貴女へ続く心〜友より友へ〜

貴女へ続く心〜友より友へ〜



 赤いリボン ふわふわの髪
 僕が決して手にすることの出来ないモノ

「シオン!」
「よぉ、ミュリエル。クラブかい?」
「うん」
 紫群青の髪を柔らかに編んで右肩に流した優し気な少女が、栗色の髪のスレンダーな美女に笑いかける。
「・・・・・嘘みたいね、《 あの子》 がいないなんて」
「そうだね」
 二人の共通の友、凛々しい少年のような美女《 シオン・サフライン》 にとっては幼なじみで親友だった《 あの子》 のことを口にするのは何度目だろうか?側にいるのが当たり前のように何時の間にか心の深いところにまで入っていた《 あの子》 は、年よりも幼く見える可愛らしい少女だった。
「元気かしら」
「元気だったよ」
「会ったの?」
「うん」
 『さらり』と答えられてミュリエルは唖然とする。何時の間に会っていたのだろうか?
「元気だったよ。とてもね」
「《 あの子》 、きっと戻って来るわよね?とても女王には向いてないくらい元気だったんだもの」
 『当然だ』との答えが返ってくると想像していながら《 ミュリエル・レティーシャ》はそう言った。《 あの子》 とシオンは幼なじみで親友だった、あらぬ疑いをかけられる程にとても仲の良い。
「帰って来ないよ。多分ね。女王様になってもならなくても、《 あの子》 はあそこに居場所を見つけてたから」
 予想を裏切る台詞に、ミュリエルは驚いて言った。
「まさか、女王様になるんならともかく、なれないのなら《 あの子》 が貴女の処に帰って来ない訳ないじゃない」
 寂しそうにシオンは笑う。彼女だけがつい先日、《 あの子》 に会っていた。だから知っている・・・・・《 あの子》 はあの聖なる大地でも、皆から愛されていた。

 金色の髪の 《貴女》
 翠の瞳の 《貴女》
 ふわふわ可愛い 《貴女》
 僕の幼なじみ 僕の、この世で一番嫉妬する《 貴女》

 周りが男ばかりだったからか男のように育った僕では、決して持ち得ない優しい笑い声と優しい微笑み、優しい心を、一つ残さず持っている《 貴女》 のことを僕は大嫌い。
 そう、ずっと大嫌いだったんだよ、僕の《 貴女》

「私の初恋はきっとシオンね。だって、シオン以上良い人いないんだもん」
 冗談交じりの言葉、最初から嘘と分かる言葉、だから笑える。
「なら、僕の初恋は《 君》 だね」
 応えを返して、また笑う。まだ、笑えたんだ。

「どうしよう?」
 途方にくれる心の背を押したよね?
「行っておいで。戻って来てもいいから、まずは行っておいで」
 世界を支える偉大なる女王陛下の後継者の一人に選ばれた《 貴女》 の背を押したのは、きっともう会いたくなかったから。これ以上、耐えられなかったから、僕には決して真似出来ない素直さ故の無鉄砲なまでの大胆不敵さを見せつける《 貴女》 に。

 知っている。多分血の繋がる人達の次に、《 貴女》 のことを知っているよ。だって、幼なじみだもの、僕達。何時だって一緒にいた。

 だから、皆の知らない《 貴女》 を知っているね、僕は。
「強くなりたい。皆を守りたい。強くなりたいよ」
 飼っていた猫が死んだ時に《 貴女》 はそう言ったね?近づけない程に真っ直ぐな瞳で、輝く瞳で、そう言っていたね?
 知っているのは僕だけ。

 この世で最も僕の嫉妬する《 貴女》
 でもね、同時にこの世で最も愛しているよ

 たとえば 僕が男なら

       この心が恋であれば
                     決して離したりなどしなかった


 小さな頃から知っている優しい《 貴方》
 最も僕の嫉妬する相手だから、この世で一番憎んでる
 だから、この世で一番愛している
 見ているのが辛い程に、《 貴女》 に焦がれていた

 これも真実の一部分

 《 貴女》 を愛しているよ・・・・・

 僕の憧れ
 僕のなりたかった理想

 愛しているよ 愛しているよ 愛しているよ

 愛しい《 貴女》

 誰よりも 何よりも
 愛しているよ 愛しているよ 愛しているよ
 幾度言っても言い足りないくらい
 愛しているよ 愛しているよ 愛しているよ

 そして、憎んでる・・・・・

「いってきます!」
「いってらっしゃい、気をつけてな。《 あの子》 によろしく」
「O.K.ちゃんと伝えるよ」
 同じ栗色の髪と淡い紺色の瞳のすぐ上、一番上と同様に、それはよく似た兄に手を振って家を出た。
 急に倒れてしまった一番上の兄貴。その代わりに僕が《 君》 の元に行けるように色々と努力した。《 君》 に伝える言葉があったから、君に言わなければならない言葉があったから、君の元へと、行くんだ。

 金色の輝きが心を染め上げる。聖なる金の輝きは残ることなく綺麗に消えた。
 そして、そこは天にある聖なる大地
 《貴女》 が今住まう、空に浮かぶ小さな都市
 優しい風が常に新しい何かに対する予感を運んでいるよう、心が何かを待っているように『わくわくどきどき』して止まらない。
 ここにいるんだね・・・・・

 たった一言を言わなければ、僕は一歩も進めない。それが、
 『愛しているよ』なのか、
 『憎んでいるんだよ』なのか、僕自身にも分からないけれど、ね。
 《 君》 に会わなくちゃいけない。
 《 貴女》 に会って、言わなくちゃいけないんだ。

 今までにケリをつけて、僕が僕らしく僕の路を歩いて行く為に、君に会わなくちゃ。
 でもね、何となくね、心の奥でもう一人の僕が言ってるんだ。

 《 貴女》 がいなくなってから、僕の周りは色褪せた。世界が変わる程、《 君》は僕の中で一番自然に呼吸していたんだ。最も近くにいたんだよね、今更だけど。《 貴女》 にとって僕の存在が幾らかなんて知らないけどね。でも、僕にとっては世界が変わる程に《 君》 が心の大部分を占めてたんだ。
 だから、

 『ただ、会いたい』

 木々の間から金の木漏れ陽 緑は《 君》 の瞳の色 金は《 君》 の髪の色
 僕が一等好きな色 憧れて止まない澄んだ色
 笑みが零れた。この大地に宿る聖なる力のせいだろうか?
 『大好き』
 簡単な言葉が出て来た。とても簡単な言葉。
 『大好きだよ』
 馬鹿みたいに、簡単に出て来たよ。
 そうだよね。だって、何時からなのか覚えていない程前から僕達は側にいたものね。時々は自分と《 貴女》 の区別がつかないぐらい、僕達は側にいたんだよね。空気みたいに、大地みたいに、昼の光のように、夜の闇のように、そこに在ることは当然だったよね。
 誰よりも近く側にいる君を愛した日々は、確かに僕の心に存在して、何時でも僕を癒してくれる妙薬だったのに、どうして今まで気がつかなかったんだろうね?

 《 君》 がそこにいる。
 何かの期待と予感を乗せた風に髪をなびかせ、太陽をいっぱいに浴びて、翠の瞳に優しい光を宿して。
 《 君》 はそこにいるんだね?
 変わってないようで、ずぅっと綺麗になった《 君》
 何と言おうか?
 『会いに来たよ』?
 『元気だった?』?
 ・・・・・違うね、言うべき言葉はきっとこれだね。

 『僕の《 天使さん》 、大好きだよ』

「シオン君とミュリエルさんだぁ!」
「あ?」
「あら、これから行くの?一緒に行こうか?」
「うん!」
 元気いっぱいに髪を短く切った少女が頷いた。ミュリエルと同じクラブの《 ラシェル・ヴァンシカ》という名の、シオンにとっても旧知の、シオンとはまた違った感じの少年のような少女である。
「《 彼女達》 元気かな?」
 少し前のミュリエルのような台詞を言うラシェルに、シオンとミュリエルはふと笑いが込み上げる。
「元気だったよ」
「会ったんですか!?」
「うん。元気だったよ」

 もしかしたら これからは世界中の皆の《 天使》 になるかもしれない《 貴女》
 側にいたかったよ ずっとずぅっと・・・・・
 見守ることの苦痛と同じくらいそう思っていたよ
 運命の相手に《 貴女》 を渡す日まで、
 僕が守りたかったのにね
 別れてしまったね 僕達の進む路は
 どうか忘れないで どうか決して忘れないで
 僕は《 君》 を 愛していた

 嫉妬して憎む心以上に愛していた
 どうか忘れないで

 友から友へと 心からの言葉を贈るよ

 同じ路を歩けて 嬉しかった
 僕は僕らしく生きるから 《貴女》 は《 貴女》 らしく生きてね
 《 アンジェリーク》 愛しているよ

END