海賊のいる星
いきなり物語の始めからではあるが、 「絶対反対!」 「同じく!」 との叫び声があがる。物凄い勢いが感じられるその台詞を言ったのは自慢の炎のような髪が強い感情によって更に赤味を増したような気がする《 炎の守護聖オスカー》 と、前女王に授けられたお気に入りのマントを無意識に集めた風に揺らせている《 風の守護聖ランディ》である。更に続き、 「俺も反対!」 何だかんだ言っても今では新女王補佐官の影響で守護聖としての最低限の仕事は結構真面目にしている《 鋼の守護聖ゼフェル》 が同意する。 「何でアンジェリークまで行かなくてはいけないんです!」 泰然自若な態度を何時も誰からも慕われている《 地の守護聖ルヴァ》 の心からの叫びはそこに居並ぶ全ての守護聖の心の代弁であった。 「きっと陛下には深いお考えが・・・・・」 「アンジェリークは黙ってなさい」 『みぃんな、あんたが可愛くてしかたないから反対してるんだから』と、おろおろとしながら《女王補佐官アンジェリーク》 が親友でもある《 女王ロザリア・デ・カタルヘナ》 を弁護しようとするのを止めたのは《 夢の守護聖オリヴィエ》 であった。 「ですが・・・・・」 尚も言い募ろうとするが、 「本当のことだ。お前が行っては残った者が心配で倒れる」 「でもぉ・・・・・」 「そんな声を出すな。情けなさ過ぎる」 アンジェリークの左に佇む《 闇の守護聖クラヴィス》 が紡いだ優しさを織り込んだ声と女王を挟んで右に立つ《 光の守護聖ジュリアス》 のからかいを含んだ声に、流石にまだ幼い少女は沈黙する。確かにちょっと思うところがあったのだ。 そして現女王と補佐官がやって来た頃に比べて『随分と人当たりが良くなった』と密かに噂される程に雰囲気だとかが変わった二人と二人を変えた少女は、広間に轟く銀色の声に視線を転じた。視線の先では優雅な風流人として名高い人が立っている。 「と・に・か・く!アンジェリークまで行くのは反対です!」 『絶対に!』と凄い迫力で叫ぶ《 水の守護聖リュミエール》 の髪が気に反応して揺らめいている。怖いぞ、本気で・・・・・ 「だってだって、そこって、海賊がいるんでしょう!?」 まさしく絶叫する《 緑の守護聖マルセル》 に、慈愛に満ちあふれた美貌の女王様は言った。たった一言だけ、 「そうよ」 と・・・・・ 結局女王陛下には逆らえず、女王補佐官アンジェリークを含んだ守護聖様御一行がある惑星に降り立ったのである。 「何で私までいるのでしょう?」 釈然としない、そんな表情で呟いたリュミエールの独り言に気がついたオスカーは、 「エサだろ」 きっぱりと答える。 「あのぉ、一応男なんですが」 「大丈夫、お前さんなら女に見える」 くっきりと太鼓判を押されたリュミエールは言った。 「グレてやる・・・・・」 「どうしたんですか?」 「いいえ、何でもありませんよ」 ひょっこりと対局を成す二人の守護聖の会話に入った少女に、『にっこり』と愛敬が零れに零れる笑顔でリュミエールは言った。内心はどうあれ、守護聖皆で溺愛盲愛しまくっている金色の少女に不機嫌な顔など見せられない。見ようものなら自分のせいではなかろうかと心を痛めるのは必至だ。そんな余計な心痛を少女に与えるなど冗談ではないと思う彼は、守護聖で一二を争う溺愛者だったりする。 「ったく、このメンバーでマジにやんのかよ」 「ま、ね。俺達だけじゃ入れないし」 「まぁな、《 トロイの木馬作戦》 、か・・・・・」 学問の師であるルヴァの苦労性が移ったのだろうか、のほほんとした自然体の少女を見てため息をつくゼフェルの肩を『わかるぞ』といった風にランディが叩く。何時もなら些細なことですぐにケンカになるとことん性格の違う二人だが、この時ばかりは互いの気持ちがよぉく分かる。 「さっさとひっかかってくれないかなぁ」 「だよなぁ・・・・・」 しみじみと二人は同時にため息を零した。 そして、二人の切実な願いはすぐに叶えられることとなる・・・・・ 見事に床に転がるモノが三つ・・・・・手荒く放り込んだ見事に人相の悪い一団は、打って変わった丁重な、しかし高圧的でもある態度で少女と青年を別室に誘った。 「やっぱ、間違われたな」 「リュミエール様は優しい顔立ちしてますから」 「ようするに女顔だろ?」 身も蓋もないぞ、その言い方だと。 「こういう時のセオリーだと、アンジェリーク、やべぇんじゃないのか?」 沈黙が幾らか降ったが、決して闇の守護聖が力を送ったわけではない−全くの余談ではあるが、丁度その頃、聖地の聖神殿では心配し過ぎ心労にブッ倒れたルヴァのせいでクラヴィスが力を使っていたりする(ジュリアスの言った通りになったわけだ)−。 「早く助けに行かねぇと!」 一気に青くなったのは少女の身を案じたからだけではなかった。勿論それが一番に挙げられるのだが、同様に自分達の身の危険も感じたからだ。何せ、あの金色の髪の女王補佐官は女王に対する絶対的な忠誠と敬愛とは全く別な愛情を皆が向けている。妹か、姉か、娘か、母か、それとも恋人だろうか?女性がなれる全ての者になる少女を愛さない者はおらず、特に影響を受けた年長組が溺愛していたりする。そう、聖地に残留している者達のことだ・・・・・少女に何かあったら、命が幾つあっても足るまい・・・・・ 「まだ死にたくなぁい!」 牢の外の番人達の考えるのとは結果は同じだが過程が別な危険に、一人が叫んだ。 もっともだ・・・・・ 『そこ』を一瞥したリュミエールが呟いた。 「悪趣味」 「何か怖いですぅ」 涙目で縛られた白い指を組み合わせたアンジェリークに、リュミエールは慈愛の微笑みとしか言いようのない穏やかな《 優しさ》 をふんだんに浸した笑顔を向ける。『大丈夫ですよ』と。 「お頭呼んで来るわ」 「おう」 二人を連れて来た荒くれ者の一人が部屋を出る。 リュミエールをして辛辣な『悪趣味』との言葉を言わしめたその部屋は、とことん趣味が悪かった。もおいっそ称賛に値するかもしれないそれは、紫とピンクなのだ、それもドがつく程にきつい。ドぎついその色は、見ていると無性に人の心を騒がせる。聞こえる会話もなのだが・・・・・ 「しかし、揃って見事に頭好みだよなぁ」 「ある意味可哀想だな・・・・・」 「言うなよ。空しくなるから」 「ロリコンでなけりゃ良い人なのになぁ・・・・・」 「守備範囲が自分より年下で女なら良いときたもんだ。それも可愛い系・・・・・」 リュミエールはキレた。そりゃぁもぉ、見事にプッツリと。想像されるこの後を思えば当然だろうが・・・・・ 「!」 無言のままに自分の右隣の男の鳩尾に一発。更に驚く背後の男の顎を蹴り上げる。更に更にアンジェリークを盾にとろうとした男がそれを行う前に、ふんわりと床を蹴って、顎を膝蹴り、のけ反る頭に縛られた両手を打ちつける。 「アンジェリークに手を出されてたまりますか!」 だからって、あんまりだと思うぞ、コレは−完全に気を失っていたりする−。尚もブツブツ言いながらリュミエールは気絶した男の腰から剣の柄をとって床に射し、それで両手を封じる縄を断ち切り、少し痺れが残る手を幾度か振って血行を良くすると、すぐに少女の縄を解いてやる。 そして・・・・・ 「おぉい!無事か!」 やっとこさやって来た三人の守護聖が見たのは思いっきりグルグルに全身を縄で縛られた(下っ端)海賊と、なかなか簡単には緩まないようにときつく結わえているリュミエールの姿だった。 「あ!皆様方大丈夫ですか?」 天然のほほん少女アンジェリークの言葉に、思わず目が点状態、唖然としていた三人は問いかけた。 「もしかしてアレ、リュミエールがやったのか?」 「はい。一瞬のうちに」 「「「・・・・・」」」 「何をやっているんですか?さっさと片付けてしまいましょう。全く、ここは不愉快な所ですからね、早く帰りましょう」 『ぷんぷん』大変な御立腹状態のリュミエールは言い、『早く帰る』に関しては彼等も同意見であったので、唯無言で頷いた。 「アンジェリーク、いらっしゃい。貴女に何かあったら聖地にいらっしゃる女王陛下達に申し訳がありませんから」 ふわりとアンジェリークの肩に手をまわしてその長いゆったりとした肩布で包むようにしながらリュミエールは言った。 「行きましょう。こういうのは、さっさと頭を叩いてしまえば終わりますから」 妙にキッパリと言い切るのは、やはりキレているからだろうか? 炎はその激しさから攻撃性を意味することからだろう、《 炎の守護聖》 は代々戦士系の者が継ぐことが多いのだが、現在《 炎の守護聖》 を襲名しているオスカーもまた優れた戦士である。ロングソードをまさしく目にも止まらぬ早さで操ると海賊達の頭のいるだろう部屋へと廊下にその進行を阻止しようとする下っ端共をなぎ倒す。ロングソードはもろ刃なので死なない程度の手加減を忘れていないあたり余裕である。 血気盛んなランディとゼフェルも負けてはいない。わざわざ手加減をしてやっているというのにその行為を無駄にする馬鹿者の後始末を確実に行っていく。 その後を悠々と歩いているのは、リュミエールと彼に守られているアンジェリークである。もともと内部に潜入する為のエサ的な意味合いが濃い二人であったので、戦闘に加わらずとも他の三人は特に不満とも思わず自分達のすべきことを成していく。 「ランディ、やれ」 「はい!」 オスカーの指示に元気に答えた《 風の守護聖》 は、きっちりと堅く閉じられた扉を風で吹き飛ばす。勢い余って机とかも一緒に飛んでいる。 「おぉ!いたいた!」 のんきに《 鋼の守護聖》 はそう言った。 大して強そうでない下っ端君−蛇足だが頭を呼んで来ると言って出て行った奴だ−と屈強そうな大男が一人づつ。下っ端君の手に持っているタガーが小刻みに揺れているのが情けないなぁ。 「初めてお目にかかります。私はアンジェリークと申します。そちらが不当に所有してらっしゃるモノを返していただきたく参上致しました」 『にっこりにこにこ』と場違いにたおやかで優雅な礼をアンジェリークはすると、更に駄目押しとばかりに『にぃっこり』と笑う。 「宜しければ笑っているうちにお返し願えませんでしょうか?」 怒るより怖いのは、きっとその背後で苦痛の声がBGMとして流れているからだろう。 上首尾にことが終わったことを通信しておいたのを聞いたのだろう、聖地の聖神殿の前庭で落ち着きなく行ったり来たりを繰り返す二つの影を見つけたアンジェリークは大きく手を振った。 「ルヴァ様!マルセル様!」 「あ!アンジェリーク!」 子犬さながらの懐きぶりでアンジェリークめがけて走ったマルセルは、そのままの勢いで抱き着く。 おっとりとその後に続いたルヴァの目の下の隈に心労が忍ばれる。 「ただいま帰りました」 「はい、お帰りなさい」 何というか、おっとりのほほんとした『ほのぼのコンビ』と言われる−暇な時はルヴァとアンジェリークの二人はお茶を飲んでのぉんびりほのぼのしているのだ−のがよぉく分かる。 「大丈夫だった?怪我ない?」 大きな花色の瞳を揺らせてマルセルが聞くと、アンジェリークは『こくん』と頷いた。そのまま慈愛にも似た穏やかで暖かな仕草でマルセルの髪を撫でてやる。子供扱いはあまり好きではないが、あまりの心地良さにマルセルは目を細める。アンジェリークのことは大好きだし、こういうことをアンジェリークがするのは自分だけというのはちょっとした特権のような感じがするのだ。 「皆無事のようだな」 「クラヴィス様」 「女王が待っている。早く行かねばジュリアスが怒りだすぞ」 『げぇっ』という風にゼフェルがげんなりとした表情をする。ちょくちょくちょっとした悪戯をしては怒られるゼフェルは、やっぱりジュリアスのことを苦手としている。 「そうですね。早く参りましょう」 そう言って、ぱたぱたとクラヴィスの佇む聖神殿の入り口の階段を上に駆け足で上ったアンジェリークは『早く早く』と皆が思わず可愛がらずにはいられない、そんな可愛らしい笑顔で手招きをしたのである。 女王の間に入った一同は、まず代表してオスカーが改めてその首尾を報告すると、次に女王ロザリアが労いの言葉をかけた。 「ご苦労様でした。皆が無事でたいへん嬉しく思います」 生まれながらにして次期女王と言われていたとはいえ、流石にまだ歴も浅く女王としての貫禄に欠けるところがあるロザリアではあったが、そこは意外な程気取ったところのない素直な笑顔でカバーしている。 「皆様方とってもお強くて、思ったより簡単に終わって良かったです」 「そう。人選に間違いはなかったようね」 「はい」 女王補佐官の台詞に女王は満足気に頷く。なにせ、五人がここを発った後も延々ジュリアスに『何故行かせたのです云々』と言われ続けていたのだ。『ちらり』、女王が光の守護聖に視線を向けると、当の本人は知らんふりを決め込んでいる。 「本当に三人共強くて私の出る場面なんてありませんでした」 とはリュミエールの言葉であるが、 「嘘つき」 「は?どうしたのよ?」 『ぼそり』と漏れた言葉に丁度隣に立っていたオリヴィエが問いかける。 「確かに俺達が大体片をつけたが、最後のトドメ刺したのはリュミエールなんだ」 更に小声でオスカーが言うには、 「半分意地になっててな、なかなかある場所言おうとしなかったのに腹を立てたのか、それともアンジェリークに不埒なことをしようとしたのに対する怒りが再発したのか、何時もの笑顔のままで『一度溺れてみませんか?』なんぞと言って、サクリア使って窓から水呼び込んでマジに溺れさせようとしたんだ」 とのことである−全くの余談だが海賊達はその星の警備隊に突き出した−。 「リュミエールってば、キレると怖いわ」 しみじみとした声でオリヴィエが呟く。 「どうかしましたか?」 金の縫い取りの深紅の絨毯を挟んで反対側の少し離れた位置に立っているリュミエールがそう言うと、何でもないというように小さく手を振る。その時に少々顔が引きつっているのは、ご愛嬌ということで。 「アンジェリーク、オーヴを」 ジュリアスの言葉に頷くと、無言でその手に持ったオーヴを女王に差し出す。ロザリアもまた無言で受け取ると、彼女の右手にある神鳥のレリーフの目のところに嵌め込む。 瞬間柔らかな光が辺りを染めた。 アンジェリーク達が取り戻したのは女王の力が弱まった時の為にサクリアを込めたオーヴであった。いかに神のごとく慕われる女王といえど、その実その身体は普通の人間とたいして変わらない。怪我をして血も流せば、病気にだってかかってしまう。そんな時の為に存在するのが、それであった。オーヴは代々女王の間の神鳥のレリーフに嵌め込まれているのだが、旧世界から新世界へと移る際に何処かへと消えてしまっていたのだ。 「・・・・・陛下、あの、今気がついたのですが、レリーフは三つ、でもオーヴは二つですけれど?」 おずおずと出された疑問に、女王は答えた。 「えぇ、本来は三つが相乗効果をもたらすように出来ているの。でもこちらの世界に移る時に二つ消えてしまっていて・・・・・もう一つの方も場所は判明してはいるのだけれど、こういったことを頼めるのは決まっているでしょう?もうしばらく休んでから言おうと思っていたのよ」 確かにオスカーだとかならば臨機応変に対応出来るが、ルヴァあたりだと真面目な分そこらへんが上手くこなせそうには思えない−言い方を変えるとオスカー達はいいかげんだとも言えるが−し、何よりオスカー達なら身にかかる火の粉はちゃんと払えるだろう。 「俺なら大丈夫です。もう一つは何処に?」 「それが、シャーウッドに・・・・・」 「シャーウッドって、山賊さんがいるんですよね?」 『はいはいはぁい!』とばかりに手を挙げて朗らかにマルセルが言った。 「ランディ、ゼフェル、手伝え」 「はい」 「へぇい」 オスカーを先輩として慕っているランディと『仕方ねぇか』といった風なゼフェルが各々返事をする。 「悪いわね。あと、アンジェリークも行ってちょうだいね?」 沈黙 「「「「「「「「「駄目です!」」」」」」」」」 声を揃えて守護聖が叫ぶ。 「だから、何でそういう危ない仕事にアンジェリークを係わせるんです!」 ルヴァの台詞である。心労でブッ倒れる程に溺愛しているアンジェリークをこれ以上危険な目に合わせるのは嫌なのだろう。 「そうですよ!どうして何ですか!?」 「あら、だって」 ランディの非難の響きの混じった声にけろりとした顔でなかなか食えない性格の女王陛下は言った。 「アンジェリークがいた方が気合が入るでしょう?」 「「「・・・・・」」」 実際行動組の三人は黙る。確かにそうだけど・・・・・ 「そうだわ。マルセル、貴方も行ってくれる?」 「僕も?」 「えぇ、いざとなったらマルセルなら確実にアンジェリークを守れるでしょう?シャーウッドは緑の多い場所ですからね」 「分かりました!」 『自分ならアンジェリークを守れる』との言葉に奮起したマルセルは元気に頷く。 「陛下ってば、人使うのが上手い」 乾いた笑いと共にオリヴィエが言う。 「・・・・・アンジェリーク、いいのか?」 「陛下の言うこと、確かに頷けますから」 「・・・・・今度は私も胃を壊すかもしれん」 呆れたような声のクラヴィスに苦笑していたアンジェリークが答えると、ジュリアスが深い深い谷底一直線なため息と共にそう呟いた。 ようするに、守護聖達がアンジェリークを溺愛しているのを利用しているのだが、そうと分かっていても守護聖達は、やっぱり思惑に乗せられてしまうのであった。 可愛い可愛い彼等の天使の為に・・・・・ END |