祭りの夜

祭りの夜



 ハメを外して遊ぼうよ

 金色の髪を可愛らしく二つに結った少女が上機嫌で歩いていた。白地に元気な向日葵柄の浴衣と同じ布で出来た巾着がとっても似合う少女は、お決まりのように白い手にこれまた向日葵の描かれた団扇を持って揺らせている。その御機嫌気分がよく分かる浮かれ具合に、隣を歩いている連れの瞳が嬉しそうに細められていることに気がついているのかいないのか、好奇心旺盛な少女は無邪気に連れの袖を引いて注意を促し、
「あそこで何かやってるようです。見に行きません?」
 『わっくわつ』との擬音を背負って、自分よりもずぅっと背の高い佳人に問う。
「良いですね、行きましょう」
 薄く唇に笑みを乗せて佳人は答えた。溺愛する少女の翠の瞳の輝きに、逆らえるわけがなかった。

「お祭りがあるそうです。行きませんか?」
 そう言ったのは《 水の守護聖リュミエール》 身の丈程も流れる滝色の髪と湖水色の瞳、細く繊細な白い指で時に絵を描き、時に楽を奏でる守護聖随一の優美さ優雅さを持つ、類い稀なる佳人である。
「わぁ、楽しそうですね、参りましょう!」
 そう応じたのは《 女王補佐官アンジェリーク》 肩を越す金色の髪と若草色の瞳の、たいへん愛らしい少女である。人一倍無垢で無邪気な性格をしており、その誰からも愛される性格故だろう、個性派揃いの九人の守護聖と女王の間に立つという難しい役目を難無くこなしている。
「では、後でお迎えに来ますね」
「はぁい!ちゃぁんと仕事終わらせて待ってます」
 『きゃぴりん』とした態度は少女の年を二つ三つ幼く見せるが、それすらも溺愛盲愛している青年は少女が誘いに応じてくれたことが嬉しくてしかたない、そんな笑顔で頷いたのである。

「きゃう!たっ!あぅぅぅ」
「大丈夫ですか?」
「痛いですぅ」
 滝涙で少女は頭を押さえる。小柄な少女は人込みの中ではかなり痛い目にあってしまうのだ。こればかりはしかたないとはいえ、滝のように涙を流すとなると相当の痛みなのだろうと、リュミエールは柳眉を寄せる。
「人込みだと、こういうことは当然とはいえ・・・・・」
「リュミエール様、掴まっても良いですか?」
 『どうしたものだろう?』等と考えていたリュミエールは深く考えもせずに−これはもう条件反射である−頷いた。
「!」
 柔らかな感触に反射的に視線を向ける。
「どうかしました?」
 無垢な翠の瞳に浮かぶのは絶対の信頼。それなくして『ぴったり』と腕に掴まることが−幾らアンジェリークが無邪気でも相手が男である以上−出来るわけがない。
「熱に当てられました?顔が赤いですよ?」
「えぇ、ちょっと・・・・・」
 少々引きつった笑みなのはご愛嬌。
「えぇとえぇと、あそこに座りましょう!」
 緩やかなスロープの横には石で舗装された階段があり、歩き疲れた人達が木と木の間にかけられた提灯の優しい光の下で足を休めている。
「待ってて下さいね」
 短い浴衣の袖を翻して少女は彼の返事も聞かずに行ってしまい、さっきあれ程痛い目にあったのだ、『大丈夫だろうか』と彼は立ったり座ったりと落ち着きがまるでない。追いかけようにもとっくに少女は紛れて見つけられず、ただ待つしかないのが歯痒い。
「お待たせしました」
 両手にソフトクリームを持ってアンジェリークは−無事に−帰って来た。
「有り難う」
 『どういたしまして』と答えたアンジェリークは、
「これを売ってたおじさんが教えてくれたのですが、あっちの方ではステージを組んでいるそうです。後で見に行きましょうね」
「そうですね。何をやっているんでしょうね」
 端からみれば仲の良い恋人同士とも見える二人は、−二人にその気はないのだが−周りに見せつけるかのように顔を見合わせて笑い合う。そこへ、
「わぁい、アンジェリークだぁ」
「マルセル様、ランディ様、ゼフェル様」
「誘いに行ってもいない筈だ」
 微苦笑しながらランディが笑う。
「お前暑苦しいぞ」
「やぁん」
 何時も通りアンジェリークに懐いて抱き着いたマルセルを引きはがそうとゼフェルがマルセルの浴衣の襟−蛇足だが彼等にしろリュミエールにしろ着ているのは浴衣である−を掴む。それくらいで離れたりしないけど。
「他の方は?」
「ルヴァがもうちっと上の方で果ててる」
 マルセルを引きはがすことに成功したゼフェルの台詞である。
「女王陛下とジュリアス様はお仕事が残ってて」
「クラヴィス様は花火だけは聖神殿から見るようなことを聞いてるけど」
「何かお土産買って帰ろうかしら?」
「オスカーとオリヴィエは?」
「知らない」
「オスカーは来てるは来てるだろうぜ。女誘ってるの見かけたし」
「そろそろ行こう。ルヴァ様が待ってるぞ」
「んだな」
「あれ、そっちは下ですけど」
 『上の方で果ててる』と聞いていたので、アンジェリークは首を傾げる。緩やかとはいえ、確かに坂になっているのが−今いるのが階段でもあるので−分かるからこその質問である。
「上はお茶がないんだよ、お酒とジュースならあるんだけど。ルヴァ様はどっちもあまりお好きじゃないから、下の方に探しに行くんだ」
「それなら、ここと入り口の間ぐらいで売ってましたよ」
「あ、サンキュ」
「じゃ行こう」
「バイバァイ!」
 『ブンブン』と威勢よく手を振って守護聖年少組は賑やかに去って行った。

 そこで迷わず回れ右をするには、彼の良心と正義感は強かった。何より、相手は見知った先輩である。放ってなどおけなくて、
「どうしましょう」
 我知らず呟いたリュミエールに、アンジェリークが『のほほん』と、
「リュミエール様、あちらでヨーヨー取りをしてます。やりません?」
「アンジェリーク、あちらの方見えてます?」
「えぇ、ですから・・・・・」
 身長差があるので仕方なく『不敬だな』と思いながらも、リュミエールの長い髪を引っ張って屈んでもらうと形の良い耳に何事かを囁く。
「ね?」
「いいですね」
 そうして、二人は共犯者の笑みを浮かべた。

 彼を含めるその場にいた、そして無責任に見ていた者達は呆気にとられたように口を開けた。まるで陸の上にあがった魚のように開閉している者もいる。
「何だぁ?」
 誰かの呟きに答えるように、今一度色とりどりの小さな風船が何処からか投げられて、
 『パンッ』
 いい音と共に弾けた。
「どわっ!」
 眼前で破裂して顔をしかめる者のすぐ側、きっちりと浴衣を着ている青年の腕が引っ張られる。突然のことに転びかけるが上手くクリア
「アンジェリーク?」
「はい、ルヴァ様」
 程よく離れた所で肩で息をしてルヴァは金色の髪の少女に手を引かれていたのだと気がついて問いの形に似た声で名を呼んだ。
「ご無事ですか?」
「リュミエール?では、さっきのは」
「私とリュミエール様です。からまれているようでしたので、差し出がましいとは思いましたが」
「そうですかぁ。いやぁ、助かりました」
 リュミエールの司るのは《 水》 である。先程投げられたのはヨーヨー、中に水をたっぷりと含んだ風船だったのだ、リュミエールが中の水にちょっと力を加えることで割り、それに気をとられている間にアンジェリークがルヴァの腕を掴んで逃げたのだ。
「でも、よくあんなにヨーヨーが手に入りましたね」
「アンジェリークが採ったのですよ。なかなか上手で、屋台の方は泣きそうな顔してましたが」
 『くすくす』、リュミエールは思い出してそう笑った。
「お祭りは好きで、何時の間にかいっぱい採れるようになったんです」
 誇らし気にアンジェリークは言う。ちゃっかりその手にはピンクのヨーヨーがあったりする。
「そうですか。いやぁそのお陰で助かりましたよ」
 『ほえよん』とした何時もの雰囲気を取り戻したルヴァは二人に礼を言う。照れくさそうに頬を軽くかくアンジェリークの耳に声が届いた。
「おぉい、ルヴァ!」
「あ、ゼフェル様達が来たようですね。では、お気をつけて」
「えぇ、ではそのうち」
「はい、また後で」
 ルヴァの連れが来たのを確認すると、律義にきちんと礼をして二人は更に上を目指して歩きだした。

 女三人寄れば何とやらで、下は十代後半から上は三十代前半まで、ようするに元気いっぱいの女子高生から妙齢のご婦人までがお祭りの為だけに組まれた舞台の回りに集まっているのだが、騒音公害並に煩い。
「さぁ、あっち行っちゃいましょうね」
「えぇ」
 『スタスタ』とばかりに二人は後ろを振り返りもせずに方向転換をすると舞台に背を向けた。背の向こう、後ろの舞台からよく知った声が響いた。
「前々から思ってましたが」
「オスカー様って、派手好き」
 弾ける火の粉をたいして気にせずオスカーが舞台の上で歌っていた。

 今宵は新月夜の闇も深まり、星だけの空に大輪の華が咲いた。
「綺麗ですね」
「えぇ」
 程よく開けた場所に『ちょこん』と座って二人は空を見上げる。
 次々に咲く花火は一瞬に己の全てを出し切る潔い美しさを振り撒く。
「女王陛下も、せめて花火くらいは見れると良いのですが」
「仕事残ってましたからね」
 苦笑めいた笑いを口元に浮かべたリュミエールの首に腕が巻き付いた。
「すまん、助けてくれ」
 絞り出すようにそう言い肩で息をする壮絶なまでに美しい黒髪に紫水晶の瞳の美女に、何かしらの懐かしさを感じたリュミエールとアンジェリークは首を傾げる。『身近にこんな人がいたような』と。
「あの、何方です?」
「私だ、分からないのか?」
 腕を解いて鬱陶しそうに乱れた髪をかきあげる美女の声は意外と低い。その声と口調に二人は覚えがあった。
「その声は」
「まさか」
 『認めたくない』と思うのだが、見れば見る程にその独特の雰囲気だとかが一致してしまう。何より、着ている漆黒の衣装は・・・・・
「「クラヴィス様!?」」
「そうだ」
 一言で肯定する《 闇の守護聖クラヴィス》 に、クラヴィスを敬愛するリュミエールは顔を引きつらせる。
「どうなさったんですか?」
「オリヴィエのやつ、少々酔っ払っていたようだ。化粧なんぞほどこしおって」
 『ぐしぐし』と口紅をとろうと擦るクラヴィスに、リュミエールが呼んだ水を浸したハンカチをアンジェリークが渡してやる。その際、
「でも私なんかよりずっと美人ですね」
「嬉しくなんかない」
 『がっくり』、脱力したクラヴィスが呻 くように呟いた。

 その後、最後まで花火を見た三人は揃って聖神殿に戻ったのだが・・・・・

「おのれオリヴィエ!」
 誇り高き《 光の守護聖ジュリアス》 の絶叫にも似た怒り狂った声が聖神殿内に響き渡って喧しい。
「何だ?」
「さぁ?」
「出て来んか!オリヴィエ!」
 声はだんだんと近づいて来るようだ。
 そして、本日二度目の大ショックと遭遇した。

 後日、日頃はあまり仲が良いとは決して言えない被害者二人が加害者に一致団結して文句を言いに行ったが、本人はとんと覚えていなかった。
 ・・・・・ハメを外すのも良いけれど、外し過ぎにも気をつけましょう。

END