漆黒に塗り潰された闇の中
輝く彼女の微笑みだけが
ただ一つの導きの炎
『レヴィアス』
優しいその声で呼んでくれ
君の声だけが俺を癒す
『レヴィアス』
蔑みも同情もなく
俺を呼ぶのは君だけだから
「・・・・・オス、アリオス」
「アンジェリーク?」
「アリオスったら、何処行ってたの?勝手にいなくなって、心配したんだから!」
腰に手をあて、怒ったふりをする幼い異世界の女王
俺の正体も知らず、微笑む娘
「ちゃんと会えたんだからいいだろ?」
「そうかもしれないけど」
不満なのか白い頬を膨らませ、大きく鮮やかな青翠の瞳で睨みつけてくる。あくまで愛らしい少女の外見がその迫力を半減させてはいるが。
「今度からはせめて先に言ってね」
怒りを持続させるには、あまりにも善良に無垢に育った心は向かない。すぐに怒っていたことを忘れて、それでも言わずにはおれなかったようにそれだけを言い、本来であれば紛うことなき敵をまとめる女王は微笑んで手を出した。
「行こう、アリオス!」
最初はただの興味だった。
この世界を統べていた女王が、腹心を向かわせてまで呼び寄せた自分の敵への。
長く共にあるつもりもなく、最初からどの程度の相手か見定める為だけに近づいた。
時間をかけるつもりがなかったから、呼ばれた異世界の女王が一人で休んでいる時を狙い、自ら火を放ち、その中から助け出した。『命の恩人』ともなれば、幾ら秘密裏に動こうと考えていようと、ある程度の油断は誘えるだろうと。
そして、考えは的中した。
何処か幼さも感じさせる程に素直で人は疑うべきものということを知らない娘は、最初こそ沈黙を守ろうとしたが、自分から手を貸してやると申し出たならば、躊躇いつつも頷いた。
これでは守護聖を助けることも出来まい。
そう思いながらも、その仲間達への興味もあって、そのまま側にいた。
「・・・・・」
夜の闇に紛れて気配を殺し、彼は仲間と油断させた敵の一団から離れる。一度は失った配下達の復活の為に、どうしても本拠とした虚空の城に戻らなくてはならなかった。
『パシャン』
微かに届いた水音に驚き、素早く木陰に隠れてそちらを見れば、
「アンジェリークか」
寝付けなかったのか、個性派揃いの一団を上手く仕切っている少女が泉に足を浸している。
ふと、思った。
『自分が皇帝であると知れば、あの娘はどうするか?』
と。
無邪気に無垢に だが時に大胆不敵に
確かに非力な少女の身でありながら
大の男も根をあげてもおかしくないこの事態を
真っ正面から向かうことに躊躇わない娘
怒るか? ・・・・・否、怒るまい。
詰るか? ・・・・・否、詰るまい。
あまりにも善良なその心故に、残酷な程澄み渡った心故に、こう言うだろう。
『何故?』
と。純粋な疑問故に。
ただの興味 強くなくては自分が面白くないと。
そんな理由で側にいた。
それを知らぬが故に、自分にまで無邪気に懐いてきた、愚かな女王
時が満ちれば嘲弄と共に去ると決めた筈が
何故 こうまで心を揺らせるのか?
もはや打ち捨てた筈の情が移ったか?
今は会えぬ愛しい人の面影を重ねたが故か?
分からない。
絶望の闇に染められたあの日から、自分は虚ろで。
愛しい娘の面影が、彼女を奪われた憎悪が、ただそれだけが自分を生かし、導く全てであった筈だ。
それが、何故?
「アンジェリーク」
山岳の夜に声が響く。
彼女の不在に気がついたらしい彼女と共に旅する一人がやってくる。
明日の為にも休むようにとでも言っているのだろう。
明日こそは、今は砕けた青い宝玉を戻せる、彼女だけが使うことを許された武器を直せる、十年に一度だけのチャンスだ。
奇しくも、我が配下全ての完全復活と時を同じくして。
「そうですね」
細く答え、差し出された手に華奢な手を彼女は重ねた。
「帰りましょう」
ゆらり ゆうらり
遠い灯火が揺れる
「エリス」
呻くように、救いを求めるように、彼は呟く。忘れ得ぬ愛しい人の名を。
「エリス」
幻の声音と分かっていながら、それにすがりつくように。
『レヴィアス』
幻想の彼方から、声が聞こえる。
自分を呼ぶ声
自分を癒してくれる声が
『アリオス』
「は、はは」
力なく、彼は嘲った。
振り払おうとしても、決して絶えることのない、偽りの名前を呼ぶ声に向かって。
・・・・・何処にもいない『アリオス』という名の幻の自分自身に向かって。
『レヴィアス・・・・・』
『アリオス!』
「俺は、お前が・・・・・」
かつて言えなかった言葉は、今も紡ぐことが出来ない。
何より、
『オレハダレニイオウトシテイル?』
冷たく凍えた自分を愛してくれた、今は何処にもいない少女か?
それとも、無邪気な微笑みを浮かべる女王であるあの娘か?
心から愛していた彼女
死という河の向こうにいる彼女を愛していた
彼女だけが全てだった
自分の生きる希望 導きの灯火
なのに、何故?
一つあればいい闇を照らす灯火が
何故二つあるのだろう?
「我は・・・・・ 俺は・・・・・」
ゆらり 闇を照らす炎が揺れた
END
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