時の果てに
『さようなら・・・とは、言わないよ』 『さようなら・・・セイラン様・・・!』 栗色の髪が太陽の光を弾いて輝く少女がポストンバックを片手に周囲をゆっくりと見回していた。辺りを見回しているサファイアの瞳は強い意志で煌いている。 「あれから、どれだけの時が経ったのかしら・・・」 懐かしそうに、愛しそうに、だけれどどこか悲しげに少女は呟いた。 もう、過ぎ去ってしまった数々の思い出。自分の立場故に、想いを交わし重ねながらも別れざるを得なかった。 「・・・でも、変わっていない、この風景だけは・・・」 女王をやめることは出来なかった。新しく生まれ出でた命を見守り、守らなくてはならなかったから。 ・・・親友であるレイチェルはあの後、元の宇宙に帰した。誰を想っていたのか分かっていたし、彼もまた、彼女を想っていたことが分かったから。 『幸せになって』 そう言うと怒ったような顔をして、ここに残ると言い張り、だが、女王であり親友である少女の瞳を見て、今度は泣きそうな顔をして、最後には頷いた。 ・・・彼女らしく生き、そして幸せな人生を歩んだと、風の便りに聞いた。 サクリアの衰えに気付いたが、次代の女王を探すことはしなかった。 もう、自分のような哀しい想いをする人を作りたくなかったから。 アルフォンシアもこれだけ宇宙が安定していれば大丈夫だろうと、少女の考えに賛成し、ひっそりと旅立つ最愛の主人を見送った。 宇宙を愛していた。 そこに息づいている命達を愛していた。 けれど。 「それ以上に、貴方を愛していました」 ようやく、言葉に出来たただ一つの真実を、少女は愛しそうに呟いた。 ボストンバックを片手に、少女は記憶を頼りにして歩みを進める。 目指すは彼と再会したあの場所。 崖から霧に包まれた街を一望できる、絶景の場所。 ようやく辿り着いた場所に立ち、眼下を眺めた。 「ここも、変わっていない」 彼はここに立ち、悠然と景色を眺めていた。 今もその姿は鮮やかに脳裏に蘇る。 彼との思い出は・・・記憶は、どれも鮮やかだ。 蒼の髪、シアンブルーの瞳、滑らかなテノールの声。 冷たい美貌、皮肉な言葉、綺麗な笑顔。 幾星霜もの時が経ったというのに、彼の記憶だけはセピアに染まらない。今も、心は彼だけに向かっている。彼だけに染められている。 彼だけを、愛している。 「・・・誰だい、そこにいるのは?」 突然にかけられた声に驚いた少女は慌てて振り返った。視界に入った人物の姿に、サファイアの瞳が大きく見開かれる。 「う・・・そ・・・」 蒼の髪、シアンブルーの瞳、滑らかなテノールの声。 冷たく整った、彫像のような美貌。 記憶に残る、彼の姿と同じ・・・ 「・・・セイラン、様・・・?」 そう、呟いた少女はしかし、即座に首を横に振る。 有り得ない。あれから幾つもの時代が過ぎ、気の遠くなる程の時間が経っている。彼である筈がない。 だが。 「アンジェリーク」 久しく呼ばれなかった・・・呼ばれることのなかった自分の名前を聞き、再び驚愕に襲われた。 相対する青年の瞳には、懐かしそうな、愛しそうな光が浮かんでいる。 記憶の彼方にある、彼と同じ瞳で、そして、声で青年は少女を見つめ、名前を呼ぶ。 こんらん、コンラン、混乱。 有り得ない筈だ。 あの戦いに勝利し、そして別れてから、何度も文明が栄え、滅び、時代が過ぎ去り・・・ 「アンジェリーク、分からないかい?僕だよ」 青年の手が伸び、立ち竦んでいる少女を攫うようにして自分の胸に抱き締めた。とたんに、沙ナツメの香りが少女を包む。 「・・・分からない?」 耳元で囁かれる声。滑らかな、テノールの。 「で、でも、だって・・・」 混乱する。混乱して、声さえも掠れる。理性と感情がせめぎあう。 そんな少女を見て青年はそっと笑い、少女の細い顎に指を掛けると上を向かせ、視線を合わせた。 「言っただろう、ずっと君一人だけだと。時を越えて、また会おうと」 「セイラン様・・・本当に?でも、どうして?」 当たり前の疑問に、青年は微笑み、少女の額に唇を落とす。 「・・・想いは力になる。あの戦いの時に、何度も思い知らされたことだ。それが、僕個人で働いたのさ」 「・・・?」 不思議そうに見上げる少女の顔は、何時もとは違ってどこかあどけなく、幼ささえ感じる。 今度は瞼に唇を落とし、青年は説明を続けた。 「君を想い、その想い故に、幾度生まれ変わっても君のことは覚えていた。初めての出会い、戦いの中の再会、そして別れを。何度生まれ変わっても、幾度新しく生まれても、当たり前のように君のことは覚えていたよ。そして、いつも僕の名前は『セイラン』だ」 三度、落ちてくる唇の行方は少女の薄紅に色づく柔らかな唇。 優しく、熱く、想いが溢れ、幾度も口付けを繰り返す。 想いを力に変え、願いを成就させ、再び出会えた幸せに目眩を感じながら。 「愛している、アンジェリーク」 「愛しています、セイラン様」 別れの夜に言った言葉と同じ。 しかし、その言葉に宿る想いはまったく違う。 過去は切なさと苦しさとが混じっていた。 現在は喜びと幸せが混じっている。 時を越え、時代を越え、想い続けた恋人達。 時の果てに果たされた想い。 「もう、離さない・・・これからは、ずっと・・・」 「はい。ずっと、ずっと、共にいさせて下さい」 時の果てにようやく結ばれた恋人達の笑みは、これからの未来を示すように幸せなものだった。 END |