物語の落とし穴

物語の落とし穴


 優しいせせらぎが穏やかに広がる《 森の湖》 、別名《 恋人達の湖》 には女の子の好みそうな神秘的な言い伝えがある。『湖に流れ込む滝に祈ると慰めてくれる人が現れる』というものなのであるが、来る来ないは全く−来る確率の方が高いのだろうけれど−分からない上、来ても人物に関しては完全にランダムの筈であるのだが、
「偶然ですね」
「リュミエール様」
 《 女王候補生アンジェリーク》 は驚いて言った。
「まぁ、これで五日連続ですね」
 ・・・・・本当にランダムなんだろうか?連続五日間って・・・・・
「何だか貴女に呼ばれたような気がしたのです」
「湖が呼んでくれたのかも知れませんね」
「そうですね」
 守護聖一の優美さを誇る《 水の守護聖リュミエール》 はそう言うと、それは優雅に首を傾げてみせる。『サラサラ』、髪の流れ、匂い立つような優雅さ優美さは幾ら見ても飽きることなく、これ程までに自分もなれればと常々アンジェリークは思っている。
「一緒にいてもかまいませんか?」
「えぇ、お話ししましょう」

 溺愛盲愛しまくっているお気に入りの金色の髪の少女を森の湖から特別寮まで無事に送り届け、自身が仮に住まう白亜の聖殿の一室に上機嫌で向かうリュミエールを呼び止めた者がいた。
「リュミエール様」
「おや、ランディ、マルセル、ゼフェル」
 年少の少年守護聖の三人の背後に『オドロ線』なるくらぁい雰囲気を感じとったリュミエールは、少し驚いたように首を傾げる、『何の用ですか?』と。
「今日もアンジェリークに会ったでしょう?」
「えぇ、丁度森の湖で」
 そして、納得する。あの少女は親しみやすい元気な明るさから、年少組にもたいへん人気があるのだ。否、正確にはその人気は年少組だけではないけれど。
「このところ毎日ですよね・・・・・」
 含みのある言い方にリュミエールは、
「お天気が良いと外に出たくなるものですから」
 『あくまで偶然です』とばかりの笑顔で答えた。
 その態度に《 風の守護聖ランディ》 は『本当にそうなのかも』と思い始めたのだが、
「偶然じゃないでしょう?昨日はディア様から頼まれた仕事を放って行ったじゃないですか」
 《 緑の守護聖マルセル》 はそう言い切った。『僕は知ってるんだから』と言わんばかりの態度に目をぱちくりさせるリュミエールは、同時に『何故バレたんだろう?』等と考えていたりする。
「こすいぞ。森の湖のはランダムで全員に機会があるんじゃねぇのかよ」
 きつい眼差しを更にきつくさせて《鋼の守護聖ゼフェル》 が怒る。
「そんなことを言われても、こればっかりはどうしようもないでしょう?」
 『あくまで偶然なんですから』というような困った笑顔に切り替えたリュミエールではあったが、そんな笑顔に騙される一同ではない。
「リュミエール様は《 水の守護聖》 でしょうが。『湖の水から、情報を得ているのだろう』って聞きましたけど」
 この時のリュミエールの内心はというと『バレてる』である。(笑)。もっとも、それを素直に表に出す程に彼は素直ではない−断言−。だから穏やかに聞いてみた。
「おやおや、そんなことを誰が?」
 答えはたった一つだけ、だから異口同音に彼等は答えた。
「「「クラヴィス」様」」
「・・・・・」

 あの後上手く逃げられてしまい、リュミエールに負けてはならじと思う年少組は森の湖で待ち伏せようかと等と考えたが、それでは来なければただのお間抜け君である。というわけで・・・・・
「俺が行くんだ!」
「いいや、俺だ!」
「僕だよ、僕!」
 ようするに、『自分から誘いに行っちゃえ』というわけだ。しかし、特別寮に誘いに行けるのは一人だけであるので、この通り口喧嘩とあいなったわけなのだが、本当に喧しいなぁ・・・・・手が出ないだけまだいいけれど・・・・・
「・・・・・」
 『きゃんきゃん』と元気に喧嘩する年少組を、『ほえよん』とした泰然自若な外見年齢最年長の《 地の守護聖ルヴァ》 が目を丸くして見ていたが、理由は何となく分かるので、放っておくことにした。
「本当に元気ですねぇ」
 『のっほほん』とそんな感想を述べるルヴァの後ろを長身の影が滑らかに移動する。
「おはようございます、クラヴィス」
「あぁ」
 寡黙でミステリアスな雰囲気をまとう《 闇の守護聖クラヴィス》 ハ数少ない友人であるルヴァに軽く頭を下げて礼をすると、何処ぞに向かって聖殿を出て行った。
「あの方向だと」
 呟いたルヴァは『クスリ』と笑った。
「漁夫の利ですね?クラヴィス」
 大正解、クラヴィスはアンジェリークを誘いに特別寮へと向かったのだ。それを知り、出し抜かれた年少組は、泣いた・・・・・

 『ピンポーン』
「はぁい!」
 元気いっぱいの声で応えると少女はドアへと駆けて行く。
「今日和」
「今日和、オリヴィエ様」
 流れる髪は緩やかにウェーブして豪奢、深紅のルージュのつけられた唇には優しい笑みが刻まれ、切れ長の瞳の視線は『ゾクッ』とする程に艶やか、他の者がしたならば滑稽だが彼ならば似合い過ぎる存在感に溢れる衣装、相変わらず《 夢の守護聖オリヴィエ》は呆気にとられる程に美しい。
「お誘いに来たんだけど、どう?」
 ちょっと困ったような表情が可愛らしい顔に浮かんだ。
「駄目かな?」
「いいえ、よろこんで」
 一瞬瞳に浮かんだ悲しそうな光にアンジェリークは慌てて言う。愛されているのと同じか、それ以上にアンジェリークは相手を愛する。だから、ほんの少しでも悲しんで欲しくはない。
「天気が良いし、公園に参りましょう」
「そうしよっと」
 瞬間目を丸くした少女は、次の瞬間弾けるような笑い声をあげた。

 夕刻のこと金色の髪を等しく夕日の茜色に染めた二人は特別寮の玄関にいた。公園に行った後にさんざんショッピングを楽しんで、ひどくご満悦の様子だ。
「今日は楽しかったよ。また行こうね?」
「はい」
「じゃ、bye−bye」
 悪戯っぽく笑ってオリヴィエはアンジェリークの頬に優しい親愛のKISSを送り、慌てに慌てる少女の様子に心底明るい笑いをひとしきりあげると帰って行った。
「オリヴィエ様ったら」
 熟れた林檎よりも真っ赤になったアンジェリークは両手の平で頬の粗熱をとろうと試みるが、無駄である。
「相変わらずモテるわね?アンジェリーク?」
「ロザリア」
 しっかり全部見ていたのだろうもう一人の《 女王候補生ロザリア・デ・カタルヘナ》は『くすくす』と好意的に笑いながらそう言い、思いっきり困った時の声でアンジェリークはその名を呼んだ。途方にくれた子供が、母親の名を呼ぶ時の声音によく似た声で。
「どうしたの?」
「聞いてよぉ」
 『ピーッ』とばかりに泣きついてきた金色の友に、生粋のお嬢様は首を傾げた。

 『ピンポーン』
「・・・・・おかしいな、もう何処かに出掛けたのか?」
 何度目かの来訪のチャイムの後、あごの辺りに指を持っていき、考えるポーズをとったのは深紅の髪も鮮やかな《 炎の守護聖オスカー》 であった。
「あら、おはようございます。オスカー様」
「あぁ、おはよう、ロザリア。それにアンジェリーク」
 ロザリアの後ろに佇むアンジェリークに気がついたオスカーは少女の名を呼ぶ時に問いかけも兼ねて語尾を上げた。
「昨日はロザリアの処にお泊りしたんです」
「ほう、仲が良いんだな」
「えぇ、だって同じ女の子ですもの」
 『にっこり』天使の微笑み
「そうか、良いことだな。おれとしては、可愛いお嬢ちゃん達の仲が悪かったらどちらの味方をしたら良いのか分からないからな」
「相変わらずですこと」
 全くもってその通りなオスカーの少々芝居がかった台詞に、上品にロザリアは笑みを浮かべる。アンジェリークの天使の微笑みとは趣の違った綺麗な笑顔だ。
「さて、こうしてはいられないわ。聖殿に行かなくては」
 『行くわよ』と言うロザリアに頷くアンジェリーク、そして自分が特別寮にまでやって来た理由を思い出したオスカー。
「ちょっと待った。今日俺は金色のお嬢ちゃんを誘いに来たんだった。これから公園に行かないか?熱いところを皆に見せつけてやろうぜ?」
「駄目です」
 『ぷんすか』と、何故かロザリアが怒って返事をする。
「ロザリア?」
「アンジェリークは絶対に聖殿に行かなくていけませんの。今日はお引き取り下さい」
 雛を守る親鳥のような雰囲気をまとったロザリアの防御はかなり堅いようだ。女性の扱いは百戦錬磨のオスカーも、こういう場合はどうするべきか分からない。
「あの、オスカー様」
「何だい?お嬢ちゃん?」
「出来ればオスカー様にも聞いていただきたいんです。御用がなければ聖殿に戻っていただけませんか?」
 『じぃっ』と大きな翠の瞳で『お願いします』と見つめるアンジェリークに勝てる相手はいない。そうでなくても大きな瞳は透明感が強く吸い込まれそうなのに、一心に見つめられては向かうところ敵なし、無敗記録更新。
「分かったよ、お嬢ちゃん。しかたがない。公園デートの代わりに聖殿までこの俺にエスコートさせていただけますか?」
 茶目っ気たっぷりに言うオスカーに、アンジェリークは笑顔で応じた。

 談笑する場としては冷厳な雰囲気を与える聖殿の内部はそれ程人気がなく、皆大概緑豊かな庭を好んでいる。女王候補達からの伝言を聞いた守護聖達は、『何の用なのか?」と考えながらも、その少女達の手でセッティングし終わっている中庭噴水近く、最も談笑の場として使うティーテーブルの辺りに疑問なく集まった。
「で、何の用だよ?」
 良くも悪くも一直線なゼフェルの問いかけに、いきなりアンジェリークが泣き伏す。
「どうしたというのだ!?」
 驚いた守護聖筆頭《 光の守護聖ジュリアス》 が声をかけるが、効果は全くナシ。
「誰か、貴女に何かしたのですか?」
「貴方のせいですわ、リュミエール様」
 慰めようとしている優しさ司る人に非難の視線が集中した。
「いいえ、リュミエール様だけではありませんでしたわ。皆様方全員のせいです」
 『きっぱり』とばかりに言い切るロザリアの台詞に、だが、彼等は覚えがない。
「分かりませんの?信じられませんわ、あれだけしておきながら」
 『ぷんすかぷんぷん』とロザリアは我がことのように怒りを周囲に振り撒きまくるが、やっぱり彼等は分からない。
「ロザリア、『した』わけじゃないと思うけど」
「そうね、『させてくれなかった』のよね」
 まだちょっぴり涙目で言うアンジェリークの台詞に、ロザリアは訂正を行った。
「話しがよく分からないのだが?」
 ジュリアスの言葉に、アンジェリークは言った。
「ここ一ヶ月近く、皆様方があまりにも足繁く通って下さるせいで、私、全然エリューシオンの育成が出来ていないんですぅ」
 ・・・・・身に覚えが、たっくさんある・・・・・
「このまんまじゃ、私エリューシオンの皆に顔を合わせられません」
 実際、ここ何回かは土の曜日に大陸に降りていない。決して恨み言を言わない大神官の顔を見るのが辛いのだ。
「お願いですから、育成させて下さいよぉ」
 また泣き伏すアンジェリークの髪をロザリアが優しく撫でてやる。同じ女王候補だ、どれくらい大陸に愛情を持っているのかくらい、彼女にはよく分かる。だから怒っている。
「どうして、そこら辺のことを考えなかったんですの?」
 生粋のお嬢様、お姫様育ちのロザリアは我を通すことに慣れている。その上プライドは天井知らず、時々本人とても持て余す程だ。そのロザリアの全開ばりばりの怒りは、守護聖達の心を抉った。
「あ、あはは、完全に忘れてた」
「忘れてた、じゃぁありませんわっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 すでに平謝り以外手のないマルセルである。そして、他の守護聖達とて、それ以外の手はなかった。

 守護聖九名揃って平謝りの図はとっっっっっても情けなかったことは伝えておく。
 それともう一つ、そのせいだろう育成もお休みの日の曜日に集中して、澄んだ空に高く来訪の知らせが響くこととなったことも追記しておくことにしよう。

END