星のドレス 三日月の剣
天気のいい午後を、二人の女王候補生は女王補佐官の元で享受していた。 「まぁ、ではしばらくいらっしゃいませんの?」 「女王陛下のお召しにより、そう、一週間程だけれど」 「そんなになんですか!?」 「まっ、そんなに不安そうな顔をしなくてもよろしいでしょう?」 「何時までも子供ね」 「プゥッ」 子供扱いされた《女王候補生アンジェリーク》は、すました顔で笑っている同じく《女王候補生ロザリア・デ・カタルヘナ》と上品に口元を隠して笑う《女王補佐官ディア》の姿に、ふて腐れたように唇を尖らせる。 「そんなに怒んないのよ」 苦笑して髪を撫でると、上目遣いに少女はやっぱりまだちょっとだけ怒ったようにお茶に口をつける。 「まるで姉妹のようね」 「全然似てはいませんけれどね」 コロコロと鈴を転がしたように笑う美女に、美女になりかけの美少女が応える。 「では、その似ていない妹さんを守ってやってね」 最後の言葉に凄みのある微笑みを添える美女 「あの連中から」 「勿論ですわ」 「ほえ?」 わけが分からないのは、当の少女である。 「あの?」 「今は知らなくていいのよ」 「そのうち分かるから」 『オホホホホホ・・・・・』と、二人の凄みのある笑いの二重奏の意味は、はぐらかされた少女には、やっぱり分からなかった。 「雪だ、雪だ、ゆ、き、だぁ!」 「喧しい!」 ツッコみハリセンのありそうな勢いである。因みに、騒いだのは純粋無垢な《緑の守護聖マルセル》、ツッコんだのは天衣無縫な《鋼の守護聖ゼフェル》だ。 「凄い雪。ちょっと怖いぐらいだ」 降り続ける雪を招くように、天へと差し伸べられた手に幾つもの水の結晶が触れたその瞬間には溶け消える。快闊明朗な《風の守護聖ランディ》らしくもなく、囁くような声であった。 「こちらにいらっしゃいましたのね」 廊下に続く扉が開かれ、麗美な美貌に年頃の甘さが程よく混ぜられた少女が入って来ると同時に言った。 「そなた一人か?あれは一緒ではないのか?」 四季のある聖地に長く住まい、当然雪にもある程度慣れているとはいえ、尋常ではない量に光雅富貴な《光の守護聖ジュリアス》が少々心配気に問う。 「それが、特別寮にはいませんの。一緒に来ようと思って呼びに行ったら、すでにもぬけの殻でした。まだ来てませんか?」 そこにいる誰もが顔を見合わせ、首を横に振る。 『ガタッ』 「勝手を知っている筈の前庭や中庭で遭難しかけるだなんて思わなかった」 硝子戸を開けて飛び込んで来たのは件の少女で、一様に彼等は表情を凍りつかせる。まさに、『なぁいすタイミング』である(笑)。 「あ、あんた」 「あ!ロザリア、おはよう」 朗らかに少女が髪に積もった雪を払いながら挨拶する。 「あんたねぇ!」 「あーん、ごめんなさい、ごめんなさぁい」 怒りに震えるロザリアの様子に、条件反射的に首を竦めるアンジェリークである。 「こんな天気にふらふら出歩いたら遭難しかけて当然よ!!ここに気がつかなかったらどうする気だったの!?だいたい正面玄関から入って来なかったってことは『遭難しかけた』んじゃなくて『遭難した』んじゃなくって!?」 立て続けにエクスクラメーションマークが出るまで息継ぎなしに一息に言い立てる美少女の迫力は、凄まじいものがあった。 「ふえぇーん」 「泣いてごまかされる私だと思って!?」 「ふにゃぁーん」 ここであんまりに少女が可愛そうだと思ったのか、数人がかりで執り成しに入る。一人に対するのだとしては人数が多すぎるが、海より深い友情故の怒りと言動なのだから正当性がある分どうしても執り成す側の腰が弱く、一人では太刀打ちできないであろうことを全員が知っているからこその行動だった、筈、なんだが・・・・・ 「本当に困ったお嬢ちゃんだな。せっかくの綺麗なピンクの唇だっていうのに」 そんなことを言いながら唇を寄せる勇敢剛毅な《炎の守護聖オスカー》、『女性を見かけたらお誘いをかけるのは男の義務』と言い切る守護聖一の色事師である。そんな彼であるから、他の人物は彼の意識から完全に除外され、部屋の片隅にある観葉植物と同じ扱いをされている。 もっとも、だからといって黙っているような大人しい者ばかりでは決してないのだが。 「こんのスカタン!」 振り向き様に綺羅綺羅しい扇が玲瓏妖艶な《夢の守護聖オリヴィエ》の手から放たれるが、悠然と彼はかわす。いい加減慣れる程オリヴィエも扇攻撃を繰り出し、オスカーも受けていることがよく分かる。 「何をしようとしているんです!?」 何処から出したのかまったくもって不明なのだが、優美な曲線を描く愛用のハープを打撃用武器にして温雅麗容な《水の守護聖リュミエール》が手加減無用の攻撃である。これも、えぇかげん慣れているのが分かる攻撃と避け方である。 そこへ・・・・・ 『どげしゃん』 「甘いですねぇ、オスカー」 金属による補強済みの総ページ数二千八百五十八ページの辞書でそれはもう遠慮呵責全くなしに−それも角で!−ドタマをブッ飛ばしたのは中庸温厚な《地の守護聖ルヴァ》であった。・・・・・ちょっとだけ、哀れな気もする−気がだけで自業自得だが−。 「ふむ、流石に三段攻撃とは思わなんだようだな」 妙に冷静に冷然玲瓏な《闇の守護聖クラヴィス》が呟く。床に伸びている同僚を足でつついて反応を確かめる辺りに、彼が可成怒っていることがうかがえる。 「よくやって下さいましたわ」 『にぃっこり』と、何時ぞやの凄みのある笑みを浮かべるロザリアであった。 「それにしても、よく降るわね」 「そうよねぇ」 水の守護聖が容れてくれたあったかいお茶をすすりながら雪見をするという贅沢を満喫している少女達の台詞である。 「今日あたりディア様がお戻りになるのに、大丈夫かしら?」 可愛い顔に気遣わし気な表情を浮かべる少女の金色の髪を、『これだから可愛くてたまらない』と言いた気な顔で夢の守護聖が撫でる。 「大丈夫だよ、あんまりだったらもう一日延ばすだろうし」 風の守護聖が安心させるような清々しい笑顔で言い、 「そうだよ。それより、アンジェリークの方が心配だよ」 クスクス笑って緑の守護聖が悪戯な響きの声で言う。 「ぷぅっ」 「そんなんだからお嬢ちゃんは可愛いんだ」 頬をまんまるに膨らませる少女の額を軽く小突いてそれとなく隣に座る炎の守護聖を、 「だからテメェいい加減にしろっ!」 鋼の守護聖の蹴りが強襲するが、それを難無く止めて何かしら言おうとしたところへ、 『どげっ』 「学習能力ないですねぇ」 「馬鹿か、そなた?」 「・・・・・」 のほほんと再び角でド突き倒した地の守護聖と、心底馬鹿にした声の光の守護聖、コメントする気もなさそうに一瞥をくれてやる闇の守護聖である。 日常のひとこまが破られたのは、次の瞬間のこと 風司る者として硝子を打つ風に異変を感じとり、風の守護聖が深紅のマントを広げて少女達をかばう形を取った途端に、窓硝子が一枚の例外もなく内側へと割れる。 「「きゃぁっ!」」 甲高い硝子の断末魔に思わず少女達は叫ぶ。無論のこと、風の守護聖が広げたマントが彼女達へと向かった硝子を一つ残らず身代わりとして受け止め、その少女達に掠り傷一つつけられることはなかったが。 「何何これぇっ!」 盛大に緑の守護聖が叫ぶ。彼の大きなラヴェンダーの瞳は、中庭を覆う真白の雪の更に上に、蠢く黒い蔦を映していた。 「きっしょくワリィ」 露骨に顔をしかめて鋼の守護聖が何処に持っていたのか、スパナを取り出すと放り投げてみた。 「うっそぉ!」 突拍子もない声は夢の守護聖のものだ。 「そんな」 自分が零した驚愕の声音にすら気づかぬ様子で、水の守護聖は優雅な面を厳しくする。 「蔦なら、普通燃えるよな?」 答えを期待していない問いを呟いて、炎の守護聖が腱の太い指に炎を宿らせ、無造作なまでの仕草で先程のスパナ同様黒い蔦へと放り投げる。 「黒い、悲しいサクリアですね」 ポツリとほんの一瞬でスパナを飲み込み、炎すらも消し去った蔦を見据え、地の守護聖が目を伏せる。 「人の思いの凍えたものか」 端正な顔を嫌悪に歪めて言ったのは光の守護聖である。 「消滅の一瞬まで救われぬもの」 抑揚のない闇の守護聖の言葉を聞いて、守護聖全員に庇われるようにいる少女達は顔を見合わせる。 「それって」 どちらかがより詳しいことを聞こうとした時に、その声は響いた。 『分からぬかえ?それは人が怨念と呼ぶものの成れの果て』 声、とは正確には違うかもしれない。それは空気を震わせることで紡がれた言葉ではないのだから。 『随分と可愛らしい姿だの』 黒い蔦の上に忽然と現れた黒髪の男は時代がかりと同時に、とてつもない悪意に満ちた言葉を紡ぎ出す。青い瞳に二人の女王候補の姿だけを映して。 感受性の高い金色の髪の少女がその視線に脅えたように震え、誰にも負けない誇り高さを持った紺色の少女は真っ向からその視線を受け止める。 その視線に、『氷のような』という形容の似合う男は目を細める。 『決めた・・・・・贄はそなたにしよう』 クスリと小さく笑った男が無造作に言い放った瞬間に、黒い蔦は聖殿建物内部へと怒涛の如く侵略する。 「お離し!」 濃紺の瞳を気丈に輝かせた少女は、自分を捕らえようとする黒い蔦を、初めての女王謁見の後に渡された短刀で切り裂く。 「ハッ!」 烈破の声はどの守護聖のものだろう? 各個に分断するように黒い蔦に襲われている為判断が難しい。 『女王とは世界をそこに生きる全てを守る者だという。なれば、その身をもってこの哀れな怨念を静めてやればよいであろうに』 楽し気な声はこの蔦を操っているのだろう男のものだ。憎らしい程楽し気に、歌うような口調だ。 すぐ側にいた筈の親友と離された少女もまた刃を振るう。どういうわけか、一番弱いであろう彼女を襲う蔦もまた随分とその動きが鈍いうえ、蔦には何故か鋭利な刺がない。 「あぁ・・・・・」 切り裂かれる度に共食いをするように消えていく切れ端の断末魔に、少女の腕がその動きを鈍くする。少女は、叶うなら耳を塞ぎたかった。 今にも止まりそうな全体からすればささやかな反撃が絶えようとした時に、それは少女の耳に届く。 風を切るような音 続くのは、悲鳴! 「ロザリアッ!」 「いけません」 間一髪で囲みを破った傷だらけの地の守護聖や闇の守護聖に押さえられて、金色の少女が出来るのは叫ぶことと許される限りにその手を腕を差し伸べること。 「逃げ、逃げなさい!」 黒い蔦にその身を捕らえられ、それでも紺色の彼女が叫ぶのは助けではなく金色の少女の身の安全だけ。 「離して下さい、ロザリアが!」 「それこそが重荷となるぞ」 何とか他の守護聖も揃い、必死になって暴れる少女を押さえる守護聖達はジリジリと後退する。 せめてこの少女だけでも危険から遠ざけたかった。 「嫌!離して!」 叫びが轟く。 銀色の煌き 一瞬の隙をついて腕から逃れ、 「逃げて、ロザリア」 キラと輝く瞳の幼い顔立ちの少女が、見たこともない程厳しい顔で三日月のような優美な刃を閃かせる。 黒い蔦がバラバラと落ち、紺色の少女が解放される。 「早く!」 何時だって守られてばかりの少女と同じだとは思えない、強い眼差しと強い声は、彼女の毅い一面を誰にも教える。 「バ、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!!」 驚いて目を見開いていた勝ち気なレディが盛大に声を張り上げる。 「あんただけ置いて逃げられるわけないでしょ!?」 『馬鹿にしないでよっ!』 声と共に煌く残滓を残す刃の流れ星 くすり 小さな酷薄な笑みが口元を彩る 『何ともまぁ・・・・・』 ニヤリ はっきりと嘲笑の形に唇が歪む 『壊したくなる、いとけなさよなぁ』 しなやかな身体が前へと出る。 「アンジェリーク!ロザリア!」 注意を喚起しながらも再び襲い掛かる蔦が為に、どの守護聖も近づくことが出来ない。 しかし、脅えた素振りは毛程もなく、二人の少女は宝石のような瞳いっぱいに警戒を浮かべて、庇い合うようにシッカと立つ。 『ふむ、合格点といったところかえ?』 白い指も緩く巻かれた羽衣に隠して、圧迫を与えるように不自然な程の緩やかさで足を踏み出す青年が口元を隠す。 取り巻く黒い蔦が蠢く。青年の動きに合わせるように。 『気に入ったのかえ?』 目を細めて青年は言う。天を指し示すように差し出した自分の指に、腕に、震えながら絡まろうとする、それに向かって、楽し気な響きを乗せて言う。 白い面が蠢く塊にその眼差しを向ける。 『消えよ』 静かなるそれは命 『不浄なる怨念如きが我に触れるな』 露骨な嫌悪に歪みながらも美しい容貌の青年が、形よい爪を持った指を軽く閃かせる。 それだけ、それだけで蔦とも見えたそれが消え失せる。幻のように、最初からそんなものありはしなかったというように。 芝居がかった優雅さで彼は自分を見つめている少女達に向き直るその先触れに、恐ろしい程輝く宝玉が流し目をくれる。 『いと麗しの女神との契約により、汝等を次代女王と認め、これより汝等の命に従うことを誓う』 長身を屈めて配下の礼をしたのは、先程まで冷然とした笑みを湛えていた青年で、その落差に少女達は戸惑いを隠せない。 「・・・・・あの、貴方は?」 少女の片割れが問う言葉に、彼は幾つもの答えを返す。 『微睡みながら死に逝かんとする者』 『誰よりも女王に近しい人ならざる者』 『今はもういないかの人以外に呼ばれる名を持たない者』 言葉が少し途切れる。 『・・・・・これにて我は失礼する。次に会うは汝等のうちどちらかが女王位を継いでから。楽しみにしています故、お励みあれ』 伏せられていた顔が上げられて、青年が美しい容貌に華やかな笑みを浮かべているのを知った少女達は反射的に鼓動が早くなるのを感じる。 『では、御前失礼』 見惚れるに値する笑みを浮かべた青年の唇から滑り出た別れの言葉が最後、視界を白く染めるように乱舞する風と雪が一瞬全てをその白い袖で覆い隠し、払われた時には青年の姿は何処となく消え去っていた。 「どうなさったの?」 「「ディア様」」 せっせと守護聖達の負った傷の血を清潔なガーゼに水を浸した物で拭き取ったり、怪我に軟膏を塗ったりと忙しく働いていた−何故か怪我の少ない−少女達が同時にその女性の名を呼んだ。 「転んだの?」 「んなわきゃねぇだろ!?」 怒鳴るように反論する鋼の守護聖 「・・・・・《彼》が来てたんですってね?」 「《彼》?」 「そうねぇ・・・・・空を彩る天体の瞳、星の輝く宇宙(ソラ)の髪、氷の容貌に華の微笑み、優雅極まりない姿、の男性よ」 『来たでしょう?』と問い返された炎の守護聖が思い当たった人物を脳裏に浮かべて目を見開く。 「知り合いなのか!?」 思わず詰め寄る光の守護聖 「初めて会ったのは陛下共々女王候補時代でしたわ。とても気さくな方で、どういう人かと知った時はとても驚いたわ。貴方達は会ったこと、なかったの?」 「気さくぅ!?」 思いっきり疑わし気な闇の守護聖の声である。彼がこういう声を操ることはとても珍しいが、当然と言えば当然である。 「この怪我は全部そいつのせいなんだかんね!」 それでもきっちり顔だけは避けていた夢の守護聖・・・・・天晴と言えよう。 「そうですよ、僕達すっごく迷惑かけられたんですから」 プンスカプンッと幼い顔に幼い怒りを灯した緑の守護聖が頬を膨らませる。 「どういう素性の人なんですかぁ?」 手の甲の傷に軟膏を塗り込みながら、こちらはすっかり仏さんモードに戻っている地の守護聖 「彼がまだ言っていないのなら、私の口から言うわけにはまいりませんわ」 「そんなこと言わずに」 穏やかに回答を断る女王補佐官に風の守護聖が再度問いかけ、 「ディア様」 同じ意味を込めて水の守護聖も名を呼ぶ。 「もうしばらくお待ちなさいな。この試験が終わるまでの楽しみにとっておく、というのもよろしいでしょう?」 優雅ながらも何処か悪戯っぽく微笑む女王補佐官の口は堅く、宥めすかしてもかの青年に関することを話さないでいた。 煌く星を縫い付けたようなドレスをまとう少女達がそっと同時に安堵の吐息を零したのを見て取り、冷たい程端正な顔に苦笑を浮かべたジュリアスが言う。 「それ程までにお疲れか?」 答える気力もない少女達は再び同時に肯定の動作をする。 「だぁいじょぶだって、立派な女王陛下と女王補佐官だったよ」 「途中台詞をスッ飛ばしたけどな」 「ゼフェル!」 明るくオリヴィエが言えば、ゼフェルがまぜっ返し、ランディが怒る。 「お前もたいがい無礼な奴だな」 ゼフェルにヘッドロックをかけながらオスカーが言う。 「あらあら、相変わらず仲がいいわね」 「何処が?」 笑みを零すディアの台詞に思わずツッコむクラヴィスの隣では、笑みを殺し損ねたリュミエールが上品に口元を隠して言葉を紡ぐ。 「犬のジャレ合いという意味では?」 「ゼフェルは猫だと思いますけどねぇ」 「それも根は甘えっ子な野良猫」 のほほんと自分の教え子を評するルヴァに、マルセルが更に補足を加える。本人の自覚はともかく、けっこう的を得ていよう。 しばらく一番の難関であった公に向けての女王即位式が終わった反動からか日頃より陽気に一時の休息を楽しむ一同。まだまだ式典は残っている。女王交替はなまなかなことではありえず、当然可成の力を入れて行われる。すでに一度この手の式典を一通り経験したことのある年配の守護聖と先代女王補佐官はともかく、これ程までに力の入った式典は初めての年中及び年少組、新女王その補佐官に反動が大きく出ている模様だ。 優しい風が、ふんわりとレースのカーテンを揺らす。 「遅くってよ」 振り向きもせず金色の髪を結い上げた先代女王は、背後に現れた青年に声をかける。 「「「「「「「「「「「っ!!」」」」」」」」」」」 声も出ないその他一同−ただし先代女王補佐官は除く− 「本当に、遅うございましたわね」 『式典中参るわけにはいくまいて。何時ぞやの印象はとてもよいものとは言えぬ故な』 「そう仕向けたのは何方ですの?」 『我じゃが?』 「胸を張って答えないように」 苦笑する金の髪の女王に窘められたのは、『空を彩る天体の瞳、星の輝く宇宙(ソラ)の髪、氷の容貌に華の微笑み、優美極まりない姿』と桜の髪の女王補佐官が讃えた青年である。 「改めてご紹介しましょうね」 「彼は初代女王の夫、人間と契約を交わした宇宙の具現、今はその名を知る者もいない遥かな昔から世界を見守り続ける者。仮に私達が呼んでいる名を」 焦らすように一瞬言葉を止めた女性 「《神鳥》」 「「「「「「「「「嘘だっ!」」」」」」」」」 「そんな、力いっぱい否定しなくても」 「信じたくない気持ちも分からなくはないけれど、真実から目を背けてはいけないわ」 おっとりと言う女性達に『嘘だと言ってくれっ』という目を向けるが、無情にも二人は揃って首を横に振る。 『幾ら否定しようと我が《神鳥》であることは変わらぬぞえ?』 トドメであった。 《神鳥》 生きとし生けるモノの願いの具現 伝説によれば後に初代女王と呼ばれる存在と婚姻という契約を交わし、今もその人が帰ってくるのを待っているのだという 「女王候補を選んでいるのが誰だか知っていて?」 答えを期待していたわけではないらしく、一同の顔を見渡した先代女王は高らかに言ってのける。 「神鳥なのよ」 「そうして、その候補達の資質を神鳥はじかに見る為に様々な形で試験期間中に現れるのですって」 『悪役は今回が初めてであったが、生半可な決意では此度の交替劇を乗り越えられぬ故の。失敗に終われば宇宙そのものがなくなってしまう、一種の賭けであったのでな。その心意気を確かめたかったのだ』 薄く浮かべられていた笑みが劇的に変わる。 『したが、これ程までに期待させてくれる人材が二組続くというのも珍しきこと。新しき女王が見せる夢、楽しみなことよな』 華の笑みが添えられる。 『人の生き死には我には夢の如く儚きもの。なれど星の輝きを放つそれが、我の憧れ。永遠に輝くモノとなられんことを』 人とは違う言葉で彼は宇宙の願いを紡ぐ。 『導きの星となられよ。未来を切り開く月の剣を忘れられるな。他者の幸福を守ることを重荷と考えられようが、それがまた誇りと思われんことを切に願う』 「当然だわ。人が幸せになることで、私も幸せになれるのよ」 毅然とした誇り高い顔立ちに誇らし気な笑みが浮かぶ。 「誓うわ、世界に、この新しい宇宙に。私は私が幸せになる為にも、決してその努力を怠ることなどしないわ」 『あんたも手伝うのよ』と、素直ではない濃紺の髪の女王は傍らに座っている金の髪の補佐官に命令形の、お願いを言う。 「うん」 望まれて残ることを決めた補佐官は素直になりきれない親友の言葉に頷く。 そうして、希代の女王としてその名を残すこととなる女王とその傍らにあった補佐官、その長き治世の間中の善政は、全てこの誓いを果たす為であったのだと言う・・・・・ END |