まった。 少し見上げるように顔を動かした、少女の唇 誰よりも先に自分が触れたかったそれ 『自分だけが』と訂正を入れたのは、醒めた自分の一部。独占欲と呼ばれるだろう心 顔を屈めかけて、止めた。 泣いているエメラルドが、理性を呼び起こした。 『触れてはいけない』 『壊れてしまう』 警鐘に従って、濡れた金色の絹糸に顔を埋めるだけにした。労りを込めて撫でながら、何度も囁く。 「大丈夫」 と・・・・・ 緑柱石の瞳に少女らしい光が宿るまで、二人はそうしていた。 「すみません、リュミエール様」 「いいえ、落ち着きましたか?」 「はい」 「よかった。さ、ちゃんと暖かいお風呂に入って風邪を引かないようにして下さいね」 安堵の表情でリュミエールは微笑んだ。 「では、私はこれで失礼しますね」 濡れた髪から滴る水を払って、同じように濡れた裾を捌いて礼をする。 「あの、リュミエール様、何の御用でいらっしゃったのですか?」 そのままを言ってよいものか、しばし考え、悪戯っぽい笑顔に切り替えると、 「貴女に会いたかった、というのは如何ですか?」 冗談めかして言うと、少女は真剣な顔で、 「よろしければ、あっちで待っていただけませんか?お話しがしたいのです」 「私でよろしければ、よろこんで」 「有り難うございます!あ、でも、濡れてらっしゃる・・・・・」 特別寮には女性しか住んでいない。しかし、このままではそれこそ風邪を引いてしまうと、少女は考え込んでしまう。 「大丈夫ですよ。私が何の守護聖かお忘れですか?」 『くすくす』 袖を翻せば、途端に綺麗に服が乾いた。髪も同様。 「勝手にくつろがせていただきますから、ちゃんと温かくして下さいね」 「ふむ」 少女の部屋を一瞥して、青年はキッチンの方に足を踏み入れた。使いやすく整理整頓されたそこでお茶の道具を見つけると、お湯を沸かし、幾つか並んでいるお茶の瓶のなかから幾つかを取り出して準備する。お湯が沸いたのを確認すると、慣れた動作でお茶を容れた。もとより香茶好きであるので、お茶を容れるなどお手のものである。 「リュミエール様!?」 早々に出て来たらしい少女の声に、薄く笑って応える。 「早かったですね。ちゃんと温まりましたか?」 どこか母親じみた言い方になってしまったが、少女が風邪をひいてはしばらく顔を見ることすら出来なくなってしまう。それは嫌だ。 「リュミエール様、お茶くらい私が容れましたのに」 「もう容れてしまいましたよ。お茶を飲みながら、お話ししましょう?」 「・・・・・はい」 部屋着だろう、白いチャイナ服の上にカーディガンを羽織った少女は頷いた。 つっかえながら少女は話した。彼にとってもあまり愉快ではない話だが、誰かに話すという行為によって精神の安定を強固としようとしている少女の心が分かるだけに、突き放すことは出来ない。 「怖かったんですか?」 『こくん』 少女は頷いた。 「今ごろオスカーはオリヴィエからお説教の嵐にあっている筈ですよ」 「そう、ですか」 「そんな顔をしないで下さい。やっぱり女の子は笑っている方が何倍も可愛いですよ」 『クスン』 少女の肩が震える。 本当に、怖かったのだろう。いとけないこの少女をここまで脅えさすなど、『万死に値する』と、少々不穏なことを考える。 「私も、殴ってくるべきでしたね」 独り言は心でのみ呟いた筈だったのだが、どうも思わず言葉にしていたようだ。 「リュミエール様は優しさを司る方ですのに、そんなことお考えにならないで下さい」 「確かに私は優しさを司る者ではありますが、それ以前に心ある者です。大切な人を傷つけられて笑って許せる程、人間は出来ていませんよ」 瞬間頬を染めた少女の反応が嬉しかった。嫌がるが故でなく、どちらかといえば嬉しそうな感情が漂う照れであったから。 「貴女が望むだけお話しをしましょう。ずっと、側にいてあげますから」 自分の望みも織り込んで、彼は微笑んだ。 船を漕ぎ出してしまったのは少女だった。眠いまぶたを何度も擦って起きていようとするあどけなさに、笑みが零れる。 時刻 真夜中 細い身体を軽々と抱き上げると綺麗にベッドメイキングのされたベッドの上に静かに降ろす。・・・・・理性の、一歩手前。 「おやすみなさい、アンジェリーク」 『これっくらいなら』と自分に言い訳しながら、少女の額に口づけを送る。軽く羽の触れたような優しいキスのくすぐったさに、少女が反応する。いとけないその反応は予想のうち、可愛くて可愛らしくて。 『ッ!』 「・・・・・」 身を翻そうとした瞬間、服の一部が引っ張られる。見れば少女の白い手が握り締めているではないか。 「離していただけませんか?」 穏やかにそう言うと、少女は首を横に振った。 「アンジェリーク」 困ったように名を呼ぶと、半身を起こした少女はまるで駄々をこねる子供のように『イヤイヤ』と首を振る。とてつもなく愛らしい風情だが、理性の一歩手前にいるリュミエールにとって、これは拷問に近い。 『どうすれば離してもらえるだろうか?』 考え込むリュミエールの顔を一心に少女は見上げている。 翠の宝石に真実だけを映す少女 ただ一人彼の愛する天使 その愛らしさは最強の武器 全てを魅了する最強の笑顔 だが、こんな時、それ等は心切り裂く刃でしかなかった 「アンジェリーク、分かっていますか?私も男ですよ?」 華奢な身体付きだとかのせいであまり男らしいとは言い難いが、それでも自分は男でしかなくて、そんなに無防備に見上げられては理性が焼き切れる。もとより想いを捧げる相手であれば、理性の抵抗も何時までもつか? 「さ、離して下さい。私が狼になる前に」 悪戯っぽく囁くと、少女は首を傾げた。 ・・・・・もしかすると、本当に男と思われていなかったのだろうか?それは、この恋には絶望的な結果しか用意されていないことを意味する。女性が男性を男として見ない相手に『家族』が上げられる。絶対に恋しない相手だからこそ安心出来る男性。そう、思われていたのだとしたら、もともと絶望的な状況であったのに、この恋は、想いは、蕾のまま花開くことなく潰えるしかないではないか。 「リュミエール様、どうなさいました?お疲れですか?私が我が侭を言ってここにいていただいたから?」 泣き出す一瞬前の表情は、泣いている姿と同じくらい、いいやそれ以上に嫌いだった。 「そんなことありませんよ」 「でもぉ」 少しだけ救われたように、だけれど泣き出しそうな顔の少女は、ひどく愛らしく触れたくなる反面、触れれば壊れてしまいそうな儚さがある。 「アンジェリーク、私も男ですし、あまりにも遅い時間でしょう?そろそろお暇しないといけないのですよ。分かるでしょう?」 服を掴んで離さない手を両手で包み込んで言えば、それでも『イヤイヤ』をする。理性の半歩前・・・・・ 「リュミエール様は私のことが嫌いですか?」 『だから、こういう状態で、何故そんな理性を壊すような台詞を言うんですか?』 なけなしの理性を総動員しているリュミエールは、内心そう呟く。実際には、 「そんなことある筈がないでしょう?」 と、答えたが。 驚愕に見開かれた瞳 守護聖としての永き生のうちでも、最大級の驚き 「私のこと、嫌いになったのなら、そう言って下さい。二度とお目に触れるようなことしませんから」 言葉を紡いだ愛らしい唇 それが 自分のソレに触れた? 「自分のしたこと、言ったことの意味が、分かっていますか?」 「分からずにする程子供ではありません」 誰からも子供扱いを受けている、その無邪気な行動と愛らしい姿から同年の女王候補からも子供扱いされている少女は、強い口調で答えた。 「リュミエール様が好きです」 絶望が深かっただけ、喜びはその何倍も深かった。 「本当に?」 「お疑いですか?」 「信じたいけれど、これが夢ではないとの、実感が持てないのです」 白い頬に触れると、少女はくすぐったそうに笑った。 「リュミエール様が好きです」 「ここにいますよね?夢ではなくて、現実に」 「はい」 「私だけの、アンジェリーク?」 「はい」 一瞬前までは圧死しかけていた恋の苗が、見る間に確固たる幹を、枝には葉を茂らせ、花をつけた。 『そっ』 少女の唇に紅を引くように指先触れる。 二人二度目の口づけは 彼から触れた 綺麗に晴れた朝の空の下を、二つの影が並んで歩いていた。 「分かってるわね。ちゃんと謝るのよ」 「分かってる」 念押しするオリヴィエにオスカーが鬱陶しそうな声で応えると、切れ長のその瞳の端をきらりと輝かせてオリヴィエは行動を起こす。 「何処のド馬鹿がこんな事態を引き起こしたか分かってんの?」 金色の少女を実の妹のごとく可愛がっているオリヴィエは一片の容赦もなく、ド突き倒す勢い程の拳をふるった。 「イッテェ」 「当たり前でしょう?痛くしてるのに、それが気持ちよければ変態よ」 軽口を叩き合いながら二人は件の少女の部屋に訪れた。 『ぴんぽーん』 何処となく気の抜ける呼び出し音の後に、すぐに応答があった。 「はぁい!」 軽やかな足音の次に、扉が開かれる。 「おはよう、アンジェリーク」 「おはようございます。オリヴィエ様、オスカー様」 「ちゃんと寝れた?睡眠不足はお肌の大敵よん?」 「はい。リュミエール様のお陰で」 「そう、行かせて正解だったわけね」 変わらぬ笑顔に内心多大な安堵を覚えたオリヴィエは一歩寄ると、オスカーを促す。 「昨日はすまなかった」 「いいえ。でも、もうしないで下さいね」 しっかりと釘を刺す少女に苦笑して、自身には似合うとは言い難い白い花を渡す。今朝聖殿の花壇から分けてもらった白百合である。 「有り難うございます。これからお茶にしようとしてたんですが。如何ですか?」 「ご相伴にあずかるわ」 「あはっ」 レースのふんだんに使われたワンピース姿の少女は嬉しそうに身を翻す。 「ありゃ、リュミエール。来てたの?」 来客用の白いカップに琥珀色の紅茶 その水面に優美な青年 「えぇ、昨日から」 『さらり』 微笑んだ拍子に不思議な青と銀の混じり合った髪が肩から流れる。窓を背にした青年の笑顔が、昨日までと何処か違う。 「ちょっと待て、昨日から?」 「リュミエール様は昨日からいらっしゃいましたよ」 『それがどうかしましたか?』と二人の分のカップを持ってきた少女の笑顔も、昨日とは何処かが決定的に違う。 「リュミエール、あんた、まさか、ここに泊まったなんて言わないわよね?」 「えぇ、リュミエール様なら、昨日はここにお泊りでしたわ」 『ぴしっ』 空気の凍る音がした。 「うっそだろう!?」 「本当ですよ」 一瞬のためらいもなく答える少女 「俺より手が早いじゃないか!」 先に手を出されたのはリュミエールの方だが、そんなことを知る筈もないオスカーの絶叫にも似た声である。 「そっかぁ、そうなんだ」 『リュミエール』とオリヴィエが危険な光を宿した瞳を向ける。 「正直に答えなさいよ。何処まで手を出したの?」 ・・・・・こらこら・・・・・ 「キスして抱き締めて、一緒に寝ただけですが?」 「寝たって、『スゥスゥ』寝る方よね?」 「オスカーじゃないんですから、当然ですよ。勿論、もう少し理性が少なかったらどうなっていたか分かりませんけれどね」 オスカー本人を目の前にしてよくぞそこまできっぱり言えた。 「ふぅん・・・・・」 『アンジェリーク』と、今度は少女を手招きするオリヴィエ。 「はい?」 「幸せになりなさい。可愛い私の妹さん」 「はい!」 『当然』と少女は頷いた。 「何だよ、オリヴィエ!リュミエールは殴らねぇのかよ!?」 「当たり前よ。他に好きな人がいるような子に手を出すような馬鹿には、お仕置きが必要だけど、アンジェリークが好きなのはリュミエールなんだもの」 『あんたとは違うのよ』とオリヴィエは言う。 「知ってらっしゃったんですか?」 「ふふん、この私の目はごまかせないって」 自慢気にオリヴィエは笑い、アンジェリークは何時気がつかれたのだろうかと考える。 「リュミエールもアンジェリークを好きなのは知ってたし、初々しくって、見てて微笑ましかったわよ」 『クスクス』 オリヴィエは優しく表情を和ませる。 「完敗ですね」 自分の想いも見抜かれていたことを知ったリュミエールハ苦笑して肩を竦めた。その隣では、彼の天使がまだ考え込んでいる。 雪が降る 翠に煌く宝石に影落とすも必然の如く 月が降る 金の輝き返す糸の上に落ちるも当然とばかりに 花が降る 翠の至玉と金の絹に優しく淡く夢の如く幻とばかりに 開く筈のなかった想いの花 実る筈のなかった恋の実 あの日降っていたのはまるで花のような雪 今宵降っているのはまるで雪のような花 淡い花吹雪の先で、最愛の少女が笑っている・・・・・ END |