Onedays ANGELS
☆COOKING ANGELS☆ 「あんたってば、ホントにお菓子作るの上手ね」 「アリガト。お茶のお代わり如何?」 「頂戴」 飛空都市の一角にある特別寮の一室、霞がかった桜並木を思わせる色彩の部屋での会話だ。会話しているのは《女王候補アンジェリーク》と同じく《女王候補ロザリア・デ・カタルヘナ》の二人。会話を聞くのは二人の間で優しい湯気を立てている紅茶と出来立てのチョコレートソースで飾られた生クリームとバナナのクレープぐらいなものなので、濃紺の髪をした少女は何処か素直に内心を吐露していた。 「私ってば、こういうの作るのが苦手なのよ」 『だからそういう面ではあんたを尊敬するわ』と少女は言った。 「めっずらしぃ!」 本気で金色の髪の少女は『珍しい』と思った。何時もそのプライドで何があっても弱音など吐かないロザリアなのに・・・・・ 「・・・・・未だに、スモルニィで語り草になってる話があるでしょ、・・・・・その、家庭科のすっごい失敗・・・・・」 「えっとぉ・・・・・あぁ、アレ?あの、お米を洗剤で洗ったっていう・・・・・まさか・・・・・?」 やぁな予感にアンジェリークの顔が引きつる。 「私なの・・・・・」 「・・・・・」 アンジェリークは沈黙する。『普通そんな間違いはしないよ?』、と。 「あのさぁ、ロザリア?」 「何?」 「教えたげようか?簡単なヤツ」 「いいわよ。どうせ下手だもん」 違う、それ以前の問題だ。 「ディア様ってケーキ焼くのが得意だって言ってらっしゃったからお願いして、私達がクッキーとか焼いて、お茶会しようよ」 「でもぉ」 「いいじゃない、ね?」 「うぅん」 悩んだ末、ロザリアは『こっくり』と頷いた。 そして・・・・・ 『ドッカーン!』 「「きゃぁぁぁぁぁ!」」 特別寮を、壊すなよ・・・・・(しかし、どうすりゃ爆発するんだ?) 「一週間も聖殿に来ないと思ったら、その間ずぅっと?」 『ころころ』と嫌みでなく笑う女王補佐官に二人は同時に頷いた。二人の一週間の鍛練の賜物であるクッキーと、ディアお手製の苺のケーキを前に二人は久々の静かな午後を享受している。大きな怪我はないが、小さな火傷だとかはやっぱり出来ている。 女だけのお茶会は穏やかであったが、それは突然破られた。 「今日は」 明るい笑顔と共に年少の守護聖達が屋上の庭園にやって来たのだ。 「いらっしゃい。何の御用かしら?」 「えへへ。お茶会してるみたいだから、僕もいれて欲しかったんだ」 甘い物が好きな少年守護聖はそう言って首を傾げる。『駄目?』とでもいうように。 「俺もです」 「俺はサボリだよ。甘いモンは苦手だから」 「そういえば、ゼフェルはあまり好きではなかったわね」 椅子を勧めながらディアが言うと、《鋼の守護聖ゼフェル》 は『こっくり』と頷いた。世間に対して斜に構えるゼフェルではあるが穏やかなこの女性と女王陛下は別格らしく大抵は逆らわない。女性の持つ母性を通して、今はもう遠い母親を見ているからだろうか? 「お茶をどうぞ」 手慣れたアンジェリークがティーカップにお茶を注ぎ、ロザリアがそれを守護聖達の前に置く。 「有り難う」 「おいひぃよぉ」 お茶を受け取る《風の守護聖》 ランディの隣、口にクッキーを頬張って《緑の守護聖マルセル》がそう評する。 「ホントだ。アンジェリークが作ったの?」 「いえ、今日のはロザリアとの合作です」 「へぇ、ロザリアも作るんだな」 何時もお菓子作りをするのはアンジェリーク、ロザリアが作るところを考えもしたことがなかった。甘い物のあまり好きではないゼフェルも一つを口にしてぶっきらぼうにだが褒める。勿論のことランディや甘い物の大好きなマルセルも褒める。 そうして、ロザリアはこっそりと隣に座るアンジェリークに囁いたのだ。 「今度は他のを教えてね?」 「うん」 「なぁに?何話してるの?」 好奇心一杯に聞いてくるマルセルに、アンジェリークとロザリアは顔を見合わせると声を合わせてこう答えた。 「「女の子だけの秘密です」」 「ずっるぅい」 笑い声が女王補佐官の執務室と自室と共に聖殿の二階の小さな庭園に響いた。 ☆ PANIC ANGEL☆ 『女王候補が何か隠し事をしている』 そんな噂が聖殿に住まう守護聖達の間で密やかに流れた。相変わらず熱心に大陸の育成をしている二人だが、噂の出所、最初に『何か何処か違う』と言い出したのは《夢の守護聖オリヴィエ》であった。守護聖中最も女王候補に近しい存在であるとは自他共に認める事実−何故かというと、女性の細やかな繊細な心を最も理解するのが彼だからだ−、だからこそ、その噂の信憑性はさして疑われず、守護聖達の心に一つの疑問が浮き上がることとなったのだ。 『何を隠しているのか?』と。 『女王候補のことを把握しておくのも守護聖の努め』という大義名分を抱えて、個性派揃いの守護聖様御一行が女王候補の住む特別寮へとやって来たのはある日の曜日のことであった。 「アンジェリークゥ!」 子供の無邪気さ、近しい年齢の気安さでドアを叩いたのはマルセルであった。が、返事はない。寮母からアンジェリークの方は外出していないことは確認済み−ロザリアは商店街に買い物に行ったそうだ−であるのだが、 「あ、開いた」 試しにとドアのノブに手をやった《炎の守護聖オスカー》 の台詞である。 「キャイン!」 何か動物の悲鳴が聞こえた。 「何だ何だ!?」 好奇心に耐え切れずゼフェルとランディが部屋に入り、その後を『駄目でしょう』だとかそれに似た意味の言葉を言いながら他の守護聖達も−女の子の部屋に勝手に入るのはいけないと思うぞ?−。 「おっ!」 それを見咎めたのは《光の守護聖ジュリアス》 であった。 「おや、可愛い」 『おっとりのほほん』とした声で《地の守護聖ルヴァ》 がそれを見て評した。びしょ濡れのうえシャンプーの泡付きの子狐は確かに可愛かった。 「エリュ!だめでしょう、まだ泡が・・・・・!」 時間が止まったかのような静寂・・・・・ そして、お風呂場からタオルを巻いた状態で顔を出したアンジェリークの、有らん限りの悲鳴が響くこととなったのである。 合掌・・・・・ 洗われたこんがり焦げ色のしっぽがふわふわと御機嫌に揺れる。 「エリュ、もう汚さないでよぉ」 返事はそれは元気な鳴き声で、苦笑めいた笑いをアンジェリークは浮かべた。 その隣で『じぃっ』と見ていたマルセルがおずおずと、 「アンジェリークゥ」 「・・・・・」 「アンジェリーク?」 「・・・・・」 とことん完璧無視である。人懐っこいアンジェリークだからこそ、その態度だけでどれ程怒っているのか分かるというものだ。 「アンジェリーク!」 「あら、お帰り、どうだった?」 「うん、飼い主見つかったわよ」 買い物から帰ったばかりで手に小さな紙袋を持ったロザリアは、『シアもただいま』と言って子狐の頭を撫でる。 「そいつ《エリュ》 って言うんじゃねぇのか?」 「正確には《 エリュシア》 、《 エリューシオン》 と《 フェリシア》 を合わせたんです」 「あぁ、そうなんですかぁ」 「で、何かあったんですか?アンジェリーク、何か怒ってるみたいですけど」 最も人当たりの良いルヴァにこっそり言うと、ルヴァは大体のことを説明する。 「普通怒りますね」 同じ女性であるロザリアは、こういう場合はやっぱりアンジェリークの味方である。 「ねぇ、何時頃引き取るって行ったの?」 「うぅんと、三日後にだって。それまでに飼えるような状態作るんだって」 「そっか、良い人みたいね」 「そうね」 「アンジェリークが飼っているんじゃないのか?」 「・・・・・」 「シアは何日か前に迷ってここに来たのをアンジェリークが見つけて、飼い主をみつけるまでということで寮母に許可をもらったんです」 エリュシアを取っ捕まえて紙袋の中から出した金色と銀色の二つの鈴のついた赤い首輪をつけながら言ったのはロザリアだ。アンジェリークはランディの問いを無視している。 「アンジェリークゥ!」 マルセルが叫ぶが、これも無視・・・・・かなり怒っているようだ・・・・・ 「お話ししてよぉ!」 『ぴーっ』ととうとう泣きながらマルセルが抱き着いた。 「!」 抱き着く勢いに押されてアンジェリークのバランスが崩れる。 「よっし、そこだマルセル!」 「何を言っているんです!」 『どごっ』 結構本気の力で左のリュミエールがオスカーの頭を叩く。 「全くだよ」 と、右のオリヴィエが殴る。 「この馬鹿者が!」 と、正面のジュリアスも。 「最後だ」 と、後ろに回ったゼフェルがのけ反った頭を蹴ってフィニッシュ! 「い、痛い・・・・・」 流石に目の端に涙の丸い滴を溜めてオスカーが呻 いた。 「アンジェリークゥ」 「キャン!」 マルセルが泣きついているのを遊びと勘違いでもしたのか、エリュシアがマルセルの背中に乗って御機嫌な声をあげる。しっぽぶんぶん、御っ機嫌である。 「成程、何処かで見たことがあると思えば、その狐はマルセルに似ているのだな」 得心したというような声音でクラヴィスが言った。 「「ブッ」」 ランディとゼフェルが同時に吹き出す。確かに、アンジェリークに懐いているマルセルは小犬さん状態だ。−いや、エリュシアは子狐だけど−。 「・・・・・分かりましたから、どいて下さい」 根負けしたアンジェリークが白旗を掲げる。 「♪ 」 「だからどいて下さぁい!」 反対に喜んでごろごろと懐くマルセルに、アンジェリークが『ばたばた』と暴れると、 「無理無理」 オリヴィエが『けらけら』と笑って手を振る。完っ璧に他人事と割り切って楽しんでいる。・・・・・助けてやろうと思わんのかい? 「マルセル様!エリュ!いい加減どいてぇ!」 END |