世界を救った新世界の偉大なる初代女王の手記は、こんな言葉から始まる。
愛しさにあふれた文字で書かれた、この言葉から・・・・・
『私には友がいた。』
金の髪翠の瞳の優しいその少女の名は《 アンジェリーク》 といった。無邪気と無垢を合わせ持ち、出会う全てを魅了する、不思議な力を秘めた天使だった。
私もまた、天使を愛している。
彼女は白い手に握る筆を置くと開かれた窓辺へと移動した。風と共に彼女の頬をかすめた快活な笑い声を確かめる為に。
「ルビー、ルビー!危ないよぉ!」
「大丈夫だよ!サファイアもおいでよ!」
金茶色の髪の少年がわりと太い木の枝の上から黒い髪の少年の心配する声を高らかに一蹴する。金茶色の髪の少年の琥珀色、今は緑の葉を通して差し込む太陽の光を受けて金色に輝いている世にも稀なる美しい色の瞳には、悪戯っ子特有の光と自分を心配する黒髪の少年に対する絶対的な好意が煌めいている。もっとも、黒髪の少年の藍色の瞳にもその好意は共通しているが。
「あの子達ときたら」
苦笑めいた笑いが口元を彩る。現在の《 光と闇の守護聖》 の幼さに。
赤玉と青玉との名を持つ数少ない双子の守護聖の年の頃は十を少々過ぎたか過ぎないかといったところか?顔立ちはまったく同じだが性格はまるで違う二人、それでも、否だからこそとても仲が良い。雰囲気と色彩で間違われやすいのだが金茶の髪と琥珀の瞳の《
ルビー》 が《闇の守護聖》であり、黒髪に藍色の瞳の《 サファイア》 が《 光の守護聖》
である。先代から継承をして千の年を数えながら、人の一生を一年としてゆっくりと成長する変わり種の《
守護聖》 である。
ふと、彼女は目を伏せる。千の時の流れを思い出し、そのなかに失ってしまった愛しい天使の面影を浮かべる。
思いはたやすく時を越える。
ルビーとサファイアは、彼女が即位した時点で揃っていた守護聖の後継としては最後であった。他の七人の後継は既にお披露目されており、どうした時の悪戯か、一時に守護聖総入れ替えとなってしまったことを意味していた。
「女王陛下」
金色の髪の女王補佐官は、翠の瞳に労りの光を浮かべて手を差し伸べてくれた。場所は女王の私室である。
「皆、行っちゃう!」
「ゴメンね」
辛そうな声で《 女王補佐官アンジェリーク》 は言い、泣きついている濃紺の髪の女王陛下の頭を白い手で撫でる。守護聖の一人と恋を結んだ彼女は、その守護聖の任期が終わることで共に聖地を後にするのだ。
「でもね、私は何時か帰って来るわ。今の私とは違って、もしかしたら男の子かもしれないけど、生まれ変わって来たら、貴方は私を見つけてくれる?」
「ホントに帰って来るの?」
「えぇ、約束する。何度生まれ変わっても、たとえ人以外に生まれ変わっても、きっと帰ってくるわ。貴方も、約束してくれる?」
「うん、うん!」
たった一つだけの、でも、確かな希望だった。女王として即位する前の彼女を知る者は全て聖地を去ってしまうけれど、不確かなくせに何故かとても確かな約束が、彼女の心を優しく包み込む。
「ね、指切り」
泣き濡れた宝玉が優しい緑を映して、頷いた。
何時だって、どんな約束だって、一度とて違えなかった大切な愛しい友人との、それが最後の約束だった。
あれからもう千の時を数え、時の中に皆が埋もれた。大切な彼女も当然のこと。
「陛下、お茶をお持ちしました」
柔らかな金の鈴を転がしたような声が女王の執務室に届く。毅然とした態度を取り戻して女王は応えた。
「お入りなさい」
「失礼致します」
金色の髪が揺れる。
翠の瞳が現れる。
「《 アンジェリーク》 ?」
思わず漏れた言葉に、少女が首を傾げた。あの金は、あの翠は!
「この間聖神殿にお仕えするようになったのですが、何処かでお会いしましたか?私、陛下に名乗ってない筈ですが?」
「では、貴女は《 アンジェリーク》 というのね?」
震える声で女王が問うと、少女は頷いた。
「はい、陛下。父方の何代か前の祖父母の遺言だそうです。『女の子が産まれたら《アンジェリーク》と名付けなさい』って」
聖神殿に努める女性達共通の動きやすい制服に身を包んだ少女は『ニコリ』と笑った。何時か見た、過去に失われた笑顔そのままのそれ。なんと懐かしいことか・・・・・
「陛下?」
「『お帰り、私の天使さん』」
そう言って嬉し泣きしながら少女を抱き締めたのは、《 女王陛下》 などではなく、《ロザリア・デ・カタルヘナ》
という普通の人間であった。
私には友がいた。
彼女は時の守護聖に愛され、また愛して、恋を結んで地上に降りた。涙もろく、情にあつい、良い女性であった。私が我が侭を言えば、困った顔で出来る限りの範囲で様々な協力をしてくれた。何時だって《
女王》 でない《 私》 を思ってくれた、優しい娘だった。
これを読むだろう次代の女王よ、そして更に続くその時々の女王達よ。私はここに心からの言葉を残す。
『友を見つけなさい』
心許せる友は、千の宝玉、万の金銀にてもあがなうことの適わない、至高の宝となることだろう。幾多の苦難を分かつことの出来る友は、世界を支える我々女王の心を癒してくれることだろう。
『友を見つけなさい』
私の友は、私の許へと帰って来てくれた。
私の後継達よ、私と同じような愛する友を見つけられることを、私は祈っている。
新世界初代女王 ロザリア・デ・カタルヘナ
新世界初代女王《 ロザリア・デ・カタルヘナ》 陛下
先代女王補佐官退位後千年を数えて新たな女王補佐官を任ずる。
その名《 アンジェリーク》
END
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