どりぃむ・がぁる

どりぃむ・がぁる



 夜  生きるものが月と星の元で体と心を休める時
 夢の扉が開き、その先の夢幻の園へと誰もが行く
 昼  生きるものが太陽の元で生きていく為に動く時
 再び夢の扉が開き、生きるものは現実へと舞い戻る
 ・・・・・だけれど、夢の扉が開いたままならば、一体どういうことになるだろう?

 笑いさざめく雰囲気が何時だって漂う飛空都市の公園に、一際鮮やかな笑い声が響く。源は二人の少女と三人の少年である。
「どうして触らないんだ?絶対に悪さをしない、賢いヤツなんだぜ」
 台詞通りに紹介するなら、まずは明るいブラウンの髪と青空色の瞳の《 風の守護聖ランディ》快活な少年で、台詞から分かる通り犬が好きでよくこの公園で遊んでいる。
「うるせぇな、俺は犬より猫が好きなんだ」
 次が固めの白鋼色の髪とルビーの瞳の《 鋼の守護聖ゼフェル》 気まぐれ猫のような性格をしており、世話役をしている先輩守護聖の手を焼かせまくっている。
「野良猫とかに餌やってそうだね」
 少年では最後、淡い金色の髪とラヴェンダー色の瞳の《 緑の守護聖マルセル》家族に愛されて育った少年で、かまってやらないと拗ねるという子供っぽい性格をしている。
「私は犬も猫も好きですわ」
 二人の少女のうちの片方は濃紺の髪と桔梗色の瞳の《 女王候補ロザリア・デ・カタルヘナ》生粋のお嬢様お姫様育ちをしており、並外れたプライドの持ち主である為何があろうと毅然としている。もっとも、近頃出来た友人のお陰でそのペースも乱れがちだが。
「私も好き」
 最後に残ったのが金色の髪と若草色の瞳の《 女王候補アンジェリーク》 一般的な家庭で愛されて育った少女で、無邪気な笑顔で他者を魅了する天下無敵の天使様である。
 ともあれ黄金色の毛並みのゴールデンレトリバーを囲って少年少女達は話している。
「うふふ、ふっかふかぁ」
 『キャラキャラ』と明るく少女が笑いながら犬に懐きまくっている姿は文句なしに愛らしく、そんなところがお気に入りのその他の笑顔も磨きがかかる。
「この子とあんたの髪の色って似てるわね」
「コイツの方がちょっと濃いけどね」
「お日様にキラキラで綺麗」
「表情も似てるぜ」
「そうですかぁ?」
 勝手に言っているライバルと守護聖達の台詞に首を傾げ、少女は犬と顔を見合わせる。・・・・・断言しよう。『ぽへろん』とした表情−というか雰囲気−がとんでもなく似ている(笑)。
 そして、誰が言ったか、
「犬耳とシッポをつけたい」

 これが騒動の原因になろうとは、この時誰も思わなかった。

 『ドンドンドン!』
「はい?何方ですか?」
 穏やかな老女の声が届くと、
「アンジェリークです」
「あらあら、アンジェリークさん?どうしました?」
 ライバルである女王候補ではあるが身近な女の子同士ということだろうか、プライドが高すぎてどうにも友達の出来にくかったロザリアお嬢様の親友であるアンジェリークのことを、ロザリアに願ってついて来たロザリアの乳母である老女は短い間にしっかりと熟知している、のだが、どうも何時もと様子が違う。
「おはようございます。ロザリアは?」
「お嬢様なら」
「なぁに?朝も早くから」
 性急な様子のアンジェリークに、『ひょっこり』とロザリアが奥から出て来た。
「・・・・・どうしたのよ、その格好?」
 息も絶え絶え、翠の瞳に涙をいっぱいにためたアンジェリークは、何故だか肩にガウンを引っかけ、つばの広い帽子を深く被っている。
「ふ、ふぇぇぇぇぇん」
 いきなり泣き出したアンジェリークに面食らう二人の前で、少女の頭を隠す帽子がずり落ちた。

 金色のふわふわした髪を整え三つ編みにしてもらった少女は、帽子を手に取ると慎重に深く被った。服は膝より長いコートを羽織っているので見えにくいが、珍しく卵色のパンツルック。
「ほらほら、行くわよ」
「ねぇ、見えない?」
「見えないわよ。なんならちゃんと押さえておけば?」
「うん」
 二人、どちらかといえば−珍しくも−ロザリアから多く話しかけながら通い慣れた聖殿へと続く道を歩いて行き、
「「おはようございます」」
 揃って中庭か中庭に面した居間でくつろいでいた八人の守護聖に挨拶をする。
「はぁい、おっはよう」
 何とも豪華絢爛としか言いようのない衣装で身を包み込んだ美貌の麗人がすぐさま礼を返した。瑠璃色の瞳とウェーブのかかった金髪の《 夢の守護聖オリヴィエ》 は、相変わらず親しみやすい笑顔で愛想を振り撒くと、
「んじゃ行ってくんね」
「分かった」
 軽く『ひらひら』と手を振る青年に眉をひそめつつも頷いたのは冷厳な蒼い瞳と豪奢な金色の髪の《光の守護聖ジュリアス》 である。筆頭守護聖という地位につく彼は、冴えた視線が慣れるまでは結構怖いが、そこそこ守護聖歴も長くなっているオリヴィエは『何処吹く風』とばかりに頓着なし。
「あの、どちらへ?」
「ヤボ用でね。しばらくここに戻れないから、育成は私を抜かしといて。仕事終わったら色つけて力贈るから」
 『じゃぁね』と、変わらぬ変えぬ飄々とした態度でオリヴィエは退場する。
「「?」」
 よく分からず首を傾げる少女達におっとりとした声がかけられる。
「二人共、お茶は如何ですか?」
 男女の別なく見惚れるような優雅な笑みをたたえて一人の青年が誘う。湖水の瞳と清流の髪の《水の守護聖リュミエール》 は根っからの香茶好きであり、彼が容れるお茶には定評がある。
「美味しいですよぉ」
 通称年少組ことマルセル・ランディ・ゼフェルの毎度毎度の口喧嘩を微笑まし気に見ていた−口喧嘩程度ならば彼らなりのコミュニケーションと考えている−青年もまた誘う。ダークブルーの瞳とダークグリーンの髪の《 地の守護聖ルヴァ》 もまた大のお茶好きであるのだ。
「・・・・・」
 無言のまま手近な椅子を引いた青年がいた。紫水晶の瞳と漆黒の夜空色の髪の《闇の守護聖クラヴィス》 は結構な人嫌いであったので、それを考えるとえらく少女達を気に入っていることが分かるというものだ。
「アンジェリーク」
 肘で軽く少女をつついたロザリアがうながしを込めた声で名を呼ぶ。
「うん」
 気乗りしない様子で、少女は帽子とコートを取った。

「「「「「「「・・・・・」」」」」」」
 沈黙する中庭及び居間に冷たく乾いた風が吹いた。

 別段合わせた訳ではないのだが、全く同時に年少三人組はソレ等を引っ張った。
「きゃんっ!」
 子犬の悲鳴のような甲高い声で『痛い』との感情を表現した少女は、ロザリアの後ろに隠れるように逃げた。
「ふぇぇぇん」
「よしよし、痛かったねぇ」
 母性本能バリバリ全開で少女はアンジェリークの頭を撫でる。
 触った感触に半ば呆然としつつ、少年の一人が言った。
「ア、アンジェリーク?・・・・・ソレ?」
「耳です」
「ソッチは?」
「シッポです」

 沈黙

「何でんなモンが生えてんだよ!」
「知りませんよ!」
 怒鳴られ、理不尽な怒りに反発を覚えた少女は同じだけの声で反論する。・・・・・どう見ても犬の耳とシッポとしか思えないモノをつけたまま。
「まぁ、落ち着け。・・・・・リュミエール、手元」
 トコトン冷静な声が紡がれ、唖然呆然していた水の守護聖は慌ててティーポットを構え直す。彼の持つティーポットの下には、零れる寸前まで注がれたティーカップがあった。
「座って、事の次第を話すがいい」
 一片の変化も見られない声が、こういう時はとんでもなく頼れる。アンジェリークは素直に頷いて椅子に腰掛けた。
「で、どうしたのだ?」
 ようやくショックから立ち直った主席の守護聖が言葉を作る。
「はぁ、それが、朝起きたらこうなってました」
 『困った』と顔に書いた状態で、翠の瞳の女王候補生は言った。
「それだけか?」
「はい」
 それだけで、どう対処すれば良いというのだろうか?
沈黙に項垂れる少女の、ふわふわの髪の間のふさふさの犬耳と−ロザリアの婆やが穴を作ってくれた−卵色のズボンから出た同じくふさふさのシッポが、力なく落ちている。その姿は凶悪なぐらい可愛いかった・・・・・
「まぁ、似合うから良いじゃない」
「似合っても嫌ですぅ」
「そうだぞ。猫の方が良いに決まってる!」
「そうじゃないだろ」
 握り拳で力説するゼフェルに、思わずランディがツッコミを入れる。・・・・・そういう場合でもないんだが。

 そして、二度目の騒動

「ロザリアァ」
「・・・・・今度は猫ね」
 呆れ口調で少女は呟いた。目の前で大泣きに泣いている親友のあまりに愛らしい姿に、脱力する。思わず『ぐりぐり』と力を込めて寄った眉根を指先でもみほぐす。
「一体どうなってんのぉ!?」
 『それはこっちの台詞よ』と、紺色の女王候補は呟きを落とした。

「似合いますね」
「リュミエール様・・・・・」
 猫耳とシッポつきで育成を頼みにやって来た少女を見るなりの水の守護聖の台詞に、金の髪の女王候補は世にも情けない顔でかの人の名を囁いた。
「そうですねぇ、今度はパンダなんてどうですかぁ?似合いますよぉ」
「ヤですぅ」
 ちょうど雑談をしに来ていた地の守護聖の言葉に力なく少女は答えた・・・・・

「ロザリアァ」
「・・・・・今度はパンダ?」
「何で、昨日ルヴァ様が言った通りになっちゃうのぉ!?」
「何ですって?」
 泣きつく友人の金色の髪を撫でながら、ロザリアは首を傾げる。
「あのね」
 母性本能を刺激しまくる愛らしさで昨日水の守護聖の執務室で交わされた会話を説明すると、聡明な美貌の親友は呟くように問うた。
「確か、誰だったかあんたに『犬耳とシッポをつけたい』と言ったわよね?」
「うん」
「で、次の日ゼフェル様が『猫が良い』って?」
「うん」
「で、昨日はルヴァ様?」
「うん」
 沈思黙考
「・・・・・偶然?」
「三度もあれば偶然とは言い難いわよ」
 そしてこのすぐ後、二人の女王候補が聖殿に爆進する姿があった。

 『カチャッ』
「・・・・・で、今日は何方ですか?」
「はいはいはぁい!僕ぅ!」
「マルセル様!」
 罪悪感のかけらもない明るい声に、アンジェリークは涙目で抗議の声を上げる。もはや幾ら言っても無駄だとは分かっているのだが。
「あはは、今日はウサギか」
「笑わないで下さい!・・・・・昨日は鳥だし、その前はレッサーパンダ、更に前はウシ、ネズミ・・・・・一週間以上も・・・・・いい加減にして下さぁい」
 本格的に泣き出す少女を前に、ボードゲームに興じていた二人は肩を竦める。如何に大切な少女の頼みであろうと、『こぉんなに可愛い姿見るのを諦められる訳がない』と。
 と、そこへ突如、
「狼が来るぞ」
 居間に飛び込んで来たゼフェルの言葉に、少年少女は首を傾げる。
「はい?」
「あぁもぉ、さっさと隠れろって。狼が来るんだから」
「何それ?」
「だぁかぁらぁ!」
「あ!もしかして」
 もどかし気に声を荒げるゼフェルに、得心したのかランディが何か言い終わる前に、
「誰が狼だ」
「出たな、赤毛の狼!」
 開けっ放しにしたままの扉に手をついて、深紅の髪とタンザナイトの瞳の《 炎の守護聖オスカー》がからかう口調で言った。甘い光を宿すタンザナイトの瞳と低く心地良い声、天性の女性扱いの上手さを武器に数多くの女性との付き合いがあるオスカーは、ゼフェルだとか口の悪い者から『狼』と呼ばれているのだが、理由はすぐに分かるので述べる必要はあるまい(笑)。
「?」
 『ぴょこぴょこ』左右に先程からソファの陰から細長いモノが二つ出て揺れているのを見咎めたオスカーは、ソレをつまんでみた。
「痛いですぅ」
 短いながらもふわふわした毛を持つ兎の耳だったのだが、その先についていたのは青年の予想に反して、それは愛らしい少女であった。
 ゼフェルに言われて隠れていたのだが、長い耳が誤算であった。
「・・・・・」
 しばらく硬直する深紅の青年。彼はここ何日も昼間聖地と飛空都市の間を行き来していた為に、少女にオプションとして動物の耳やシッポが−鳥の時は翼だったが−つくという事態を全く知らなかった。
「痛かったか?」
 妙にマジな顔で問われ、頷くことで少女は答えを返した。
「ふぅん」
 『にやり』との擬音がつきそうな人の悪い笑みを浮かべ、青年はとんでもないことをしでかした。
「ふっ」
 ・・・・・
「っ!」
「「「オスカー」様」」
 突然ウサギ耳に息を吹きかけられ硬直する少女と怒りのままに拳を繰り出す少年三人。
 快活な笑い声を上げる青年は軽く少年達の怒りの拳を避けると、突然のショックに自失したままの少女を連れて逃走しようとする。
 ・・・・・何処へ連れて行く気だ?赤毛の狼!
「ちょっと待って!」
「アンジェリーク置いてって下さい!」
「テメェ、待ちゃぁがれ!」
 元気いっぱいの少年達の声に、何かしらの応えを返そうと振り向いた瞬間に青年は殺気を感じた。
「お前、武器攻撃はなしにしろよ!」
 持っていた愛用のハープでウサギを連れて行こうとしていた狼の頭を強襲した佳人への狼の抗議の台詞である。もっとも、類い稀な戦士である深紅の青年はしっかり手でガードしてことなきを得ているのだが。
「貴方のような狼の手にあどけないウサギを乗せておくことの危険が分からない程私は愚かではありませんよ」
 一息に言い切る剣呑な眼差しのリュミエールに、オスカーは心底心外そうに言い返す。
「あのなぁ、こんなに可愛いウサギを前にしてそのままでいろって言うのかよ」
 ・・・・・だから『狼』って呼ばれるんだよ・・・・・
「オスカー!」
 怒り爆発、再度武器攻撃に転じるリュミエールの手を避けた処へ、
「こんのスカタン!」
 ふさふさした羽飾りのついた扇子が赤毛を遠慮なくぶっ飛ばす。保護欲全開で長身の麗人が少女を腕の中に抱き締め、青年は軽口相手に言い放った。
「何考えてんのよ、アンタは!」
「おや、オリヴィエ」
「はぁい、リュミエール。悪いんだけど疲れのとれるお茶ない?」
「えぇ、ありますよ。すぐに容れますからオスカーのこと、見張っていて下さい」
 打って変わった友好的な態度で佳人と麗人は少女の頭上で会話を交わし、ふて腐れた様子で赤毛の狼が言った。
「そんなに信用ないのかよ」
「「「「「ない!」」」」」
 力強く反論したのは、年少組を含んだ五人だった・・・・・

 日差しの中で年中組年少組、それに金の髪の女王候補を加えたメンバーで穏やかにお茶会が開かれたのだが、
「で、アンジェリーク、それ何?」
 オリヴィエがウサギ耳に気がついたのは、延々十分は経った後であった。
「はぁ、それが、そう、ちょうどオリヴィエ様がお仕事とかで飛空都市を留守にした日に出来たんです。その日は犬で、次が猫、その他色々大概耳とシッポなんですけれど、毎日変わって」
「あのですね、どういう訳か俺達が前日に、例えば『犬が良い』と思ったりすると、そうなるらしいんです」
「因みに今日は僕」
「今日もだろ」
 間髪入れずにゼフェルがツッコミを入れる。
「で、これが本当のバニーガール状態と」
「・・・・・人の不幸で楽しまないで下さい」
 遠慮なく楽しそうに言ったオスカーに涙声でアンジェリークが呟く。
「アンジェリークにとっては不幸かもしれませんが、私達にとっては目の保養。本当に愛らしくて愛らしくて」
 『ころころ』と笑い、静かながらも力を込めて言うリュミエール相手に、アンジェリークは反論する気もおきなかった。何故なら、しっかりお茶の準備をすると共にスゲッチの準備もして、彼は今も手を動かしているのだ。無論、モデルはアンジェリークである。
「ふぅん」
 指と指を絡め、その上に細面の顔をおいたオリヴィエが何事かを考える。
「アンジェリーク、ちょっと」
「はい?」
 手招きに応じてやって来たウサギさんの肩を軽く掴むと、彼は引き寄せ、少女の額と自分のそれを合わせた。
「っ!」
 目を閉じて、神経を集中させているのが分かるだけに、何も言えない一同。言えるものなら山程抗議している筈だ。曰く、『抜け駆け禁止』と。
「・・・・・見つけた。いない筈だわ。こんなところにいただなんて」
 嬉しそうに、ここ何日もの間一度として−彼がいなかったが為に−見ることのなかった百花の笑顔が咲く。
「はい?」
 突然抱き締められた少女、及び端で見ていたその他には何が何やら分からない。
「『見つけた』って?」
「ほら、女王陛下からのお仕事。やっとこれで徹夜だなんて不健康な生活から解放されるわ」
「捜し物だっけか?」
「そう。知ってる?夢を食べて生きる動物のこと」
「獏のこと?悪夢を食べてくれるっていう」
「そう、それ。それが捜し物。ずっとアンジェリークの中にいたのね。聖地や主星を探してもいない筈だわ」
「想像上だろ、獏は?」
「一応はね。でも、存在する、人の思いがそれを作る。一人ぐらいじゃ無理だけれど、怖い夢を見たくないたくさんの子供達がその存在を作るんだよ。人の心はね、とても、自分でも分からないような深いところで繋がってんの。たくさんの人が同じモノを夢見ることで、うたかたの夢の園にその存在が生まれる。普通は当然現実になんて出て来ないんだけど、今の世界の歪みが作用してね、出て来ちゃった訳だ」
 肩を竦める夢の守護聖の腕から解放された少女が首を傾げる。
「どうして私の中にいるんですか?」
「ん〜、それは私じゃ分かんないけどさぁ・・・・・安心するんじゃない、アンジェリークの中っていうか、心って」
「それ分かる。アンジェリークの側にいると、ぽかぽかしたお日様の下で昼寝してるみたいに気持ち良いんだもん」
 少女の腕を抱き込んだ緑の守護聖が幸せそうな笑顔で言った。少年は、少女の側にいることで生まれ育った遥かに広がる緑の惑星を思い出す。それも、懐かしむだけでなく、愛しさと共に、帰ることの出来ない悲しさはなく。
「夢に関しては問題外だが、それがお嬢ちゃんの処にいて、どうして耳やシッポが生える?」
「あぁ、それ?皆さ、最初はそれ程でもなかったんだろうけど、強く思ったんじゃないの?そういうアンジェリークを見てみたいって。そういう思い願いを獏が食べて、消化して、それが固まって、こんな風に出ちゃった、ていうところかしら」
 『幾ら私でも、完全に把握している訳じゃないし』と、炎の青年の問いに夢色の青年が答えた。獏の捕獲とて、夢の産物である以上その体を構成するのが夢のサクリアなので、そういう点で最も近しい存在である夢の守護聖にお鉢が回ってきただけ。それ以上の理由もそれ以下の理由もない。
「じゃぁ、明日からは」
「うん、もう耳とかつかないわよ。今夜中に捕まえて送り返すから」
 翠の双眸を潤ませ、少女は一週間以上続いた苦難が終わりを告げたことに感激する。
「そんな勿体ない」
「ロザリア、酷い」
 守護聖年長組と一緒にやって来たロザリアの水を差す言葉に、アンジェリークは恨みがまし気な視線を向けたが、
「せめて後一日」
 真面目な顔でそう言うロザリアであった。
「何よぉ、ロザリアの馬鹿ぁ!」

 そうして今日も飛空都市に笑い声が響く。

END