MY SISTER

MY SISTER



アナタは・・・・・・・が好きですか?


「家族、ですか?」
 金色の髪を軽く揺らせ、翠の瞳に問いかけの意志を乗せて、何故だかひどく目を惹く少女が首を傾げる。
「うん。ね、どんなだった?」
 綺麗なラヴェンダー色の瞳を煌かせ、淡い金色の髪の少年が再度問いかける。少年の名は《緑の守護聖マルセル》
「私の家族のこと、知りません?」
「お前、人に聞いても自分は言わなかったじゃねぇか」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ」
 何処となく呆れが混ぜられた声は鮮やかなルビーアイズに鋼の髪の少年が、感心してしまう程の快活を秘めた声はスカイブルーの瞳に濃いミルクチョコレートのような髪の少年が紡ぐ。それぞれ《鋼の守護聖ゼフェル》、《風の守護聖ランディ》と言う。
「父様と母様と、姉様の四人家族です」
 『にこり』  幸せそうな笑みを浮かべて言ったのは、緑柱石にも翡翠にも負けぬ翠の至宝の瞳と純金に太陽の煌きを混ぜたようなフェアブロンドの少女、である。彼女は《女王候補生アンジェリーク》と呼ばれている。
「普通だな」
「どういう意味ですか?」
 ポソリと零れた言葉に反応する少女。ツッコみを入れられた深紅の髪とタンザナイトの瞳の青年は苦笑して、すぐにごまかすように女心を蕩けさせるような微笑みを浮かべる。彼の名は《炎の守護聖オスカー》
「んー、でも、初めて私の家に遊びに来た人は全員、『兄二人姉一人の四人家族』と間違えるんですよ。そこらへんは普通じゃないかも」
「・・・・・どんな間違いだ」
 完全なる呆れ口調で輝く金色の髪に凍った蒼の瞳の青年が言う。名を《光の守護聖ジュリアス》
「外見一回りは楽にごまかせるような父様と母様ですもの。姉様は父様とそっくりな顔だし、名前も男名だから」
「何、それ?」
 純粋に唇をついて出た言葉を台詞としたのは豪奢な蜂蜜のようなブロンドと艶めいたラピスラズリの瞳の青年で、彼の名は《夢の守護聖オリヴィエ》と言う。
「姉様が生まれる前に、『どうしても最初は男の子がいいの!』と駄々をこねた母様が用意していた名前をファーストネームにしたんです。勿論、セカンドネームは女名なんですけど、私も調子に乗ってだいたい紹介する時はファーストネームでするものですから」
 女だと知った時の反応を思い出しでもしているのか、楽し気に軽やかな笑みを浮かべる少女の姿は、文句なしに愛らしい。
「では、そのお姉様のお名前を教えてくれませんか?」
 小首を傾げる仕草も優雅に、青のかかった美しい銀の髪と空を映した湖のような不思議な碧い瞳の青年が問う。美女とも見紛う彼は《水の守護聖リュミエール》と言う。
「姉様の名前は」
「《ソレイヨルド・ルナシェーナ》。どうぞ、《ソレイユ》、もしくはあまりは呼ばれ慣れてはおりませんが《ルナ》とお呼び下さい」
 純金の鈴を転がしたような声を遮り、凛たる毅然とした一種性別判断に困る高さの声が響いた。

「会いたかったよ、妹さん」
「姉様!?」

 右の頬に、左の頬に、額に、順に親愛のキスをする類い稀な美女、と言いたいが、どうにも類い稀な美青年と言いたくなる女性に、金色の少女が驚きの声をあげる。
「姉様、姉様、どうしてここに?」
「無論妹さんに会う為だ。言っただろう、『会いたかった』と」
 『ニコリ』  多分笑ったんだろうが、せいぜい口元が歪んだ程度なので、ちょっと端から見ているだけの者には判別がつけ難い。
「お袋様は妹さんがいなくなってからしばらくは泣いて暮らしていたんだぞ?なのに薄情な娘さんは全然文の一つもない。親父様が何とか宥めてことなきを得たが、近所迷惑な程それはもう拗ねまくって・・・・・親父様も親父様で、お袋様に感化されて突然暗くなる時もあったし・・・・・その反動でかお二人は新婚家庭に逆戻り的な甘い二人の世界に行ってしまわれることも多々あったな」
「あれぇ?父様と母様がココアに角砂糖十杯生クリームたっぷり、そのうえチョコレートソースでデコレーションしたような二人の世界に行くなんて、何時ものことじゃなかったかしら?」
「更に、角砂糖追加十杯生クリームとチョコレートソース共に二十パーセント増、てなぐらいだったな」
「・・・・・それは、流石に嫌かも」
 ゲンナリとした顔の妹に、姉は強く頷く。
「まったくだ」
「えっと、ソレイユ・ルナさん?」
 おっとりと桜襲をまとう桜色の髪と瞳という色彩のハッキリキッパリ美女の太鼓判を押せる女性が声をかける。彼女は《女王補佐官ディア》と言う。
「これは失礼を致しました。久方ぶりに妹さんに会いまして、礼を欠いてしまったようです。御無礼を」
 凛然たるその物腰は、『本当に女か!?』と思わずにはいられない。
「アンジェリークの、お姉様?」
 確かめる声は、紫紺の髪に濃紺の瞳の美少女の紅もさしてもいないのに赤い唇から漏れたもの。彼女の名は《女王候補生ロザリア・デ・カタルヘナ》
「はい。年は少し離れておりますが、同じ父母から血を受けた姉妹です。このように美しい女性がいらっしゃるとは思いませんでした」
 『女性』と書いて『にょしょう』と読む。読めはするが、普通言わないぞ。
「あぁー、少し寄ってくれませんか?そう、有り難う。どうぞ」
 予備の椅子をアンジェリークの隣を空けさせて置いたのは、幾らか前髪が零れている程度までに髪を布できっちりとまとめたダークグリーンの瞳の青年だ。彼は《地の守護聖ルヴァ》
「申し訳ございません」
 物腰に表れるのは礼儀正しい騎士のような、洗練された男性のもので、どうにも女性とは思えない。こうなると、詐欺というか、純粋に勿体ないというか・・・・・
「不躾ですが、守護聖様方とお見受けしますが?」
 何処となく古風な言い回しに、誰もが一瞬返答に困る。
「そうだ。そっちが女王補佐官、その隣がアンジェリークと同じく女王候補生だ」
 いち早く立ち直った闇夜の黒髪明ける寸前の空の紫の瞳の青年が、もはや自身でも変えられぬ物憂い気な調子で言う。彼は《闇の守護聖クラヴィス》と言う。
「では、改めて。私は《ソレイヨルド・ルナシェーナ》。我が妹アンジェリークの様子を見に参りました」
 女性にしては少し低く男性にしては高い涼やかな声は、そう名乗った。

「本来であれば先触れに手紙を出すべきだったのでしょうが、事情がございまして、突然の訪問となりました。ご無礼お詫び申し上げます」
 涼しい容貌のソレイユ・ルナと、その隣に座る愛らしい顔立ちのアンジェリークとはお互いにまるで違うタイプである筈が、そこは血の繋がった姉妹であるのでまばらではあるが似通った雰囲気が−極極薄くではあったが−ある。
「私は親父様の通っていた元男子校に通っていたもので、言葉遣いに違和感がありますでしょうが、お許しいただきたい。元とはいえやはり男子校であった名残が多々あったもので」
「あら、ご姉妹ですのに、違う学校に?」
「はい。私の友人も何人かそちらに進学するということでしたので」
 優雅な手つきでお茶を容れるディアの問いに、彼女は頷く。
「姉様の友達って、圧倒的に男の人の方が多いんですもの」
「妹さん、それは言わないお約束」
 ツッコみを入れる妹に逆ツッコみを入れる時も、彼女の表情にはほとんど感情は表れない。ころころと素直に表情の変わる妹とはまるで違う。
 『似てない姉妹・・・・・』
 誰もがそう思わずにはいられなかった。

「しばらくこっちにいられるの、姉様?」
「いや、明日早くには帰らないとな」
「えぇ!じゃぁ、今日だけなのぉ!?」
「そうだ」
 一刀両断、一片の容赦もなし、である。
「そんなぁ」
「泣かさないでいただけます?」
 金色の友人を慰めながらの言葉に、少し顔を伏せる動作が妹とよく似ている。
「申し訳ない。こういう言い方しか出来ないもので」
 本当に申し訳ないと思っているのか疑ってしまいたくなる程平坦な声である。
「今日はどちらにお泊りですか?」
 話題を変える台詞に、オッドアイやヘテロクロミアと呼ばれる不可思議な左右色を違えた瞳の彼女は首を横に振る。
「いえ、今日来たのも急でして、特別決めてはおりません」
 『雨風がしのげればいいですし』などと言う辺りが妹とは全然似ていない。
「でしたら、ここにお泊まりなさいな。二、三日というのであれば特別寮の空き部屋を使った方がよろしいでしょうけれど、一日ぐらいでしたら、アンジェリーク共々、こちらに泊まっていけばよろしいわ」
「そのようなお気を遣われずとも」
 恐縮した口調で頭を振ると、意外と柔らかな髪がふんわりと揺れる。
「そんなに畏まらないで。貴女は大切な女王候補の大切な姉上ですもの、当然というものです」
「・・・・・では、お言葉に甘えまして、ご迷惑をお掛けするかと存じますが、よろしくお願い致します」
 きちんと礼をする動きにつられて、セピア色の髪が細い首から落ちて流れた。

 ソレイユがアンジェリークとロザリアの二人に『飛空都市を案内してもらう』との約束をした−というかアンジェリークが一方的にロザリアを巻き込んで決めたのだが−後、二人の女王候補生は今日の分の育成依頼をすませてはいないということで、力を貸してもらう守護聖と一旦執務室の方へと行ってしまった。その他の女王補佐官達もまた何やらすべきことがあるとかで退席し、彼女の相手に
残ったのは最終的には二人だけであった。
「質問してよろしいでしょうか?」
 無口なりに相槌等をしていた太陽と月を名前に織り込んだ女性が、残ってくれていた二人の守護聖に初めて声をかけた。
「何かな?」
「私で答えられることでしょうか?」
 二人、オリヴィエとリュミエールの返答に、ずばりと一言問いかける。
「お二人は妹さんが好きですか?」
 思わず沈黙する二人の姿に、ルナは重ねて問う。
「一女性としてでなく、妹だとか、友人だとか、どんな意味でもかまいません。純粋に好きか嫌いか、それが知りたいのです」
 真剣な眼差しに、二人もまた真剣に答える表情となる。
「勿論好きだわ。可愛いし、健気だし、守ってあげたくなる」
「あの子を好きになれない者はおりますまい。百人中九十九人の愛情を無条件に集め、最後の一人もきっと好きにならずにはいられない子ですから」
 自分の向ける愛情がどういった種類かぼかしているが、二人はそう答える。
「そうですか」

 オリヴィエ、リュミエールの二人に暇を告げ、教えてもらった執務室の方へと彼女は樹木の間を歩く。自然を好む天使という意味を持つ少女の姉もまた、こういった自然のかおりを好んでいたらしく、無表情なりに楽しそうだ。
「確か、炎の守護聖様、ですね?」
 彼女とは反対に執務室のある方角を背にして歩いて来る青年を見咎めて問う。
「オスカーだ。見知りおきを」
 由緒正しい騎士がするように腹に軽く触れるように右腕の肘を直角に曲げた青年が頭を下げる。
「それはあまりに大袈裟な」
「いやいや、美しい女性に名前を覚えてもらうのは男にとってこの上ない栄誉。どうぞこの俺に、その栄誉をお与え下さいますよう、切にお願いする」
「オスカー殿は何時もそのような快いお言葉をおっしゃるので?」
「今は君にだけさ」
 どうに入った口説き口調だ。それとなくルナシェーナの後ろの樹に手を当てて逃げる場所を封じている。
「妹さんには?あの子は私にとって自慢の可愛い妹、あの子にも言われたのでは?」
「そりゃあ、君達は姉妹揃って魅力的だからな」
 ごまかさず、肯定してみせるところが自分に対する自身の現われだろうと思われる。
「成程。オスカー様は妹さんが好きなのですね」
「・・・・・それは、まぁな」
「ふむ」
 何処までも冷淡なルナシェーナに流石のオスカーも困惑ぎみで、そこをついて風のように腕の檻から抜け出す。
「火遊びは身体に毒ですよ、炎の守護聖様」

 小さな林のような木々の間を抜けると、突然に白亜宮が目の前にあった。
「さてに、何処から上がればよいのか」
 見回せど回廊に上がれる階段がない。どうやら道に迷ったらしく、夢の守護聖と水の守護聖から聞いたのとは別な場所に出たようだ。
「そこで何をしているのだ?」
「これは、光の守護聖様と闇の守護聖様」
「どうかしたのか?」
「妹さん達を迎えに行こうと思ったのですが、どうやら迷ってしまったようです。初めての場所で近道をしようとしたのが悪いのですが」
 何処となく苦笑ぎみの声と無表情な顔とのギャップに、どうにも違和感が拭えない。
「執務室ならこれから行こうとしていたところ、もうしばらく行けば上に上がる階段が見えよう」
「ご一緒してよろしいのでしょうか?」
「そうしてくれると助かる」
「ならば、お願い申し上げます」
 緩く目礼をする女性の姿に、先程まで冷戦的な冷たい火花を散らしまくっていた青年達は苦笑する。どうしても、あの無邪気な女王候補と血の繋がりがあるとは思えない。
「お二人はどちらに行ってらしたので?」
「何故そのようなことを問う?」
「以前、まだ女王試験前のことですが、妹さんとその友人達が話しているのを小耳に挟んだのです。それによるとあまりお二人は仲がよろしくはないとのこと。妹さんに関わることとなる方々故、少々調べさせていただきもしました」
 淡々と答える女性の台詞に、心当たりはとても多い。彼らの不仲は根が深く太いので、聖地外にも知れ渡っていることを二人ともよく知っている。もっともこの頃は、かの少女達のお陰で一時期に比べればなんぼかマシであるが、それでもやっぱり相変わらず仲は悪いので、二人揃って廊下を歩いていたのだがひじょうに居心地が悪かった。だからこそソレイユ・ルナに同行を頼んだというのもある。
「成程な。私達はディアのところに行っていたのだ」
「そうでしたか。・・・・・お二人に質問をしてもよろしいでしょうか?」
 軽く頷く姿に問いを口にするソレイユ・ルナ
「妹さんが好きですか?」
 『ぴきっ』  見事に硬直する二人 笑えることに、一歩踏み出した形で−それもその片足は地についていない−、である。
「どうですか?」
「嫌ってはいないが」
「私も、以下同文」
 思いっきり動揺しまくりの声ではあったが、彼女はさして気にもせずに頷く。
「そうですか」
「それが一体どうしたというのだ?」
 更にツッコまれる前にと、表面的には平静を装う守護聖の片方が問う。
「実は」
   「姉様!」
「おや、妹さん」
「わぁい、遊びに行こう」
「分かった分かった。それ程までにジャレつかないでくれ」
 言葉を途中で断ち切られたせいもあってか、流石に苦笑しているのがはっきりと分かる口調で腕にじゃれつく妹の髪を優しく撫でる。顔は無表情だけれど。
「申し訳ございません、妹さんとの約束がありますので」
「うむ」
 彼女が短く断りを入れると片方が鷹揚に頷いて応え、少し離れたところで待っているロザリアの方へと腕に妹をぶら下げた状態で近づいて行く。
「こちらに来てからそのままここにいらっしゃったのかしら?」
「はい。妹さんに早く会いたかったもので」
「じゃ、公園から案内するね。運がいいと面白い人に会えるの」

「ねぇねぇ、姉様、あそこでクレープとホットドッグ売ってるの。どっちがいい?」
「ホットドッグの方がよいな」
「すぐ買って来るね」
「足元には気をつけるようにな」
「そんなに子供じゃないもん」
 それこそ子供っぽく頬を膨らませて駆け出したアンジェリークであったが、
「ゃん」
 バナナの皮に滑って転んだ・・・・・
「何やってんのよ」
 これはお約束なギャグをした友人の元に駆けつけるロザリアの台詞だ。
「変わらんな」
 こちらはポツリと呟く姉の台詞だ。
「あ、やっぱり」
「あの惚けは天然か」
「言い過ぎだよぉ」
 何処から出て来たのかツッコみを入れたくなる年少組の登場である。
「守護聖様方、いらっしゃったので」
「いちゃわりぃのかよ」
「いいえ、そのようなことはございません」
 緩やかに首を振るソレイユ・ルナであったが、唐突に、
「皆様方は妹さんが好きですか?」
 誰もが一瞬答えに詰まるだろう問いに、真っ先に胸を張って誰かさんが答えた。
「もっちろぉん!僕はだぁい好きだよ」
「えぇっと・・・・・」
「聞くな、んなハズいこと」
「え、ランディとゼフェルってアンジェリークのこと嫌いなの!?」
 大袈裟に驚く金髪の少年に、兄貴分達は狼狽えたまま答える。
「んなことねぇけどよぉ」
「あのな、マルセル、普通は誰だって恥ずかしいんだよ」
「・・・・・どうやら緑の守護聖様は妹さんと似ているようだな」
 腕組みをして呟く兄みたいな姉であった。

「地の守護聖様は妹さんが好きですか?」
 夕方よりも夜と言った方がいいような時間を、ウワバミは酒を片手に、下戸はお茶を片手に談笑していたのだが、突然件の爆弾台詞に誰もが硬直する。
「いきなり何を言ってらっしゃるの?」
「女王補佐官様も、如何ですか?」
 いっこうに辺りの雰囲気を理解していない。
「勿論とても大切ですわ。私、娘のように愛していると自負しておりますのよ」
 『もっとも、男性とはお付き合いすらしたことがないんですけれどね』と続けて、楚々と微笑む美女の隣で顔を真っ赤にして地の守護聖は曰く、
「無論大切ですよ」
 蚊の泣くような声である。
「妹さんは愛されてますね」
 『ズザッ』  『いきなり何なんだ!?』とばかりに後ずさる一同である。
「どうしたの?姉様?」
 ぴょこんと少女が後ろから姉に飛びつく−少女は先程まで特別寮に着替えを取りに帰っていた−。
「それは私の台詞だ、妹さん。どうしたんだ?妹さんが私の首に飛びついて来る時は何時も何かのお願いがあってのことだが?」
「あのね、お風呂入ろ」
「一緒にか?確かそれは妹さんが小学校五年生の時に止めたのではないか?」
「今日だけ」
「仕方ないな」
「わぁい、姉様好き」
「妹さん、首が絞められて苦しいのだが、腕を退けてはもらえんだろうか?」
「はぁい」
 元気に良い子のお返事をして離れた少女は、自分に比べて背の随分高い姉−少女自身は小柄で彼女は標準より高い−を見上げて言う。
「でね、今日は一緒に寝てね」
「添い寝は小学校卒業と同時に卒業したのではないのか?」
「今日だけ!」
「妹さんはもう少し大人にならなくてはいけないな」
「お姉様ぁ」
「しようのない子だな、妹さんは」
「わぁい、姉様だぁい好き」
 ・・・・・よくよく深く考えると、十六にもなって姉の添い寝をねだる妹も、何だかんだ言って承諾する姉も、普通ではあるまい・・・・・

「それにしても、『夜通しお喋りしようね』と言い出した本人が一番最初に寝ないでよね」
「妹さんは寝付きがよいからな」
 大きな天涯ベッドにアンジェリークを真ん中にして、ソレイユ・ルナとロザリアがそれぞれ言う。
「そう、ロザリア殿には聞いていなかったな。ロザリア殿は妹さんが好きですか?」
「好きよ」
 ケロリと紺色の髪の少女は答える。
「同じ年だけど妹みたいで可愛いわ」
「成程」
「こっちもいいかしら?」
 頬杖をついて金色の少女越しに紫紺の視線を投げかける美少女に、頷くことで答えとした−美青年みたいな−美女である。
「貴女は何の為にここに来たの?」
「妹さんに会いに来たと、申し上げませなんだか?」
「それだけとは思えなくってよ?」
 『ピシャリ』  言い切る美少女に、美女は頷く。
「その通り。私には、もう一つ理由があってここに参上した」
「聞いてもよろしいかしら?」
 躊躇うような一瞬の間があり、オッドアイの女性は再び頷いた。
「・・・・・私は」

 清々しい朝である。
 特別に聖殿に泊まり込んだ女王候補とその姉も交えて、最後の談笑をしている。
「そろそろ次元回廊が開く頃だな」
 ふと胸元から取り出した時計に目をやり、ソレイヨルドは足元の荷物に手を向ける。
「ヤだ!もう少しいいでしょう?」
「・・・・・私には都合があるのだよ」
「姉様」
「そんな顔をするものではないぞ?せっかくの愛らしい顔が台なしだ。女の子は笑った方がよい」
 拗ねたような表情に、大きな翠の瞳にたまった涙、思わず慰めてしまいたくなるあどけない愛らしさに、だがルナシェーナは動じない。淡々と言葉を接いで意志を変える気がないことを示す。
「約束は約束。如何なることがあろうと、成し遂げなくてはならない絶対のものだ。私はそう思う。このまま帰る時間をずらしては、私は約束を破ってしまう」
「でも、寂しいんですもの」
「ならば」
 すでに立ち上がって上着を羽織っていた姉は妹に言う。
「っ!」
 ロザリアが顔色を変えて、隣の少女の袖を無意識に掴んだ。先にある言葉を察するのは彼女にとっては容易いことだった。彼女が昨夜この女性の口からはっきりと聞いていた言葉から察するのは、聡明な彼女には容易いことだったのだ。

「一緒に帰るか?」

 『きょとん』  何を言われたのか分からない、飲み込めない、そんな表情で少女は父親そっくりの顔をした姉の顔を見上げる。

「どうする?帰るか?」

 再度問われ、少女はにっこりと華やかな笑みをもって答える。

「嫌」

「私はここが好き。私はここに住む人達がとても好き。だから、帰らない」
 一瞬、寂しそうな表情が浮かんだ。ほんの一瞬だけ。
「幸せなんだな、妹さん」
「うん」
 晴れやかな妹の姿に目を細め、彼女は手にした鞄を小粋に肩に背負う。
「なら何も言わない。それを確かめに来ただけだから」
 『私は妹さんが幸せなのか、確かめに来たんだ』  それが、昨夜の彼女の台詞
「妹さんを、アンジェリークをお願いします」
 初めて妹の名を呼び、初めて彼女の顔に照れくさそうな優しい笑みが浮かんだ。
「たまわりましたわ」
「勿論ですわ」
「言われずとも」
「よかろう」
「当然さ」
「きっと、守りましょう」
「俺でよければ」
「うん。まっかしといて」
「一応な」
「どっかの狼の牙からきっちりと守るよ」
「えぇ、頑張ります」
 次々と返る答えに、一つ一つ頷く。
「有り難うございます」

 彼女の姿が飛空都市から消えたのは、このすぐ後のことであった。

 そうして、後の晴れた日の午後の一幕である。
「ロザリア!」
「どうしたのよ」
「あのね、姉様から手紙が来たの!」
「ソレイユ・ルナさんから?」
「うん。でね、聞いてよ。姉様ったら、やっぱり父様や母様に、何にも言わずにこっちに来てたんだって。帰ったら流石の父様も怒ってて、こっぴどく叱られたみたい」
「・・・・・それってもしかして」
「そう!姉様って、家出してこっちに来てたのよ」
「・・・・・」
 沈黙の果て、紺色の女王候補生は内心呟いた。
『やっぱり姉妹ね』
 時々とんでもないことをしでかすライバルである。その姉ともなれば当然だと、納得出来るのだが、それが何となく空しい気もする・・・・・
「どうしたの?」
「何でもないわ」
「そう?」
 素直な目をして見つめてくる大切な友に頷いて、彼女は言った。何時もみたいに。
「さ、早く行きましょう」

END