charry blossoms


 桜の花びらが舞い落ちる。
 静かに、密やかに。

 桜の花びらが舞い落ちる。
 優しく、潔く。

 手のひらにピンクの花びらを受け、少女は古木を見上げる。
 もう、どれくらいの年月を重ねているのか推測することも出来ない程、大きな桜の樹。
 白とも見える、仄かなピンクの花をその腕一杯に咲かせ、あでやかにそこの空間を染める。
 威厳さえ漂わせる古木なのに、その存在は優しくて、静かで。
 その根本で微睡みたくなるような雰囲気がある。

「あの方に、似ている・・・」
 ぽつり、と少女は呟いた。
 厳しさと優しさを併せ持った雰囲気が、少女の想い人と重なる。
 思い起こさせる。

「アンジェリーク」
 ただ静かに大樹を見上げていた少女の背に低い声が掛けられる。
「ヴィクトール様」
 振り返り、少女は微笑んだ。
 優しく、柔らかな、ふんわりとした微笑みは周囲を仄かなピンクに染めている花びらとよく似合う。
 穏やかに包み込むような、そんな微笑み。

「こんなところにいたのか。探したぞ」
 厳つい顔に暖かい笑みを浮かべながら男は少女の隣に立ち、ピンクの花びらを降らせている大樹を見上げた。
「ヴィクトール様、皆様方は?」
 誰が言い出したのか、守護聖・教官と女王候補、更には女王補佐官まで揃って花見(と称した宴会)を行うことになり、それはいまだに繰り広げてられている。
「ああ、まだ騒いでいるぞ。俺は少し、逃げてきたんだが」
 少女の姿が見えないことに気付いて、探しに来たのだと男は続けた。
「どこかで迷子になっていないかと、思ってな」
「そんなこと、しませんってば」
「どうかな、お前は目が離せないところがあるからなぁ」
 事実、聖地にやって来てまだ時間が経っていない頃、見事に迷子になった過去があるのだ、この少女は。
 それが分かっているだけに、少女の文句もぶつぶつと口の中で呟くのに留まる。
「もう、あんなこと、ないですよ」
 可愛く拗ねている少女を見て、男の笑みが深くなる。
 目が離せないのは、それだけの理由ではないことを男は自覚していた。
 ふわふわと頼りないようでいて、けれど芯は強い少女。ちょっとつつけばすぐに泣き出しそうなのに、試験に関して少女が泣いたところを男は見たことがなかった。
「お前に似合うな、この桜は」
 何時の間にか栗色の頭や細い肩に降り積もった花びらを払ってやりながら、男は目を細める。
 ピンクの優しい色は、少女によく似合った。
「ヴィクトール様もお似合いですよ」
「俺が・・・?」
 自分が花など似合わないことを知っている男は、少女の言葉に首を捻る。どう考えても、少女の方がこの優しい色は似合うに決まっている。
「桜って、こんなに優しい雰囲気を持っているのに、とても潔いじゃないですか。そんなところ、ヴィクトール様と似ていますよ」
 だから、側に立っても似合うのだと少女は嬉しそうに微笑んだ。
「厳しいけど暖かくて、側にいると安心出来るんです」
「俺に言わせれば、お前に似ていると思うぞ」
 少女の素直な褒め言葉に照れて、ガシガシと髪を掻きながら男は自分の思っていることを伝える。
「ふわふわとした優しさと暖かさがな、お前に似ている。・・・側にいて安心出来るところも、な」

「・・・やってらんない」
 遠くからこの二人のやり取りを眺めていた金髪の少女がボソリと呟き、踵を返す。
 男と同様、栗色の親友の姿がないことに気付き、同じような理由で探していた少女だが偶然目撃した光景に呆れ、何も言う気が起きない。
 だいたい、すでに周囲にはバレバレなのだ。三十路を迎えているにはあまりにも純情すぎる男と、内気すぎて鈍感さに磨きがかかっている少女がお互いにベタ惚れしていることは。
「知らぬは本人達ばかりなり、ってね」
 もっとも、あの可愛い笑顔が大好きな金髪の少女は、それをいずれは独り占めするだろう男に、手助けをしてやろうなんて気はまったく、これっぽちもない。
「アンジェリークが幸せなら、それでいいわ」
 それでも、その言葉には僅かな悔しさが混じっていることを少女自身、自覚していた。

 満開の桜の下。
 男と少女がお互いの言葉に照れて、真っ赤になっていることを、幾星霜もの時を刻んだ古木が静かに見下ろしていた。

「・・・似合うな、やはり」
「ヴィクトール様も似合いますよ」


END